編集長  松岡 修
                             平成23年3月11日〜平成23年11月27日更新


               徒 然 日 記   
Part6


   
       「最近の出来事」 こんなことありました!


 



 ★★★ 11月24日、プランターに種蒔きをしました。 ★★★ =11月24日、27日2011年)記


 ライフラインのひとつ上水道の災害対策のため、異常に高い水道料金対策のため、どう考えても「井戸」がベスト。「それ
じゃぁ〜自分で掘ろう」と、8月頃からインターネットで「井戸掘り」について調べ始めた。やっぱり同じようなことを考え、もう
すでに実行している人が沢山いるのには驚いた。早速、井戸を掘るための塩ビのパイプ類やパーツ類を集め始め、参考の
ため2000円で「曽我部さんの井戸掘り器」も購入した。そして、11月1日、「井戸掘り」を本格的に始めました(詳細は『井
戸掘り日記』を見て下さい)。 そして今日も2〜3時間掛けて少し掘りました。すでに直径100mm、長さ1mの塩ビのパイプ
は3本入りました。掘るために20mmのパイプを手で持って、回すことが多いので、結構肉体労働、掌や腕が兎に角、痛くな
る。だから1日でせいぜい3〜4時間が限度だ。2ヶ月、3ヶ月、いや半年掛けてゆっくりやります。


 今日はもうひとつ家庭菜園について。来春のために「スナックえんどう」、「絹サヤ」、「レタス」、「サニーレタス」などの種蒔き
をした。プランターは8個、鉢は3個。直植えの種蒔きは来週かな…。

        
                  本日種蒔きをしたのはこんなもの

     
  曽我部さんの掘り器  自作掘り器の設計図     自作掘り器     100mmのパイプと掘り出した砂

      
      バーベルで重し     自作の曽我部式掘り器       水が出るまで使っていた掘り器


     



 ★★★ 10月28日、機報OB会を1年ぶりに開催 ★★★ =11月3日2011年)記


 10月28日、7年前から幹事をしている「機報OB会」を1年振りに東京サンケイビルで開催した。参加者は7名、
年々少なくなっていく。最高齢の島田さんは90歳、私を除き一番若いのが高岸さんで71歳。高齢化が激しいが
皆さんとても元気、お酒の量も半端じゃない。タバコを吸う人もいるし、溌剌としている。兎に角、皆さん若い。
取り急ぎ

                 
                たった7人になった機報OB会


     



 ★★★ 9月21日、超大型台風、15号が来襲! ★★★ =10月5日2011年)記


 10月21日の台風15号の強風で葉は叩かれて葉はグチャグチャ、塩害と思われるが全てこげ茶色に変色
して全滅だ!悔しい!
野菜はキュウリ、ナス、ピーマン、シシトウ、オクラ、唐辛子、バジル、
シソは全滅、15年ものの200、300個実を付けている温州みかんは倒れ、35年ものの
柚子の木は枯れそうな雲行き。奇跡を願うばかりだ。
9月23日と24日、葉枯れしてダメになった野菜
を全て刈り取りました。何も無くなりました。被災
地の農家の人たちの気持ちが少し解かりました。
 15号は大変な強風で、茅ヶ崎に住んでやがて60年が経とうとする小生も、公園の暴風林の直径30cm以上
の松の木が幹で折れたのは見たことが無い。


  
  ピーマンの葉は真っ茶色       野菜は全て刈り取ってサッパリ   9月17日にはこんなに収穫が…

  
        大荒れの湘南海岸              強風で樹齢60年以上の太い松の木が幹のところで…。

     



 ★★★ 7月9日、関東地方が梅雨明け  ★★★ =7月9日〜8月21日2011年)記


 今日、関東地方が例年より12日も早く梅雨明けになった。今日も最高気温33℃、湿度が高く気分的には
最低の環境だ。行動力も半減してしまった。やりたいことは沢山あったのに、半分も出来なかった。 明日は
頑張りましょう。

 昨年種を植えてから育てたキュウリやオクラなど、そして今年苗を買って育てた各種の野菜たちが無事に
育って楽しい収穫期に入った。今は下の写真のように毎日収穫を楽しむことができる。
(一般に野菜類は水で流せば大丈夫なんですが、ホントに放射能汚染は大丈夫?だろうか・・・心配です。) 


