幽霊弓塚あらわるあらわる
松本 裕太
午前7時40分。快晴。
この時間の通学路は学生で一杯だなあ、などと思いながら歩く。オレも学生のはずだが、この時間に家を出ることなどほとんど無いのだからしょうがない。
だがしかし。
1年に1度の文化祭とあっては、さすがのオレも三文の得をしなければならない。まあ自覚症状がある程度には祭り好きだし、何よりクラスメイトに準備を押し付けては寝覚めが悪い。
「あ、おはよう」
「おーっす」
「……」
「……」
「……」
「……」
「じゃねえよっ!!」
「わあああっ! どうしたの、乾くん…?」
抜け抜けと挨拶をしてきやがった、そのクラスメイト。名前は弓塚さつき。
…クラスメイトと朝の通学路で挨拶を交わす。ごく普通の日常。平均。一般的。標準。一億総中流。
ただし。
「弓塚…オマエ、行方不明だったはずじゃ?」
そのクラスメイトが1ヶ月も失踪していた場合は、話が別だと思う。
「あ、ちょっとハズレ。行方不明だったんじゃなくて、ちょっと殺されてたの」
そのクラスメイトが1ヶ月も死亡していた場合は、もうどうしていいのか分からない。
弓塚の手を引いて通学路を外れた細い路地に入り、ラジオ体操ばりに大きな深呼吸。
「はあ…確かに最近、文化祭の準備で寝不足だよなー。一昨日なんかは下校時刻の後に学校に忍び込んだし」
「幻覚じゃないよ」
「酔っ払いは必ず『酔ってない酔ってない』って言うもんだが、幻覚もそうなんだな」
「だから、幻覚じゃなくて幽霊だってば」
両手を腰に当てて自信満々で言うことじゃないと思う。
「だいたい、人間に触れられる幽霊が居るか」
そう言ってオレは、弓塚の頭を叩く。
「痛っ! 何するの…?」
「それが幽霊じゃない証拠だろ、人騒がせな」
頭を抑えながら、実に不満そうな弓塚。
そもそも、学校の制服着て二本足で歩く幽霊なんておかしなものが居るか。いや、幽霊というだけで十分おかしなものなのだが。
「久しぶりの学校でテンション上がるのは分かるが、もうちょっとネタの吟味をしろ。そんなんじゃ誰も驚かないぞ」
「嘘じゃないって。じゃ、証拠見せるよ」
少し怒った顔で、弓塚が俺に背を向ける。その先はごくごくありふれたコンクリート塀だが、彼女はそのまま歩き続ける。
そして。
声を掛ける間もなく、弓塚の姿が塀の中に溶けた。
「おいおい…」
数秒遅れて。
「ばあっ」
「うわああっ!!」
今度はオレの背後にある塀から、弓塚が顔を出す。文字通り、その、顔だけを。
首から下は壁にめり込んでいて見えなかった。
「びっくりした?」
「……心臓弱かったら死んでるぞ…」
阿波踊りをする三田村邦彦ポーズで一時停止したまま、目の前の怪奇現象を見つめる。
どう見てもトリックや手品の類ではなかった。
「でも、これで信じてくれたでしょ? わたしが幽霊だって」
悔しいが認めざるを得ない。コンクリートに埋まったままニコニコと笑うこの同級生は、間違いなく幽霊だ。
「いや、実は『生霊』や『物の怪』、『自縛霊』という可能性も…」
「…意味は大して変わらないんだから、かわいい呼び名の方がいいじゃない」
『幽霊』という言葉のどこがかわいいのか真剣10代しゃべり場したかったのだが、始業5分前を告げる鐘の音がそれを止めた。
「あ、急がないと遅刻だよ」
「お化けには試験も学校も無いんじゃなかったのかよ」
「……?」
いくら世代が違うとはいえ、鬼太郎ネタくらいは理解してほしいものだ。日本の幽霊の基礎教養として。
気を取り戻して通学路。オレと弓塚は、通学路に戻った。ピークを過ぎた(イコール遅刻確定の)時間とあって、知り合いにはまったく会わない。幸か不幸かは神のみぞ知るところだろう。
「で、お前、なんだって戻ってきたんだ」
「えっと……あ、今日が文化祭だからかな?」
「そうじゃなくて」
…オレは久しぶりに学校に来た不登校児童と話してるわけじゃない。
「悪いがオレは、今まで幽霊と会ったことがねえ」
「奇遇だね。わたしもだよ」
「その理屈で言うと、世界人口の99.999%が『奇遇』で結ばれるだろうな」
