人間(自分)とは何でしょうか

 人間とは何か

 人間は食欲がないと死ぬし、性欲がないと子孫を残せないで絶滅してしまいます。この点では他の動物と何も変わらないのです。人間が他の動物と違うのは、これらの本能のところで独特の進化をした動物だと言うことだと思います。 
 人間は他の動物とは違って、自然を単に利用するのでなく、生きるために生活物資を作りはじめたのです。同時に 人間は生活物資を作る過程のなかで、他の動物とはちがった社会的な生存方法に進んできました。 それは分業と協力によって生産し、分け合って生存する仕組みです。 だが、分配で奪いあわずに仲良くできたのは生産が増えて、互いの生活が向上している期間だけです。生産が発展しなくなり、支配階層の利益が増えない状況がおきると、支配され、働かされている人間がいつも犠牲にされてきています。
 人間は”分業して働く”という生存方法で他の動物とは違った進化をしてきた生物なのです。分業とは自分のために働くのではありません。他人のために仕事をする仕組みのことです。だから互いが共存できない社会では人間の社会といえないのです。仲良く共生できるようになってはじめて本当の人間になれたと言えます。
 人間は戦争(殺し合い)や奪い合い(競争)を止めて 仲良く共生できる社会に移る 時にきています。戦争や環境破壊による絶滅は避けるべきです。人間として進化してきた35万年の労苦を一瞬の内に終わらせるからです。

  自分はどんな人間か

 若いころの自分は食欲や性欲に動かされて悪いことをしました。友だちと柿やスイカなどの果物を盗んだり、女性の体をのぞき見したり、何度も買春しにいきました。しかし今では食欲も性欲もおとろえてきています。
 奇跡のようなことが起きないかとギャンブルに期待したこともあります。おだてられると調子にのるし、権力をもてば他人をきずつけることもすると思います。
 過去も今も立派とは思いません。だが悪人とも思いません。普通の人間と思っています。少し違うのは 「一部の権力をもつ人間が社会を動かすのではなく、自分のような普通の人間が社会を動かすのが本当の民主主義だ」 と気づいたことだと思います。
 人間に欲望があるのは自然です。こうした人間だからこそ話し合い(民主主義)でルール(法)をつくって、互いを規制する必要があるのです。
 だが将来は法による強制をしなくても秩序が保たれるように変わっていくと確信しています。犯罪の増加の原因である貧困や失業などがなくなり、人々が法(自分の自由を守るためには他人の自由を奪ってはならない)を理解して、法に慣れれば犯罪は減ると思うからです。強制しなくても秩序が保たれる解放された社会になっていくと思います。

 自我(考え行動する自分)とは何でしょうか

 精神分析学には「人間が生まれながらに持つエス(本能、体質的なもの)が外界(環境)との関わりの中で進化するものだ」との考えがあります。環境に適応して進化してきたのと同じ視点で個人の成長(進化)を見るのです。自我(自分自身)を客観的に捉える、こうした見方は正しいのではないでしょうか。
 現代の問題は多くの自我が環境に適応できなくなって、自殺や犯罪に向かっている事です。自我はどんな時代のどんな環境で生きているかが影響して形づくられると言われています。今の社会では「どんな職につくか」によって人間の適応の仕方(自我)が形成されています。ところが経済不況(生存環境の急速な悪化)がこうした自我の適応を困難にし始めているのです。
 こうした場合、自我は3つの態度をとると見られています。①環境に適応しようとする、②厳しい環境に負け、逃避しようとする、③環境(社会自体)を変えようとする、方向です。①と②は動物と同じ単なる環境への適応にすぎません。だから①勝ち組みは立場が変われば②負け組みに変わるのです。
 人間は歴史の中で生きています。だから自我(自分)を歴史の流れの中で客観的に見ることが必要です。即ち、自分の問題を環境(社会)との関係で捉えるのです。そして適応とは真逆に環境(社会)の方を変える生き方③に進むことができるのです。人類は環境(自然や社会)を改革しながら今日まで進歩してきているのです

  生きる(死ぬ)ことについて

 最近、やっと生きる目的が分かった気がします。キッカケは二人の友人の死に出会ってからです。癌でした。死を前にした本当の気持ちにふれたことが大きいのです。元気な時ならもっと真剣に話しあえたのに。この後悔が自分の生き方を変えました。50代のことです。
 あの世には語りたい友がまっています。あの世でウソは言えません。自分を偽ることもできません。魂(心)の世界では真実以外は語れない(通用しない)と思うからです。友と語りあえる生き方をすれば、死んでも楽しみがあります。
 あの世ではリンカーンやガンジーやキング牧師たちに失敗話や苦労話を聞いてもらえるのではないか。明治維新のために死んだ志士たちとも語り合えるかもしれません。 真実(魂)の世界が受け入れてくれると信じています。
 この考えは科学的とは思いません。だがこれが私の心(魂)の状態です。あの世で先人たちに会いたい。そして彼らと語り合いたい。魂(心)の世界では科学とは違うことがおきるのです。
 宗教は信じません。だが「人は死んでも魂は受け継がれる」という確信はもっています。先人の心が私の心に生きているように、魂は進化しながら受け継がれているからです。無駄に生きたくはありません。自分にできることは自分の体験や悩みや考えを素直に伝えることだと思っています。

    一人一人の人生(苦労)が人類の歴史をつくる、 そう思っています。

  

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