Memories & Melodies

 

            松本裕太


 

ジリリリリリ……ジリ……

 

「はい、柏木です」

「耕一さんですか? 楓です」

「あ、学校終わった?」

「はい、お待たせしました」

「いいよいいよ、文化祭の準備の方が大事だから」

「すみません。では、駅前で待ってます」

「うん、すぐいくよ」

「それで、一つお願いがあるんですが……」

 

 

「ケータイケータイ、っと…」

 今日は、俺と楓ちゃんのデートだ。

…と思ってみて自分で勝手に恥ずかしくなった。と言っても、今日の予定は一緒に食事をするぐらいだ。ここのような温泉街には、土産物屋や旅館は沢山あっても、地元の人間が楽しめる場所は意外に少ない。おまけに時間も限られている。

 時刻は夕方の5時半。楓ちゃんの学校で最後の授業が終わるのは3時5分なのだが、今週末に文化祭を控えているので、クラスの出し物の準備で忙しいらしい。一方俺は、四人を送り出してからずっと家でゴロゴロしていた。…妻や娘を働かせて自分は酒ばかり飲んでいるダメ親父の気分だ。

 ちなみに文化祭で楓ちゃんたちのクラスが何をやるのかは、なぜか恥ずかしがって教えてくれない。「じゃあ当日見に行こうかな」と言ってみたが、それも強硬に拒絶されてしまった。

 それはともかく、大事なのは今日の帰りが少し遅くなること。そして、先日千鶴さんが自分も含めた姉妹全員に「遅くなるときは連絡するように」と言って携帯電話を買ったことだ。……タイミングが良すぎて、俺と楓ちゃんのことが何から何まで見透かされているような気がしないでもないが、深くは気にするまい。

 楓ちゃんはその携帯電話を家に置き忘れたらしく、それを持って来て欲しい、というのが俺への頼みだった。かさばる物でもないしすぐに持っていける…

「あ、しまった……」

 携帯がどこにおいてあるか、聞くのを忘れた。まあ、きっと自分の部屋においてあるだろう。

 

「ない……」

 楓ちゃんの部屋のドアを開けてみたが、机や棚の上にはそれらしき影はない。引き出しの中かもしれないが、勝手に開けるのも気がひける。せめて他の所を探してからにしよう。

 さて、どこに行くか…

 

 

 …と考えてみても選択肢は出ない。ゲームだと勝手に行動が決まっていくのでラクなんだが、小説では自分で考えないといけないようだ。

 

 

 俺は居間に行ってみた。この柏木のお屋敷は確かに大きいが、実際に使われている部屋は意外と少ない。風呂やトイレ、物置を除けば、主な生活スペースはこの居間と台所、そして姉妹それぞれの部屋くらいだ。

 そういうわけで、俺が探すべき場所もそんなに多くない。みんなでご飯を食べている居間は、楓ちゃんもよく居るので忘れ物もありそうだ。

「やっぱり……」

 予想通り、携帯電話はここにあった。テーブルの隅に置き忘れたらしい。ピンクの携帯電話だ。楓ちゃんが結構そそっかしい面をを知って妙に嬉しくなった俺は、その小さな物体に手を伸ばした。

「あれ?」

 そこで俺は、小さな違和感を覚える。少し妙なことに気づいたからだ。と言っても、別に電話の外見がおかしいわけではない。妙なのは、携帯電話が置いてある場所だ。

 この家では、ご飯のときに座る場所が決まっている。今までのことは分からないが、少なくとも俺がこの家にやってきてから、俺の正面に千鶴さん、左隣に梓、右隣に初音ちゃんが座っている。楓ちゃんの席は千鶴さんと梓の中間だ。しかし、いま俺の目の前にある携帯電話は、楓ちゃんが座る場所とは正反対、初音ちゃんの席の近くに置いてある。

 そこで俺は、先刻の電話を思い出す。そう、楓ちゃんだけでなく、4人全員が携帯電話を持っているのだ。となると、これは楓ちゃんのものではない可能性もある。ただ、それを見分ける手段が俺にはない。楓ちゃんが使っているのを見たこともないし、機種も特に聞かなかったからだ。

 楓ちゃんもそれほど気にはしていなかったし(良ければ持って来てください、という言い方だった)、遅くなることは置き手紙なり公衆電話なりで伝えれば良いだけの話だ。ただ、目の前に携帯があるのに確かめられないというのも、精神衛生上良くない。

 少し悩んだが、俺は携帯の画面を見ることにした。ちょっとしたプライバシーの侵害だが、もしこれが楓ちゃんのじゃなくても、みんな赤の他人ってわけじゃないし、許してくれるだろう。

 画面にはごく普通の待受画面が映っている。これだけではさすがに誰の物か分からないので、やむを得ず携帯のメモリーを見てみる。

 

  001 千鶴お姉ちゃん

  002 梓お姉ちゃん

  003 楓お姉ちゃん

  004 子供電話相談室

 

