周辺領域の奴らシリーズ・坂下好恵の章


 俺は綾香と付き合い始めた。・・・たぶん。「つきあってください」とか「好きです」とかいう話は、あいかわらず俺たちはしていないので、付き合っている証拠はないんだが。
 アイツがエクストリームの高校女子チャンプだということは葵ちゃんから聞いてはいたが、同級生が持ってきた格闘技雑誌に名前を見かけたときは、さすがに驚かなかったわけじゃない。それでも、それはどうでもいいことだ。
 俺とアイツが顔をあわせる、いっしょに放課後に遊ぶ、たまに休日に出かける・・・。
 そんな関係に、「格闘家」とか「チャンプ」とか「来栖川のお嬢」とかいう単語は必要ないだろ?

 でも、時にはそんな単語が厄介ごとを巻き起こすこともある。



 それは、俺がアイツと付き合い始めてからしばらくした、ある日の昼休み。
 俺はいつものカツサンドとカフェオレの昼飯を済ませると、自分の机で睡眠不足の解消にいそしんでいた。
 外は雨。いい具合に涼しく、眠るには絶好の温度だぜ。だいたいエクストリームの中継が深夜にしかやってない以上、翌日眠くなるのはしょうがない。TV局に知り合いでもいれば、苦情の一つでも言ってやるところなんだがな。

 いい気分に眠りかけたところで、肩をつつかれる感覚。
「藤田君、・・・お客や」
「んぁ・・・委員長?・・・客、って?」
 俺の疑問に、教室の後ろのドアを指差す委員長。そこにはひとりの女生徒が、腕組みをして立っていた。手には、ブルーの格闘技用ナックルを一組ぶら下げて。
 そいつに見覚えは・・・・・・あるような、ないような。短く切った髪に、ちょっとつり目がちの目がこっちを睨んで・・・っと、視線が合ったところでそいつがつかつかと歩いてきた。
「・・・誰、だっけ・・・?」
 寝ぼけ半分に、つい漏れてしまった本音。どうも丸聞こえだったらしく、そいつの表情がみるみる険しくなる。
「・・・あ、その怒り顔・・・っと、確か葵ちゃんに崩拳一発で負けた、」
「・・・坂下 好恵よ。・・・一発殴っておこうか、藤田?」
「遠慮しとくっす」
「まあ、遠慮せずに・・・もう少し別の覚え方に修正してやるから」

 教訓:体育会系の人間と話すときは、口の利き方に気をつけましょう。

 というわけで、まだ微妙に痛む側頭部にうっとうしさを感じつつ、俺は坂下の要求するままに教室から引きずり出される。委員長は「五時間目までには戻ってきぃや」と、あっさりこの誘拐を黙認してくれたので、俺はこうやって坂下に引っ張られているわけだ。
「・・・おい、どこまで・・・行く・・・つもりなんだよ」
「・・・人目につかないところ」
「告白?俺、悪いけどダメだぜ。好きな奴いるし」
「・・・お約束だけど、もう一回殴ってあげようか?今度は、腹でも」
「メシ食った直後だから、パス」

 渡り廊下。
 校舎と体育館の二階部分(たしか、生徒会関連の倉庫だったはず)をつなぐここは、確かに人目にはつかないところだ。そこまで俺を引っ張ってきた坂下が、俺の袖から手を離す。
「で、なんの用なんだよ?」
 いくら俺でも機嫌は良くはない。
「・・・分からない、の?」
「全然。告白じゃない以上、俺には思い当たる節がない」
「告白なら思い当たる節があるとでも言うの?」
「いや、全然。でもそれ以上に、お前が俺のところに用があることのほうが不自然だ」
「私だって、お前なんかに好きこのんで用なんかないわよ!綾香と一緒にしないで!」
「あ、そう。じゃさよなら」
 綾香の名前が出てきたところで、風向きがヤバくなってきたと感じた俺は逃げようとするのだが。
「ち、ちょっと待ってっ!まだ用は済んでないっ!・・・藤田。私と立ち会えっ!」

 そうくると思ったぜ。・・・しかし、なんで俺と立ち会う必要が?

