はっぱおかっぱ

 

 

            松本 裕太


 

 日曜日。俺は楓ちゃんの学校に向かっていた。今日は彼女が通う学校の文化祭だ。良くも悪くも無気力な大学の学園祭に慣れてくると、中学校や高校の文化祭が妙に懐かしく思えるときがある。まして、学校での楓ちゃんの姿なんて、こんな機会でもないと見られるもんじゃない。でも、楓ちゃんは俺が来ることを喜んでいなかったみたいだった。察するに、文化祭独特のノリで、けっこう恥ずかしいことをやるらしい。

 

 …見たい。ぜひ見たい。絶対見たい。

 

 というわけで俺は朝早く学校に向かった。着いたのはちょうど10時だ。一応他のみんなにも声を掛けてみたが、秋のこの時期、週末は高校の文化祭が多い。梓の学校も同じ日に文化祭をやるらしく、一足早く出かけてしまった。『今日は一日かおりと一緒か…』などと暗い顔で呟いていたが当然聞かなかったことにする。初音ちゃんの学校は来週だそうだが、今日はその準備だという。しっかり実行委員会に入っているそうだ。そして千鶴さんは、今日は一日中仕事だ。もう観光シーズンは終わったと思ったのだが、今度は年末年始の準備が始まっているとのことだ。

 

 楓ちゃんの学校は、地元ではけっこう有名な高校だそうで、学業とともに文化祭にも力が入ってるらしい。まだ開場したばかりなのに、来場者もかなり多めだ。近所のおばさんや異性物色中の男子高校生、騒々しい子供の集団など、客層も幅広い。地域の中でも大きなイベントなんだろう。

 俺は校門で渡された無料のパンフレットを手に、楓ちゃんのクラスを探す。たしか二年二組だと聞いたが…。

 あったあった。第二校舎の一階。普通の教室でやるらしい。出し物は『ライブ』とだけ書いてある。有志で音楽でも演奏するんだろうか? クラスの出し物としてはかなり珍しい。それに楓ちゃんが楽器の演奏ができるなんて、聞いたことないけど。

 

 楓ちゃんの出番は午後だと聞いていたが、他に行くところもないので、とりあえずその教室に向かうことにした。忙しいところ迷惑かもしれないが、少しぐらい顔を出してもいいだろう。

 校舎はすぐに見つかった。中庭に面していて、教室内とはいえ人通りの多い良い場所だ。これならショバ代を払ってもお釣りが来るだろう。

 ・・・もとい。

 俺は中庭から教室を見ていたが、隣の教室(喫茶店をやっているらしい)と違って黒いカーテンが引かれていて、中の様子は分からない。かなり異様な雰囲気だ。ひょっとするとお化け屋敷でもやっているのかもしれないと思い、俺は校舎の入り口に回る。

 文化祭用に設置された臨時の下駄箱に靴を入れ、来客用のスリッパに履きかえる。入り口から二番目の教室が楓ちゃんたちのクラスの場所だ。

 それは分かったが、教室のドアにはそっけなく「準備中」の札が掛かっていた。

 どうも出直す以外に手が無いようだが、ここまで来て顔も出さず離れるのもどうかと思う。

「あ」

 教室の前で悩んでいた俺の前のドアが開き、上はTシャツに下は学生服のズボンというアンバランスな姿の男子生徒が顔を見せる。クラスでの役職は副委員長、という顔。よく分からない例えだが。

「ごめん、邪魔だったかな」

「いえ、そんなこと無いですけど・・・何か用ですか?」

 人の良さそうな相手を見て、俺は心を決める。彼なら妙な噂を立てたりしないだろう。

「かえ…柏木楓ちゃん居るかな?」

 しかしその言葉を聞いた途端、彼の顔が急に険しくなる。

「何の用ですか?」

「いや、特に用は無いんだけど…取り敢えず取り次いでもらえないかな。親戚が来たって言ってくれれば分かると思うから」

 決して嘘ではない。しかもこの場で一番無難な立場だろう。

「駄目です」

 それでも少年の態度は軟化しない。

「そんなに時間は掛からないからさ。挨拶するだけでいいんだ」

「駄目です。彼女はうちのクラスのリーサルウェポンですから。他のクラスに奪われたら一大事です」

 そう言い放つと、彼は身を翻して教室に戻っていく。数秒遅れて、中から鍵を閉める音が聞こえる。

「なんだそりゃ……?」

 『ヒロイン』『マドンナ』なら、時代錯誤ながら良く分かる。もしくは逆に『嫌われ者』でも、理不尽ながらまだ分からないではない。でも『リーサルウェポン』って…。

 しかしそれも、詮索する術はもはやない。固く閉じられたドアを前にして、俺は首を捻りながら引き下がった。

 まあ、午後の出し物を見れば何かわかるかもしれないな。

 

