花見る頃を過ぎても
「アマツで?」
「うん。大聖堂の知り合いがこのまえ行ったらしいんだ。あそこでは春に『お花見』っていう名前の宴会をするらしいんだよ」
「名前と実態にズレがある気がする」
「だから、アマツに沢山ある桜の木の下でやるんだって」
「へえ…」
「だから」
「休暇は来週までないけど」
「じゃ、経験者に話を聞いておくね。それまでに持っていくお弁当の研究をしておくから」
私は肯定も否定もした覚えはないが、いつの間にか事が運んでいた。
いつものことではある。
「で、その大きな包みは何?」
「お弁当だよ。向こうではこんな風に大きな布をくるんで運ぶんだって」
「中身は?」
「秘密。一応これから見る花をテーマに作ってみたんだけど」
ある程度は知っていたが、彼は思いきり形から入る人間だった。
もっとも、こういう装飾満載の食べ物を一切作れない人間に文句を言う権利はない。覚えたのが剣士時代のダンジョンの中やらモンスターの巣やらだったから、私の料理のテーマは『質より量』『見た目より早さ』だ。
以前彼が作ったお菓子を食べたが、良くもまあこんなにちまちまとしたデコレーションを作れるものだと呆れ半分感心半分だった。当人はそのお菓子の長ったらしい名前を教えてくれたが、私にとっては『クッキーの一種』としか認識できなかったから、根本的に食べ物に対する立場が違うのだろう。
もっとも、味は高いレベルで保証されているから問題はない。
「じゃあ、早速ポータルで飛んじゃおうか」
気軽に彼が言うので、少し驚いた。
「自分のワープポータルで行けるの?」
「もちろん」
ワープポータルはアコライトやプリーストが使用する魔法だし、ローが使うのを見たこともあるから驚くには値しない。しかしこの魔法は行き先を3箇所しか決められないから、普段の彼の行き先から遠く離れたアマツ行きのポータルを覚えているのが疑問だった。
「コモドとアマツがないとワープポータルの意味がないからね」
疑問は一瞬で溶けて消えた。
「観光地ばかりね」
「いやあそれほどでも」
謙遜する意味が分からない。
「うわー綺麗な…」
「緑」
残念ながら、私たちは2人とも『花見』の初心者だった。
一滴だけ紅を垂らしたような白の花びらは、木の根本に微かに残るばかり。それすら強い風がどこかへ押し流していく。見上げれば濃い緑をかすめて春の陽光が落ちてくる。
アマツ独特の木と紙で出来た城にほど近い広場で、私たちは立ちつくしていた。
周りの閑散とした状況から、ある程度予感はしていたが。
「もう散っちゃったのかなあ…」
「みたいね…」
「話を聞いて1週間しか経ってないんだけど」
「ぼうず、寝ぼけたことを言うな」
私の口が急に悪くなったわけではない。突然背後から割って入ってきたのは、しわがれた低い声だった。
振り返った先にいたのは、変わった形の水筒を天に向け、ぐいぐいと飲み干していく老爺。その中身は、赤く染まった彼の顔から察することが出来た。
出来あがっている。
「桜は1日ごとに様子を変える。1週間も経っておるんじゃ、花も散ってしまうわい。桜の本当の見頃はひと春のうち数時間じゃな」
「数時間…」
「見頃って、今年はいつごろだったんですか?」
私たちがいくらも喋らないうちに、彼はもう次の容器の口を開いていた。青空にそぐわない酒の匂いが、かすかな花の残り香をねじ伏せる。
「そんなもの決められるか。七分咲きの風情が良いという奴もおる、満開の花が一番だと言う奴もおる、散っていく花吹雪がたまらんという奴もおる。見頃が人によって違うから面白いんじゃないか」
私とローは顔を見合わせた。何も言い返せない未熟者を見て、老人は酒の飛沫をまき散らしながら笑う。
「ありがとうございます。良い勉強になりました。来年はもっと早くに来て、自分がきれいだと思うときを探してみます」
口にしたのはローだったが、私も全く同じ気持ちだったので2人揃って頭を下げた。
感謝を伝えたつもりだったのだが。
「何を言うとるか」
顔を上げた私たちは、ひどく不機嫌そうな表情にぶち当たった。
「大陸からはるばる来たんじゃろう。わしが良いところへ連れて行ってやる」
水筒に栓をし腰の脇に戻すと、老人は私たちの手を片方ずつ掴んで歩き出した。身体の大きさや見た目の年齢に相応しくないほど強い力に、私たちは呆然としたまま引きずられていた。
「どこに行くんですか?」
「大して歩かん。それにお前さんら、どうせ暇じゃろう」
「……まったくもってその通りです」
先ほどの公園からすぐの山に登り始めて20分。さすがに手は放されていたが、彼の意図はさっぱり分からない。好奇心旺盛なローが当然のように目的を聞き出そうとするが、彼の口八丁も老人のぶっきらぼうな態度には勝てないらしい。
私は別に山歩きも苦痛ではなかった。それほど険しい道でもなかったし、暇になってしまったのは確かだったからだ。
そして、老人の言うことに間違いはなかった。彼が目指す場所を教えてくれる前に、ローが歓声をあげながら走り出していた。
馬鹿みたいに口を開けたまま駆け寄る気持ちはよく分かる。
はるか遠くからでも気圧されそうな、巨大な赤の群れだった。
「あれは…?」
「山桜」
立ち止まった老人に追いついたところで、私は聞く。ローの背中、は視界の下方で小さくなりつつあった。
「桜は散ってしまったという話でしたけど」
「あれはあの広場の桜の話じゃ。ここにあるのは種類が違う。こっちは今が盛りじゃな」
「桜と言ってもいろいろあるんですね」
「当たり前じゃろう。それにもっと言えば桜だけが花じゃない。桜が終われば牡丹、次は花菖蒲、紫陽花、蓮、向日葵、曼珠沙華、秋桜。秋には紅葉が花に負けんほど溢れる。見るべきもんは一年中尽きんよ」
「じゃあ冬は何があるんですか」
我ながら素直さの欠片もない言葉だったが、それも計算のうちだったようだ。酒の入れ物を顔の高さでぶらぶらさせて笑う。
「雪見酒で一杯やればええ」
場所も変わり参加者も増えたが、花見自体は予定どおり行われた。
老人は既に隠居の身だという。花が散った後に訪れる間抜けな観光客をつかまえ、この人気のない山桜の群生地を紹介するのが毎年恒例の行事らしい。
花見で失敗するのは私たちだけではないと分かって、内心ほっとした。
最後に。
ローが人づての情報で作った「桜をモチーフにした花見専用弁当」は、唐辛子やらトマトやらを多用し見た目に赤が多いだけの分かりやす過ぎるものだったことを付け加えておく。
おじさんによると、
「ソメイヨシノよりは山桜に似合う色合いだなあ」
ということらしい。
隙間なく紅で埋め尽くされた空の下で、この見た目でも美味しいのは実に不思議だと思った。
あとがき
こーんにーちはー。(教育テレビのカラ元気お兄さん風に)
下手なパロ系タイトルが大好きな松本裕太です。
今回アマツを使ってしまったので、2003年冬に出した「空飛ぶ子供たち」にある一描写とそぐわなくなってしまいました。
その辺は「空飛ぶ−」でのシャリーの記憶違いということでご容赦いただきたい。
作者のミスをキャラに肩代わりさせるというのも、実に安易かつ卑怯な話です。
「ソメイヨシノは人工的に作られた種なのでラグナロクにそぐわない上に『ヨシノ』ってどこだ」というツッコミ以外の、あらゆるご感想をお待ちしております。