剣士→騎士→カプラ職員
「御用はなんですか?」
「このバスタードソード倉庫にしまって」
「はい、かしこまりましたっ」
「モロクまでポータル頼む」
「1800zenyになります。がんばってくださいね」
「私はシルバーローブ出して〜」
「そっちのプリーストさんですね。はいどうぞ。ここで着替えちゃダメですよ」
ヒースさんの周りにいる冒険者の人垣が笑いに包まれた。ネタにされた本人もくすくす笑っている。
冗談やユーモアというのは、その中身より話し手の人柄に左右されるんだろうなあ、と思う。同じカプラ職員でも私のような無愛想な人間に言われたら、あのプリーストは怒り出すに違いない。
ヒースさんに仕事を依頼する冒険者の列は途切れることなく続き、大きな人垣になっていた。すぐ近くには私がいるのに、こちらにやって来る人はほとんど居ない。
「赤ポーション20個頼むぜ」
「はい……少々お待ちください…」
「…おーい、まだかぁ」
「……こちらです」
「おいおい、陰気なカプラだな。挨拶の一つも言えや」
「…いってらっしゃいませ」
「…ちっ! そんな暗い声で言われてもやる気になんねーや。やめたやめた」
地下水路ダンジョンに入ろうとしていた髭の濃い中年のシーフは、そう言って西門へ戻っていく。見送る私のかけた眼鏡に、背後から夕日が射し込んで反射し、その姿を消してしまった。
こんな光景を見ていれば、私に仕事を頼むお客さんが居なくて当たり前だと思う。私も数ヶ月前まではカプラ職員に仕事を頼む立場だったから、その気持ちは良く分かる。
やっぱり私には、向いていないのだろうか。
「カプラのおねーさーん、今日の仕事は何時まで?」
私の気持ちとは対照的な明るい声が下から聞こえる。ゆっくり視線を移すと、10代半ばぐらいと思われる中性的な顔立ちのアコライトの少年が、私を見上げる体勢で小首を傾げていた。
「6時で交代ですが…」
質問の意図は不明だったが、私は反射的に答えてしまう。
「ふーん…じゃ、そのあと僕と一緒にご飯でも食べない?」
その真意は、わずか2秒で明らかになった。遠視のため近くのものを見るときには悪くなる私の目つきが、いっそう険しくなったことだろう。
「遠慮します」
できるだけ低い声で答えたつもりだったが、幼い顔立ちに似合わず図太いアコライトには通じなかったようだ。
「そう? じゃ、また今度ね〜」
顔の前で手をひらひらさせ、後ろ歩きで器用に遠ざかっていく。かと思えば、視界から逃れることすらせず、20歳ほどのアーチャーの女性に声をかけていた。
「そこのきれーなおねーさーん、ひょっとして1人〜? だったら僕とパーティー組まない?」
ナンパに必要なのは外見でも話術でもなく図太い神経だと前に聞いたことがある。彼がその条件に合格しているのは間違いないだろう。
その間にも、ヒースさんの周りから冒険者が消えることはなかった。
「気にしちゃダメですよ。最初はみんなそうなんですから」
「…ヒースさん…ありがとうございます」
カプラ職員の仕事に昼夜の区別はない。冒険者は早朝も深夜も訪れるため、カプラ職員も交代制で常に誰かが持ち場に居ることになっている。私とヒースさんは夕闇と共に交代となった。倉庫サービスの売上金をプロンテラ支社に届け、今日の仕事が終わった。私とヒースさんは夕食を一緒に取るため、とある料理屋に来ている。イズルードからすぐに運んだ魚を使っているらしく、ありきたりの揚げ物なのに美味しく仕上がっている。
「あ、それから。『ヒースさん』ってさん付けするの、辞めてもいいですよ。私の方が年下なんですから」
「…いえ。仕事の経験はヒースさんの方がはるかに多いですから」
「そういうものかなあ?」
「はい」
彼女は22歳だというから、確かに私より2歳年下になる。だが、私は数ヶ月前にカプラサービスに入り、研修を終えて見習い期間がスタートしたばかりの半人前だ。一方の彼女は15歳で入社し、今ではプロンテラ西広場を仕事場にする8人のカプラ職員のリーダーである。その上、私という半人前の教育まで任されているのだ。敬意を持って接するのは当然ではないだろうか。
仕事中の彼女は、カプラ職員の典型のような明るい笑顔でお客さんを迎えるだけでなく、荷物の取り違えや倉庫使用料の取り忘れなどの間違いはけっして犯さないらしい。