「人類皆兄弟だね」
ゴーイングマイウェイの答えに肩を落とす。記憶にある弓塚のイメージと違いすぎだ。幽霊になってマイナス方向に性格が歪むのはまだ分かるが、こいつの場合、プラス方向に歪んだのだろうか。
「普通の人間は幽霊になんかならないだろ。よっぽどの未練でもないかぎり」
「未練ならあるよ」
そこで今日はじめて、笑顔以外の表情を見た。
そう。かつての弓塚さつきという女は、いつもこういう顔をしていた。友達と笑い合ってる時も授業を受けている時も、うすっぺらい化粧を剥げば、いつもこういう顔だった。
「乾くんも知ってるでしょ」
「…………まあ、な。というか、知らねえのはターゲットの当人くらいだろ。クラスの人間は大抵気がついてるぞ」
「だろうね」
「そういえば」
強引でもなんでも、とりあえず話題を変えた。
「オマエとこんなに話すの、初めてだな。なんか新鮮だ」
「…うん。遠野くんのことがあったから」
話がぜんっぜん変わってねえ。アホかオレは。
「乾くんはライバルだったしね」
「ライバル? オレが邪魔だっただけじゃねえのか?」
心当たりはある。オレは遠野といつも一緒だったし、半分意図的に遠野と弓塚を遠ざけていたところもあった。
オレが見るかぎり。弓塚と遠野は、絶対に不幸になる組み合わせだったから。
「違うよ。遠野くんと仲良かったの、乾くんだけだったから」
「……」
たぶん、学校でこんなセリフを吐くのはこいつぐらいだろう。学校での遠野は『多少病弱だが付き合いのいいヤツ』というキャラで通っている。それは別に嘘でも演技でもない。ただあいつには、オレや他の連中とほんの少しだけ違うところがある。それに気づいていたのは、オレ以外では弓塚くらいだろう。
「遠野は詐欺師で食っていけるぐらいの役者なんだがな。しかも天然だ」
「そんなことないって」
大きく息を吐く。どうして断言してしまうかな、こいつは。
そんなことを言っても、自分を追い詰めるだけだろうに。
「あ…っ!」
そして。その元凶がやって来た。
オレの身体を180度回転させ、弓塚が盾に身を隠すように、背後に回った。
「遠野…」
「よお有彦、おはよう。珍しく早いな。流石に文化祭の日くらいは朝から来るのか」
「気づけよバカ」
「わわわっ」
背後霊のように(いや、背後にいる幽霊だから背後霊そのものか)隠れる弓塚の後頭部を掴み、無理やり隣に引きずり出す。
「こいつがお前に会いに来たんだと」
「……」
「……」
「……」
たっぷり1分はあった。遠野は瞼をパチパチと開閉し、その後、眼鏡を外したかと思うと胸ポケットから取り出した布でそれを拭き始めた。綺麗になったそれを再びかけ、さらにケントデリカット方式で眼鏡を前後に動かした。こいつの眼鏡に度は入っていないので、目が大きくなるというお約束の効果は得られなかったが。
「……」
「……」
「…有彦、俺は手相見る趣味は無いんだけど」
オレと弓塚が同時にコケる。その角度も力も全く同じだったため、頭を握ったまま前に40度傾いた。見事な新喜劇だ。
「じゃ、オレは行くから」
「……」
「……」
呆然と見送るオレたちを尻目に、遠野はてくてくと校門を通り過ぎた。
「「もしかして」」
昔の漫画チックにセリフをハモる経験なんて初めてだ、なんて思いながら。
「「見えてない?」」
綺麗なハーモニーを奏でてしまった。
文化祭のようなイベントのある日は、HRが長いと相場が決まっている。教師からの注意事項が多いからだ。ただしうちの学校のHRは、ただの儀式になってしまったような所とはちょっと違う。
『点呼時刻を守れ』
『食品の衛生管理には注意を』
『他校の生徒と揉め事を起こすな』
『キャンプファイヤーへの爆竹投入禁止。花火も不可』
『模擬店売上の横領は民事訴訟も視野に入れて対応を検討』
『ナンパ厳禁。他校の文化祭に1人で来場する女性の95%は校内に彼氏がいると思え』
『フォークダンスでの女装はOK。バレないかぎり』
『乗り物に弱い人はバスの前に』
『清水の舞台から本当に飛び降りない』