 

 そして五時間。

 

 口で言ってしまえばあっという間だが、楓ちゃん以外には知り合いすら居ない俺は時間を持て余していた。

イベントも模擬店もかなり気合の入ったものだったが、文化祭のそれは誰か知り合いが隣にいてこそ楽しめるものだ。残念ながら、一人で歩いて時間をつぶせる場所はほとんど無い。

俺はいったん校外に出た。中途半端な人出の商店街でぶらぶらし、町を一回り半ほどした頃、再び学校に戻る。

楓ちゃんのクラスでも出し物が始まっていた。上手い言い方が見つからないが、「演芸大会」なのだろう。俺が行ったときは大喜利をやっていた。観客はそんなに多くない。

入り口で配られていた演者の一覧表を見ると、楓ちゃんは最後に登場するらしい。これで大まかな想像はできる。何をやるにしても、そりゃあ恥ずかしがるだろう。

 

仕方なく俺は2度目の撤退を行い、隣の教室でやっていた喫茶店に陣取った。ここもなかなか気合が入っていて、聞いたこともない紅茶がメニューに並んでいた。まあ俺には豚に真珠なので、何も考えず名前だけ知っているものを指名した。

教室の八割を使って机が並べてあるが、そのほとんどが人で埋まっている。なかなかの盛況ぶりだ。辛うじて席を見つけ、なんとか滑り込む。

 

「ねえ、今年の大賞、どこだと思う?」

「うーん、うちじゃないことだけは確かだけどなあ」

「当たり前よ。うちのお化け屋敷ボロボロだったじゃない」

「まあ、ちょっと暗くしすぎてお化けすら見えなかったからねえ」

「でさ、本命はやっぱりあそこ?」

「うん、二年二組でしょ?」

「やっぱりねえ…学食1週間食べ放題はあのクラスかあ」

 

 隣の席から二人組の女の子の会話が聞こえてくる。楓ちゃんのクラスが話の中に出てきたが、ひどく俗っぽい賞品も気を引いた。

(「朝、楓ちゃんのクラスメイトが熱血してたのはこれが原因か…」)

 要するに、学校というお役所にしては気の利いた賞品のせいで、クラスの催し物が毎年盛り上がっているんだろう。

 

何と言うか、すごく丁寧な味がする紅茶をすすりながら、ぼんやりと外を眺める。

中庭で開かれていた歌合戦がちょうど終わり、人が流れ始めた。時刻は3時。文化祭そのものは確か3時半に終わる予定だったが、模擬店もそろそろ売る物がなくなったのか、店じまいに入ったところが多い。

ただ、外の客は相変わらず多い。それも、どうやらこっちに向かって…いや違う。楓ちゃんのいるクラスに向かっているらしい。この喫茶店からも人が目に見えて減っていく。

何か目に見えぬ熱気に押され、自分も最後の滴を飲み干した。

 

 

 隣のクラスに行ってみると、さっきの閑散とした空気が嘘のようだった。普段生徒が座っている木製の椅子が無雑作に並べてある観覧席は当然満席。後ろには立ち見の客が集まり、窓の外にはさっきも見た中庭の人が押し寄せている。

 人に押されるまま、なんとか教室の片隅に場所を確保した。幸い前には女の子が多く、彼女たちの頭越しに何とか舞台が見えそうだ。

 それにしてもなんで急にこんなことになったんだ。最後の出し物で目玉企画なのは想像がつくけど、いくらなんでも集まりすぎだ。今のような文化祭の終了間際は、模擬店が店じまいを始めてライバルが減る一方、客も同時に減り始める。この時間帯に目玉企画を持ってくるのは、かなりのギャンブルだ。そしてこのクラスは、そのギャンブルに完全勝利している。このクラスの人間らしい生徒が人の整理まで始めたほどだ。

 そこで俺は気づいた。教室に一人でも多くの人を押し込もうとしている男子生徒。今朝会った彼だ。

 なるほど、「リーサルウェポン」とは良く言ったもんだ。誇張は全く無い。

 

 教室の一角に据えられた、カーテンで仕切ってあるだけの簡易控え室で動きがあった。派手な衣装を着た司会らしい男子が出てきて、しきりに中の人間と打ち合わせている。

 やがてそれも終わったらしく、ようやく紹介が始まる。緊張しているせいか、それとも周りの喧騒がすごすぎるのか、うまく聞き取れない。状況を把握できないうちに、カーテンをめくって演者が登場する。

 

 ついに楓ちゃんの登場。そしてもう一人、ずいぶん体格のいい女生徒。身長は楓ちゃんより頭一つ以上高い。失礼ながら体重はそれ以上の差がありそうだ。女の子二人組に向かって言うのもなんだが、外見はちょっとした『美女と野獣』だ。

 

「どうもお待たせしましたー。柏木楓です」

「渡辺緑(みどり)でーす」

「「合わせて『はっぱおかっぱ』でーす」」

 

 さっきの不慣れな司会とはうって変わって、よく通る声が二つ。いや、それより。

 楓ちゃん、キレてる。

 それにコンビ名。さんまが出てたころの金曜いいとものパクリ…誰か覚えてるのか?

