七つの空 〜the end of 'RAGNAROK online' 〜
松本 裕太 








 これは、最後の世界で始まる、最後の物語。






 6月。
 蒸し暑い、ある雨の日のことだった。
 学校帰りの学生も仕事帰りの社会人も、アイテム収集に精を出す者もギルドの仲間と過ごすのが好きな者も。
 全てのユーザーの目を引きつけるメッセージが、ログイン時の画面に流された。



[お知らせ]
 サービス提供の終了について

 先日からゲーム内の告知および公式ホームページにおいてお伝えしてきましたとおり、ラグナロクオンラインのサービス提供を終了させていただきます。
 今般、その終了方法及び日時が決定しましたのでお伝えいたします。

    CHAOS   1月1日(木)00:00
    LOKI    12月1日(月)00:00
    IRIS     11月1日(土)00:00
    FENRIR  10月1日(水)00:00
    SARA    9月1日(月)00:00
    LYDIA    8月1日(金)00:00
    BALDUR  7月1日(火)00:00

 サーバー毎にサービス終了日時が異なりますが、これは少しでも長くラグナロクオンラインを維持したいという方針に基づくものです。

 サービス停止発表以来、ゲームの継続を求めるユーザー様からのご意見が多数寄せられました。
 当社としても末永くゲームを提供し続けたいところです。しかし、ご利用人数が予定数を大きく下回る現状が続いており、経営的にこれ以上のサービス提供が不可能となりました。

 ユーザーの皆様方には深くお詫び申し上げます。




 実に変則的なサービスの終了方法。

 この終了方法すら『計画』の一部分だったのか、それとも『計画』を作った者がこの奇妙な終了方法を利用しただけなのか。それは最後まで分からなかった。
 ただ、この時点では「設備投資を削りながら客を繋ぎ止める姑息な手段」という批判が渦巻いた。




 6月30日深夜12時。
 終わりを迎える1つ目のサーバー『BALDUR』がシャットダウンされる瞬間、のはずだった。

 しかし。
 その『世界最後の日』は、1日早まってしまった。


 6月29日深夜12時。つまり、本来の『最後の日』である6月30日を迎えたその瞬間に、それは起こった。
 プレイヤーにとっては悲しむべき事態とはいえ、ある意味ではゲーム中最大のイベントでもある。いつもは他のサーバーで遊んでいる人間も、こぞって『BALDUR』に集まっていた。プレイ人口そのものが減少していたとはいえ、それが1つのサーバーに集結すればかなりの規模になる。
 結果、そのとき『BALDUR』サーバーにログインしていたのは、5千人を上回っていた。
 そのユーザー全てが、ゲームへの接続を絶たれてしまったのである。

 以後24時間、ユーザーによって何十万回ものログインが試みられたが、その全てが失敗に終わる。
 他の6つのサーバーには一切異変が無かった。
 ただ『BALDUR』のみが、運営会社の人間も含む全ての接続を受け付けないまま、静かに『最後の日』を終えた。


 運営会社の保守管理担当からは、事件の直前まで何の異常も無かったとの報告書が提出された。
 後日行われた社内調査は、ハード面にもソフト面にも奇妙な点を発見できず、その報告を裏付けるだけのものとなった。
 会社は「予想以上の人間がログインしたためサーバーがダウンした」とありきたりの説明しか出来ず、ユーザーの怒りを買うだけの結果に終わっている。


 そして、1か月後。
 運営会社は、関連企業も含めてかき集められるだけの人間を集め、保守管理に当たらせた。ラグナロクオンラインが終わっても、会社の事業が終わるわけではない。既にベータテストが始まっている、新しいオンラインゲームも用意されている。会社の信頼は取り戻せないまでも、せめてこれ以上失うことが無いよう万全の体制を敷いた。
 しかし『LYDIA』もまた、予定されていた『最後の日』を迎えることが出来なかった。
 全てが『BALDUR』と同じだった。終了予定時刻の24時間前に、サーバーが全ての接続を受け付けなくなったのである。