当たり前のことのようだが、プロンテラのように冒険者の多い町でミスなしに仕事をするのは、相当に大変なことだと思う。実際、他の先輩たちについては、前述のような間違いの体験談を漏れ聞くのだ。
「気が向いたらでいいですけどね。無理に変えてなんて言いませんから」
笑いながら彼女は、デザート用のリンゴに早くもフォークを伸ばす。その明るさは仕事用の演技ではなく、地の性格なのだろう。
「でも、やっぱり笑顔は大切ですよ。仕事の能率はすぐに上がっていきますけど、それだけじゃお客さんが喜びませんから」
「…がんばります」
「そういう生真面目な所がいけないと思うんだけど…ま、気楽にやりましょう」
「はい」
ヒースさんは私の肩を叩きながら、グラスのワインを一息に空けた。
カプラ職員の仕事は主に二つ。一つは、顧客の荷物を預かったり引き出したりするため本社の倉庫と空間を直結させる倉庫サービス。もう一つは、大陸の主要都市を結ぶ空間転移サービスだ。どちらも基本的には、アコライトやプリーストが使うテレポートとワープポータルの亜種だ。だが、両者には決定的な違いがある。カプラの二つのサービスは術者の信仰心や技術に拠らず、カプラオーブというアイテムを持つことで誰にでも使用可能となるのだ。この画期的な技術が、アルデバランの小さな倉庫業者に過ぎなかったカプラサービスを世界的な大企業に押し上げた唯一最大の原動力である。
逆に言えば、仕事の確実性やスピードに甚大な差はあれど、約7年の経験を積んだヒースさんも半人前の私も、できる仕事はまったく同じなのだ。
それでも。
昨日と同じように、ヒースさんの周りには常に冒険者で溢れていた。一方私の周りには。
「おねーさん、今日は暇? 美味しい酒場しってるんだけど」
何が気に入ったのか、昨日の軽薄なアコライトが、少しも懲りず声を掛けてきた。
「君に付き合うつもりはありません。仕事がないなら何処かに行って下さい」
「そう? ごめんね、じゃあまた今度」
「明日も明後日も付き合いませんから」
「それなら、しあさってに…」
下らない屁理屈は眼光で止めることができたらしい。彼がその先を続けることはなかった。
「じゃあね」
それだけ言い残し、彼は振り返って立ち去った。懲りない男は、今度は女シーフに声を掛けていた。
そして。
ヒースさんのそばの喧騒をよそに、私の周りにだけ、再び静寂が訪れた。
その日の仕事の後は、前日のようにはいかなかった。
「あんな陰気なカプラが居ますかっ!」
「…すみません」
「まったく…元冒険者だっていうからお客様のことに詳しいと思って雇ったのに、それ以前の問題ね」
「………」
交代時間が来るとすぐ、私の仕事ぶりを見に来ていたプロンテラ支店長の秘書が現れた。言いたいことは良く分かっているのだけど。
「うちが人を探せば、入りたい人は沢山居るんですよ! あなたの代わりなんて誰でもいいんですからね!」
「はい…」
「大体あなたはこの仕事の意義を…………」
「………」
「………………………」
「……」
「……………………」
「…」
「あんまり気にしない方がいいよ」
「…ありがとうございます」
仕事が終わって随分経つのにわざわざ待っていてくれたヒースさんが、先刻の秘書と入れ替わりにやって来た。上司がまだ見えているから、小声で話し掛けてくる。
「あのおばさんの言うことなんて、無視すればいいのよ。あの人、昔っから態度悪くて、現場に居たときはお客さんの評判悪かったのよ。でも支店長と結婚したから急に偉くなっちゃって…」
「……でも、ぜんぶ本当のことですから」
アサシンのナイフさばきの如く繰り出された彼女の言葉が、急にやんだ。
「私が陰気なのも、代わりは幾らでも居ることも」
「…そんなことない……」
「失礼します。御迷惑をおかけして済みませんでした」
励ましの言葉が、鋭い批判よりもはるかに疎ましかった。私は言うべきことだけを言い、早足で立ち去る。
心の中で、そんな嫌な自分をなじりながら。
「はあ…」
大通りを1つ外れた場所にあるベンチに腰掛け、城壁の上に見える小さな空を見上げる。