『バナナは1人300円まで。おやつはバナナに含まない』
などなど、一部非常に実用的な注意が含まれる。最後の方で「修学旅行のしおり」が交じった気もするがそれはそれ。
問題は、その説明の間の弓塚だ。
最初のうちはおとなしいものだった。かつてのクラスメイトに手を振ったり肩を叩いたり。それで気づかれなければ次に、といった程度だった。
そして。ヤツの認識が『遠野くんに自分が見えてない』から『自分のことが見えない人が多い』、そして『乾くん以外に気づいてくれる人がいない』へと変わるにつれ、行動はエスカレートしていった。情景描写するのも頭痛がしてくるし需要もないだろうから、ここでは一部を抜粋して箇条書きにとどめる。
・遠野の鞄を物色
・遠野のハンカチに頬擦り
・遠野の机に自分と遠野の名前を書いた相合傘を記入
・遠野の生徒手帳に貼り付けられた1年時の写真に赤面
・遠野のロッカーに放置された体操服を抱きしめる
とりあえず遠野のリコーダーを舐めようとしたところでカカトを落としてやったので、小学校低学年男子的求愛行動はこのレベルで抑止できた。
オレは1人で空中に蹴りを入れる変人としてクラスの連中に認識されたことだろうが。
「痛いよ…軽い冗談なのに」
「しぶといな…本気で殺すつもりだったが」
「もう死んでるって」
このベタなやり取りは、学校の裏庭で交わしている。既に校舎の中では、各クラスの出し物の用意が始まっているが、このケダモノを野放しにしておくわけにもいかない。やむなくオレは、あとでジュースを差し入れするという条件でクラスの連中に準備作業を引き受けてもらった。
理不尽な出費への怒りも加算して、とりあえず幽霊の胸倉を掴んではいる。
「ヘンタイかおのれは」
「失礼ね…乾くんだってあれぐらいやった事あるでしょ」
「『昔やったことがある』と『現在進行形で17歳の女子高校生がやっている』では大違いだ」
「あ、やっぱりやったことあるんだぁ…相手はだれ? 何やったの? 笛? 教科書? 体操服?」
目を輝かせながらインタビューする即席ワイドショー記者を見て、なんだか全てがどうでも良くなってきた。肩を落として弓塚を解放してやる。
「ねえねえ、相手はひょっとして遠野くん?」
「そのキャラは晶ちゃんで間に合ってるから」
「うー、残念」
心底不満そうなその顔に、陰影は見えない。
「オマエなぁ……遠野に未練があって幽霊になったんだろ? さっさと片付けて成仏しろ」
「だってそれができないじゃない。遠野くんにはわたしが見えてないんだし」
「だからってアブノーマルなリビドー全開で動き回るな」
「…………遠野くんに少しでも近づけば満足できるかなあと思って」
一見もっともらしいこの理屈は、きっと今考えた後付けの理論武装だ。オレもこいつの相手をする時のコツが掴めてきた。ビバ、日本人の適応能力。
「なんて即物的な幽霊だ…」
「なに言ってるの? 手に入らない恋より手に入る体操服だよ」
オレは昔から、『こいつと遠野は合わない』と思っていたが、その間違いにたった今気づいた。
こいつは、世界中のどんな男とも合わない。
ケダモノを飼い慣らすことを放棄したオレは、それを教室に連れてきた。野に放つよりは側で監視した方が世のため人のためだろうという義務感からだ。
一応オレも『1人でK−1を開催する男』という異名を取りたくはないため、弓塚には極力黙っているよう伝えている。不服そうでは合ったが、午前の喫茶店には遠野がいることを伝えると一発OKだった。
その素直さに敬意を表して、オレは1つの特典を追加してやった。
「有彦ー、3番テーブルにチーズケーキ2個追加ー」
「了解っと。大繁盛だな」
「ああ。よく食べるお客さんばかりで嬉しいよ」
ぼけた答えを寄越す遠野の肩越しに、ショートケーキを摘みあげる弓塚の姿が見えた。
仕組みは簡単。ウェイター遠野志貴が置いたケーキを、客の目を盗んで弓塚が食べるだけ。客は当然不審に思うが、まさか幽霊の仕業とも思わず、渋々追加注文をするというわけだ。
