平凡にして幸せな夜
Leiji
夢。
夢を見ている。
Leaf伝統の始まり方をしておいて何なんだが、夢を見ている。
夢の中で俺の前にいるのは…女の人だ。
桃色の髪の、美しい女性。
彼女が口を開く。その年恰好に相応の、大人びた声。
「健太郎さん、健太郎さん……」
「…はい、」
「健太郎さん…こちらへ」
「ふぁい」
彼女に手をとられる。残念なことに、夢の中なので感触はない。そのまま彼女に
手を引かれていく。
しばらく行ったところで、急に足元がやわらかくなる。布団かベッドの上にいる
みたいだ。さすがは俺の夢、実にいいかげんだ。
彼女はいつのまにか着衣を脱いでいる。うーむ、みごとなプロポーション。
そして、俺の前に彼女が向き直る。いつの間にか彼女は、蟲惑的な笑みを浮かべ
ている。さっきまでの清楚さはどっかにいってしまったみたいだ。
彼女が、こっちの首に腕を回す。
「健太郎さん…」
「○×■◎∵……」
名を呼び合う俺たち。
そして彼女は、その笑みを浮かべたまま、俺の唇にその柔らかそうなそれを重ね
る。唇の柔らかさ。体勢的にどーしても避けようのない、俺の胸にあたるたっぷり
とした二つの量感。触れあう肌の、そのなめらかな感覚。そして、そうこうしてる
うちに俺の唇を割り、俺のそれを巧みになぜる彼女の舌。
そんな魅惑的な感覚が、俺の中を走る。
息苦しくなるほどの、彼女の熱い抱擁。
息苦しくなるほどの…。
息苦しく…。
というか、本当に苦しい。
彼女に力いっぱい抱きしめられ、さっきからずっと舌を絡めあっていればそりゃ
当然か。
「く、苦しい」とか言おうにも、彼女は俺を離してくれない。天国のような、地獄
のような…。
ま、まじい。これはマジで死ぬ……。
俺は、そこで目を覚ました。
俺の部屋。そして俺を締め上げているのは、もちろんスフィー。こいつとはじめ
て会った一年半前から、寝相の悪さはもういいかげんなれっこになってはいるもの
の、なんかそれもだんだん悪化の一途をたどっているような気がするぜ。
そんなわけで、俺の首に(力いっぱい)抱きついていたスフィーを引き剥がし、
俺は一息ついた。
「うにゅ、けんたろ……」
あいかわらず寝言もやまないようだ。身体だけは、こっちに帰ってきたときに完
全に年相応に戻っているにもかかわらず、やってることはガキとぜんぜん変わらん。
こんなに胸とかはでっかくなってんのになぁ…。
そんなことを考えながら、俺は数時間前さんざん触ったスフィーの胸元に手を入
れる。…うむ、柔らかくて気持ちいい。起きる様子がぜんぜんないので、俺は調子
にのって彼女の胸元からどんどん腕をつっこんでいく。
「む〜〜」
なんか言ってるが、無視無視。どうせ寝言だ。
さっきの夢が後を引いているのか、俺のHな欲望はとどまるところを知らない。
ちょっと体をひねって、俺はスフィーの胸を手のひらに収める。そのまま、手のひ
らを使ってその柔らかさを存分に味わった。
次は…。
俺はちょっと手を浮かせ、人差し指でその膨らみのうえの突起に触れる。男の身
体からはどこを見ても探し出すことのできない、そんな微妙な固さと柔らかさ。俺
はその感覚にますます興奮をつのらせる。
人差し指のはらで、俺はスフィーの突起を細かくさする。見る間に(服で隠れて
るので見てはいないけど)それは存在感を主張してくる。
「ん…」
スフィーが声を上げ、上体を少しずらした。やや仰向け気味にかわった姿勢に、
俺は渡りに船と内心舌を出す。
半分はだけた、スフィーのパジャマの胸元。そこをなんとか止めているボタンに
俺は手を伸ばした。もうここまでくれば乗りかかったなんとやら、止める理由はな
い。
「よ…っと。あれ? 案外…固いな…?」
部屋が暗いせいもあるのだが、結構他人のボタンをはずすのって難しいもんだ。
「…やったげよっか?」
「ん、ああ…頼む、……って!」
「…寝てる相手になにしてんのよ、けんたろのスケベ」
「…お、起きてたのか?」