 初音ちゃん、自覚症状あったんだな………。やっぱり、「宇宙ってどこにあるの?」とか、「朝顔って楽しい?」とか、バカ質問するんだろうか。

 

 

 次に向かったのは台所だった。楓ちゃんも食事の片付けを手伝うことがあるし、ここにあるかもしれない。

 案の定、淡いシルバーの携帯があった。機種は初音ちゃんのものと同じだ。千鶴さんは、姉妹で色違いのものを揃えたようだ。

 しかし、相変わらず楓ちゃんの物かどうか分からない。悪いと思いながら、再びメモリーを見てみる。

 記憶されていたのはただ一件。そこにはこう入力されていた。

 

『最愛の人』

 

 俺は顔が緩むのを止められなかった。楓ちゃんも、けっこう大胆なことするよなあ。こんなの人に見られたらどうするんだよ……俺が見たからいいけど。

 しかし俺は妙なことに気付いた。そこにある電話番号が、俺の家の電話番号ではなかったのだ。しまりの無い顔が一瞬で硬直する。

 ……楓ちゃん、もしかして他に好きな人が…? 

いや、この携帯が楓ちゃんの物じゃない可能性もある。千鶴さんや梓の携帯かもしれないじゃないか。あの二人にも恋人がいたっておかしくない。

 できれば後者の可能性を信じたかったが、確信は持てない。

「……」

 俺は意を決して、その番号に電話してみることにした。千鶴さんや梓の恋人らしき人が出たら、すぐに切ればいい。番号を見ると、向こうも携帯のようだし、電波の状況が悪かったと思うだけだろう。そして、楓ちゃんの恋人だと分かったら…

「『お前、俺の楓の何なんだ? あぁ?』とでも言ってやろう。思い切りドスを効かせて」

昔のドラマの悪役みたいなことを口にしながら、相手が出るのを待つ。

 

 短い呼び出し音の後、相手の言葉が聞こえてきた。意外にも、若い女の子の声だ。

「あ、梓先輩ですか? かけてきてくれてありがとうございます〜。先輩、最近ぜんぜん連絡つかないから心配してたんですけど、やっぱり二人の愛は永久に不滅ですよねっ。ああ、かおりって幸せ者だわ〜。このまえお宅に忍び込んで、携帯電話から他の人のメモリー全部消した甲斐がありました…」

 

 俺は無言で電話を切った。直後、人間の反応速度を超えたスピードで折り返しの電話が来るが、当然無視だ。ある意味では梓の恋人だったことが分かったし、まあ良しとしよう。

 

 

 俺は仏間に来ていた。楓ちゃんは毎朝ここに寄ってから学校に行くから、置き忘れる可能性も高いだろう。

 やはりここにあった。今度は淡いゴールドだ。ただし、まだ千鶴さんが残っている。このパターンだと、今度もハズレのような気がする。

 というわけで俺は再びメモリーを見てみる。三度目ともなると、罪の意識も薄い。

 

 001 柏木家

 002 楓

 003 初音

 004 梓

 

 …梓が最後に来てるあたり、微妙な悪意を感じる。千鶴さん、地味に暗い性格らしい。

 大体、なんでこの姉妹は全員揃って携帯電話を置き忘れてるんだよ。

 

 

 けっきょく楓ちゃんの携帯は見つからない。時間は過ぎ、待ち合わせの時刻が近づいてきた。彼女を待たせるわけにもいかないし、残念だがあきらめよう。俺は手ぶらで玄関に向かった。

 しかし、意外にもそこで携帯を見つけることが出来た。趣味のいい下駄箱の上に置かれていたのは、黒い携帯電話。これまで見てきた三つと同じ機種だ。靴を履くときにでも、ここに置き忘れたんだろう。

 もうメモリーを確かめる必要もない。単純な引き算で分かる。俺はそれに手を伸ばした。

 

 刹那!

 

 というのは大袈裟だが、ぴったりのタイミングで電話が鳴り出す。着信音は『痕』での楓ちゃんのテーマ曲だ。……っておい! なんで楓ちゃん本人が知ってるんだよ!

 思わず俺は電話に出てしまう。普通なら他人の携帯電話に出るのは少し躊躇するのだが。

「どちらさまですか」

「あ、耕一さんですか? 楓です。どこに置いてあるのか分かればと思って、電話してみたんですが」

「いや、それより。この着信音、自分で作ったの?」

「え…? あ、そうです」

「どこで聞いたの、これ…?」

「私と耕一さんが話す時、どこからともなく流れるじゃないですか」

 どこからともなくって…BGMって登場人物にも聞こえるのか…? 俺には聞こえないけど。

「それにほら…この前……その……時も……ロマンチックな曲が流れたでしょう?」

「その時…って、もしかして、楓ちゃんの部屋で…した…とき?」

「…はい」

「だああああああああっ! めちゃくちゃ恥ずかしい! 誰がそんなことをっ!」

「神様じゃないですか?」

 

 

 俺は『音楽スタッフ』という残酷な神を呪った。

 

 

エンディングBGM 『それは…現実』

 

 

「……………一生、ついて回るのか?」


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