      
       6月の中ごろから収穫が始まった我家の菜園。中央手前はレタスとサンチェ、その奥に
      キュウリ、ミニトマト、ナス、オクラ、ピーマン、シシトウ、トウガラシ、トマトなど



          
        6月30日の収穫       7月1日の収穫       7月3日の収穫

          
        7月4日の収穫        7月5日の収穫       7月6日の収穫

          
        7月7日の収穫       7月8日の収穫        7月9日の収穫

            
       7月10日の収穫       7月11日の収穫      7月12日の収穫

           
       7月13日の収穫       7月14日の収穫      7月15日の収穫

          
       7月16日の収穫     7月17〜18日の収穫     7月19日の収穫

      
      7月20日の収穫     7月21日の収穫       7月22日の収穫

        
      7月23日の収穫      7月24日の収穫       7月25日の収穫

      
        7月26日の収穫       7月27日の収穫        7月28日の収穫

      
      7月29日の収穫       7月30日の収穫      7月31日の収穫(ゴーヤ初収穫)

          
       8月2日の収穫      8月3日の収穫       8月4日の収穫

      
       8月5日の収穫     8月6日の収穫        8月7日の収穫

      
       8月8日の収穫        8月9日の収穫         8月13日の収穫

      
       8月11日の収穫             8月14日の収穫     8月15日の収穫

      
       8月16日の収穫         8月17日の収穫        8月18日の収穫

       
    8月19日の収穫(これ唐辛子)  8月21日の収穫(シシトウ沢山)



 毎日、毎日、すごいと思いませんか。キュウリはもう70本以上、ナスも40本以上収穫しました。
 
 18日から日本に接近した台風6号は、四国など1.100mmを超える史上最多の雨量になり、西日本をメインに豪雨
をもたらせた。23日もまだここから南東に300kmの太平洋上を迷走している。茅ヶ崎地方は、適当な湿り気とな
り総雨量は150mmにもならなかったのでは…。ただ台風が迷走したこの期間、北からの風が強く吹き込み、日中の
気温は連日30℃以下、朝は24℃以下で高原の避暑地の涼しさだった。



     



 ★★★ 5月の連休も終わってしまった。  ★★★ =5月7日2011年)記


 4月29日から始まった入社以来初めての「9連休」は、今日でお仕舞い。長かったと言えば長かったが
あっという間でしたね。今回、連休中に下記作業予定項目を掲げて、のんびりと作業することにしたが、ほ
とんど終わった。

@「松」の伐採          A「松」の剪定
B「ゴールドクレスト」の伐採   C「ゴーヤ」と「キュウリ」の棚作り
D「楓」の剪定          Eバスルームの「ヒーター」を仕舞う
F「靴」の乾燥作業と磨き
G「物置」前の畑改良作業

 下の右の写真は、8m以上伸びてしまった「ゴールドクレスト」のほとんどの枝切りを全て終えて、最後
のトップの枝切りをする直前の記念写真だ。7.2mのアルミハシゴは完全に伸ばしていないが、その高さ
がお分かりいただけると思う。あたかも一人で伐採したように見えるが、根元で20cm近くあるので、一
人じゃできません。まずチェーンソーを使って2/3ほどカットして、ロープを3方向に張ってお隣や自宅
の家の方向に倒れないように少しずつ倒していったが、妻と息子と3人で大変な作業だった。勿論、無事終
了した。
 今回は松も1本伐採して、2本(70年以上ものと40年以上もの)になった。来年からは「松の剪定」
は1日で終わるかもしれない。以前は13本あったんですよ!業者に頼んでいましたが、自分でやり始めて
からは、毎年5月のゴールデンウイークを当て、いつも4,5日掛かっていました。そんな長期の剪定作業
から開放されることになります。嬉しい限りです。


   

 上の左と中央の写真は、毎日サラダの材料として収穫最盛期の「サンチュ」と「レタス」。また「スナック
エンドウ」、「絹サヤエンドウ」も、5月1日にはそれぞれ111個545g、200個306gとこれまた
最盛期。2種の「エンドウ」は種蒔きの時期を少しずらしたので、しばらくの間、収穫を楽しめそうだ。
 今日は、物置前の新しい畑に「ゴーヤ」を2本植え、ポールとネットで棚作りをした。今年は、種から4本
苗を買ったものが1本、全部で5本の苗を植えた。夏が楽しみだ。