騎士をやっていた頃はため息つくことなんてなかったなあ、と思う。『強さ』という一点を目指し、自身の不要物を削ぎ落としていく毎日。確かに大変だったけど、剣士時代も含めれば10年近くの間、やめたいと思ったことは一度もなかった。やっぱりあれが私の天職だったのだろうか。もしそうなら、それを失ってしまった後は何をして生きていけばいいんだろう。
他の何も見たくなくなり、首の角度を上げていく。視界から城壁が消え、木々が消え、吸い込まれそうな青空が全てになる。
はずだった。
「こんにちは」
「………」
ベンチの背もたれに身体を預けて垂直にまで顔を上げた自分の真上に、見覚えのある顔があった。昨日も今日も私に声をかけてきた、ナンパ師のアコライトだ。何がそんなに楽しいのか、相も変わらずにこにこと笑みを浮かべている。
背負った袋からメイスが覗くことからして、彼は大聖堂にこもって修行しているのではなく、魔物と戦う生活をしているはずだ。だが、体質なのか経験不足なのか、日焼けの色も筋肉らしきものもその身体には見られない。
「隣、座っていい?」
無言で姿勢を元に戻し、彼に後頭部を向けた。
この動作を承諾の意思の現れと捉える人間がいるとは思わなかった。彼はそそくさと私の隣に陣取る。
「……」
「……」
「……」
「……」
声を出したら負けになってしまうような気がして、なんとなく静寂を作る。人通りもあるし他の人たちの話し声も聞こえるのに、なぜかそれが遠く感じる。
何より自分の感覚に苛立った私は、癪だったけれど彼にこの場を譲ることにした。目を合わさぬよう、できるだけ前だけを見ながら立ち上がる。
「君、冒険者だったの?」
天性のものなのかどうか、このアコライトは人の気を引くのが実に上手い。あと瞬き1つの時間があれば立ち去ったであろう私の身体が、とっさに反転した。
「聞いてたの?」
「聞こえてたんだよ。広場の真ん中で話してたじゃない」
「………」
わざと人前で怒って恥をかかせることも教育の一環だと考える人間もいる。あの上司がそこまで考えていたとも思えないが。
「ねえ、何やってたの? マジシャン? アコライト?」
「……あなたには関係ないでしょ」
「自分に関係のあることしか聞いちゃいけないの? それじゃ人と仲良くなれないよ?」
この少年と取っ組み合いをすれば、右手だけでも10秒で戦闘能力を奪う自信があった。ただ、口喧嘩では絶対に勝てそうにない。
「…騎士」
「へえ、そうなんだ。その若さで騎士だなんて凄いね」
「何やってても、やめたら同じよ」
「どうしてやめたの?」
私の傷跡に塩を塗る問い。
それに答えることも答えないことも、けっきょく同じだ。それなら答えてあげよう、という気になった。
「ダンジョンで魔物に左手をやられてね。傷口だけは塞がったんだけど、何処かが治らなかったみたい。肩より上に上がらなくなったの」
「それで今はカプラ? 頑張ってるんだね」
そこに同情の色が少しでもあったなら、今度こそ私は無言で立ち去ったと思う。そんなものは、これまでに何百回も貰って食傷気味だった。
「頑張ってたらあんなに怒られたりしないでしょ」
だから、私がつい答えてしまったということは、彼の言葉にはそんな気配がしなかったということだと思う。
「でも、はじめたばっかりじゃ仕方ないよ」
「向いてないのよ」
自嘲と自尊は自己陶酔の裏表だと聞いたことがある。今の自分は前者なんだろう。会ったばかりのアコライトに、ぺらぺらと身の上話をしてしまうなんて、今までならあり得なかったことだ。
「剣は持てなくなったから、せめて少しでも関係のある仕事に就こうと思ってたんだけど。やっぱり私には無理みたい」
「どうして?」
「私の隣にいた先輩、見たでしょ? カプラの仕事は、ああいう明るい人じゃないと駄目なのよ。私みたいな愛想無しじゃ、魔物の相手はできても人間の相手はできないみたい」
「まだ慣れてないからだよ」
愚痴をこぼす人間は本当にみっともないものだ。慰めを欲しがってるくせに、それを貰えたら貰えたで「そんなに簡単じゃない」と反発してしまう。
「結局カプラの仕事って、誰にでもできるじゃない。だったらヒースさんみたいな人じゃないと喜ばれないのよ。私じゃ、やっても無駄なの」
それまでにこやかだった彼の顔が、少しだけ険しくなる。
いい加減、陰気で鬱陶しい女の相手をするのに嫌気がさしてきたのだろう。
「……」
