100Vのペンギン
秋の日。夏の残り火が最後の輝きを見せているような、ひどく暑い日。だがこの境内では、豊かな杉の葉を透過した柔らかな木洩れ日が溢れていた。長い石段を登ったせいで皮膚から零れた汗も、一瞬で引いていく。しかし、そんなさわやかさも数分後にはこの場から消えてなくなるだろう。
「先輩!」
そんなことは何も知らず、彼女がやってくる。すでに練習用の服装に着替えていた。今日ぐらいは彼女よりも早く来ようとしたのだが、自分で思ったよりずいぶん時間がかかったらしい。
「今日は何をしますか? 先輩は上達が早いから、もう少し難しい連携を覚えるのもいいと思いますけど」
いつものような純真な笑顔。それを俺が壊すのだと思うと、決意が鈍る。しかし今それをしないのは、ただの時間稼ぎに過ぎない。どれほど時間を置いても、結論は変わらない。それはこの4か月が証明している。
だからオレは。
「ごめん、葵ちゃん。今日は練習をするために来たんじゃないんだ」
「え?」
「ずっと黙っていた事がある。それを伝えに来た」
「な…何ですか?」
きっと葵ちゃんは、「まっすぐ」としか言い様のない瞳でオレを見てるんだろう。
オレの提案で、二人はお堂の階段に腰を下ろす。少し長くなるかもしれないし、何より葵ちゃんに向き合うことがないこの姿勢は、ほんの少しだけ気持ちを軽くした。
「半年ほど前…葵ちゃんが高校に入学してきた頃だな。試験運用でオレたちの学校にいたメイドロボのこと、知ってるか?」
「あ、はい。クラスが違ったから話したことはありませんけど、一応は」
「そっか。じゃあてっとり早い。これから話すのは、そのメイドロボのことなんだ」
「はい」
いきなりこんなことを言い出しても、葵ちゃんはちゃんと耳を傾けてくれる。だから俺は続ける。
「あいつ…よく出来てただろ? 人間そっくりだと思わなかったか?」
「はい。近所で見かけるロボットとは全然違ってました。表情まで本当に自然で…」
「人間だったんだよ」
自分でも驚くぐらい低い声で割って入る。
「え?」
「人間だったんだよ。人間と同じくらい、いや、それ以上に……いい奴だった」
「……先輩…?」
「…そう勘違いする馬鹿がいたんだ。ロボットを本気で好きになっちまった馬鹿が」
突き放す。いつもそうしているように。
「でもそのロボットは、言われた通り役目を終えて、言われた通り眠りについたんだ。…まあ当然だ。人間に逆らうロボットなんて、ただの不良品だからな」
「残ったのは馬鹿が一人。こいつがどうしようもない奴だった。ロボットを本気で好きになった変態野郎の上に、それを忘れることも自分で背負うことも出来なかった」
「そいつは、眠っちまったロボットによく似た女の子に目をつけた。その子はいつも一生懸命で、努力家で、でもどこか気持ちが空回りしてて、なんだか放っておけなかった」
「でも気づいた。オレは葵ちゃんに、マルチの影を見ていただけだった、ってな」
最後の言葉は、立ち上がりながら空に投げつけた。
「ごめん。もうここには来ない」
石段に向かうオレの体は、2本の腕に縛られた。背中に押し当てられるのは、葵ちゃんの頭。
「そんなの…いやです」
「葵ちゃん」
「私…先輩がそんなこと思っていたなんてちっとも気づかなくて、自分が楽しいからきっと先輩も楽しいんだろうなって勝手なこと思って、それで…」
「葵ちゃんは全然悪くない」
「でも、あの…それでも、私…」
葵ちゃんの体と一緒に、後に続く言葉を振り切る。
今までのように、どこまでも委ねてしまいそうだったから。
「ごめん」
何度言っても言い足りない言葉を、僅か2回で終わらせる。
俺は、石段を降りていった。
なかがき
下に続きます。
…書き出し付近の文ですが、バグではなく仕様です。本当に。
いちおくまんボルトのペンギン
秋の日。夏の残り火が最後の輝きを見せているような、ひどく暑い日。だがこの境内では、豊かな杉の葉を透過した柔らかな木洩れ日が溢れていた。長い石段を登ったせいで皮膚から零れた汗も、一瞬で引いていく。しかし、そんなさわやかさも数分後にはこの場から消えてなくなるだろう。
「先輩!」
