アンマン近郊の名所

今回はあまり観光客が訪れないアンマン近郊の名所を案内します。

(ムカーウィル)

アンマンから車で南に1時間ほど行ったところに、紀元前1世紀にヘロデ王が築いたと言われる要塞の跡が残っています。要塞の跡は左の写真の山の頂上にあります。頂上から西を見ると死海とその先には西岸地域を見渡すことが出来ます。

(サロメの伝説)

左の写真が頂上に残る要塞の遺跡です。ここには古い柱と舞台のようなフロアーが残っていて、ここでサロメがヘロデ王の前で美しい舞を舞い、そのほうびとして、聖ヨハネの首をもらった所だそうです。この山の中腹には聖ヨハネが投獄されていたという牢獄の跡が残っています。

(ロトの妻の伝説)

 上の写真(岩)は旧約聖書「ソドムとゴモラ」にまつわるものです。神はソドムとゴモラに邪悪が満ちていることに怒り、町を滅ぼすために使者を送りました。ロトはこの使者を町に招き入れ、使者を助けたので家族と共に町から出るように言われました。

(写真右)2月3日協力隊と専門家の人たちとアムラ城に行きました。「城」とは言っても要塞ではなくウマイヤ朝時代に王様が狩りをしたときに使う砂漠の中の小さな宮殿です。しかし内部にはイスラム文化の中では非常に珍しい女性や動物を描いたフレスコ画が残っています。ヨルダンではペトラとこのアムラ城の2つが世界遺産に登録されています。

そしてどのようなことがあっても決して後ろを振り向いてはいけないと言われました。ロトとその家族が町から逃げ出すと天から火の雨が降ってきて、町を焼きつくしたのですが、ロトの妻が町で何が起きているのか見たくなって、後ろを振り向いた瞬間塩の柱になってしまったのです。その柱が上の写真です。

塩ではなく岩なのですが、女性の姿のように見えます。ソドムとゴモラはこの近くにあると言われていますが。現在まで発見されていません。

アズラック城(写真下)

下の写真はアズラック城という砦です。ローマの時代からここには砦があったそうで、その時々により支配者が変わりました。ここはアラビアのロレンスが司令部として使っていたことから有名になりました。

(写真左)左の写真はアンマンから東へ車で1時間半ほど行ったところにあるアズラックのオアシスです。10年ほど前までは湿原だったのですが、そのころからアンマンの飲料水を確保するため地下水が汲み上げられ、干上がってしまいました。現在は汲み上げた地下水で写真のような湿原を人工的に作り、植物や動物を保護しています。