「起きるわよ、あんだけ他人に胸いじくりまわされてたら! 寝てるあいだにそん
なことするなんて、ゆだんもすきもないったらありゃしない…」
大げさな身ぶりで安眠妨害の怒りを訴える(?)スフィー。俺はそれをぼーっと
見ていた。
「……」
「――ちょっと、けんたろ、聞いてるの?」
あんまり聞いてない。
聞いてた、というより…見てた。スフィーの身振りがあんまり激しいんで、さっ
き外しかけた胸元が―というかその布を押し上げてるふくらみが―なかなか魅惑的
にはずんでるじゃありませんか。これを見ない法はない。
「けんたろ、聞いてるのってば!」
…あ、だんだんマジで機嫌悪くなってきてるな。
状況を変えるべく(というか、俺のHごころはぜんぜん満足してない)、俺はス
フィーの頭に、ぽんと手を乗せた。
一瞬あっけにとられて、動きが止まるスフィー。
その瞬間を見逃さず、俺はスフィーを抱き寄せた。
「あ、わ、わ、けんたろ…」
「…嫌か?」
「え?」
「俺に触られるの、嫌か?」
「え、…その、」
「………」
「いや…じゃ、ない」
「じゃ、好きか?」
「う…」
部屋が明るければ、真っ赤になって照れるスフィーが拝めるところだ。
「どうなんだ? いい機会だから聞いときたいな〜」
「む〜〜、けんたろ、意地悪ぅ〜」
「意地悪で結構。で、答えは?」
「…もう! そういうこと、レディに言わせないでよね…」
そう言って、スフィーも俺の背中に腕を回してくる。
「お、積極的だな?」
「だって、さっき中途半端で止めちゃうから…」
俺を見上げるスフィー。その瞳のたたえる光が、夢の中の美女の淫秘なそれと重
なった瞬間、俺はスフィーをベッドに押し倒していた。
一時間後。
することすませた俺もスフィーも、ベッドの上で荒い息をついていた。お互いの
体温と、コトのあとの特別な脱力感にひたりながら。
「のど……かわいたぁ」
スフィーがつぶやく。コトの最中はぜんぜん気にならなかったけど、俺のほうも
いつのまにか、渇きでのどがひりひり痛んでいた。
「なんか、飲むモン取ってきてやるよ」
俺はそう言い残して、ベッドから降りる。なにも着てないので、正直言って寒い。
ま、わざわざ服を出して着るまでもないしな。
一階、台所。
俺用にフツーのコップ。
スフィー用に、大きなマグ。
手探りで選び出したそれぞれに、冷蔵庫からだした買い置きのスポーツドリンク
を満たす。
そして暗がりで足をぶつけないように、一歩一歩確かめながら、台所を出る。
二階の俺の部屋に戻ると、スフィーが部屋の電気をつけて待っていた。
「ほい、お前の分」
「ありがと、けんたろ!」
嬉しそうにマグを受け取るスフィー。おおぅ、見事なイッキ飲みだ。俺も負けじ
とコップを傾ける。
「んぐんぐんぐ…ぷはぁ〜」
「…ふぅ」
ひといきついたところで、俺は部屋の電気を消してベッドにうつぶせに倒れこむ。
まだ身体にのこるけだるさを、ゆっくり味わいたかった。
その俺の横に、スフィーも身体を横たえる。首だけ曲げてそちらを見る俺に、ス
フィーは微笑んだ。
「けんたろ、ありがと」
「…いきなり何を」
「飲み物」
「ああ、なるほど」
「えへへ…、あたしの分まで取ってきてくれるなんて、ちょっと嬉しかった」
「ま、俺だってアノあとくらいはなにもしないで寝てたいからな。そう考えりゃ、
相手がしてほしいことも分かるってもんだ」
「…けんたろ、だーい好きっ!」
俺に飛びついてくるスフィー。
「おい、止めろってば…、もうちょっとぐーたらさせてくれぇ…」
我ながら情けない声をあげてるだろう、俺。
と、そのとき。
かちーん…
澄んだ響きが、俺たちの動きを止める。
「何か、鳴った?」
「っていうか、お前が暴れるからなにか引っ掛けたみたいな感じだぞ、今のは」
「え、マジ? …えーと、えーと」
あたりを探し始めるスフィー。
「いいから、電気つけろって…」
そういいながら、ベッドサイドの電気スタンドのスイッチを入れた。
