第10回 フィレオフィッシュの痕
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先日、プリンタ用の紙を切らしていたことに気がついた僕は、近所のパソコンショップに行きまし
た。郊外型の大規模店舗で、PS2ソフトからジャンクパーツまでひととおり最低限の品揃えがある
ので、最近僕のお気に入りの店になってきています。パーツひとつくらいの買い物なら、秋葉原まで
出ずにそこで済ませてしまうことも多々あります。
で、そこで紙を買い終わって店の外に出たときのこと。
そこの駐車場にはマクドナルドが併設されているのですが、そこの公告が新しくなっていることに
僕は気がつきました。「クラブハウスマックはあんまり好みじゃなかったし、今度は何だ」とか何と
か思いながら、僕はその公告に目を通しました。
「平日半額、フィレオフィッシュ」
僕はそこで、一瞬足を止めました。
そうか、フィレオフィッシュも平日半額か…。
そう僕は呟きました。
べつに好きなメニューなワケではありません。いやそれどころかマックの食い物で能動的に好きな
メニューなぞあるわけがありません。キートン=平賀先生お勧めのモスならともかく。
それなのに僕がその公告に足を止めたのは、ある思い出の存在。そして、その思い出がいまの自分
に直接つながっていることに気がついた、そのことの感慨ゆえでした。
僕がまだ小学生だったころ。
そのころまだ僕の周囲にはモスはありませんでした。ファーストフードといえばマクドナルドか、
地元のチェーン店の二つだけでした。そして、その二つを比べれば、僕はマクドナルドが好きでした。
味なんぞろくすっぽ分かるわけがない(今でもそうですが)子供の僕がマクドナルドを好んだ最大の
理由。
それはやっぱり、その店で過ごした楽しい時間の記憶ゆえでした。
家族で遠出するときの、家を出た直後の腹ごしらえはたいがいそこでした。
地域少年団のサッカーチーム、その練習のあとに駆け込んだことも。
がきんちょグループで店の一角を占拠し、当時流行ってたお菓子のおまけについての話題で粘った
ことも。このときはちょっと不良になったような気分が嬉しかったことも覚えています。
そしてなにより、親父がへばってるときの朝ご飯の思い出…。
ちょっと、これには説明を加えたほうがよいかもしれません。
僕の親父はそのころ、「週末になると頭痛」病の慢性患者でした。おかげで、行きたかった行楽の
かなりの部分が「俺、頭いたいから今日は止め」という言葉のもとに消滅してしまった、そんな記憶
があるのです。
また、親父は研究者でした(こっちはいまでもそうですが)。そういえば聞こえはいいのですが、
要するに「公的に価値を認められた同人モノ書き」と、内実はあまり変わりません。基本的に自由業
で、一日のうち活動に注ぐ時間は完全に裁量次第。成果はすべて自分自身につき(基本的に、ですけ
ど)、成果出せなきゃいつまでも雑魚のまま。
そんな職業を好きこのんで選んだ人間が家庭にいついてくれるわけもなく、両親はしょっちゅうケ
ンカしていました。
「夕飯食べたあとくらい家にいなさいよ」VS「男の仕事に口出すな」とでも申しましょうか。
そんなわけで、毎週日曜に親父がへばっているときの朝ご飯はマクドナルドで済ませてしまうこと
も多く、そのとき僕は「親父が嫌い」という一点で母親と共同戦線を張っていたような、そんな気分
でいたのです。その気分は不思議なものでした。妙に誇らしいような、ちょっと恥ずかしいような。
今ならエディプスコンプレックスの始まりとかなんとか、いろんな言葉で説明がつく心情なんですけ
れど。
で、そんなある日曜日。
例のごとく親父は僕の週末の夢を「頭痛だ」のひとことでぶち壊し、ぶすったれている僕を見るに
見かねたのか、これまた例のごとく母は僕と弟達をマクドナルドに連れて行ってくれました。
ひととおり注文されたものを食べ終わったところで、「帰るよ」と母。
すっかり機嫌も直っていた僕は、そこでいそいそと店を出ようと…したのですが。そこで母は僕を
止めました。
「どうしたの?」
「うん、お父さんにお土産買ってあげないとね」
「わかった。車で待ってるよ」
「ん。弟達の面倒、ちゃんと見てるのよ」
そんなやりとりを経て、僕はふたりの弟を車まで連れて行きました。
車内でふざけあって時間を潰します。
と、ドアのガラスをノックする音。母さんです。
「お帰りー」
そういいながら。僕はドアを内側から開けました。
「はい、ありがとさん」
母も運転席に入ります。
僕は母に聞きました。
「ね、母さん。お土産、何買ってきたの?」
「フィレオフィッシュ」
「ふーん……」
実は、その答えは僕にとって不満の残る答えでした。そもそもフィレオフィッシュなんて、あのマ
クドナルドのメニュー群の中ではやや異端です。「牛100%」の宣伝にもあてはまらないし、なん
だか名前も中身もふわふわしていて、どうみても好きにはなれないメニューだったのです。個人的に