 

「すごい人ですねえ。今年も私たちを見に来てくださってありがとうございます」

「待て」

「なんですか? 楓さん」

「違うでしょ。私を見に来てるのよ」

「うわ、自信過剰。嫌な女ですね」

「ほっときなさい。後夜祭のフォークダンスに最後の望みを掛ける浅ましい渡辺みどりさん」

「むかつくなほんと。でもまあそうですね。後夜祭は別名フィーリングカップル300対300ですからね」

「センスの無い例えはさておき、その通り」

「うるさい。でも楓さんは彼氏持ちですから余裕ですね」

「バラすなバラすな。言わなかったらもてるのに」

「つくづく最低。聞きましたか皆さん。脊椎動物の風上にも置けない奴ですよこのヒト」

 

 …楓ちゃんに演技の気配が無い…

芸として完成されてるから、ということにしておこう。うん。

異常に手慣れているのは確かだし。

 

「そう言うあんたは鏡を見ながら妥協点を探った方がいいですよ」

「楓さんといると乙女の純情が壊されます」

「ほぉ。おもしろいですね。あんたの純情てどんなのですか? 好みのタイプとか」

「ありきたりですけど、まあ顔は加藤晴彦風が良いですね」

「ばか?」

「半疑問形で言われると不快指数30%増量」

「あんた、自分のカオを認識してますか? 河合塾による全国模試で偏差値二ですよ」

「河合塾はそんなもん調べません」

「じゃあ進研模試」

「そういう問題じゃないです。大体、どっちにしろ低すぎ」

「ちなみに順位は十六歳女子七十万人中六十九万九九九九位ですよ」

「ちなみに最下位はどこの誰ですか」

「その子はうっかり名前書き忘れたの。実は結構かわいい。ちなみにカメでスイカで」

「もういいもういい。どっちにしろ、私が事実上最下位ですか」

「うん」

「その同情に満ちた瞳はやめてくれません? 自分ででっち上げたくせに」

「私が言いたいのは、自分と同じレベルの顔の男と付き合ったほうが良いってことですよ」

「まあ、それは納得しなくもないですけどね」

「よし。じゃあ顔は解決」

 

 どこが?

 と思ったがそこは突っ込みポイントではないらしい。

 

「次、性格はどんなのがいいんですか?」

「やっぱりやさしい人ですよ。休みの日は家事なんか手伝ってくれたりね」

「安っぽいなあ」

「いいのいいの。ほら、スマップが一生懸命料理作ったり子供の世話したりする企画が人気あるじゃないですか。あれが良いんですよ」

「あんたの趣味、三十歳一児の母レベルですね」

「けなしてるのかどうなのか微妙な表現。でも何か腹が立つ」

「あれは顔に騙されてるんでしょ」

「そうかなあ?」

「一生懸命料理してるタモリに欲情しますか? 嫌がる子供を選挙ポスター撮影のために無理やり抱いている亀井静香を見て欲情しますか?」

「欲情って……確かにしませんけど」

「ほら」

「それは例えが極端なんですって」

「いや、そんなことないでしょう。たしかに静香ちゃんとか、テレビに出るときは常時モザイクを掛けてほしいですけど」

「あなた、夜は一人で出歩かない方が良いですよ」

「大丈夫大丈夫。最近の政治家にヒットマン雇うような男気のある奴は少ないですから」

「本当に高校二年生女子?」

「『それでは森総理ではなくザル総理ではないですか』」

「政治絡みってだけでネタを持ってこないで。つまらない上にモノマネも似てないです」

「日本闇政治史と政治担当記者にだけウケたギャグはさておき、他に希望はありますか?」

「まあ最低条件として、映画や音楽の好みは一致していてほしいですね。」

「なぜですか?」

「ほら、離婚の原因って『性格の不一致』が一番多いでしょ。その辺が違うと長く付き合っていけないと思うんですよ」

「四十二歳二男一女の子持ち主婦レベル」

「何故に年齢が上がる?」

「子育てに手が掛からなくなったのでスーパーでパート勤めをはじめた。食品メーカー勤務の旦那を持つ」

「あなたのでたらめおばちゃん像は聞いてません」

「でたらめ?」

「才能無いからモノマネは似てないからやめなさい。どうやっても太田光に見えません。中途半端に古いし」

 