  1度目で苦情が殺到し、
  2度目で抗議の署名活動が展開され、
  3度目でメーカーから「原因不明」とコメントが出され、
  4度目でウェブの怪奇現象と騒ぎ立てられ、
  5度目で三文週刊誌が小さな記事を組み、
  6度目でほとんどの人間が気にしなくなった、
 そんな事件。


 6つの世界がみな、『最後の日』を迎えられず、1日早く消えていった。
 『IRIS』や『LOKI』では多くの人間が覚悟を決め、アナウンスされた最終日の前日に挨拶や別れを済ませていた。



 そして『CHAOS』。
 最後に残されたこの世界も、他の6つの世界と同じ道を歩むものと思われた。

 しかし、そこには僅かな違いがあった。運営会社の保守点検では発見できない事実に、気づいた者がいたのだ。
 終了が迫った6つのゲーム世界には、些細な異常が現れていたことに。
 そして『CHAOS』にも、同様の異常が現れていることに。








 無数の冒険者で溢れかえるプロンテラ。最後まで、多くの冒険者たちの拠点であり続けた街。
 商談をする者あり、ダンジョンを目指す者あり。
 画面のメッセージウィンドウには、無数の言葉の欠片が浮かんでは消えていく。
 そこにこんな言葉が流れたことなど、誰も気にとめなかった。

 カプラ職員「この空が一つきりだと、誰が決めたのでしょうか」




 フェイヨンダンジョン3階。アンデッドが集まるこの場所で、1人のアサシンが魔物を次々に倒していた。
 アンデッドは次々に現れるが、アサシンとは力量差があり過ぎる。攻撃らしい攻撃をすることもなく、瞬時に土へ還っていった。
 しかしシーフは喜ぶ様子もなく、魔物が落とした宝物を一瞥し、何十度目かの舌打ちをする。
「くそっ! カード出せカードッ!」
 彼が求めていたのは、ソルジャースケルトンがごく稀に落とすアイテムだった。
 世界の終わりが近づくにつれ、レアアイテムの物価はあってなきが如くとなった。どんなに希少で効果の高い物でも、あと数日でキャラクターごと消え失せる。そう思えば、後生大事に持つのも馬鹿らしくなるのだろう。彼が血眼になって求めるアイテムも、街では二束三文で投げ売られている。
 だが。彼は『終わり』を、自らの短剣で迎えたかったのだ。

 数日前からの累計で数百体目になるであろう骸骨を、またも一瞬で白い粉塵に変えたところで、彼の目には変わった物が映った。
 両手持ちと思われる長い剣が、薄汚れた布地に包まれて落ちていた。彼はそれまでの経験から、ソルジャースケルトンが落とす武器は短剣だけであることを知っている。
「…なんだこりゃ」
 幸いアンデッドの来襲も収まったところだった。わずかに興味が湧いた彼は、布を引いて刀身を晒す。古びたそれには刃こぼれも多く、とても肉を断ち切れるようには見えない。鑑定を試みるが、それは彼の知識にないものだった。
「珍しいものには変わりないが………俺が欲しいのはこんなんじゃねえんだよ」
 無造作に布地を巻き付け、壁際に放り投げていた背負い袋に投げる。重い音が地下の空洞に響き渡った。
 その音を聞きつけたのか、低い洞窟に複数の足音が響き渡る。
「来やがったか」
 すでに彼の関心は、正面から現れたホンゴンとアーチャースケルトンに移っていた。




 街の露店には、荒んだ空気が流れていた。
 ゲーム終了を前に世界を去った者のアイテムは人づてに流れ、溜め込まれた現金は遠慮なくばら撒かれる。ゲーム内で擬似的に成立していた『経済』は、既に崩壊を終えていた。
 それでもなお露店を開く商人たちの目的は、金稼ぎではない。それに付随する商談や、やけっぱちのレアアイテム配りだった。
 
 そんな中で一軒。ごく珍しい露店があった。
 アルベルタを本拠地にしている彼女は、今日もいつもの場所で商品を並べる。回復アイテムや消耗品ばかりの、ありふれた品揃えだ。そんな店で唯一異彩を放っているのが、商品の値付けだった。
 
