君が通りすぎた後に

                 Leiji


バス停。セリオとの別れを惜しむクラスのみんな。そして、私。
「田沢さん、いつか、私の妹たちが生まれたら、また声をかけてあげてください…」
「わかったよ、絶対にするからっ」
 あたしは笑顔で答えた。
「あたしもっ」「あたしもっ」
 クラスのみんなもあたしに続いてくれる。
 セリオはみんなを見渡しながら言った。
「ありがとうございます、皆さん」
「ありがとう、ございます…」
 セリオの言葉がふいに詰まる。
 しばらくそれを見ていた私は、セリオに声をかけた。
「セリオ、…これでふきなよ」
「…え?」顔をあげるセリオ。
「拭くって、なにをですか…」
 あたしは微笑んで、続けた。
「わかんないの?流れてるでしょ、涙が」

 あたしとセリオはそんな風に別れた。
 さよならがこんなにやさしい気持ちになれるものだなんて、あたしは知らなかった。
 それも、セリオ、あなたが教えてくれたことだよね。
 一月も一緒にいられなかったけれど、
 ひどいことも言ったこともあるけど、
 結局あたしたちはしょせん「人間」と「ロボット」なのかもしれないけれど、
 それでも、あなたは、
 私の大切な親友。

 セリオを見送ったあと、あたしは人の輪のそとから声をかけられた。その相手は、来栖川綾香さん。セリオの二年生の友達で、あたしのことをセリオから聞いていた、と言った。
 綾香さんと知り合ったことは、あたしにとっていいことだった。このとき綾香さんと一緒にいた男の人、藤田さんはおとなりの高校の生徒で、綾香さんの親しい友達。そして、セリオが橋渡しをしてくれた「あの人」…佐藤雅史さんの幼馴染みだった。
 綾香さんは、そのことを知ってか知らずか、あたしをよく帰りにさそってくれた。セリオの友達同士ということで、あたしは佐藤さんたちの仲間の輪に入っていけるようになった。
一度だけ、綾香さんにそのことを聞いたことがある。けれど、綾香さんはあいまいに笑っていただけだったのを思い出す。

 それから、あたしは佐藤さんとよく話せるようになった。少年のような印象があった佐藤さんは、ほんとうはけっこうオトナで、昔馴染みのグループのなかでついつい引っ込み思案になってしまいがちなあたしが、メンバーの中で浮いてしまわないよういろいろ気を使ってくれた。       あたしはそれで、ますます佐藤さんのことを好きになった。

 そして、時間は流れ…。
 新しい春が巡ってきた。
 佐藤さんたちのグループに、私はすっかり馴染んでいた。みんなはあたしより学年が一つ上だったけれど、それでもみんながあたしのことを仲間だと扱ってくれるのが嬉しかった。学年のことをあたしが口にすると、藤田さんが留年するから気にしなくてもいい、と長岡さんが冗談を言い、藤田さんが怒る。それを神岸さんがなだめ、(いたら)綾香さんが笑う…。そして佐藤さんはそんなみんなを優しげにみつめている。
 そんな毎日に、あたしはいた。

 だから、五月の連休前に、佐藤さんからあたしに映画の誘いがあったときに、はじめはうそじゃないかとさえ思った。その時期は佐藤さんにとって高校最後の大会の予選と重なっていて、
それに一年近く友達として扱ってもらってきていて、ずっとそんな話にならなかったことで、あたし自身もちょっと先行きに不安を感じていたからだった。

 その日、私は待ち合わせ場所の公園に三十分前についた。遅れたらいけないという気持ちと、よくポップスとかで聞く「あなたを待つ嬉しさ」
なんていうのを試してみたくて、それで目覚ましを早くセットした。けど(やっぱり緊張していたんだろうな)その早めた目覚ましよりもさらに三十分も早く起きてしまい、途中のバスで何度も大あくびをしてしまったのは秘密だ。
 けど、結果から言うとその努力は何の意味もなかった。なんと、佐藤さんと出会ったのは待ち合わせ場所の公園の池の岸ではなく、その公園の入り口だった。あたしは三十分早く間に合うように来たけど、佐藤さんも同じことを考えていたなんて。
「僕から誘ったんだし、僕の方が遅れたら悪いな、と思ったんだけど…」
 と、佐藤さんは言う。
「い、いえ、結局遅れなかったんだし、いいじゃないですか…」
 なんてあたしは答えたけど、本当はちょっと残念だった。

 映画はSFサスペンスホラーもので、あたしは本当に気に入った。あとで佐藤さんが、あたしの好きな漫画を覚えてくれていて、それを参考に選んでくれたということを長岡さんから聞いてとても嬉しかったことを思い出す。
 あたしは夢心地だった。はじめて佐藤さんを知ってから一年、セリオのおかげで近くにはいられるようにはなったけれど、それ以上に進む勇気は、あたし一人では出てこなかった。佐藤さんたちは学年が一つ上で、卒業すればもうこれまでのようにはあえなくなる。それは分かってはいたけれど、それでもあたしはなかなか勇気を出せなかった。だから、佐藤さんのほうから誘ってくれるなんてことは考えもしなかったことだった。映画も、そのあとに食べたパスタも、ふたりで回った商店街も、なにもかもが特別に感じられた。
 楽しい時間はすぐに過ぎていくもので、いつのまにか太陽はすっかり傾いていた。遠くで夕刻を告げるチャイムが鳴っている。あたしのなかの楽しい気持ちも、まるで空気が抜けた風船みたいになり、かわりに淋しい気持ちが膨らんでくる。「何かに」勇気を出さなくちゃ、とは思うのだけど、その何かが分からない。
 そんな複雑な気持ちで、あたしは隣で歩く佐藤さんの顔を見つめていた。どこかうそみたいなおしゃべりを続けながら。
 ふたりきりで歩く公園。だんだん空の色が変わってくる。こんな時間ももうあまり続かないことを知らせるように。
 隣りで歩いている佐藤さん。たしかに一年前よりは近くにいる。それだけは間違いはない。名前だって覚えてもらった。でも、あたしの気持ちを伝えたい、そういう願いは…まだ、かなっていない。

 ちがう。
 かなえていない、んだ。
 一年前のことだって、あたしの背中を押してくれたのは…セリオ。あたしが自分のやりかたでやっていたら、きっとまだあたしは一人きりのままだった。
 そのとき、思い出した光景。
 あれは佐藤さんたちのグループに入りはじめてまだ間もないころ。
 あたし、綾香さん、神岸さん、長岡さん、藤田さん(そういえばこの人の周りにはきれいな女性が絶えないなぁ)の五人で、サッカー部の試合を応援に行ったとき。
 試合の最中、あたしたちのいるグラウンドの外側、金網のそとから試合をずっと見つめていた、長い髪の女の子。神岸さんたちと同じ制服を着てたから、たぶん同じ高校の生徒なんだろう。面識はなかったけれど、その子はあたしにとってなぜか印象に残った。その子の、どこかはかなげなきれいさのせいか。グラウンドの内の歓声とその外側で一人きりの彼女の姿を、どこかで見たように思えるからか。
 そして、今、その子がどうしてあそこにいたか、がなんとなく分かった気がした。
 あたしと、おんなじだったんだ。
 あたしよりずっときれいな子だったけど。
 学校帰り、いつものメンバーで楽しそうに話してた佐藤さんたち、それを陰からこそこそ見ていたあたし。
 佐藤さんの試合を応援していたあたしたち、グラウンドのなかの楽しい時間。それをグラウンドの外から見ているだけだったあの子



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