彼は無言で立ち上がる。もともと追い払いたかったのだから満足すべき事態なのに、少しだけ別の感情が混ざってきた。本当にどうしようもない人間だ、私は。
だが。彼がとった行動は、私を置いてこの場を去ることではなかった。
「ちょっとつきあってくれる?」
「…………え?」
さっきまでの笑顔に輪をかけてにこやかなのに、なぜか怖さも感じてしまう顔で、私の右手首を握り、魚を釣り上げるように私をベンチから引き離した。
「来てほしいところがあるんだ」
言いながらも既に歩き始める彼。
「ちょ、ちょっと…待ちなさいって…」
ようやく冷静になり、豹変した彼の態度に力ずくで抗おうとしたそのとき。
「君の仕事が無駄かどうか、その後で決めても遅くないと思うよ」
本当にこの少年は、人の気を引くのが上手だった。
頭一つほど背の低い少年に引きずられていくのも恥ずかしいので、掴まれた手だけは振りほどいたが、彼は振り返りもせずに、早足でひたすら歩いていく。プロンテラの大通りはカプラの目立つ衣装で歩くには人目が多すぎたが、そんなことに頓着してくれる気はないようだった。
彼は何も話さないので、行く先は全く分からない。ただ、夕日に向かって進んでいることだけは間違いないようだ。瞳に突き刺さる陽光が痛い。
「がんばって行って来いよ!」
「はーい」
陽気な門番に陽気を超えて脳天気な少年が返事をする。私たちは、遂にプロンテラの西門を出た。だが、彼はまだ足を止めない。そのまま街道を進んでいく。
「どこに行くのよ」
「もうすぐだよ」
この手の会話のあとで、本当に目的地が『もうすぐ』だった例はかえって珍しいと思う。彼は、しばらく歩いた後に足を止めた。
城門から出たと言っても、危険な魔物の気配など一切ない。休息のため木陰を奪い合う冒険者あり、ワープポータルでどこかへ旅立つ者あり。まだ冷たい夜風が吹かない時間帯ということもあり、街中と変わらぬ賑わいがあった。
地下水路への入り口、その目の前に私たちは立っていた。ちなみに私とヒースさんが働いていた場所は目と鼻の先だ。今は仕事を引き継いだ別の職員が立ち、一向に減らない冒険者たちの依頼に応えている。
「ここ?」
「うん。ここ」
間抜けなことこの上無い会話とともに、魔物が巣食う下水道への扉を指さす2人。扉の横に立つ見張りの兵士に、不思議そうな顔で見られていた。
「何をするつもり?」
「いやだなあ。ここに来たら、やることは1つでしょ」
「え?」
再び掴まれた右手首は、彼の身体越しに下水道の入り口へ伸びていた。
階段を下りつつ、背負った袋からメイスを取り出す彼。
我ながら、今日はずいぶん投げやりになっていたんだと思う。騎士をやめて久しいというのに、こんな所までついて来るとは。
「私、武器なんか持ってないんだけど」
「大丈夫大丈夫。そんなに奥には行かないから」
彼の右手に収まったメイスは、傷ひとつない綺麗なものだった。よく整備されているというよりは、単に使った回数が少ないのだろう。
『奥には行かない』ではなく『奥には行けない』のじゃないかと思ったが、大人げないので黙っておく。
「そうは言っても…」
言葉は耳障りな羽音に遮られた。下水道の地下1階にはこちらから手出ししなければ襲ってこない大人しいモンスターが多いが、目の前に飛んできた、このファーミリアだけは例外である。
「ちょっと待っててね」
言って、彼は私とコウモリの間に立つ。腰が後ろに引けてさえいなければ、それなりに格好よかったのかもしれない。
そんな間抜けな感想を抱く間にも、敵は目標をアコライトに定めたらしい。小さな牙を剥き出しにし、獲物に飛びかかった。
数ヶ月ぶりに間近で見る、人間と魔物との戦いだった。
「えいっ!」
ぶん。
「たぁ!」
ぶん。
「くらえっ!」
ごす。
「キーッ」
ぐさ。
「いたっ! このっ!」
ぶん。
……
その戦いの模様を擬音と台詞で伝えようとすると、このようになる。ちなみに『ぶん』がメイスの空振り、『ごす』がメイスの命中、『ぐさ』がファーミリアの牙が肩や腕に刺さる音だ。少し『ぶん』が多いように思われるかもしれないが、これは実際の確率を反映させたためだ。
ただでさえ空を飛ぶモンスターは攻撃が当たりにくい上に、アコライトの攻撃がひどすぎる。メイスを振り回しているのではなく、メイスに振り回されているようだ。華奢な体つきだとは思っていたが、ここまで戦闘に不慣れだとは思わなかった。