   赤ポーション 39zeny
   蝶の羽根   240zeny
   青ジェム   460zeny
   …………
   ………

 ゲーム終了を1週間後に控えた今となっては、1zenyで投げ売りされているものばかりだ。それを彼女は、以前と変わらない値段で販売していた。
 当然ながら、客が寄りつくはずもない。人で溢れる街とは対照的に、彼女の前には誰も居なかった。まれに現れる人影も、商品の値段に自分の目を疑い、逃げるように立ち去っていく。
 守銭奴と彼女を罵る者すら居た。

 女商人は、立てた膝を両手で抱えた。
 その右耳には、貴重なモンスターカードを1zenyからのオークションで売っている、威勢の良いかけ声が飛び込んでくる。
 一瞬だけ羨ましそうに人の群れを見た商人は、すぐにため息をはき出した。
「死ぬ前の馬鹿騒ぎみたいなこと、しないでよ」
 彼女の手にはペンが握られていた。商品の値段を何度となく周囲に合わせようとした、その証拠として。
 彼女が選んだ終わり方。それは華やかな非日常ではなく、今までと何も変わらない、地味でつまらない日常だった。

 ディスプレイを前に、あるプレイヤーが呟く。
「私たちには関われなくなるけど、この世界とこの子たちはこれからも在り続けるんだって……せめてそう思いたいじゃない」




 スフィンクスダンジョンを歩く、1人の冒険者が居た。まだ年若いその女性は、左手に弓を持ったまま、無人の洞窟を進む。鼻歌でも聞こえそうな、気楽な足取りである。
 深い階層へ進むルートからは大きく外れているため他の冒険者が少ないのだが、彼女はこのダンジョンの地理に疎いらしい。それに気づいた様子もない。
 彼女の目的は、ゲーム終了前に未知の場所を見ることだった。いわゆる観光目的だから、ある意味で正しいやり方ではある。
「わ、やばっ」
 十字路の右手からレクイエムが現れた。彼女の僅かな経験からも強敵と分かるそれを見て、慌てて逃げ去る。この階層ではそれなりの強さを誇るモンスターも、脚力では冒険者に叶わない。鈍重な巨体を精一杯動かした甲斐もなく、簡単に振り切られた。
「危なかったなー」
 背後を確認し、一息つくアーチャー。若干乱れた息を整え、再び歩き出そうとしたその瞬間。
 彼女の背丈ほどもある刃が、目の前に迫っていた。

 意識を取り戻したのは、モロクの中だった。
 強制的に街へ戻された彼女は、自分の状態を認識した。戦闘不能となりセーブポイントへ戻されたらしいことが分かり、少し残念そうな表情だ。
「もうちょっとブラブラしてたかったけど…しょうがないか」
 傷ついた身体もそのままに、近くのカプラ職員に向かって歩き出す。空間転移のサービスを依頼するために。
「次は……時計塔にでも行こっかな」

 彼女を一瞬で倒した暗褐色のモンスターは、どれほど詳細な攻略サイトにも記述のない、まったくの新種であった。
 倒された当人が、その事実に気づくことはなかったが。




 現実世界の季節は冬。それと相まって、だろう。恋人たちが最後の時を共に過ごす場所として人気が高いのは、冬の街ルティエだった。
 無数のカップルに混じって、街の隅に座り込んだ男女が一組。男はプリースト、女はアコライトの衣装に身を包み、決して解けない雪にその身を沈めていた。
「やっぱりここも、1日早く終わっちゃうのかなあ」
 アコライトが、問いかけなのか独り言なのか、曖昧な口調で言う。
「だろうな。今までずっとそうだったし」
 それに対する、必要以上に冷たい答え。
「つまんないな」
 女の呼気は、白いもやとなって流れた。
「1日伸びたから何だって言うんだよ。どのみち終わりなんだし」
「それでも…つまんないよ」

