生者と死者と
松本 裕太 

 騎士と狩人、そして聖職者が、フェイヨン近くの洞窟の前で話をしていた。聖職者だけが女性であり、他の2人は男性だった。みな青年から壮年といった年齢であり、冒険者としては力と技術のバランスが取れた年齢だった。
「作戦は分かっているな」
「雑魚は無視してひたすら奥を目指す、でしょう」
「最下層の宝物が見つかれば一儲けできるな」
 彼らの目的は、魔物が巣食うこの洞窟に入り、財宝を見つけることにあった。すでにこの洞窟は何組もの冒険者が最下層に到達していたが、隅々まで捜索されたわけではない。彼らのように魔物退治より財宝探しが目的の人間にとっては、もっとも都合がよい場所だった。
「すみません」
 彼らが洞窟に入ろうとしたとき、1人の女が小さく声を掛けた。彼らよりやや若い年齢だったが、活力より慎重さが勝っているような挙動だった。
「なんの用だ?」
「あの…私も仲間に入れてもらえませんか?」
 不審そうな騎士の言葉に、女が答える。
「魔術師か…悪いけど俺たちには必要ないな。この3人で最下層にはたどり着けるし、分け前が減るのもごめんだ」
 女が持つ杖に目をやりながら、狩人が言う。
「いえ、宝物はいりません。ただ、一緒に連れて行ってほしいだけなんです」
「何か理由でも?」
「はい。この洞窟の奥は複雑に入り組んでいます。その分かれ道の1つに、ある植物が群生しているのです。研究の材料として、それを手に入れたいだけなんです」
「あんた、そこに行ったことがあるのかい?」
「はい。ですが1人ではたどり着けないので、ここで連れて行ってくださる方をさがしていたんです」
「…いいぜ。俺たちは、この洞窟に入るのは初めてなんだ。道案内してくれれば助かる」
「おい、そんな簡単に…」
 年上の狩人が心配するが、頷いた騎士は答えを変えない。
「いいじゃねえか。俺たちにとっちゃ価値のない草さえやりゃあ、分け前はいらないっていうんだ。こんな良い話はねえだろう」
 渋る狩人と聖職者を強引に押し切り、魔術師が一団に加わることとなった。


 その魔術師の実力は、騎士の期待を上回っていた。魔力もその制御も一流のものだったし、何よりこの洞窟の敵を熟知した戦い方が出来ていた。加えて道案内も確かで、彼女の指示どおり進めば、1度も迷うことなく奥へ奥へと進むことが出来た。
 今、彼らの前には、魔法の火で黒く焦げた骸骨の破片が転がっていた。
「すごい威力ねえ」
「いえ…皆さんが守ってくださるからです」
 最初は仲間を増やすことに乗り気でなかった聖職者も、いつのまにか魔術師と打ち解けていた。騎士と2人で魔術師の力を称える。
「おい、先に行くぞ」
 そんななか、狩人だけが若干の疑いを込めた視線を送っていた。


「ここを右に曲がります」
 彼女の目的地は、洞窟の本道ではなく、脇道を何度も折れた先のようだった。洞窟の空間は徐々に小さくなっている。背の高い騎士は頭上に気をつけなければならないような高さであり、横幅も人がすれ違うのも難しいほどだ。それまでは数組の冒険者たちとすれ違っていたが、それもここまでは来ていない。
「なんだか寂しい所だな」
「もうすぐです」
 騎士が小さな声で呟くが、彼女は同じ答えを繰り返すだけだった。


「つきました」
 細いトンネルを抜けた先は急に視界が開け、入口付近のような空間が広がっていた。聖職者が持つ小さなランプでは向かい側の壁が見えないほどひろい場所だ。
「ここです。この奥に求める花があるんです」
「そうか。じゃ、後についてきな」
 騎士の後に聖職者、魔術師が続き、背後を狩人が警戒するという順序で進んでいく。

「待て」
 十数歩進んだところで、騎士が立ち止まる。背中にぶつかりそうになった聖職者が不満の声を上げようとするが、目の前で構えられる長い槍を見て思いとどまった。
「おい…あんたが来たときも、あんな連中が居たのか?」
「いえ、居ませんでした……」
 狩人が鋭い視線を向けるその先には、暗闇で赤く光る十数組の瞳があった。
「な、何よあれ…」
「九尾狐だ。狐と思って油断するなよ。その辺のアンデッドなんか比べものにならんくらい強いぞ」
 狩人が低い声で答えながら、騎士の横へ進み出る。
「俺たちが食い止めておくから、2人は援護してくれ」
「はい」
「わかったわ」
 彼らが前に出ると、赤い瞳の群れは一歩後退する。それを見た魔術師は魔法の詠唱を始めた。その前で聖職者が刃のついたメイスを構え、魔術師の護衛に回る。