      



 ★★★   東日本大震災発生!  ★★★ =3月11日〜26日2011年)記

2011年3月11日14時46分(日本時間)

3月 9日 11:45:18  38.51N 142.79E  14.1 7.2M     日本の宮城県東沖

3月11日14:46:24  38.32N 142.37E  24.4 9.0M     日本の宮城県東沖

3月11日15:07:21  36.40N 141.86E  35.4 6.4M     日本の宮城県東沖
3月11日15:15:45  36.13N 140.23E  30.2 6.8M     日本の茨城県南部
3月11日15:25:51  38.07N 144.56E  26.5 7.1M     日本の宮城県東沖

◆3月11日(金) 14時46分 東北関東(東日本)大震災
 その時、私は千代田区大手町の産経新聞東京本社の32階建て東京サンケイビルの8階で仕事をして
いた。突然の大きな横揺れが始まってビルは大揺れ…。楔形の東京サンケイビルは40cm〜50cm
ほど横揺れしたのではないだろうか。あまりの大きな揺れに悲鳴は聞こえるし、生まれて初めて「ビル
が倒れる!」の恐怖を味わった。東京では重力加速度は小さかったと思う。というのは書類やパソコン
が棚や机から落ちることは無かったし、落ちそうになることが無かったので、実際に押さえようという
発想や行動にならなかった。ただただ揺れ幅が凄まじく大きかった。関東大震災は330ガル、神戸大
震災は800ガルだ
ったが、東京ではどの位だっただろうか。仙台の栗原は震度7だからかなりのガル
だったはずだ。すぐ
近くのKDDIのビルも同じように結構な横揺れをしていたが、その奥にあるでき
たばかりのJA農協の高いビルはあまり
揺れていないのには驚いた。恐らく免震構造やバラストが結構
しっかりしているのだろう。建築後10年以上経っている東京サンケイビルはもう古いんですよ。隣の
取り壊し中の読売新聞の旧社屋もかなり揺れ、取り壊し作業中の作業員も
座り込んだり、フェンスに掴
まったりしていた。そして大きく揺れる東京産経ビルを倒れないか心配そうに見ているようだった。

               
          3月11日、地震直後の東京サンケイビル前の広場

 直接的な被害は、地震後すぐにエレベーターエリアから「ザー、ザー」と大量の水が落ちている音が
こえたが、スプリンクラーの配管が壊れて流れ出しているということだった。7階の社員食堂と階段
は水浸しになってしまった。また各階とも防火用石膏ボードの壁のコーナーがいたる所で石膏の小破片
が落ちていた。


 しばらくして、妻と連絡を取ろうとしたが携帯は全く通じない、もちろん加入電話も通じない。当然、
携帯も加入線も直ぐに規制がかかって通じない。AUは比較的通じるようだ、結構早い段階で金子君が
奥さんと携帯で会話していた。そして大災害の時は「記事送稿」も「メール」を使えと記者や支局に言
っていたが、「メール」も10回に1回ぐらいはできたので、記者たちも記事は送れただろうし、私も

妻とは「メール」で連絡ができた。「大津波警報が出ているが、どうしたら良いか?」が第一声だった。
「大きな房総
半島があるし、相模湾は広がった湾だから大丈夫だ!」とその時は言ったが、今回のよう
な1000年
に一度の地震と大津波だと、条件が整ってしまえば相模湾でも危なかったかもしれない。
家族に対する
返答としては反省しなければならない。

 大津波の到達による被害の南限は千葉県旭市だった。三陸沿岸の宮古、気仙沼、釜石、陸前高田、大
槌町、南三陸町、女川町など大津波で、
3万人を超える大変な数の死者と行方不明者が出ている。そし
て多くの家々や設備が流され大変なことになっている。全てがショッキングだ。鉄道は東海道線をはじ
め、少々では止まらない小田急電鉄も含めて、ほとんど全てダウン、仕方なく会社に泊まった。

◆3月12日
東海道線が動き出したので、13時に帰路に着く。13時45分東京発、16時ごろ辻堂着、自宅に無
事着いた。昨日の津波が心配だったので、すぐに自転車で海の様子を見に行ったが、津波が来た形跡は
全く無かった。YouTubeのアップ映像では、江ノ島でもモーターボートを少し揺らす程度の津波
だったようだ。


