終章、駆け抜けた風

                                   Leiji





 ふ、と私は目を覚ました。
 いつの間にか眠っていたらしい。

 気がつけば、私の頭の下には島田の腕。
 奴が私を見ている。
「何だ? にやにやして」
「いえ、副長の寝顔を見るのも、いい経験かな、と」
「……ふ、なんというか。お前らしい返事だな」
「いえいえ。予想外に可愛い寝顔で、眼福でした」
「……馬鹿」
 相変わらず、だな。本当に。

 寝台から半分身を起こす。もう五月とはいえ、裸の身体にはやや肌寒い空気だ。
 ここは……箱館五稜郭の本陣、か。
 ずいぶん長く寝ていたような気がする、な。

「今、何時だ?」
「ええ、だいたい……昼過ぎですかね」
「そうか。私はずいぶん眠ってたのか?」
「いえ、ちょっとうとうとしてたくらい、じゃないですか? 俺もそうでしたから、正確なとこは分かりませんが」
「ふ、……出陣前にこれとは、ふたり揃って士道不覚悟、だな」
「いいじゃないですか。副長、ここしばらくロクに寝てませんでしたから」
「そうか?」
「ええ。今朝なんか、ちょっと目つきがやばかったですよ」
「な、何を言う。お前だって似たようなものだろう」
「多分。でも……、いまの副長はキレイな顔してますよ。やっぱ睡眠は美容の武器だなあ、うん」
「わけ分からんこと言ってないで、……そろそろ支度をせんと、な」
「……ですね」
 そう、奴は答えて寝台から身を起こし……。
「……何故、起きない?」
「いや、その」
 島田は上体を起こす。起こすだけで、起きてこようとはしない。
 そしてそのまま私の目を見てくる。目をそらすのも悪い気がして、私も視線を合わせつづけた。

「……で、このあとどうするつもりだ?」
「あの、副長、ひとつお願いがあるんですけどー……」
「何だ? 臆病風に吹かれたとか言うなよ」
「そうじゃなくて、その、……接吻、してもいいですか?」
「……何を、今更」
 私は奴の両頬を手ではさみ、そして……奴に口づけた。
 奴も私の身体を抱いてくる。
 しばらくそのままでいた私たち。
 でも、いいかげんけじめはつける時、だ。きっと奴も名残惜しいのだろう、いやそうであってほしいのだが、それを言い出せばきりがない。
 そして私は、この人生に満足している。
 武蔵の田舎から身を上げ、京に上り、幾多の強敵と戦ってきた。
 守るべき者たち、頼れる仲間、そして……もうほんのわずかになってしまったとはいえ、私についてきてくれた頼れる部下。いや、そろそろ相棒くらいには格上げしてやってもいいかもしれないな。
 最後と思って抱かれてみたのも、いざやってみればそう悪い気はしない。世間の連中のように睦言でかざりたてた関係ではないが、私は、少なくとも私は、この島田がどれだけ私を気遣ってきてくれたかは分かっているつもりだ。
彼のなかの私への感情も、そしてそれに応えたいという自分の感情も。そして、それをお互い口に出さずに私たちはここまで来た。それがかえって純粋にすら思えるのは、私の欲目だろうか?

 どちらからともなく、身を離す。鼻腔をくすぐるおたがいの匂い。
「行く、か」
「行きましょう、……っと、副長、危ない」
 寝台から降りて立ち上がろうとした私が、足に力が入らずに倒れそうになる。それを島田が受け止めたのだ。
「どうしました、副長?」
「ふ、誰かがあんまり乱暴に扱うから、かな?」
 ぷ、と奴が笑う。
「らしくないですよ、副長。んなこと言うなんて」
「らしくないとはなんだ、せっかくの気分に無粋な言葉を挟みおって。それを言うならそこまで私を気遣うお前だって、充分らしくないぞ?」
「なにをムキになってるのやら。らしくないのは副長のほうですね」
「な、ムキになってなどいないぞ。だいたいそれなら、らしくないのはお互い様ではないか」
 一瞬互いを見合わせ、笑う。
 らしくないといえば、こういうふうに笑いあうふたりがいちばん「らしくない」な。

 北の果て、五月の箱館。
 戦い、戦い、流れついたその最後の地。
 私の命の最後がどうなるのか、それは分からない。けれど、私の戦いはきっとここで最後だろう。
「本当の武士になるために」、戦い抜いてきたこの日々。
 この箱館政府でなにやらもらった役職よりも、ここまでついてきてくれたこいつこそが、きっと私にとっての「本当の」ものの証だという気がする。
 芹沢さんも、ゆーこも、沙乃も、みな私を置いて逝ってしまった。
 でも私は、いつか黄泉であいつらと会ったときには笑顔で再会できそうだ。
 アラタも、どこかで元気にしてるか? もし生きてたら、先にあちらで待ってるぞ。のんびり追いついて来い。


 もうほんのわずかになった手勢。
 その整列する前で、私は今日の出撃目標を告げる。
 兵たちの顔も不思議と意気に満ちているようにすら思える今日だ。
 それは私の心中を映しているかのようで……。

 五稜郭の門が開いてゆく。
 開ききったところで、となりの島田が私に出陣の檄をうながす。
 私は胸一杯に息を吸い込み、そして叫んだ。

「新撰組本隊、出撃!」と。


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