「ヒールっ!」
本日何度目か分からないヒールが、彼の腕や胸から流れる血を止める。敵が1匹だからまだ良いようなものの、仲間がやってきたら危ない。
「敵の動きをよく見なさい」
「…え?」
逆の意味で彼の戦いぶりに見とれていた私だが、ようやく我に返った。
「敵を見て攻撃してたら、いつまで経っても当たらないでしょ。敵の動きを読んで、そこにぶつける感じでいって」
「う…うん」
突然届いた外野の声に耳を貸してくれたらしく、彼は無闇やたらと右腕を振り回すのをやめた。紙一重で頭上を通り過ぎたファーミリアが、天井付近で大きな弧を描き、再び彼の顔をめがけて襲いかかってきたとき。
「ギーーーッ」
それまでの甲高い鳴き声から一転、低音の断末魔が地下水路に響いた。カウンターの形で振り下ろされたメイスに激突したファーミリアは、そのまま力無く床に落ちていく。
「か、勝った…」
戦いの勝者も長い戦いに疲れたのか、片膝をついてへたり込む。
冒険者をしていた頃に味わった緊張感が、久しぶりに蘇ったのを感じた。
騎士として仲間達とダンジョン深くに潜っていた時とは比べものにならないほど、低レベルなものだったけど。
ヒールを使う余力も無いのか、彼は薄汚れた柱にもたれかかって座り込む。かすかに血が流れ続ける左腕に背負い袋から取り出した布をあてがうが、片手では止血もままならないらしい。
「あ…ありがとう」
仕方なく、彼の手から奪い取った白い布を肩口できつく縛る。
少し血が薄くなったのか、日焼けのあとすらない顔が、白を通り越して青白くなっている。それでも無理をして笑う彼に、わざと冷たく言った。
「あなたの腕じゃ、ここに潜るのは無理なんじゃない?」
きょとんとする彼に追い打ちをかける。
「何をするつもりだったのか知らないけど、これ以上奥に行くのは無理よ」
彼はようやく合点がいったのか、半分開いたままの口がようやく動く。
「ああ。大丈夫だよ。とりあえずここにしようと思ってるから」
「ここ?」
私は周りを見渡す。地下水路は何度も来たことがあるから、しっかり見覚えがあった。地下1階から2階へと続く階段がすぐ近くに見えるが、他には何もない。
「ここで何をするつもり?」
「うーん…ちょっと人が少なすぎるかな…?」
意味深なことを呟き、首をひねる彼。
数秒をおいて、手負いのアコライトが立ち上がった。少しは傷が回復したのか、ふらつくようなことは無い。
「ごめん。2分だけ待ってて」
彼は近くにファーミリアがいないことを確認すると、地下2階へと続く階段を目指して走り出した。
「ちょ、ちょっと…」
止める暇もなく、彼の姿は見えなくなる。
腕力も戦闘技術もゼロに等しい男だったが、足の速さだけは及第点だった。動きにくそうなアコライトの服装をものともせず、あっという間に階段に足をかけ、そのまま姿を消した。
本当に行動が読めない子だ。
正しく2分ほどが過ぎ、彼が戻ってきた。
それだけなら驚くことはないのだが、その後ろに十人弱の冒険者がいるとなると話が別だ。剣士、盗賊、アーチャー、アコライトなど、職種も年齢も性別もバラバラの集団が、彼を先頭にこちらへ歩いてくる。
一足先に私の所へ戻ってきた彼に、小声で尋ねる。
「あの人たち、いったい何なのよ?」
「えっとね、『ここにカプラ職員が来てますよ』って言ったらついてきたんだ」
「………何考えてるのよ」
多少語気を荒げた程度では、この図太いアコライトには効き目がなかったようだ。
「ここで仕事をしてもらおうと思ったんだ」
「こんなところで…」
「…お客さん、待ってるよ?」
嫌味な笑顔を見せる彼。
そうこうしているうちにも、アコライトがつれてきた冒険者の集団は、私たちの側に続々と集結しつつあった。
「おい嬢ちゃん、火属性のツーハンドアックス出してくれねえか」
「あ、あたし赤ポーションお願い〜」
「え、えっと、あの……」
何とか断ろうとするが、次々と出される倉庫サービスの注文にかき消されてしまう。とても『何かの間違いです』などと言える雰囲気ではなかった。
「覚えてなさいよ…」
隣のアコライトを一睨みするのが精一杯の抵抗だった。私は制服の胸ポケットからオーブを取り出し、倉庫サービスの準備に取りかかる。