そのあかりで、スフィーはなにが鳴ったのかを理解できたようだ。ベッドの上
から、あたりの床を手探りしている。
「なんか、分かったかぁ?」
「うん、…と、取れたぁ♪」
「お、それは…」
そこでスフィーが拾い上げてきたのは、碧い腕輪。
忘れもしない、一年半前にスフィーが俺を蘇生させるための道具として使った
アレだ。地上滞在の期限が切れて、スフィーが強制的にグエンディーナに帰還し
てしまったあとも、捨てるに忍びずとっておいたヤツだ。
ごめん、ウソだ。
「捨てるに忍びず」どころか、捨てようなんて気も起きなかった。スフィーがい
なくなっても、俺はスフィーが使っていた部屋を片付けようともしなかったんだ
し、とにかくスフィーがいた痕跡をこの家から消すことを、俺はひたすら拒んで
いたんだから。
故郷に戻らされたスフィーのほうも事情は似たようなものだったらしく、あん
まりこの世界のことに心を残しすぎたため、結局王女サマから一介の骨董屋の店
員に転職することを余儀なくさせられてしまったわけで、そういう意味ではとこ
とん俺たちは似ているといえないこともない。
そんなわけで、俺たちが一緒に暮らし始めて半年が経っている。
ほんと、お互いよく周囲が認めてくれたもんだ。
そんなことを考えながら、俺はベッドに寝転んだままでスフィーを見ている。
彼女も、腕輪を眺めながら嬉しそうにしている。
「お前、それ好きだからな……」
なんとなくつぶやく俺。そのセリフに、スフィーは敏感に反応する。
「うーん、まだまだけんたろにはおんなごころはわかんないかな〜?」
お、いっちょまえに人差し指を振ったりなんかして。
「おんなごころ、なんてタマか?」
「やっぱり分かってないよね〜」
「…何を言っているのか、ぜんぜん分からん」
「そう?」
「ああ」
「ふ〜ん、やっぱりね♪」
なんか、嬉しそうだな。おい。
なんとなく話題がつまらない方向に行きそうなので、俺は風向きを変えようと
した。
「なあ、ところでその腕輪、もう効いてないんだよな?」
「うん、もちろん。だからこうしてけんたろが腕輪外しても、何も起きないんじ
ゃない。もうあんなの繰り返したくないもんね〜」
「…『あんなの』?」
それはちょっとしたツッコミのつもりだったんだが。
「………」
おもいっきり、スフィーは、「まずい…」っていう顔になった。普通なら聞い
てやらないのが優しさなんだろうが、コイツの場合なにやらかしてるか分からん
からなぁ……。特技が「記憶操作」なんて、ある意味いちばんはた迷惑なヤツだ
けに。
「なんか、あったんだろ? それって俺に関係することか?」
「………答えはどっちも『はい』だよ…」
言いたくなさげなスフィー。ちょっとその表情をされると心は痛むが、ここま
で地雷踏んだ以上、もう引き返すことはできない。
「言ってみろ? 怒らないから」
「ううん…言うくらいなら、思い出したほうがいいよ…」
「思い出したほうが…?」
「うん。 …ね、けんたろ、ちょっと起きて?」
「…ああ」
上体を起こす。
その俺の額に、スフィーも額を合わせる。そしてそのまま、なにやら呪文を唱
えだす。
かんけーないけど、こうやってかすかに動いてる女の子の唇って、なんかHだ
よな…。いつぞやはみどりさんのそれにも胸をときめかせた記憶もあるし。うー
む、そう考えると…。
「けんたろ、ヘンなこと考えないでっ!」
目の前でスフィーが怒鳴る。ばれてるのか。反省反省…。
そうこうしていると、俺は急に周囲が暗くなってきていることに気がついた。
「あれ、スフィー、電気消した?」と聞こうとしたが、その声自体もきちんと出
ているのかどうか、よく分からない。
いや、「周囲が暗くなってきている」んじゃなくて「俺の感覚が消え始めてる」
んだ。
大丈夫だよな、スフィー…?
そんなそこはかとない不安にさいなまれながら、俺は意識を失っていった…。
これは…いつの、記憶だ?
