利根川に岐阜の民謡「おばば節」
伝えたのは加納久右衛門が寛文のころ
第1章 利根と岐阜のおばば
おばばどこへ行く
三升だる下げて
ヨーホイ ヨーホイ ヨーイトナ
嫁の在所によー
孫抱きによー
ヨーホイ ヨーホイ ヨーイトナー
これは利根川の河川工事でうたわれていた仕事唄の一つで「たこ打ち」作業でうたわれました。また結婚式の祝い唄にも転用され、披露宴の出し物がすべて尽きたのちうたわれました。もしまだ宴の途中でうたうと、まだ早いととめられるのが、ならわしになっていたといいます。
この唄が、寛文年間に、岐阜から加納久右衛門によって利根川にもたらされたものらしいことがわかってきました。
岐阜のものは、地元で「おばば」とか「おばば音頭」と呼ばれていて、その歌詞は次のとおりです。
おばばどこ行きゃるなー ナーナーナー
三升だる下げて ソーラバエ
ヒュル ヒュル ヒュー
ドンドン ドン
嫁の在所へなー ナーナーナー
孫抱きに ソーラバエ
ヒュル ヒュル ヒュー
ドンドン ドン
岐阜では、宴会の祝い唄として盛んにうたわれ、ここでも宴の最後をしめる唄として大事にされていたといいます。またその発祥の地といわれている揖斐町では、祭りの踊りうたとしても近年盛んにうたわれているとのことです。「ヒュル ヒュル ヒュー ドンドン ドン」という歌詞は、孫の土産におばばが持っていったデンデン太鼓(たいこ)と笙(しょう)の笛の音を表現しているのだといいます(揖斐町・矢下勇珀氏談、ならびに資料提供)。
こうして比較すると、両者はまことに良く似ています。ではこれが、どういう理由で、岐阜から利根川の地へ移植されたのでしょうか。そのあたりの不思議を探ってみたいと思います。