クラスの売上は儲かる、弓塚は遠野の給仕によるケーキを思う存分食べられる、『かわいい遠野くん』を見に来た女子の諸先輩方は遠野をずっと眺められる。大岡裁きもビックリの三方一両得システム。これで次の医療制度改革は日医も健保連も大満足だ。
「遠野くんのケーキ、おいしい……」
もっとも、個人の主観から言えばあの性衝動が服を着て歩いている幽霊が一番得をしているのだろうが。
ちなみに弓塚の言う『遠野くんのケーキ』だが、正確には『遠野くん(を含む男子生徒10人強で女子のレシピを元にみりん・マヨネーズ・焼きビーフン・キムチ・中トロ・七味等の隠し味でアレンジした芸術作品)のケーキ』である。
まあ、世の中にはプラシーボ効果というものもあることだし。
「ふー……お腹いっぱいだよ」
「幽霊なのにケーキは食べられるんだな…」
「ごはんは食べなくてもいいんだけどね。ほら、甘いものは別腹だってよく言うでしょ?」
明らかに用法を間違ってるけど、律儀に突っ込むのも面倒くさいのでそのまま流した。
オレ、どんどん適応していくな。堕落とも言うが。
「ま、いいけどな。オマエのおかげで売上は予想の3倍だ。助かったよ」
「うんうん。幽霊はいくら食べても太らないしね」
…それが一番の原因か。歯止めがなくなったときの女は恐い。
「あ、でも。こんなことならあと2kgだけ痩せてから死にたかったな」
じーっ、と自分の腹を見ながら呟く弓塚を見ながら、女性の美容に関する執念深さを垣間見た気がした。
「で、昼からはどうするんだ? 遠野もオレも店番からは解放されるんだが」
季節外れの肌寒さを感じながら、話を斜め30度ほどずらす。今日、このパターン多いな。
「え? そうなの?」
「ああ。とりあえず遠野とぶらぶら見て回る予定だが」
「一緒に行く」
シンキングタイムコンマ2秒。ま、予想はしていたが。
「変なことするなよ」
「大丈夫。抱きつくくらいで止めておくから」
この半日でセクハラのストライクゾーンがボール5個分は広がったので、やむなく黙認することにした。
「息苦しかったり肩がこったりしないか?」
「え? 別にそんなことないけど…そんな風に見えた?」
「いや、違うならいいんだ」
遠野の首に両手を巻きつけてふよふよ浮いてる背後霊は、古典的Vサインをしてみせた。決して視線をあわせないようにしながら、そこから顔をそむける。
遠野よ。そこは『そういえばなんだか肩がこるなあ』って言うところだろ。いくらベタでも。
「そう言えば、俺たちなんにも食べてないな」
「あ? ああ。人に食わせてばっかりだったな。まあ、あのケーキは頼まれても食わないが」
「じゃ、とりあえずあれでも食べるか」
言って遠野が指さす先は、黄ばんだ紅白の垂れ幕にデカデカと書かれた『やきそば』の文字。テキヤの知り合いを持つ奴がいたのだろうが、本物ののれんを使っているだけで旨そうに思えるから人間は単純なものだ。
まあ、あくまで『思える』だけだというのは分かっていたから、決して騙されたわけではない。
自己弁護自己弁護。
「なんで模擬店のヤキソバってすべからくまずいんだろうな」
「分かってて何故食べてしまうのかも謎だ」
「うむ」
「…君たち……そういう会話を作ってる目の前でするのはどうかと思うな…」
気の弱そうな割烹着の男子生徒が静止するのも聞かず、『屋台のヤキソバに見る消費者心理とその実践的応用』についての熱論は15分ほど続いた。
オレが大学に入ったら、卒論のテーマはこれにしよう。
ちなみに弓塚は、別の屋台でわたあめを(無断で)頂戴していた。
あいつのモラルをどうこう言う以前に、胃袋のツクリが疑問に思えてきた。朝のケーキはどこに消えた。
次に向かったのは、バスケ部が看板を掲げているテント。
きったない字で「3on3挑戦者求む! 我々に勝てば学食1週間食べ放題!!」とある。もちろん学校の食堂に食べ放題券なる物があるわけはなく、バスケ部の面子がおごってくれるだけなのだろうが。
今年の3年バスケ部は、この学校では近年まれに見る精鋭揃いだ。ここ数年間の地方大会では1、2回戦での敗北を繰り返していた我が校だが、彼らの健闘により決勝まで残った。