そう、たしかこれはちょうど一年前…。
「五月雨堂」店内。
一年半前のこの店。いまよりずっと店の中はごちゃごちゃしてる。品揃えも今
よりずっと悪い。
そして、俺のこの感情…。
今の俺と一年半前の俺の人格が混ざっているらしく、不自然に憤りの感情が満
ちてくる。この憤りの正体は……。
俺は「あの日」の俺の感覚に、意識を集中した。ちょうど、ふたりの人の会話
から一方の言葉だけを聞き取るような感覚だ。
この憤りのイメージ。それは…桃色の髪の少女。
スフィーだ。
面白いのはこのスフィーのイメージが、小憎らしい表情だけで構成されている
ことだ。一年半前の俺の彼女への印象がいかに悪かったか、自省するに充分だ…。
今の俺がスフィーのことを思い出そうとしても、(身体のサイズにかかわらず)
いつもの笑顔しか思い浮かべることができないんだから。
そうこうしてると、「あの日」の俺が自分の腕を見た。
例の、碧い腕輪。
こいつの思考が、俺のなかにも伝わってくる…。
曰く。
「あの小娘を、俺は信じていいのか?」
「ここに居座るための方便なんじゃ?」
「そもそもこの腕輪だって、どれだけ効果があるんだか?」
…思い出してきた。
はじめのころ、俺がどれだけスフィーに対して不信感を持つべき状況だったの
かを。なんていったって、俺はスフィーのいう「事故」を知らない。なんか激し
い衝撃を受けたところで、はっきりした意識は途絶えてしまっているんだから。
それで目を覚まして、はいアンタは死にました、あたしが生き返らせました、だ
から同居させなさい……よく即座にアイツを追い出すなんて結論、出さなかった
よなあ。
変な人間には親父でいいかげん慣れっことはいえ、一晩寝ればいいかげん常識
も戻ってくるもんだ。例の事故から一夜明けた俺が、アイツの言ったことに疑い
を持つのはどこもおかしくはない。
訂正。
「あの日」の俺が、確かに思ったことだ。あんまり昔のことみたいに思えるんで、
すっかり思いださなかったけれど、それでも記憶の片隅に残ってはいる疑問だ。
そして…「あの日」の俺は、おもむろに、ある意味当然の行動にでた。
俺は…スフィーの警告を無視し、腕輪を外したのだ。
へへん、なんてことないじゃん。それが俺の、率直な感想だった。本気でなに
も起きなかったのだから。
さて、この暴かれた嘘を、あの小憎らしいがきんちょにどうやって思い知らせ
てやろうか…。内心ほくそえむ俺。いまアイツは、俺が渡したファッション雑誌
から、きょうの服を選んでいるとかいないとか。店先に出てくるのもそう先の話
じゃあるまい。そうしたら…これはおしおきモンだぜ。
そんなことを俺は考えて……考えて、いたのだが…。
――眠い。
――眠い。
眠い。間違いなく眠い。それも半端じゃなく眠い。俺の人生、眠さランキング
でも独走の一位は間違いないくらいに。
おかしいな…?
確かに昨日は、ろくでもない手続きとろくでもない事件に巻き込まれ、疲れて
いるといえばいえないこともない。
の、だが…。
この眠さは、尋常じゃないぞ、おい!
仕事前になに眠くなってんだ、俺?
眠気覚ましに店内の商品チェックでもしようか、なんて思った俺。なんとか薄
れる意識を振り絞り、腰掛けていた椅子から立ち上がった…までは良かった。し
かし、そこから困ったことに足が進まない。もう少し正確に言うなら、足を進め
る気力がわいてこない。
ああ、もう…仕事なんてどうでもいい。
俺は―――眠りたい。
それが、たとえ…永遠の眠りであろうとも。
「…あれ?」
俺は、そのとき目を覚ました。
目の前には…スフィー。俺の顔をのぞきこんでいる。
のぞきこまれている俺の頭は、……こりゃ、いわゆる「ひざまくら」か。
「起きたね♪」
「ん、ああ……この姿勢で俺の視界をスフィーの胸が遮ってるってことは、『現
在』に戻ったってことか」
「気づきかたがなんか嫌だけど…そのとおりだよ。お帰り、けんたろ」
その言葉とともに、スフィーのキス。
それを受けた俺。冷静に考えるとかなりこっぱずかしいシチュエーションに、
照れ隠し半分で俺は笑う。それに彼女も応えてくれる。
うーむ、「あの日」の俺はこの状況を見て何と思うことだろう?