「がんばってね〜。ファーミリアは僕が何とかしておくから〜」
再びメイスを握るアコライトは、のんきにそんなことを言った。
「はい、アックスですっ」
「え? あたし?」
「あ、すみません。あちらの方でした…」
「おい、しっかりしろよ」
「すみません…」
やっぱり無理だ、と思った。
さっきまで魔物と戦っていた冒険者たちの注文は際限なく続き、一方の私は混乱するばかりで少しも片づかない。しかもお客さんは減るどころか、変な場所に現れたカプラ職員への興味で増えるばかり。
「ポータルできる?」
「一応は…西門のカプラと同じ行き先になりますが…」
「じゃあフェイヨンお願いね」
「あ、ぼくもぼくも」
「はい…」
私の周りの人垣は、一段と大きくなっている。それと反比例して、私の仕事は遅くなる一方だ。
「はいはい皆さん、押さないで押さないで」
その喧噪の向こう側から、ひときわ大きな声が聞こえた。力自慢の大男たちの頭の隙間から覗くのは、金色の髪だった。
「こちらのカプラ嬢、まだ見習いなんですよ〜。ダンジョンに来て経験を積もうとしている最中なんで、ちょっとのミスや不手際は大目に見てやってくださいね〜」
露天の商人のような軽い口調で釈明するアコライト。地下水路の音響効果もあって、遙か遠くに居た冒険者までもがこちらを見て笑っている。
「見習いか〜」
「じゃあ仕方ないね」
彼の説明と、ひたすら頭を下げながらのろのろと仕事を続ける私に、たくさんの同情が集まったらしい。
「そんなこと知るかよっ! さっさとショートソード出しやがれ!」
だが、そんなことお構いなしに詰め寄るお客さんもいる。紺の髪を短く刈り上げたシーフだ。
もちろん悪いのは私だ。そのシーフは普通のことを言っているだけだ。未熟な見習いだというのは私の事情で、そんなことは待ちぼうけをくっているお客さんには関係がない。手際の悪さを批判されるのは当然のことだ。
それなのに。
「ぼーず、お前も未熟モンのくせに文句言うんじゃねえよ」
「わ、わ、離しやがれっ!」
あのアコライトが間に入ってくれようとしたその前に。
先ほどアックスを渡した口髭の濃い大男が、そのシーフを片手でつまみ上げていた。大男は暴れる彼をものともせず、そのまま人の群れの外に放り出した。
強面の彼は、床に強打した腰を押さえるシーフに目もくれず、私の頭に手を置いた。
「嬢ちゃん、俺たちにしたらこんな所にカプラが居てくれるだけで大助かりだ。ありがとよ」
そう言い残し、人並みをかき分けるようにして立ち去った。
自覚はなかったけど、このときの私は、かすかに涙を零したらしい。
あの性格の悪いなアコライトが、後で散々からかってきたから。
少しだけ落ち着いた私は、少しずつ少しずつ、お客さんの要求をさばいていった。殺気のように荷物の取り違えなどの失敗だけは起こさないよう、ゆっくり応対する。もともとここは冒険者が多く集まる場所でもないから、確実に仕事をしていけば自然と人垣は減っていった。
私をここに連れてきたアコライトは、少し離れた場所でファーミリアと戦っていた。お客さんが集まる方に向かうコウモリに対して、慎重にメイスをふるっている。コツを掴んだのか、最初に見せた醜態は影を潜めた。空振りも格段に少なくなったため、つけられる傷もごく浅いものに限られているようだった。
「すみません、人参預かってね」
「はいっ」
「それが終わったらブレード出してくれ」
「すみません、少々お待ちください」
「あいよー」
相変わらずお客さんを待たせてばかりで、おまけに笑顔の1つも見せられない半人前だけど、私はここでやっと『カプラ職員』になったんだと思う。それまでの私は、昔を懐かしむだけの『騎士くずれ』だったから。
鈍感な私は、あのアコライトがお膳立てしてくれた過剰な演出ではじめて、この仕事が人から必要とされてるんだっていうことに気づいた。
それは間違いなく良いことだったけど、1つだけ悪いことがあった。
数十分前に『騎士くずれ』の私が抱いた危惧を、すっかり忘れてしまっていたことだ。
「…っ」
いつの間にか遠く離れていたあのアコライトが、2匹のファーミリアに襲われていた。
「…っ……っ!」
