赤ヤギさん青ヤギさん
松本裕太
「まだ書いてるのか」
兄さんが低い声で尋ねてくる。
「うん。もうちょっと」
兄さんの顔を見たのはほんの少しの間だけ。私は紙に視線をおろし、その上にペンを走らせ続ける。
「もう時間も遅い。いいかげんで休め。ただでさえ今日は遠出したのだから」
「分かってる」
そう言いながらも手を止めない頑固な妹の説得をあきらめ、兄さんは私に背を向ける。
「ごめんなさい・・・」
兄さんが出ていったドアが完全に閉まったあと、小さな声で呟く。
心配してくれているのは分かっているし、体のためにはもう休んだほうがいいのだと自分でも思う。
でも、一度眠りを挟めば、今日あの場所で感じたものが消えてしまうような気がする。
私は手紙を書く。
顔も住んでいる場所も知らない、あの人に向けて。
「はじめまして。
美術展で貴方の絵を見ました・・・」
自分の名前書き忘れた。
これじゃ正体不明の変な人だ。
「はじめまして。立川郁美といいます。
今日美術展で貴方の絵を見ました・・・」
なんとなく普通すぎる。
あんな凄い絵を描く人だから、きっとファンレターも一杯もらってるだろうし、こんなありきたりのじゃ読んでもらえないかもしれない。(注・かいかぶりです)
それに、とってもきれいな絵を描く人だから本人もかっこいいだろうし(関連無し)、彼女も当然居るだろうし(妄想)、中学生の子供から手紙貰っても相手にされないと思う。
決めた。
「中学生女子」だからダメなんだ。「中年男性」の設定で書こう。
年上を装えばきっと読んでもらえる。
それに万が一、いや億が一「一度会って話したい」なんて言われたら、中学生には断る理由が無い。大人なら仕事が忙しいって言える。
実際に会ってしまったら、私の病気のことがばれてしまう。
身近に居る家族や友達は仕方ないと思う。けれど、絵画展でただ絵を見ただけの人に病気のことを知られるのは、相手に特定の感情を強要しているようでどこか浅ましい。
いけないいけない。大真面目になってしまった。普段はあんまり深く考えないようにしてることなのに。
とりあえずは資料を集めよう。
大人。大人といえば新聞。そこで新聞の社説。
大人。大人といえばプロ野球。そこで「江夏の二十一球」。
大人。大人といえば経済誌。そこで孫正義が満面の笑みを浮かべている写真が表紙の「フォーブス」。
そのほか、「さだまさし歌詞集」に翻訳ソフトで直訳した英BBSホームページ、「悪魔の辞典」、「ゴルゴ13」、「大人のふりかけ」。
とりあえずなんだか分からないものも入った気がするけど、まあ爆笑問題好きだし。
さて、これを参考に手紙・・・うん、メールにしよう。字を隠せるから。
さあ、これから清書を・・・・・・・・・・・・
手紙は世界に通じる情報の海を渡り、
割と御近所に在住の高校生に届く。