 暗い洞窟に太陽が生まれたかのような眩い光が生まれ、九尾狐たちの姿が照らし出される。詠唱が終わり、大魔法が発生した。9つの尾を持つその姿が確認できる。
 その稲光は、狙い違わず命中した。

「ぐああっ」
「い…っ、な、何だ…?」
 背中を焼かれた騎士と狩人が後ろを振り返ると、そこには杖を振りかざしたまま立ちつくす魔術師と、炭化した聖職者の死体が転がっていた。
 彼らに届いたのは、魔法の余波に過ぎなかった。
「てめえ……なんてことを」
「やーい、引っかかった引っかかったー」
 2人が歯ぎしりをする間もなく、新たな敵が現れた。
「月夜花(ウォルヤファ)……」
 少女と狐が入り交じったような魔物が、外見どおりの幼い声ではやし立てる。九尾狐を率いる強敵を見て、狩人が呻く。
「よーし、やっちゃえー!」
 それを合図に、十数匹の狐が2人の冒険者へ襲いかかる。
「どういうことだっ!」
 槍で狐たちをなぎ払いながら叫ぶ騎士。
「………」
 それを無視した魔術師が、再び魔法の詠唱を始める。
 呼び出された無数の精霊が光球となり、狩人の背中へぶつかっていった。


「今日も上手くやったね。助かったよ」
 血で染まった爪を舐め、月夜花が魔術師に歩み寄る。背後には、生きながら食い散らされた肉体が2つ、転がっている。
「早く会わせてください」
 親しげな月夜花の声とは対照的に、感情のない声が返された。
「つれないなあ…そんなに急かさなくても、約束は守るってば」
 聖職者の身体のそばに転がるランプが光を及ぼす場所に、九尾狐と、それに先導された人影が現れる。
「ああ…」
 魔術師はその人影へ駆け寄り、両手で抱きしめる。生ごみのような腐臭が漂い粘着質の液体が服にこびりつくが、彼女は意に介さない。
「会いたかった………」
 一方の人影――1体のゾンビは、目の前で涙を流す人間に何の反応も示さず、ただ立っているだけだった。
 もっとも、相手を見ようにも既に眼球が無かったし、微笑もうにも口の筋肉や皮膚はとうに崩れ去っていたが。


「はいはい。もうおしまいだよ」
 身につけた衣服や背格好から、かつて女だったことが分かるゾンビは、主の声に従って身体にまとわりつく人間を突き飛ばし、月夜花の元へゆっくり歩いていく。
「待って。もう少しだけ……」
「心配しなくても、お友達はあたしたちが守ってあげるよ。だから君は、またバカな冒険者を連れてきてね」
「そんな…」
 地面に倒された姿勢のまま、魔術師はゾンビを見つめる。
「嫌ならいいよ。この子、すぐに洞窟で自由にしてあげる。冒険者に見つかったら、きっと殺されちゃうだろうね。町に連れて帰っても、他の人が許してくれないと思うなあ」
「………分かりました…」
 魔術師は頷き、のろのろと立ち上がる。
 彼女は、自分に選択の余地がないことを知っていた。
「そうそう。この子を守るには、あたしたちの言うことをちゃんと聞いてね」
「はい…」
 頷くその表情は、『お友達』に会うまでの陰気なものに戻っていた。




 月夜花は、魔術師が細いトンネルに戻ってくるのを見送った。
「バカですねえ、あの人間。こんなのを自分の友達だと勘違いして」
 1匹の九尾狐が、死臭を払うように9つの尻尾を振る。
「良いじゃない。その辺に転がってたゾンビを守ってあげるだけで、冒険者たちをやっつけられるんだから」
「それはそうですけど」
「あの魔術師、余所の生まれだって言ってたから、フェイヨンの言い伝えを知らなかったんだね」
 月夜花が、少女の外見に似合わぬ冷たい笑顔を見せて言う。

「狐は人を化かす生き物なんだよ」














あとがき


 自分のねじ曲がった根性がにじみ出てますね。
 普通だったら男女の恋人同士にするよなあ、とは思います。
 思いますが、それを書きたいかどうかは別問題。

 書いてる最中には自覚がありませんでしたが、三人称で書き物をするのは久しぶりです。
 ということで、文章のコントロールミスには目をつぶっていただければ幸いです。

 ついでに。
 高レベルの戦闘を体験したことがないので、ゲーム的リアリティにはつっこまないでください。
 いまだにウィザードへ転職できない自分の持ちキャラは、ロードオブヴァーミリオンなんて撃ったこと無いのです。


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