それ故にこの張り紙のような英断ができたのだろう。実際、看板の隣にあるホワイトボードには今日の挑戦者一覧が書かれていたが、数十組のうち勝利できたのは一組もない。文字通り難攻不落を誇っていた。テントの周りには野次馬だけが溢れ、実際に挑戦する猛者は皆無だ。
しかし。遠野はともかく、オレは賞品に惹かれた。遠野の背中でお昼寝中のユーレイに溜められたストレスと負債を、ここで挽回しなければならない。
「おい…本気か?」
「もちろんだ……すみませーん、1組申し込みお願いしまーす」
それに応えるは営業スマイルの女子マネージャー…ではなく、入念にストレッチをしていた3年男子。身長はオレより頭1つ高い。彼はオレと隣の遠野を見て、怪訝そうな顔をする。
「ん? 3人目はどうした?」
「え? ああ、とりあえずここに居るだけで挑戦しようと」
「…おい、無理だって……」
「いいからいいから」
弱気な遠野をなだめながら、オレは上級生に笑顔で返す。挑発に乗ってくれることを祈りながら。
「…こんなこといってますぜ、キャプテン」
呼ばれて飛び出たのは大魔王ではなく、受付の男よりさらに背が高い男。『スラムダンクに憧れてバスケはじめました』的2枚目キャラだ。100%偏見だが。
「そうかそうか、じゃあこっちも2人で相手をしよう」
「いえ、3人でお願いします。そのかわりこっちはこういうメンバーなんで、賞品の食い放題を2週間に伸ばしてくれるとありがたいなーと」
それを聞いた周囲の観客から、オレたちの勇気をたたえる歓声が上がる。
ちなみにこのキャプテン、腹を立てると鼻の穴が広がるらしい。ハンサムが台無しだ。
「……ほう…その度胸に敬意を表して1ヶ月にしてやってもいいぞ」
「本当ですか? そりゃ助かります」
できるだけ無知を装うオレの芝居に引っ掛かり、背後に控えるバスケ部員から嘲笑が漏れる。
「ま、礼は勝ってからにするんだな」
仲間の声で余裕を取り戻したか、キャプテンの鼻腔が元に戻る。気の小さい奴だ。しかも美形。つまり敵。
オレが出した結論は、『容赦する必要なし』。
「おい、なんか不自然だぞあの落ち方」
「インチキなんてしてませんよ。まぐれですって」
キャプテンの鼻の穴は広がりっぱなしだ。今日だけでファンが20人は減ったことだろう。
18対6。一方的な試合になったことについては、野次馬の予想どおりだっただろう。
ただ違うのは、どちらが勝っているのか、ということだけだ。
弱気の遠野に伝えた作戦は、「ロングシュートを打ち続けろ。バックボードにさえ当てりゃいい」だけだ。理由を一切説明できないため不審そうな顔をしていたが、無理やり言うとおりにさせた。
あとは簡単。精度の低いロングシュートでも、ゴール上で浮いている弓塚が適当にコントロールしてネットを揺らしてくれる。本来は何かのルールに引っ掛かるのだろうが、審判が笛を吹かない以上は違反でも何でもない。
ちなみにオレは、「こちらが2人だ」とは一度も言っていない。3人目が幽霊であることを伝えなかっただけだ。なんなら最高裁まで争っても勝つ自信はある。
「いやー、儲けた儲けた」
「おまえ…どんなトリックを使ったんだ?」
「文句言うなよ。別に反則をしたわけじゃないぜ?」
「やれやれ…」
真面目な遠野は未だに気にしていたが、オレはダブルスコアという圧勝の余韻に浸って上機嫌だ。3on3とはいえ、全ての得点をスリーポイントシュートで決めたのはギネス級の快挙だろう。
バスケ部の諸先輩方は数分前の態度も忘れて俺に泣きついてきたが、軽く無視を決め込んだ。これでしばらく、昼食代の心配をしなくて済む。
ちなみに遠野の頭上30cmに浮いている弓塚も、無言のまま非難のまなざしを向けていた。
こいつには、ここに至るまでの自分の行いを棚に上げないでほしい。
祭りのあと。
校庭を燃やすキャンプファイヤーは、文化祭で使った飾り付けやら看板やらを燃やしている。割らずに放り込んだ竹が破裂音を轟かせ、女子生徒が明るい悲鳴をあげる。