ここからでは声までは聞こえないが、彼が苦戦しているのが分かった。1対1と1対2では戦況ががらりと変わる。ひっきりなしに襲う牙と爪に冷静さをなくしたらしく、メイスも全く当たらなくなった。調子づいた2匹のファーミリアが一方的に攻撃を加える。
「……っ」
周りの人たちは私の方を見ているから、彼の様子に気づかない。
そうこうしているうちにも、新たに3匹目のファーミリアが彼に飛びかかる。不意を突かれた彼の胸に、2本の鋭い牙が刺さった。黒いコウモリが、返り血でドラインリアーのように紅く染まる。
気がつくと、私は人並みをかき分け走り出していた。右手には、先ほど剣士からの依頼で取り出したブレードがある。
「お…」
「ごめんなさい! 貸してください!」
持ち主にそれだけ言って、左手に持っていたオーブを胸ポケットにしまい込む。ひらひらのロングスカートが動きを遮るが、気にしてはいられなかった。
前言を半分だけ撤回する。
『騎士くずれ』はやめた。けれど、騎士の時に身につけたものは、利用できるだけ利用することにした。
例えば、剣の扱い方とか。
「伏せてっ!」
足許もおぼつかないほど傷を受けた彼が、小さな身体を丸める。
あるいは単にふらついただけだったかもしれないが、それは間違いなく幸運だった。
標的を見失って彼の頭上を通り過ぎたファーミリアが、走り寄る私の方に力無く漂ってくる。
眼前に広がる黒い布は格好の的だ。私は両手持ちのバスタードソードを愛用していたから、片手持ちのブレードは使い慣れていない。だが、レイピアやサーベルのような刺突専用の剣に比べれば、使い方は良く似ている。
疾走の勢いをそのままに、刀身を頭部に叩きつける。
「ギ」
悲鳴すら全てを発せないまま、ファーミリアは床へと溶けた。
こちらにとって好都合なことに、ファーミリアたちは私を優先すべき敵と見たらしい。仲間の屍を乗り越え、まっすぐに急降下してくる。
振り下ろしたままだったブレードを構え直す暇はない。
私の右手は、先ほどと逆に、剣をまっすぐ上へ振り上げる。
そのファーミリアは、再び天井近くまで舞い上がった。自らの翼によってではなく、ブレードの圧力によって。
仲間を失ったもう1匹のコウモリも、十数秒後には同じ運命をたどることになる。
外傷からか疲労からか、ファーミリアが倒されたことを見届けたアコライトは、床に伏せた姿勢からそのまま尻餅をついた。
「大丈夫っ?」
駆け寄った私に白い歯を見せる。
…まだ余裕はあるようだ。
「ごめん。ちょっと調子に乗っちゃった」
その照れ笑いを見ると、彼の不注意を責める気も失せた。
「すごいなあ、姉ちゃん」
久しぶりの全力疾走にだらしなくも息を切らせた私に、拍手をしながら近づいてくる男性。このブレードの持ち主である若い剣士だ。
「あ…すみません。勝手に使っちゃって、どうお詫びしたら…」
ハンカチを取り出して血と油を拭おうとしたところで、右手から柄を抜き取られた。
「気にしなさんな。剣もあんたみたいな腕のある奴に使われて、幸せだったろうよ」
「…ありがとうございます」
「じゃあな」
背中を向けてひらひらと右手を振る剣士に、深く頭を下げた。
私は彼の手を引き、お客さんが待っている場所へ戻った。
ファーミリアの血で汚れた服と髪を敬遠されることは覚悟していたが、拍手で出迎えられることについての覚悟はできていなかった。
彼を連れてすぐに地上へ戻ろうと思ったのだが、当の怪我人が『集まった人たちの依頼だけでも聞いてあげないと駄目だよ』と言ってきかなかったため、その後数十分に渡り、待っていたお客さんに応対した。襲ってくるファーミリアには、順番待ちの冒険者が相手をしてくれた。
はじめからこうすれば良かったのに…とは思わないことにする。
下水道の大きな柱にもたれかかったアコライトに敬意を表して。
「うわ、真っ暗だ」
「入った時にはもう夕方だったんだから、当たり前でしょ」
太りぎみの三日月が、街とは反対の西の空低くに浮かぶ。そのせいか、星灯りが頭上に降ってくるかのようだ。
人数は少し減ったものの、冒険者が集まる場所に昼夜は関係ない。今なお喧噪を撒き散らしていた。