そういえば。
「そういえば、俺が見てたのは…?」
「うん、けんたろも薄々分かってるとは思うんだけれど…」
「一年半前の、俺の記憶。 だろ?」
「……うん」
目を細め、俺の髪をなでながら答えるスフィー。
「あの記憶……なんで、いままで思い出さなかったんだ? まさかスフィー…」
「ううん、そんなことはしないよ。あの記憶が消えてしまったのは、あの時けん
たろは正確には死んでたから」
「……?」
「説明したと思うけれど、この腕輪の力なんだ……」
例の碧い腕輪を手に、語り始めるスフィー。
「グエンディーナでも結構貴重なモノで、非常用にって預かったものなの。秘め
た力は……マナの変換」
「まなの、へんかん…?」
「うん。あの時はきちんと説明するだけの余裕も時間もなかったから、きちんと
説明するね…?」
「…どうぞ? スフィー先生」
「うん。 この腕輪、正確には二つで一組なんだけれど、一方から余っているマ
ナを、もう一方の持ち主に送ることができるわけ」
「それは分かる」
「で、けんたろはそれをあっさり外した」
「今から考えると、思い切った行為でした」
「そうだよ? 私、本当にびっくりしたんだから。服を決めて店に降りてみたら、
けんたろが倒れてるんだもんね〜」
「よく、俺、息を引き取らなかったな」
「そりゃそうよ。このグエンディーナの誇る天才魔法使い、スフィー様がついて
るんですから」
「…つまり、お前はあれからさらに魔法を使った、と?」
あ。
そんな表情を、スフィーが見せる。
余計なことを言ってしまった。そんな風情だ。
「…何か隠してるだろ? スフィー」
「え、う、うう、ううん、そんなことぜんぜん、もう全然ないよってば本当だし」
「で? 何を隠してるんだ?」
「む〜〜〜……」
スフィー、お前のリアクション分かりやすすぎ。
観念したらしく、スフィーは話しだした。
「えーと、あのころ私が、魔法を使うたびに若返っていくのは知ってたよね?」
「モノはいいようだな。ちぢんでくってことなら分かる」
「うん。そのね、実は…」
「実は…?」
「一回目にけんたろが死んだときは、緊急だったから自腹で魔力を使ったんだ」
「知ってる」
「二回目のときは…」
「二回目のときは?」
「その、全然足りなかったから…」
「足りなかったから?」
「あんまり誉められたことじゃないってのは分かってるんだけど…」
「分かってるんだけど…?」
「持ってるもののなかで一番魔力が強いアイテムから、マナを抜き取って使った
んだ♪」
「……つまり?」
「ほんとうは、命の力と関係ない性質のマナじゃ効果ないんだけど…」
「……」
「むりやり腕輪の力で生命エネルギーに変えたから…」
「……」
「ちょっとした、副作用なんかもでちゃったりなんかして」
「その副作用って?」
「まず、けんたろの精神に対する影響」
「…って、」
「うん……。けんたろ、この一年間で不思議に思わなかった? 私のことを、と
きどきずっと前からの知り合いみたいに思ったりしたこととか」
「…あるな」
「うん、それ。途中で魔力が私のなかをどうしても通らなくちゃいけないから、
できた生命エネルギーも私のマナの影響を受けちゃうんだ。人格、混じるってい
うか、なんていうか。それに、ときたま知らない夢とかみることもあるでしょ?
それもこのせい」
「それは…それなりに驚きだけど、まあそれはいいさ。一度目はともかく二回目
は、むしろ責任は俺のほうにあるんだし。死ぬよりゃマシだし」
「うん…ありがと。そう言ってくれて」
「ん、まあ、いいってば。それに…生きてて良かったこともなくはないしな」
そういいながら、目の前のスフィーの顔を引き寄せる俺。
そして、
「たとえば、…こんなこととか、な」
軽くくちづけを交わす。
「…もう」
スフィーも、ちょっと笑う。
「で、二つ目は?」
「それは私の問題なんだけど…自分の身体を元にもどすため以外にも、けんたろ
の身体を維持してる魔力の制御までしなくちゃいけなくなったから、…」
「もしかしてお前の大食いの理由って、あれか?」
「……うん。本当のところは」
「そうか…それなら謝らなくちゃいけないなー。長いあいだ、『妖怪食っちゃ寝』
だの『エンゲル係数の魔女』だのと軽口叩いて…」
「ううん、いいんだ。だって、ココの世界の食べ物って、実際おいしいし」
「いや、そう言ってもらえると五月雨堂調理担当としては光栄の限りで」
「えへへ…」
「はは……っと、ちょっとまてやオイ」
「…え?」
「お前の大食いの原因がそれなら、なんで秋口に入ってからも、そして今でもお
前の食べる量は、ちっとも減ってないんだ…?」
「あ、あははは…おかしなこともあるもんだよね♪」
「ごまかすなっ! こら、スフィー!」
「あたし、わかんな〜い♪」
とかなんとか言って、布団のなかにもぐりこんでしまうスフィー。
「あ、こら、ひとりで布団独占するな、こら!」
「べ〜だ、レディファーストだよ♪」
「んなガキみたいな食っちゃ寝魔女の分際で、レディとは片腹痛し!」
「そのガキのおっぱい、寝てるうちにいじくりまわしてた人に言われたくないで
すよーだ♪」
「言ったな〜!」
「な〜にを!」
あーあ、深夜だってのに我ながら大人気ない。
ま、それでもこうしてどだばたしてるのが、たぶん俺たちにとっては一番ふさ
わしい時間なんだろう…な。
そんなことを胸中に秘めつつ、五月雨堂の夜はふけていく。