そんなことは何も知らず、彼女がやってくる。すでに練習用の服装に着替えていた。今日ぐらいは彼女よりも早く来ようとしたのだが、自分で思ったよりずいぶん時間がかかったらしい。
「今日は何をしますか? 先輩は上達が早いから、もう少し難しい連携を覚えるのもいいと思いますけど」
いつものような純真な笑顔。それを俺が壊すのだと思うと、決意が鈍る。しかし今それをしないのは、ただの時間稼ぎに過ぎない。どれほど時間を置いても、結論は変わらない。それはこの4か月が証明している。
だからオレは。
「ごめん、葵ちゃん。今日は練習をするために来たんじゃないんだ」
「え?」
「ずっと黙っていた事がある。それを伝えに来た」
「な…何ですか?」
きっと葵ちゃんは、「まっすぐ」としか言い様のない瞳でオレを見てるんだろう。
オレの提案で、二人はお堂の階段に腰を下ろす。少し長くなるかもしれないし、何より葵ちゃんに向き合うことがないこの姿勢は、ほんの少しだけ気持ちを軽くした。
「半年ほど前…葵ちゃんが高校に入学してきた頃だな。購買でいろんな実験が行われていたんだけど、知ってるか?」
「あ、あまり詳しくは知らないですけど、噂ぐらいは…」
「そっか。じゃあてっとり早い。これから話すのは、その購買で試験的に販売されていたパンのことなんだ」
「……は、はい?」
耳を傾けてくれているのかどうかよく分からないが、俺は続ける。
「そのパン、結構面白かったんだ。学校の購買なんてメニューはオーソドックスなものばかりだけど、そのときは違った。半端じゃない数のメニューを揃えていて、しかもそのどれもが美味かった」
「そうらしいですね。本物のパン屋さんみたいだったって、友達も言ってました」
「パン屋だったんだよ」
自分でも驚くぐらい低い声で割って入る。
「え?」
「パン屋だったんだよ。その時のパンは工場で作られた出来合いじゃなくて、近所でも評判のパン屋で作られていたんだ」
「……先輩…?」
「馬鹿がいたんだよ。購買のパンを本気で好きになっちまった馬鹿が」
突き放す。いつもそうしているように。
「そのパンは、購買の試行錯誤で生まれたものだった。営業実績が落ちてきていた購買の、改善策の一つだった。結局、その手作りパンは1週間ほどで中止になった。…まあ当然だ。1000人近い生徒の胃袋は、それなりの量が無いと満たせないからな」
「残った馬鹿は、手作りパン最後の日を知らなかった。知らなかったから特別な行動も取らなかった。その昼休みに、同好会の勧誘をやっている後輩にかまったりしてたんだからな」
「それがきっかけだった。最後の日に出会った葵ちゃんに未練の矛を向けた」
「俺は、葵ちゃんにカツサンドの影を見ていただけだったんだ」
最後の言葉は、立ち上がりながら空に投げつけた。
「ごめん。もうここには来ない」
石段に向かうオレの体は、2本の腕に縛られた。背中に押し当てられるのは、葵ちゃんの頭。
「そんなの…いやです」
「葵ちゃん」
「私…先輩がそんなこと思っていたなんてちっとも気づかなくて、自分が楽しいからきっと先輩も楽しいんだろうなって勝手なこと思って、それで…」
「葵ちゃんは全然悪くない」
「でも、あの…それでも、私…」
葵ちゃんの体と一緒に、後に続く言葉を振り切る。
今までのように、どこまでも委ねてしまいそうだったから。
「ごめん」
何度言っても言い足りない言葉を、僅か2回で終わらせる。
俺は、石段を降りていった。
さらになかがき
つっこみ不在のまま。
しかもまだ終わっていません。
下に続きます。
1Vのペンギン
「俺は葵ちゃんに購買のおばちゃんの影を見て…」
「…それはカツサンドよりイヤです」
あとがき
以上、「『葵とカツサンド』ネタをリサイクルしよう企画」でした。
浩之くんの台詞が嘘くさいのは、書いてる奴が彼とかけ離れたひねくれ者だからです。
ちなみにタイトルは、チェッカーズの「100Vのペンギン」から拝借しました。
「100Vのペンギンたちは不思議な電気仕掛けの夢を見る」
「壊れたテレビが桜は散ったと告げる」
「明日はまたひとつ昔話が消える」
なんて歌詞があって、ダーク版「To Heart」の感じです。
なのにこんなブツのタイトルにつけてみたり。