すべてがSになる日まで
松本 裕太
〜プロローグ〜
深夜0時30分。
自室のパソコンデスクに座り、弓塚さつきがキーボードを叩く。モニターに映し出されたものは、TYPE−MOONのHPで行われた人気投票。
『直リンかよ!』『そして今更かよ!』というツッコミはさまぁ〜ず三村氏以外は禁止である。
…スタッフの皆さんごめんなさい。
「うーん……」
さつきは頭を抱える。
人気のなさをネタ振りに使うというベタベタな展開に頭を悩ませているわけではない。断じて。
「どうしたらいいのかな…」
マウスを操作し、秀丸エディタを立ち上げる。16歳の女子高生にしては渋いソフト選びだ。ちなみに使用中のパソコンはゲートウェイ製タワー型。実に微妙である。
モニターには彼女が作り上げた文字の羅列が現れる。
「アルク 吸血鬼 無垢 金髪 バスト88
シエル 不死身 年上 メガネ ヒップ88
秋葉 妹 強気 一途 お嬢様 胸なし
翡翠 メイド 無表情 毒舌 料理下手
琥珀 割烹着 笑顔 陰謀 料理上手 」
この世界の外の人間が見ればさっぱり分からないかもしれないが、要するに属性表である。ギャルゲエロゲの世界には必須の分類だ。
テキストはもう少し続く。3行ほどあけて、このような1行が記載されている。
「さつき 同級生 ストーカー 」
「やっぱり『ストーカー』がいけないのかなあ…」
自覚はあれど、行動は一向に改まらない。
植木等的わかっちゃいるけどやめられねえ精神が、今も彼女を遠野志貴の尾行に走らせていた。
「ストーカー…ストーカー……」
思考はいつも回転半径3mの小さな円をぐるぐる回る。
結局答えも出ないまま、お手製の志貴くん人形(全長30cm・美化300%)を抱いてベッドに倒れ込むのがいつもの日常だった。
だが、今日は違う。
彼女は、一つの答えを導き出した。
正しいかどうかは誰にも分からないが、間違いなく一つの答えではあった。
「…要するに……私だけがストーカーだからいけないんだよね」
ビートたけしが『赤信号みんなでわたれば怖くない』の名台詞を創作したときの思考ルーチンを流用し、ヒロイン総ストーカー化計画が幕を開けた。
〜 翡翠と朝の目覚め編 〜
「おはよう、翡翠ちゃん」
「…………」
気まずいを通り越して息苦しささえ感じさせる沈黙。日に日に遅くなる秋の朝が、オレンジの光を届けている時刻。
一分の隙も無く使用人の服を着込んだ翡翠は、志貴の寝室の前で考え込む。彼女が今ここにいるのは、主人に朝を告げるという理由がある。
一方、彼女の目の前に居る主人の級友には、どんな理由があるのだろうか?
「どうしたの? 遠野くんを起こさないの?」
「…どうやって…お入りになったのですか…?」
抜け抜けと会話を続けようとする制服姿のさつきを遮り、もっともな疑問を発する。
「琥珀さんに入れてもらったんだけど」
これまたもっともな答え。これがせめて朝食後の時間であれば、さらにもっともな答えだっただろう。翡翠は偏頭痛に眉を寄せた。
「莫大な金額を要して維持しているセキュリティシステムも、姉さんが全て台無しにしてしまいますね…」
「気にしない気にしない。どうせ吸血鬼やら不死身女やらがしょっちゅう不法侵入してるんでしょ? 普通の高校生が入ってくるくらい、どうってことないじゃない」
このssの設定では、さつきは人間なのか吸血鬼なのか。ひどくなる一方の頭痛と戦いながら、翡翠はそんなことを考えていた。
「やはり部屋にも入ってこられるのですね…」
「当然じゃない」
相変わらず寝起きが悪い志貴は、2人の話し声が聞こえるくらいでは、起きる気配すら見せない。それをいいことに、さつきはベッドの志貴にどんどん近づいていく。
「何をなさるのですか」
「……遠野くん、寝顔もかわいい……」
鋭さを増す翡翠の声に耳も貸さず、志貴の寝顔を舐めるように観察する。唾を飲み込み、舌なめずりまでみせた。完全にエロオヤジである。
「隠し撮りの映像は毎日見てるけど…やっぱりナマはいいわ……」
「か、かくしどり……」