 下手なモノマネをしたがるところが似てる。

 パラドックス。

 

「ともかく。性格が一致してるっていうのは、行動が一致してるってことですよ」

「いいことでしょ」

「ご飯のときとか、醤油取るタイミングもマヨネーズ取るタイミングも同じなんですよ。それだけで喧嘩じゃないですか」

「まあ、言いたいことは分かります。同じタイプの人間だと鬱陶しいこともあるでしょうしね。でも、例えば映画見に行くときなんか良いでしょ」

「一緒のもの見て一緒の感想で何が面白いんですか?」

「でも、趣味が全く違う人とは最初の取っ掛かりが作れないでしょう。何か方法あります?」

「整形」

「……………」

「謝る。だから、頚動脈から手を離しなさい。あなたの腕力は2秒で水牛を絞め殺すんですから」

「…三途の川を渡らせるつもりでしたけど、三途の川で溺死させることにしました」

「どっちも変わりませんって。とっておきの方法を教えますから許して」

「何ですか?」

「運命的な出会い」

「へ?」

「ハトがBB弾食らったような顔ですね」

「いや、あまりに似合わない言葉だったから」

「じゃあ少し付け加えます。『前世』」

「…楓さん、今日のお昼は何を食べました?」

「社会準備室の地球儀二つ」

「いつも通りですね。何か悪いものでも食べたのかと思いました」

「失礼な」

「でも前世は無いでしょ前世は。しょうもないNHKドラマの影響ですか?」

「鈴木あみは関係ないです。私は昔から人の前世が分かるんですよ」

「またアブナイことを…」

「ちなみにあんたの前世はリモコンの電池カバー」

「そんなよく何処かに行っちゃうような物はいや」

「その前は炊飯器の内蓋」

「電気製品から離れてください。せめて生物にして」

「その前はフンコロガシ」

「……まあ、生きてるだけまだ良いですよ」

「…の転がしてるフン」

「なお悪いです」

「ちなみに私は雨月山の鬼の娘ね」

「自分だけおいしいとこ持っていきますね。この街の伝説のヒロインじゃないですか」

「で、今の彼は次郎衛門なんですよ」

「楓さん、ビョーキになるのは構いませんけど、病院やってる日にしてくれません? 救急病棟はお金がかかるんですよ」

「でも、この設定は過去5度とも成功してるんですよ。みんなころっと騙されで」

「相手もビョーキ持ち?」

「ま、一応こんなものも使うんですけどね」

「香水ですか?」

「説明を聞くより、体験した方が早いですよ。ほら」

 

バタン。

比喩表現でなく、本当にこんな音を立てて緑ちゃんが倒れる。

確かに頭から落ちたぞ、今。

 

「眠らせた上に夢を操作できるクスリです。副作用もいろいろあるんですけど、私は吸わないように気をつけてますから大丈夫です」

「………」

「あ、相方は倒れたままでしたね。ではこの辺で失礼します。『はっぱおかっぱ』でした」

 

 

 舞台に倒れたままの緑ちゃんを残して一礼し、楓ちゃんが舞台袖に戻る。

 大丈夫かあの子。

…いや、人のことを心配してる場合じゃないが。

 

 観客も帰ってしまい、舞台裏にいた生徒も後夜祭に向かったらしい。呆然としている俺は教室に一人残された。正確には、文字通り泡を吹いて倒れたままの緑ちゃんと二人。

 やがて、制服に着替えた楓ちゃんがやって来る。

「あ、あの、楓ちゃ…」

 半笑いで話しかけた俺の言葉は、さっきの薬の煙でさえぎられた。意識が遠退いていく。

 大体予想はついていたけどな。……あはは…は…。

 

「だから見に来ないでって言ったのに。まあいいか。また適当な夢をでっち上げてごまかそう」

 

 薄れてゆく意識の中で俺が考えたことは。

(『どうせなら…記憶…徹底的に消して…くれ……よ…』)


 あとがき

 

 松本です。痕では楓がいちばん好きです。

…急に弱気になってファンの機嫌取り。

 

 「渡辺緑」の名前は「はっぱおかっぱ」から逆算して作りました。

 高倉財閥の娘とかぶってますけど気にしないでください。

 「葉子」も「裏葉」も先約があるんです。「葛葉」だと響きが綺麗すぎてダメ。

 

 彼女の設定は密かに作り込みました。

 顔は石井一(Y)そっくり、スリーサイズは上から順に100100100、死ぬほど面倒見がいい、等々。

でも話には関係ないです。趣味趣味。

 

 出典の「でっぱすきっぱ」も大昔の話。歳を取った。


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