我が校の伝統行事とやらには何の感慨もないが、このイベントだけはなかなか趣味が良いと思う。野焼きによるダイオキシンで寿命がいくらか縮むリスクを考慮したって、この風景が記憶に残れば十分お釣りが来るだろう。
フォークダンスが始まってすぐ、遠野はシエル先輩と秋葉ちゃんに引っ張られていった。うかつに大岡裁きをすれば遠野が半分になるまで手を離しそうにない様子だったので、遠慮なく奴をレンタルしてやったのだ。
だから、いま教室に残っているのは、遠野を取られたオレと弓塚だけだ。
「このままでいいのか?」
ただ。弓塚がおとなしく引き下がるのは予想外だった。むしろポルターガイストで恋敵を屠るのは止めろと注意したかったくらいなので、かなり拍子抜けだった。
「うん」
燃えやすい紙くずにでも炎が回ったのか、一段と火力が増し、男子生徒の歓声が校庭に響き渡る。2階の窓際に座る弓塚の顔にまで、オレンジの光が映る。
改めて見ても、顔が青白いとか血をダクダク流しているとか、幽霊っぽいところはどこにもない。生きているときのままだ。
「なんなら、オレが遠野に言ってやってもいいぜ」
「え?」
弓塚に習い、勢いを弱めない炎と、その周囲に跳ねる生徒たちに目を遣る。オレには数百人が集まる人混みにしか見えないが、弓塚の目は遠野を捉えているんだろう。
「弓塚さつきはここに居る、ってな」
「………」
「オレが通訳するのはイヤだろうが、そうでもしないと会話できないだろ」
「…わたしがどうして死んだか、分かる?」
オレに向けた顔は、笑っていた。
「え? さあ……」
急に話を逸らされ、とまどいながらも考えてしまう。間抜けな話だが、今日これだけ一緒にいて、こいつが幽霊になった原因を聞いたことはなかった。
「じゃ、当ててみて」
「イヤなクイズだな」
「いいから」
「そうだな…健康そうだったから病気じゃないだろうし…交通事故か何かか?」
「吸血鬼に噛み付かれてわたしも吸血鬼になって、血を吸うために何人も人を殺したから正義のシスターさんに退治されちゃいました」
『信じてくれなくてもいいけど』と続ける笑顔。
その口調があまりに冗談っぽく軽いものだったから。
それが、本当のことなんだと知れた。
「…幽霊の次は吸血鬼かよ。三流バラエティ番組か」
「…………え?」
自分で言っておきながら、信用されるという予想をしていなかったらしい。何を考えているのやら。
「まあ気にするな。幽霊になった時点で、前歴が何かなんて些細なことだ」
「人を殺して血を吸う生き物でも?」
「そりゃ確かに悪いことだろうが、おまえはもう罰を受けてるだろ。『殺される』ってのは人間が受けられる最大限の罰なんだから、それ以上はどうしようもないんだよ」
「………」
納得しかねる様子の弓塚。
「まあ、殺された人間の家族や友人は末代までおまえを恨むかもしれんが、それはオレの役目じゃねえし」
「……そっか」
「ついでに言うと、おまえが死んだことを悲しんで泣くのもオレの役目じゃねえぞ。たいして仲が良かったわけでもないしな」
「そうだね。共犯者と目撃者、ってところかな」
視線を再び窓の下に向ける。教室の手すりに体重を預け、少しずつ少しずつ衰えている火勢を眺める。
確認はできなかったが、きっとこの中に居るんだろう。俺たちを巻き込んだ、その主犯が。
数秒遅れで弓塚も窓の外を見たらしい。夜風に乗って、右耳に髪の流れる音が飛び込んだ。
「そろそろ消えるね」
「…」
その言葉をも火にくべるように、窓から身を乗り出したまま呟く弓塚。
「やっぱり、幽霊が出ずっぱりってのもおかしいでしょ?」
そう言って笑う幽霊は、クラスで遠野を眺めているだけだった、あの頃と同じ笑い方をしていたのだろう。見なくても十分に想像がついたから、オレは校庭から視線を動かさない。
……そう。こいつはいつも、こんな顔で遠野を見ていたんだ。
それに気づいたのは、残念ながら遠野でなくオレだったけど。
「…構うもんか。モノ食えるし人に触れるんだから、幽霊だってずっと出ずっぱりでいいじゃねえか」
「でも…」