翡翠は思わず部屋を見回すが、カメラらしきものはどこにも見えない。眼前の侵入者は、他の2人と比べても見劣りしない強敵らしい。
「…………あ、いけない。目的を忘れるところだった」
「………」
忘我の境地にあったさつきと、別の意味で呆然としていた翡翠。時間にしてゆうに10分は経過している。
「ねえ、翡翠ちゃん」
「は、はい…」
頬を染めて向き直るさつきの顔を見て、2歩ほど後ずさりながらも応える翡翠。律儀で損な性格である。
「うらやましいなあ。遠野くんの寝顔を毎日見てるの、翡翠ちゃんだけなんでしょ?」
『隠し撮りは寝顔に含まれないんですか?』という言葉が出そうだったが、何とか押しとどめた。『バナナはおやつに入るんですか?』という名台詞に似ていることを気にしたからではない。今のさつきに逆らうほど、翡翠は命知らずではないだけだ。風切り音がするほど強く、首を縦に振る。
「なんだか、恋人同士みたいだね」
……ぼっ。
今度は翡翠の顔が耳まで紅潮する。
「そ、それが仕事…ですから…」
「へえ…? 別に遠野くんが好きだからやってるわけじゃないんだぁ」
「…はい……」
大きな身振り。嘘くさい笑顔。幼児を相手に話すようなわざとらしい声音。
相手のペ−スにはまっていることに気づきながらも、翡翠は逃れる術を知らない。
「じゃ、変わってあげよっか? 毎朝毎朝、こんなに寝起きの悪い遠野くんの相手するの大変じゃない? わたしなら構わない…」
「いえ! …あ、そ、それは…あの……」
大きな声で否定してしまい、自分で自分を追い込んでしまう。今日のさつきは妙に琥珀に似ていて、翡翠は姉にからかわれているような錯覚に陥る。
そんな彼女ににっこりと笑いかけ、さつきが詰めに入る。
「羨ましいなあ。素顔の遠野くんをいちばん長く見てるの、翡翠ちゃんだもんね」
「…素顔……?」
すぐには意味が分からなかった翡翠だが、さつきの視線を追って意図に気づいた。
枕元に丁寧に置かれた眼鏡。志貴が起きているときには決して外されることのない、ガラスの壁。
「………………………」
「あ、わたしは先に行くね。遠野くんによろしくー」
翡翠の表情から己の勝利を確信したさつきが、突然ベッドから立ち去る。彼女が部屋から立ち去りドアが閉められるまで、わずか3秒。
「すがお…すがお……」
呟きながら翡翠は、先刻までさつきが居た場所に歩み寄る。朝食の時間はとっくに過ぎていたが、志貴を起こす気はない。
「…志貴さまの素顔」
いつもの彼女からは想像もできない、実に気持ち悪い笑みを浮かべ、ただ志貴の寝顔に見入る。
一方のさつきはというと、その様子を鍵穴から窺っていた。
「うわ、あんな熱心に見つめちゃって。…明日からの翡翠ちゃん、今までより30分は早く部屋に来るだろうなー」
一方的な観察が妄想癖とストーカーの第1歩だと(身をもって)知っている彼女は、立派な種を蒔けたことに満足していた。
〜 シエルと朝の通学路編 〜
「おはようございます、先輩」
「………はあ」
明るく挨拶するは、遠野家から直行してきた弓塚さつき。
秋晴れの空に似つかわしくないため息をつくは、登校途中のシエル。
後ろからシエルに追いついたさつきは、許可も取らず並んで歩き出していた。そして、2人の第1声がこれだ。
「朝からあなたと会うなんて、今日は厄日ですね。…あぁ、それともお得意の待ち伏せですか?」
さつきは笑い顔のまま。シエルは眉間に皺を寄せ。戦いが始まった。
遠野志貴を巡るバトルはもはや泥沼を通り越して底無し沼と化しつつあり、一体何人の女性のターゲットとなっているのかすら定かでない状態である。そして、この敵対関係にある女性陣の中でも、シエルとさつきの関係は最悪に近かった。原因はただ一つ。さつきの行状をいちばん良く把握しているのが、同じ学校に通うシエルだからである。
「…先輩、ひどいです」
「ああ、今度はぶりっ子ですか。今どき流行りませんよ」
「わたし、何か嫌われるようなことしました?」
「自分の胸に手をあてて考えてみては?」