は、べらぼうに力の強かった(そう感じられた)親父にはビッグマックがふさわしいと思っていたの
ですが。
そんなこんなで、僕達を乗せた車は家に戻りました。
親父は相変わらず布団の中でうだうだしていました。
僕はそんな親父のところに行きました。
「おう、帰ってきたか」
「うん。……ね、お土産があるんだよ」
「あぁ、そうか…」
そう言って親父は布団から起き出します。
食卓に向かう親父。僕もそのあとに続きました。
親父が、その「お土産」を見ました。
そして。
親父はそれを手にとり、
食卓に叩きつけました。
さっきまで僕に見せていた顔とはまるで別の顔で。
そして、怒鳴ったのです。
「こんなものを食わせる気か!!」と。
僕はその後ろで、ただ震えていたのでした。
こんな反応なんて予想もしていませんでしたし、日ごろ「食べ物は大切に」とうるさかった父が、
その食べ物を「こんなもの」と、まるでゴミ以下の存在のように扱うなんて。
そしてそれ以上に、あの時「父さんにお土産を」と考えた母、その気持ちやいろんなものを踏みに
じられたような気がして、僕は動くこともできませんでした。
しばらく口論があったあと、父は結局何も食べずに布団の中に戻りました。
机の上には、もう冷めてしまったフィレオフィッシュ。
だれも手をつける様子はありません。
「食べていい?」と母に聞いても、制止の声はしませんでした。
僕は、食卓に叩きつけられ、「こんなもの」呼ばわりされたそれを口に運びました。
不思議と、涙があふれてきたのを覚えています。
それ以来、僕はフィレオフィッシュを見ることができなくなってしまいました。
見ていると何故か辛くなってしまうのです。
幸い、フィレオフィッシュはマクドナルドのメニューのなかでもあまり人気のあるほうではありま
せん。だから、見ないようにしようと思えば見ないですみます。
で、これからが本題だったりするのですが。
突発的に切なくなったりすることって、ありません?
僕はよくあります。街中で、本屋さんのなかで、そういえばこの間はゼミ合宿の最中に。
たとえば実家にいたころの話なのですが、商店街の薬屋さんのまえに、ときどき「空とぶゾウさん」
の遊具なんか置いてあったりすること、ないでしょうか? ええ、あの製薬会社のマスコットが、1
0円入れると前後に数分間動くだけの、アレです。昔、デパートの屋上なんかにロケットのかたちで
置いてあったりしませんでした? 関東圏の方なら、「IntelのCM」に出てくるヤツを思いだしていた
だければ分かりやすいか、…と。
で、それを保育園くらいの男の子がやってたんですよ。そばに、たぶんこの子の祖母だろう女性が
見守ってて。
その瞬間、街中だというのに、危うく泣き出しそうな危機に陥りました。となりに知人がいたので
ぎりぎりでこらえましたが。
その光景を見た瞬間、
「ああ、この子はたぶんこの遊具で遊んだことなんか、五年もしたら忘れるんだろうなあ」
「この祖母から見たら、孫が喜んでることが結構大事なことなんだろうなあ」
「こんな、排水溝の跳ね水で汚れたうすら錆びたちゃちな遊具で喜んでることが」
そんないくつかの考えが頭の中で生まれた瞬間、もう臨界まで来てしまった、というわけでした。
他にも「旅館の食堂で出る謎の漬物(ほとんどの人が食べていってくれない)」とか「買って二週
間で、有名ブランド品に換装するために売り払ったバイオスターのKXマザー」とか「車検を超えら
れず、解体屋に引き取ってもらったピアッツァ(初代)がクレーンで持ち上げられていくとき」とか
「みずぴーのオルゴール」とか……。
どうも、僕は「モノに込められた想い」というシチュエーションにだけ、極端に弱いようだという
ことが最近になって分かってきました。
で、それがどう今の自分とつながるかというと…。
「ゲームで感動するタイミングもまったく同じ」ということにも気がついてしまったからです。
史上最強の泣かせキャラとして知られるマルチにしたって、僕が一番ヤラれた瞬間はマルチ自身と
の別れよりも、その夢がかなえられなかったことを主人公が語った瞬間でした。マルチが「モノ」に
なってしまった瞬間とでも申しましょうか。
そういえば(もうそろそろ「ネタバレ」なんて書かなくてもいいですよね?)「KANON」でも
一番イタかったのは、栞が作ってきた弁当の量でした。その非常識な量の背後に、「あれも作ってみ
たい、これも作ってみたい」と嬉しそうに台所に立つ栞を見せたいという作者の意図。僕にはそれが
一番致命傷だったりします。
と、まあこんな感じで自己分析をしながら、僕はマクドナルドで時間はずれの夕食を済ませました。
ええ、注文したのはフィレオフィッシュ。相変わらず妙に軽い、食べたのか食べてないのかよく分か
らないような味でした。この味は本当に、あのころの記憶とぜんぜん変化がないように思えます。
親父?
「こんなモノ」、食ってるぜ。俺。
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