 プリーストは、その職に相応しくない下品な舌打ちをする。
 恋人のわがままに対して、ではなく。
 理不尽な終末を用意した、この世界に対して。




 魔術の都・ゲフェン。その中心にそびえる塔の地下には、魔物が巣食うダンジョンがある。歴史としては「魔物を封じ込めるために塔を建てた」と言う方が正確だが、中で戦っている冒険者たちには何の関係もないことだ。
 1人の魔法使いが居た。長髪を肩の辺りで無造作にまとめた彼は、通路の壁際に座り込んでいる。下層を目指す冒険者の集団を何度も見送るが、気に止める様子もない。
 そんな彼に、2匹のファーミリアが寄って来た。1匹を火の矢で焼き払い、眼前に迫ったもう1匹には、手にした杖で応戦する。裾から覗く細腕で想像できるとおり、彼の武術の腕は大したものではなかった。モンスターの中ではかなり弱い部類に入るコウモリですら、数合の打ち合いによってなんとか倒すことができる程度だ。
「やれやれ…」
 大きく息を吐き出し、彼は再び座り込む。魔力を消耗しているわけでもないが、物憂げに首を落とす。その姿は、かなりの横着者に見えた。
 事実、冒険に出てからかなりの時間が経っているが、彼は未だにウィザードの資格を得ていなかった。同時期に冒険者となった仲間たちはとっくに騎士やプリースト、アサシンへと成長しているというのに。
「ふぁああぁ………」
 しかし、のんきに欠伸などしてみせる彼には、緊張感の欠片も無いようだ。

 彼に引きずられたかのように静かになったその一帯に、1匹の魔物が羽音を響かせ飛び込んできた。ダスティネース。先刻のファーミリアとは比べ物にならない強敵だ。
 自分の家の如くくつろいでいた彼は、緩慢な動きで立ち上がり、呪文の詠唱に入る。周囲に幾つかの光球が集まり、標的へと飛んでいった。古代の霊魂を使役する攻撃魔法だ。
 狙い違わず巨大な蛾に命中したそれは、極彩色の羽根に大きな穴を開けて消え失せた。
 力無く地面に落ちるダスティネースを見て、彼は安心する風でもなく、少し首を捻る。
「ん? 今の赤い光は…?」
 彼が詠唱で呼び出した霊は9体。そのどれもが蛍にも似た柔らかな光を放っていた。しかしダスティネースに最後にぶつかったのは、10個目の紅い光球だった。
「……………ま、いっか」
 自分の身に起きた奇妙な出来事を、その一言で片づける。また壁際に座り込み、大儀そうにモンスターの襲来を待った。
 知識の収集に余念がない他の魔術師が聞けば、烈火の如く怒り出しそうな光景だった。




 プロンテラの衛星都市・イズルード。海のない首都に代わり、貿易・交流のための外港としての機能を持つ小さな街だ。
 店が多いわけでもなく、ダンジョンに近いわけでもない。最後の時を控えて、人の少なさに拍車が掛かったこの街では、冒険者の数も多くはなかった。
 その中でも、とりわけ人気のない海岸。そこに1人の騎士が立っていた。
 無言で見つめる視線の先には、途中で暗闇に落ち込む、限りのある海があった。奇妙と言えば奇妙、当然と言えば当然の景色。
「やっぱりこの海、あそこで切れてる」
 彼は何度もここに来ていたが、未だに自分の目が信じられなかった。何度見ても、過去の記憶が鮮明さを増す一方だ。
「確かに見たんだよなあ………」
 誰にも届かない低い声で呟く。
「あの日のLOKIには、この海の向こうに小さな島があった」








 現れるはずのないメッセージ。
 現れるはずのないアイテム。
 現れるはずのないモンスター。
 現れるはずのない魔法。
 現れるはずのないマップ。


 何人かの者たちが、その謎を解き明かすために動き出した。


 彼らの行動は、この世界を救う訳ではない。
 いずれにせよ、ゲームは終わる。それが今日になるか明日になるか。それだけの違いしかない。終わりが1日、延びるだけだ。

 それでも彼らは、ただの悪あがきを続ける。



 最後の日を、自分たちの手で迎えるために。







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