数時間前に引き継ぎを終えた先輩のカプラ職員に会釈し、私たちは城門そばのベンチへ向かう。このベンチは冒険者がたむろする場所にほど近く、ダンジョン探索の打ち合わせにはちょうど良い。そのうえ、非常に数が少ないときている。ある意味では、魔物が持つどんな珍しい宝物よりも、冒険者の奪い合いが激しい代物かもしれない。
当然ながら私たちにも幸運は訪れず、全て先客で埋まっていた。やむなく他の冒険者がそうしているように、近くの木陰に腰を下ろす。
「本当に大丈夫?」
「気にしすぎだって。ほら、元気元気」
我ながらしつこいと思う質問に、両肘を曲げてポーズを作るアコライト。
その姿勢は、多少なりと力こぶができる程度に鍛えられた人間でないとまったく意味がないと思う。元気なことだけは伝わったけど。
「すっかり心配される側になっちゃったね」
「え…? ああ、そうね」
そう言われてはじめて、私は、まだ言うべき言葉を伝えていないことに気がついた。
「ありがとう」
「・・・なんのこと?」
小首をかしげてとぼける。その所作があまりにわざとらしくて、少し笑った。
「あの場所なら、カプラ職員を必要としている人間が多いものね」
「そんなの、ただのきっかけだと思うけど?」
「そのきっかけをくれたのは、間違いなくあなただから。それがなければ、私はずっと気づかなかったと思う」
私たちの仕事を当てにしている人たちが沢山いる、ということに。
「君には向いていない仕事でも?」
笑顔のまま言われた指摘にも、すでに質問者自信が答えをくれていた。
「あなたみたいに適性のない人が冒険者をやってるんだから、私がカプラ職員をやっても大丈夫よ」
「ようこそプロンテラへ…って、ローじゃない」
「おはよう。がんばってるね」
数日後。今日も飽きずに、ローがプロンテラ西門へやって来た。ちなみにローとは、あのアコライトの呼び名だ。正式な名前はローフィという。間抜けなことに、彼の名前を知ったのは地下水路ダンジョンから戻った後だった。
「勢いで挨拶が出ちゃうくらいには、お客さんが来てるんだね」
「おかげさまで」
私は、対お客様用お辞儀を披露してみせた。少しずつ、その角度もタイミングも飲み込めてきた。
「じゃ、仕事も余裕が出てきたところで僕とご飯でも…」
「だから、そんなことより先に、することがあるって言ったじゃない」
「…う……やっぱり?」
ローの身体が半歩後ずさる。そんなにいやがらなくてもいいと思うけど。
「なんなら、今日の仕事が終わってすぐでもいいけど」
「僕の方は良くない…」
「じゃ、夕方に南門のところで集合と」
「話を聞いてよ…」
あくまで乗り気にならないローに、一つため息をついてみせる。
「別にすごいスパルタ教育しようってわけじゃないのに」
「素人が元騎士にメイスの使い方を教わるってこと自体が、かなりのスパルタ教育だと思うよ…」
「そんな悠長なこと言ってると、いつかひどい目にあうわよ」
そう。感謝の意思表示として私が提示したのは、ロー御希望の『一緒に食事』ではなく、『戦い方の基礎講座』だった。彼のいい加減なメイス捌きでは、今後の苦労が目に見えていたからだ。
「う…じゃ、できるだけお手柔らかに…」
「了解しました」
数日間の逡巡を経て、ようやく首を縦に振るロー。肩から覗く背負い袋のメイスが、ただの飾りではなくなるよう、出来る限り協力しようと思う。
「じゃあ私が仕事をしてる間に、体力作りから始めましょうか。プロンテラの城壁の外を3周したあと…」
「え、あ、シャリー、お客さんだよ」
特訓メニューの考案は、スタートでつまずいた。まあ、半分は冗談のつもりだったけど。
ローが指さす方向から歩いてくる中年の魔術師に、いつもの挨拶を口にした。
ぎこちないけれど、一応は『笑顔』に分類されるような表情で。
「いらっしゃいませ! カプラサービスはいつも皆様のそばにいます!」
あとがき
お読みいただいてありがとうございました。はじめてのラグナロクオンライン二次創作です。
書き終えたのは『アコライトだらけ』の方が早かったりしますが、一応こっちが本筋です。
本編も番外編の(なんちゃって)ミステリも、作者が飽きるまで続きます。よろしければ今後ともお付き合いください。
献辞。
このシリーズを、『明らかにグラフィック面で差別されている黒髪眼鏡カプラ職員』を愛する全国数人の方(含む俺)に捧げます。
どれだけ嫌がられても。なすりつけるように。