未来への手紙
松本裕太
今日は高校2年生として学校に来る最後の日。つまりは終業式だ。3年に進級すればクラス替えがある。彼女とクラスメートの関係でいられるのも、最後かもしれない。いや、この学校の無駄に多い生徒数のことを考えれば、2年続けて同じクラスになるなど不可能に近い。
今日が、最後のチャンスだ。
「あら北川君。どうしたの?」
今日は終業式のため、授業はない。朝のHRが終わると約1時間の大掃除が始まり、その後は講堂で終業式がある。最後にもう一度HRがあり、朝の11時半には全ての予定が終わる。
ただ、律儀に一時間も掃除をやる奴などいない。誰もが30分も経たないうちに切り上げ、教室で騒々しく過ごしている。
そんな教室の空気を無視して、俺は美坂の机の前に立った。できるだけいつもとは違う顔を作ったつもりだが、美坂は普段どおりだ。
「珍しいわね。そんな真剣な顔…」
「今、時間あるか?」
「相沢君も名雪もまだ帰ってきてないし、暇だけど?」
「悪いけど、ちょっと付き合ってくれないか」
「え? いいけど…」
その返事を聞くと、俺は廊下に向かって早足で歩き出す。
「ちょっと…何の用か言ってからにしなさいよ」
美坂が後ろから慌ててついて来る。
「お、北川もついに告白か?」
「オレ、玉砕に500円」
「俺も『ごめんなさい』に300円な」
「じゃあ私は1000円。もちろん振られる方に」
「なんだよ、賭けにならないじゃないか」
…こいつら、勝手なこと言いやがって。
俺は、中庭の一角に来た所で立ち止まった。小走りで追いかけてきた美坂が少し遅れて追いつく。
「か…勝手に歩いて行っちゃって…用事は何なのよ」
美坂にも、教室の連中の冷やかしが聞こえたに違いない。加えて今日は、学校で最もその手のことが多い日だ。ここに来るまでにもそれっぽい男女を3組は見かけた。意識しないわけがない。
「もう分かってるだろ?」
「わ…分からないわよ…」
俺は、胸ポケットから手紙を取り出す。封筒に入れてはあるが、封をしていない。それを無言で美坂に差し出す。
「黙って受け取ってくれ」
「何よ、これ…?」
美坂の目線が落ちつかない。手紙と俺の顔を見比べている。
「ラブレター」
「え…」
更に取り乱す美坂に、無理やり手紙を掴ませる。
「これを…」
ここが肝心だ。今まではシミュレーション通り。だが、ここで失敗しては何にもならない。真剣な表情をより引き締める。
「水瀬さんに渡してくれないか」
「…………………え?」
「だから、水瀬さんに渡してくれ」
「な…何考えてるのよっ! なんであたしがそんなことしなきゃいけないの!」
美坂と知り合ったのは一年前だが、こんなに慌てた姿ははじめて見る。
「……」
「大体、こんなとこに呼び出すから、てっきり…」
「美坂への告白だと思った?」
「な…」
もう少し引っ張るつもりだったが、限界が来た。無理に引き締めていた顔が、だんだん緩んでいく。
「期待した?」
「…もしかして、全部冗談だとか言うんじゃないでしょうね?」
「全部じゃない。半分だけだ。その手紙、本当は美坂宛て」
「…どういうこと?」
「読めば分かるよ」
俺は手紙を指差す。混乱して、言われるままに手紙を取り出す美坂。そして、ゆっくり目を通す。
「……」
「顔が赤いぞ」
「ど…どこまでが冗談なの?」
「全部本当。もう冗談なし」
長いため息。それが終わると、いつもの冷静な美坂が戻った。
「こんなタチの悪いことして、許してもらえると思ってないでしょう?」
「思ってるよ」
「楽観的過ぎるわね」
「そうでもない。これでおあいこだからな」
不審そうに俺をみつめる。
「あたし、北川君に何かしたかしら?」
「相沢から聞いた。妹のこと」
美坂の顔色が変わる。視線を泳がせる姿などはじめてだ。
「…それが…どうしたの?」
「その顔だよ。その、自分に迷ったような弱い顔を俺に見せてくれなかった。そのおかえしだ」
「それは…」
俺は、意識して冷静さを持ち続けながら言葉を続ける。
「美坂と会ってから、俺は結構楽しかったよ。学園祭のばか騒ぎ、修学旅行の夜の宴会。普段の授業やテストだって、嫌いなだけじゃなくなった。でもお前は、大事なことをずっと隠していた。自分が楽しいと思ってた生活が、実はぜんぶ嘘だったって言われたみたいで、悔しかった」
「…ごめん」
「謝るなよ。これっぽっちも気づかなかった俺がバカだったんだから」
重い沈黙。
「さっきの手紙」
「え?」
「だから、有効期間は1年なんだ。来年の卒業式の日までに返事が欲しい。無償の愛ってのは格好いいけど、きっと長続きしないものだとも思うから」
「……」
「その代わり、俺はもっとお前を理解できる奴になってやる」
乱暴に、考えていた言葉を言いきった。
「…ありがとう」
今まで見た中でいちばん綺麗な笑顔。今度は俺が顔を赤くする番だった。
「お、戻ってきたぞっ」
「どうだったどうだった?」
教室に戻ってきた俺たちを迎えたのは、盛大な冷やかし。こいつら、他にする事ないのか?
「ねえ名雪、これ見て」
「これなに? 手紙?」
こっちでは美坂が、水瀬さんに手紙を見せて…っておい!
「何をやってるんだ何を!」
「あら。最初に言ったじゃない。『水瀬さんに渡してくれ』って」
「あれは冗談だって言っ…」
「え? 何? 聞こえないわねえ」
さっきは天使に見えた美坂の笑顔が、今は悪魔に見えた。
「ほお、北川のラブレターか」
「相沢! お前は関係ないだろうが!」
「なになに、『北川潤は…』」
「声に出して読むな! くそ、返せっ!」
美坂は笑いながら、俺と相沢の争奪戦を眺めていた。
「これ、ラブレターじゃないしね。人に見せてもいいでしょ」
「そういう問題じゃないっ! 覚えてろよ美坂っ!」
「これも『惚れた弱み』ってやつよね」
「お前が言うなあっ!!」
なんか、真面目に考えてたのがバカみたいだ。
まあ、これも『らしい』かもしれないな。
『北川潤は、美坂香里のことが好きです。
今後一年間は、どんなことがあろうと心変わりしません。
もしも美坂香里が良い返事をくれたなら、期限は無期延長されます』