居直り幼馴染
「おーい茜っ!」
教室に入ってきたあいつを見つけ、俺は手を振る。茜は少し顔を赤らめ、俯いてこちらに駆けてくる。
定員200名の大教室で行われる講義だ。学生の3割近くはサボリだが、茜に目を向けた人間は100人を下るまい。しかし。
「恥ずかしそうな顔がまたかわいい」
「……浩平、性格悪いです」
「そんなに褒めるな」
「褒めてません」
「謙遜しなくてもいいんだぞ」
「意味不明です」
こんな会話の後は必ず、茜はこのせりふを言う。
「やっぱり、詩子に似てきました」
俺が茜のもとに帰ってきたとき、いろいろと妙なことがあった。日々の授業はもちろん、文化祭にも体育祭にも参加したことになっていた。人の記憶の上だけではなく、学校の書類上もそうなっているようだった。そして一番驚いたのが、俺の進路まで決まっていたことだ。どうやら俺は、大学の入学試験まで終えてしまっていたらしかった。しかもその大学は、茜が入る大学でもあった。茜はけっこう成績が良い。自慢じゃないが、俺が普通に受験してあいつと同じ大学に合格できたとは思えない。
「みさお」の、気の利いたサービスだろうか。
ともかく俺はいま、茜と同じ大学に通っている。この大学では、期末テストは2ヶ月もの夏休みが終わった後にある。だから、夏休み前の今の時期には、自主休講ならぬ自主夏休みに入っている奴も多い。
俺も例外ではなく、茜と二人で遊びまくる。
つもりだった。
「今日は俺が免許を取って初めて出かけるドライブだ。車は住井の奴に借りたものだがな」
「はい」
「で、俺はもちろんおまえをデートに誘ったわけだ」
「…はい」
「目指すは海。学生の特権で平日に来てるわけだし、道路も海水浴場も空いているに違いない」
「そうだと思います」
ひとつため息。
「じゃあ、なんでこうなったんだろうな?」
「私のせいではないです」
「じゃあ折原君のせいだね」
「おまえのせいだっ!」
「どうして?」
後ろの座席から立ち上がり、運転席と助手席の間に割り込む顔を見る。悪びれた様子はこれっぽっちもない。
「浩平、危ないです」
「え…っと、うわあぁっ!」
あぶなく対向車線のダンプに突っ込むところだった。
「ちゃんと前見て運転しないとダメだよ。初心者なんだから」
どの口が言うんだどの口が。
こちらに帰ってきてから4ヶ月。間に一年の不在を挟んだのに、なぜ俺と茜は二人で過ごす時間が少ない。
その理由はこいつ、柚木詩子だ。
「これまでもおまえ、俺たちのデートのとき、3回に2回はかってに参加してきたよな」
「うん」
「じゃあ夏休みぐらい愛し合う恋人同士を二人きりにしようとは思わんのか?」
茜が恥ずかしさで俯くが、これぐらいのことを気にしていては柚木と会話などできない。
「心配しなくても、3回に1回は二人きりにしてあげるよ」
「俺たちはおまえの好意で、3回に1回デートができるのか」
「感謝してよね」
…こいつに皮肉を言うのは間違いだな。
そもそも、こいつがどうやって俺たちの待ち合わせ場所を突き止めるのか、まったく謎だ。茜も教えてないというし、俺も当然教えないんだが、こいつにかかれば「あれ、偶然だね−」で済むらしい。「偶然」も打率6割を越えれば偶然じゃないと思うんだが。
もちろん俺もいろんな手を打った。待ち合わせの場所や時刻を変えてみたのだ。「朝5時の駅前」という地味な所からはじめ、近所に住んでいるにもかかわらず「スキー場の前で待ち合わせ」という、古典的恋愛ゲームのような真似までした。しかしこいつの追跡を振り切ることはできない。
今回のドライブも、「3回に2回」の方に当たったらしい。
「今日は道路も空いてるね。もうすぐ海だよ」
「言われなくても分かってる」
「あれ? 折原君、機嫌悪いね」
「誰のせいだと思ってるんだ?」