 困惑する俺。その反応にもお構いなく、坂下はナックルをはめている。
「お、おい、何がなんだかわけがわからないぞ!」
「問答・・・無用っ!」
 気合一閃、坂下は右の正拳を放ってくる。
 しかし!『エクストリームチャンプ・来栖川綾香の打撃技講座』で教わったのは伊達じゃないっ!
「うぉっ・・・と」
 明らかに見てわかる予備動作。これで避けられなきゃ、綾香に一撃当てたのはウソだぜ。・・・かわされた坂下のほうも、にやりと笑みを浮かべる。
「そう、それくらい避けられなくちゃ、私の立つ瀬がないわよね・・・次、行くよっ!」
 こんどは左右のワン・ツー。さっきよりモーションは少ないが、それでも綾香との勝負のときに比べれば、まだ攻撃は読める。直線的な動きには・・・円運動っ!俺は左にステップする。
「おい、マジでやる気なのかっ?!」
「あたりまえだっ!」
「ちょっと待てっ!俺は女は殴らない主義だ!」
「・・・なら綾香はどうなのよっ!」
「・・・あ」

 ちょっと待て、なぜお前があの対決のことを知っている。
 
 一瞬止まった俺の動きを見て、坂下は一気に決めにきた。
 右→左のパンチ、そして右のハイキック!・・・葵ちゃんの得意のコンビネーションだ。と、のんきに解説をかましていることから分かるように、三弾とも直撃している。手足の力も萎え、俺は崩れ落ちた。
「ち、ちょっと、藤田ぁ!」
 ・・・坂下。
 殴り倒したあとで慌てふためくくらいなら、初めからやらないでくれ・・・。
 俺、ただの初心者なんだからさ・・・。
 だいたい、なんで俺がこいつの相手なんかしなくちゃならんのか?それで殴り倒されてれば世話ないぜ。倒れる最中に見えた「なにか白いもの」が仮に坂下の下着だったとして、それで割が合うとかいう問題じゃあないな・・・。
 そして、俺の意識は闇の中に消えていく・・・・。

 と、格好良く表現しては見たものの、実際はただの脳震盪だった。
 まあ、だからこうやって過去を振り返ることができるわけなんだが。

 だんだん目が見えるようになってくる。その視界に映るのは、俺の顔を覗き込んでいる坂下の顔。
「・・・大丈夫か?藤田」
「ひざまくらは?」
「・・・・・・?」
「いや、ここはひざまくらで目覚めるのがお約束だし」
「そういう冗談が言えるなら、心配してやる必要はないな。・・・だいたい、そういうことは綾香にでも頼みなさいよ」その言葉とともに、坂下は立ち上がる。
「・・・あのな、坂下。なんでお前、そういちいち綾香を引き合いに出すのさ?」
「・・・それはな・・・」

 坂下の話を要約すると、こういうことだ。
 この間、坂下は綾香と会って、元同門同士のよしみということで手合わせしたらしい。
 結果は言わずと知れた、綾香の完勝だったのだが、そこで坂下が漏らした「あんたに一撃入れるのは自分だ」発言に、綾香が余計なことを喋ってくれたらしい。
 曰く、「あいにく、私に一撃入れたヤツはもういるのよね」。
 そこから坂下は事情を聞きだし、俺を狙ったというわけだ。

 綾香、放課後はおぼえてろ。なにかお返ししてやらなきゃ気がすまねえ。

「しかし、それならなんで俺を狙う必要があるんだ?」
「考えたらわかるでしょ?」
「分からん」即答。
「考える気、ある?」
「ない」即答。
「・・・とどめ、刺されたい?」
「勘弁してください」即答。
「なら、少しはまじめに考えてよね」
 なんか腹立ってきた。からかってやるか。そうすると、一番情けない理由を当てはめてやるべきだよな。
「・・・つまり、お前は綾香にこれまで一度も打撃を当てたことがなく、おまけに葵ちゃんにまで負けたので立つ瀬がなく、それで綾香に一撃入れた経験者の俺を狙って鬱憤晴らしをしようとした、と」
 そこまで言って、来るべき坂下の報復に対して俺は身をすくめる。
 ところが、坂下は軽くうなだれているだけ。
「だいたい、・・・正解ね。改めて考えてみると子供っぽいことしたのかもしれないけれど、」