◆3月14日
東海道線がストップ、小田急線に乗ろうと思いバスで藤沢駅に行こうとしたが、辻堂駅でバスを待つ人
が大勢、乗るまでに1時間以上掛かった。やっと乗れたバスは、渋滞で5Km弱の距離を1時間掛けて藤
沢駅に到着した。小田急線藤沢駅は駅員が完全封鎖して「本日の運行は無し」仕方ないので、またバス
で自宅に戻った。

3月16日
ガソリンスタンドは、入荷するガソリンを積んだタンクローリーの到着を待って、朝から行列、8時に
スタンドに見に行ったが、すでに3〜400m、百数十台の行列だった。近くのスーパー「OK」も開
店前なのに入口から200mほどの行列だ。みんながそれぞれの品物を備蓄・ストックするために並ん
でいるのではなく。単純に目的のものが無いから並んでいる。それに対して物を運ぶトラックのガソリ
ンが手に入らず、トラックが動かないために正常な物流ができないので入荷しない。品物はあるのに届
かない。ガソリンの確保が最優先。妻には「金沢にお米を頼め、非常事態だ!」

◆3月17日
東電が電力不足で、一斉大規模停電が起きたり鉄道が止まる可能性を指摘、各企業に早めの帰宅を要請
した。産経も要請に基づき一部の取材部門を除き一斉帰宅となった。東京駅のホームは大混乱、乗った
列車もギュ−ギュー、散々だった。

◆3月18日
金沢からお米が20Kg届いた。感謝、感謝だ。

◆3月19日
ガソリンスタンドがまだまだ行列、オートバイのガソリンが無くて乗れない。自転車だけだと活動範囲
が狭くなる。湘南モールフィルも入場制限、ティッシュが買えない。お米はミスターマックスで手に入る。

◆3月20日
朝、8時からティッシュとガソリンを手に入れたいので、ガソリンスタンドがどこか開いていないか調
べるために自転車で走り回った。コスモは閉まったまま、セルフのエネオスは「本日は営業しません」
の貼り紙が貼ってあるのに、200mぐらいの車列になっていた。団地前のエッソは「本日は閉店しま
した」の看板で車列もない。
さらに自転車で、クラウン→旧タマヤ→TOTO社宅→タマヤと茅ヶ崎方面のガソリンスタンドの状況
を見に行ったが、どこも閉店だった。それから1時間後、再び変化がないか見に行くとライオンズマン
ションのところに車列が見え、コスモの店員が誘導していた。店員に状況を聞くと「夕方まで大丈夫だ
と思う」という返事。そのままコスモのスタンドまで様子を見に行くと、結構なスピードで給油作業が
回転している。これだったらあまり待たなくても給油できると考え、急ぎ自宅に戻り、妻は車、私はオ
ートバイに分担して並ぶことにした。10時35分に列に着いて、11時15分に給油を終了して自宅
に帰ったので45分程で済んだ。正直、これでひと安心だ。バイクは残量がほとんど「零」で、いつ止
まってもおかしくない状況だったので乗れなかったが、もう活動的に動ける。今日は自転車で走り回っ
たが、自転車は4〜5キロでももう肉体的に厳しい。特に今日のように風が強い日は尚更厳しい。でも
お蔭で助かった。

326
ガソリンスタンドは、全く車列も無く何処も平常に戻った。豆腐、納豆が無く、パンが少ない。
福島第一原子力発電所が、大震災と大津波を受けた後、「水蒸気爆発」、「水素爆発」して大変なこと
になっている。大丈夫だろうか。本当に心配


      
     レタスやサンチュが収穫真っ只中、えんどう類が花盛り          レタスとサンチュ

      
  右が大根、左がスナップエンドウ   ミニキャベツ     レタスとサンチュ        収穫した大根


      


             
   
           ステレオにセットした液晶テレビ
               30年以上前に作ったスピーカー


    


         徒然日記   Part1  (平成14年12月8日〜平成15年 8月 2日)
                    Part2   (平成15年8月13日〜平成16年 8月28日)

                    Part3   (平成17年1月 2日〜平成19年 1月 2日)
                  Part4  (平成19年1月 2日〜平成21年10月30日)
                   Part5  (平成21年11月1日〜平成23年2月30日)

     




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