「茜、けんかでもしたの?」
「してません」
一度、こいつの脳の構造を見てみたいもんだ。生物学を根本からくつがえす発見があるかもしれない。
「そういえばこの車、テレビとかカーナビとか無いの?」
会話があちこちに飛ぶのもこいつの癖だ。俺たち3人が集まれば、口数は「俺:茜:柚木=4:1:5」の比になる。だから、嫌でもある程度のことは覚えてくる。
「見りゃ分かるだろ?」
それに律儀に付き合う俺も俺だが。
「今度折原君が車買ったら、そういうの付けてよ」
「おまえのためにそこまでする義理は無い」
「できればキャンピングカーがいいな。中で寝られるしね」
「絶対に二人乗りの車を買う」
柚木は俺の反撃に一瞬ひるむが、すぐに口を開く。
「茜も、中に台所とかあったほうがいいよね。好きなときにお菓子作れるし」
「…お菓子」
「中に冷蔵庫があれば、アイスもケーキも置いておけるよ」
「……アイス……ケーキ………」
今日も負けた。というか、こいつには一生勝てる気がしない。
「浩平」
「言いたいことは分かった。当分無理だがな」
「残念です」
「あ、そこの角を右ね」
「分かった」
住んでいる町に帰る頃には、夏のしつこい太陽も半ば以上隠れてしまっていた。少し遊びすぎたかもしれない。水泳にビーチバレーにこうら干しの海水浴3点セットを一日でやったからだ。茜は少し疲れたのか、助手席で眠ってしまった。その寝顔があまりに気持ちよさそうだったので、少し遠回りして柚木を先に家まで送ることにした。
「あ、ここでいいよ」
「そうか」
柚木の家の場所を知らない俺は、言われるままに車を止める。歩道に並ぶ花壇の隙間にドアが来るようにしたつもりが、少しずれてしまった。
「あ、悪い。もう少し前に…」
「大丈夫大丈夫、これだけあれば出られるよ」
柚木はドアを少しだけ開き、そこから小柄な体を通す。…器用な奴だ。
俺は運転席の窓を開けて顔を出す。
「じゃあな」
「うん。今日はありがとう。また今度ね」
「もう来るな」
「いいじゃない。楽しかったんだから」
「まあ…それはそうだが。でもこれ、一応デートだからな」
「じゃあ、3人でデートしたと思えばいいでしょ?」
めちゃくちゃ言ってるな。
「それも……いいか」
だが俺は、そう口にしていた。ただなんとなく、だ。深い意味は無い。
「うん。じゃあまた今度も…」
「それは別」
「ケチ」
柚木がこれ見よがしに拗ねて見せる。似合わない。
「普通に遊びに行くときになら誘ってやるよ」
「普通に遊びに行くとき『も』、ね」
「微妙に語尾を変えるな」
「じゃあまたね。茜によろしく言っておいて」
俺の言葉を無視して、わざとらしく背を向ける。
「まったくあいつは…」
俺は車を出す。次は茜の家だ。
相変わらず眠り続ける茜を見ながら思う。
二人きりの時間は、最後の10分だけだな。
あとがき
「AIR」発売延期でがっかり。
笑っちゃうほどかっこいいデモを見せておいて、発売は2ヶ月後。拷問ですってば。
有給休暇を取る前で良かった。
今回は茜シナリオ後の話です。ですが見てのとおり、詩子さんがヒロインです。茜は完全に添え物。
ONEの笑い担当女性キャラは「静(せりふ)の詩子」に「動(リアクション)の七瀬」ですが、自分は詩子さんの方が好み。
ちなみにタイトルは、伊集院光さんの昔のギャグ「居直り童貞」から。
俺の中での詩子さん、二人に気を遣ったり、逆に浩平君に惚れたりする位置じゃないです。
だったら「居直り幼馴染」だろう、ということで。
ひょっとしたら彼女なりに気を遣ってるのかもしれないけど、常人には理解できないやり方でしょうしね。
車を運転する浩平、助手席にちょこんと座る茜、後ろの座席から身を乗り出す詩子。なかなか良い絵だと思いません?
では。