第19回   罪を憎んで

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 あとから見ると何のことだか分からなくなるので説明を。
 漫画の構図を盗作しちゃった少女漫画家さんの話です。

 2ちゃんねるで話が広まり云々というところに興味はないのですが。
 出版社のHPによると「連載の即刻中止を決め」、「すべての単行本も出荷停止・絶版・回収」するとのことです。

 原因は分からなくもないです。
 漫画でも小説でも、出版社は「作品」ではなく「作者」を売りたいわけです。
 「作品」の売上は一回きりですが、「作者」の売上は才能が涸れるまで何度でもリサイクル可能。ですから宣伝する際に「作者」を売り出そうとするのは当然の企業努力。
 その「作者」が不祥事を起こせば、徹底的に対処して他の「作者」への影響(あいつもやってんじゃねーの、という疑惑)を少なくすると共に、作者連への『一罰百戒』を狙ったほうが良いかもしれません。
(余談ですが、少女漫画誌は少年漫画誌よりさらに『作者』の比重が高いです。少女漫画誌の表紙には作品名より作者名が大きく載っている、というのは有名すぎる比較論。作品の性質上、少年漫画より長期連載が少ないという事情もあるでしょう)

 でも、それは会社側の理屈であって、受け手にとってはまた別の理屈もあり得ます。


 槇原敬之ファン歴13年の自分としては、どうしても思い出すんですよね。
 彼の犯罪が発覚したときの「全ての発売済CDを回収」。
 自分が知る限り、犯罪が発覚した著作者への対応として「作品の回収」が発明されたのはこの時です。
 麻薬絡みの犯罪は芸能界でしょっちゅう発覚してましたが、それまでは「謹慎」「自粛」「出荷停止」までだったのではないでしょうか。

 で。
 贔屓の歌手がこういう立場にあったので過剰に反応してるのかもしれませんけど、やっぱり「絶版・回収」はまずいんじゃないかなあと。
 今回のケースなら、盗作があったと明らかな作品の絶版・回収はやむを得ないと思います。本人も認めているとのことなので、これは自業自得。
 ただ、それ以外の作品までまとめて絶版・回収する根拠がさっぱり分かりません。それらの作品に何か問題でもあったんでしょうか。
 『犯罪者の過去は認めない』という理屈は、『犯罪者の未来は認めない』という理屈にしかつながりません。不毛です。

 槇原敬之の例で言えば、自分が認められるのは「麻薬を使った時期を特定し、その時期に作られたCDを絶版・回収」まで。
 これでも、麻薬を使って良い作品を作ろうとするお馬鹿さんへの抑止力としては充分でしょう。

 それでも個人的には相当の妥協。「作り手がラリってようが何だろうが良い曲は良い曲」が自分のナマの意見です。
 少数派な上に反社会的なので、押し通そうとは思いませんが。

 歌手が聖人君子で麻薬を吸わないと思ってCDを聞いてる訳ではないですよね。
 自分にとって歌手の裏切りとは「自分にとって駄目な作品を作ること」のみで、それ以外の何をしようが知ったことではありません。

 コンピュータでランダムに文字を吐き出しだそうが松尾芭蕉が悩んでひねり出そうが、「夏草や兵どもが夢のあと」という並び順の文字列になっていれば結果は一緒。
 仮に、芭蕉の長い旅が良い作品であることの条件だとします。
 すると、「実は芭蕉の旅はただの都市伝説でした」なんてことが証明された場合、その瞬間にこの句は名作から駄作へ転がり落ちるわけです。
 そんなのおかしいですよね。



 罪を憎んで人を憎まず、というのは綺麗事に過ぎます。
 でも、罪と関係ない時期の人まで憎むのは行き過ぎ。

 まして作品は、書き終えた瞬間に作者の手を離れるわけです。いわば、独り立ちした子供。
 親の罪を子供が背負う必要はありません。
 無理心中なんてもってのほか。


 

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