さようなら! ジョルダン(2001年9月)

99年9月、とうとう日本に帰る日が来ました。98年12月クリスマスにジョルダンに来てから早いもので、2年8ヶ月が過ぎてしまいました。単身赴任で、つらいこともありましたが、カマルさん夫妻に面倒を見てもらい、無事帰国することが出来ました。パレスチナ地域の平和を遠い日本から祈っています。
ジョルダンで、お世話になったカマル夫妻と長女のシュリーン。おばさんのアラブ料理には、つらいときもあったけれど、今となっては楽しい思い出になりました。 着任した時には、カマルさんの家族は5人でした。しかし長男はジョルダンには希望が持てず、アメリカに行ってしまいました。優秀で少しばかりお金があればすぐにジョルダンを脱出する。それがジョルダンの現実です。

夜、カマルさんの家を訪ねていくと、よく水タバコをすすめられました。非常に軽くて、香りが良かったのですが、次男の高校生(フェラース)まで吸っているのは感心できません。

帰国前に、大使館の中澤書記官、神谷書記官、JICA事務所の小林君が送別会をしてくれました。ジョルダンへの援助は、このメンバーで実施していました。たった4人でやっているのだから、忙しいはずです。
ジョルダン滞在中に1度(99年8月)家族がジョルダンを訪れることが出来ました。中東という日本とは全く違った歴史と文化を持つ世界を見て、子供たちに貴重な思い出が出来てくれれば良いのですが、

約3年間のジョルダンの生活もあっと言う間に過ぎてしまいました。また、いつか訪問してみたいと思います。この地域の平和と繁栄を祈って「ヨルダンからの便り」を終了します。(03年3月作成)