 『子供っぽい』じゃなくてそのままだ。

「それでも、悔しかったのよ。ずっとライバルだと思っていた相手が、本当はただの『片想い』だったから。そして、その点については葵に先を越されたことも、ね。・・・でも、なんだかさっぱりしたわ」
「さっぱりした?・・・なんで?」
「あのね、・・・これは分かってあげてほしいんだけど。綾香のために」
「・・・?」
「アンタは私より全然弱い。そうよね?」
「そりゃ、そうだ」
「で、私は綾香より弱い。悔しいけど」
「うむ」
「じゃ、なんでアンタは綾香に一撃を入れられたわけ?アンタより強いはずの私が、ずっと綾香に一撃も入れら
れないでいるのに・・・?」
「・・・・・・偶然か?」
「もうっ!なんていうか、デリカシーのない奴・・・」
「お前の口からデリカシーとかいう単語が出てくることのほうが驚きだ」
「馬鹿っ!・・・アンタと綾香と、一撃入れることにどんな意味があったか、思い出してみなさいよ!」
「・・・・・・あ」

 そうだった。俺が綾香に勝負を挑んだのは、アイツが話してくれた昔の思い出のせいで。
 『天才』だから、だから特別扱いするやつばかりじゃない、ってことを言いたくて始めた勝負だった。
 それでアイツがわざと負けた、ってことは・・・?

「よーするに、藤田、それくらい綾香はアンタのことを・・・」
「分かった」
「もう、なんだかこっちが妬けてくるわよ。私たちには意地でも避けきって見せたくせに、アンタにはOKなんだから・・・。まあ、本気の綾香に当てたわけじゃあないならどうでもいいんだけどね」
「そっか・・・・・・」
「だから、今回は謝っておくわ。でも、綾香を倒すのは私だってことはおぼえておくことね」
「はあ・・・・・・ところで、なんだが」
「なによ?」
「俺もお前も、今から話す件に関しては責任はないと思うんだが・・・」
「なに、回りくどいこと言ってるのよ」
「いや、俺、まだ立てないし・・・。でな、」
「で?」
「お前、スカートの中、丸見え」
「・・・!」
 慌ててスカートを押さえる坂下。見るまにその顔が赤くなり、そして・・・。
「この、ドスケベっ!」
 もう一度の鈍いショックで、俺の意識はふたたび途切れた。



 まあ、そんなことも今からすればいい笑い話だ。あいかわらず忙しい綾香。そしてやっぱり「愛してる」だの「好き」だのいう言葉はないけれど、少なくとも俺はアイツがアイツなりに俺に合わせようとしてくれていること、それだけは信じられる。
 そして、その確信をお互いがもっている限り、互いの関係を言葉に変えてしまう必要はない。そう思う。
 ・・・と、うわさをすればなんとやら、だ。今日の話のもう一人の主要人物、坂下好恵嬢の登場だぜ。
「・・・藤田・・・」
「なんだよ、なんか・・・妙に不機嫌そうに・・・」
「綾香から聞いたわよ。・・・綾香、アンタに会う時間がなくなるからエクストリーム止めるって」
「・・・・・・へ?」
 坂下が指をぽきぽき鳴らす。
「どうやらつくづく、アンタは私の人生の邪魔をしたいようね・・・」
「え、そ、その、・・・」
「あ、それとついでに教えてあげるけど、おんなじ理由でアンタを狙っているヤツは、五人や十人じゃきかない
からね。ここは逃げられても、いずれ誰かに捕まるわよ」
「な、なんで、俺が・・・」
「私から言えることはそれくらいね。もはや・・・問答無用っ!」

 どかばきめきごすっ

 俺、生きて綾香に会えるのかな・・・?


 HP用のSSとしては、これが初めてになるLeijiです。
 というわけで、「坂下好恵編」でした。
 書いていて、坂下好恵嬢の性格が、なぜか「ラブひな」アニメ版の素子と似てきてしまうのがやや自己嫌悪。あんなに理不尽な性格じゃないはずなんだけどなあ・・・(>坂下好恵、および原作版素子)。
 この「周辺領域の奴ら」シリーズについて一言。
 このシリーズは、類まれなる万能ヒロイン・来栖川綾香嬢の巻き起こすドタバタを、「彼女本人をできるだけ交えずに」お送りする企画です。完全に個人的なシュミなので、しばらく続けます(笑)
 それでは、また。

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