何を言ってるんだ、オレは。答えの分かりきったことを言いやがって。
「遠野くんだって、もう帰っちゃうしね」
こいつは、幽霊になったことを気に病むようなヤツじゃない。遠野に気づいてもらえないということだけが、辛いんだ。
数分後。
遠野が窓際の席を立って廊下に出てきたとき、もう弓塚は消えいていた。
「よう、有彦。お前もサボりか」
そのとぼけた挨拶に本気のパンチで答えた理由は、オレだけが知っている。
それで十分だろう。
いつもの通学路。オレは、なんとなく、本当になんとなく、昨日と同じ時間に家を出た。今日は文化祭の後片付けをするだけだから、こんなに早く学校に行く必要はない。寝不足の身体に早起きは堪えたが、それでも昨日と同じ時間に目が覚めてしまったからだ。
これくらい、らしくないことをしてもいいだろう。今日くらいは。
「あ、おはよう」
「おーっす」
「……」
「……」
「……」
「……」
「じゃねえよっ!!」
「わあああっ! どうしたの、乾くん…?」
こめかみの血管が切れそうだった。昨日と何ら変わりのない制服姿の幽霊に、目一杯の怒号を浴びせる。
「思わせぶりなこと言って消えやがって、夜が明けたらいきなり復活かこのバケモノっ!」
「幽霊にバケモノって言っても悪口にならないよ」
へらへらと笑う、動く超常現象。両足が数十cmほど宙に浮いている。写真に残せないのが実に残念だ。
「……てっきり…消えたもんだと思ったじゃねえか」
「どうして?」
弓塚には、オレの怒りの原因が本当にわからないらしい。
「どうしてって……」
オレか? わかってくれとは言わないがそんなにオレが悪いのか?
「ララバイララバイおやすみよ〜〜」
「乾くん、頭、大丈夫?」
幽霊の手が額に押し付けられる。体温を見ているらしい。
「大変、すっごく熱いよ。風邪かな」
「お前の手が冷たいんじゃボケがっ!!」
誰か、この能天気なゴーストをバスターしてくれ。頼むから。
「…もう……人がせっかく心配してるのに…」
「オレのセリフだそれは。お前、なんで戻ってきたんだよ」
「だって、まだ未練が残ってるもの」
弓塚の未練は…確かに残っている。だが。
「じゃ、昨日『消える』だのなんだのと言ってたのは…?」
「遠野くんが帰るみたいだったから、わたしも家に憑いて、もとい、ついていこうかなーと思って」
「………」
「………」
30秒。その言葉を脳内で映像変換するのに要した時間だ。
「…遠野の寝姿は見られたか?」
「うん。遠野くん、とっても静かに寝るんだね。好きな女の子の名前でも寝言で呟いたらその子にとり憑いてノイローゼにしてあげようと思ったんだけど、残念ながらそんなことはなかったよ」
「弓塚。歯を食いしばれ」
「乾くん、目が恐い…」
石器時代の学園ドラマに出てくる暴力教師そのもののセリフ。それに怯える弓塚をものともせず。
2日連続のカカト落としは、昨日より威力も精度も上がった見事なものだった。
幽霊は本気で攻撃できるから、ストレスが溜まらずに済むかもしれない。
いつまで続くか分からないこの生活を思いながら、自分をそう慰めることにした。
あとがき
ギザギザハートの子守唄が分からない若者は置いてきぼりです。義務教育じゃないんですからねー。
とイヤミな高校教師風の弁解で始めるあとがき。
どれだけ弓塚さつきでssを書いても、遠野志貴への愛情が湧きません。
というわけで今回、開き直って有彦×さつき風味で書いてみました。
(『×』マークはやめろ、自分。)
有彦も別に好きなキャラじゃありませんが、さつきの相手としては志貴より数億倍は適任だと思ってます。
うちのぶっ壊れ弓塚でなくて、ゲーム本編でも。
「遠野。弓塚はやめとけよ」というゲーム内のセリフも、さつきを志貴に取られたくないという嫉妬からのもの。
「内気で一途。おまえみたいにぼんやりしてるヤツとは相性が悪すぎる。あの手の女は深入りすると危ないってコトだよ」などと言って、さつきについて理解していることを垣間見せ。
さつきが失踪した時に見せる冷たい素振りも、志貴に対する強がり。
以上、自分の脳内妄想でした。