あくまで無表情を貫くシエルに、さつきは気圧される。
シエルは志貴の周囲を(さつきとは違う目的で)調べ尽くしており、その結果としてつきのことも熟知している。鈍感な志貴でなければノイローゼに陥りそうなストーキング、被害総額が5万円を超える志貴の私物の窃盗、クラスでのちょっとした演技などなど。
よって、シエルがさつきに寄せる信頼感はゼロに等しく、翡翠のように、彼女の言葉に聞く耳を持つことがない。さつきにとっては嫌な相手である。
その関係に変化がないことを察知したさつきは、予定通りの手段に訴えた。
相手が自分に好意を持っていなくてもできる、むしろその方が効果的な手段。
挑発である。
「まあ、先輩にいくら嫌われてても良いですけどね。志貴くんさえ好きになってくれれば」
さつきは笑顔を崩さず言う。先ほどまでと変わったのは、言葉にも視線にも敵意を剥き出しにした点だけだ。
ちなみに彼女は、表情の使い分けが実に上手い。相手によってその受け止め方を予測し、ラジオをチューニングするかのように細かい調整を施す。世間知らずな翡翠に対しては、分かりやすいほど大きな変化をつけた。そして洞察力のあるシエルには、ごくごく細かい変化でリアリティを増している。同じ演技派でも、一本調子の笑顔になりがちな琥珀の笑顔とは違う。琥珀は遠野家に縁のある数人しか騙してこなかったのに対して、さつきは家族・友人・想い人と数百人を相手にしてきた。狭く深くか、広く浅く。その差である。
「ストーカーに好意を寄せるほど、遠野くんが女性に飢えているとも思えませんね」
それを受け止める顔は、相変わらずの厳しいものだったが。
「もう…何度も言いますけど、わたしは別にストーカーじゃないですよ。片想いしてるだけです」
「自覚がないとはたちが悪い。私にあなたの家を家宅捜索させてくれれば、隠し撮りされた映像に写真、無断拝借された彼の私物をダンボール3箱は押収できる自信がありますが」
「単なる推測ですね。そんなに言うなら警察にでも言えば良いでしょう?」
「いえいえ。あなたがまったく証拠を残さずに動いていることはよーーく知ってます。この点だけは褒めてあげますよ」
歩を止め、2人は向き合う。双方にらみ合いに入った。シエルは本気で、だがさつきは演技として。
数十秒の沈黙。周囲から投げられた好奇の目も無視した時間の末に、さつきはふっと息を吐く。
「まあ、どうせ私の勝ちに決まってますけどね」
「おとなしく聞いていれば、ずいぶん自信がありそうですね。その根拠を聞かせてもらいたいものです」
『おとなしく』という部分に疑問を抱いたのは、周りの野次馬だけだったらしい。そこには触れず、さつきが語りだす。今度は余裕の笑いを見せて。
「だって、私と遠野くんはクラスメイトだもん。一緒に過ごす時間はいちばん長いでしょう?」
内心では何を言われるか気にしていたシエルは、心底呆れた顔で応える。
「同じクラスに居るだけでは何も変わらないことくらい、3年間も『クラスメイト』のままのあなたなら分かると思いますが」
相手のの弱点をえぐったつもりの一言だったが、それもさつきの思惑どおりだ。
「ええ。でも、それはきっかけを探していたからですよ。もう足掛かりは作ったし、今までとはワケが違いますよ」
それに、と反論を許さず続ける。
「文化祭や体育祭もあるし、その手のイベントで出来ちゃうカップルも多いですよね」
やや薄弱な論拠からはじめて、徐々に自分の足場を固めていく。
「ふ…ふん。そんな即席ペア、3ヶ月保った試しがないですよ」
「じゃあ伺います」
相手が少し自信をなくしたところで、とっておきの切り札。
「シエル先輩は、わたし以上に遠野くんと一緒に居られるとでも?」
さつきの話の展開は、法廷論争のお手本のような会話だ。中身が中身だけに、弁護士の教科書には不向きであったが。
「家では妹さんと2人の使用人、学校ではわたし、放課後から夜に掛けてはアルクェイドさん。ついでに夢の中ではレンちゃん。みんな遠野くんとの接点がありますよ。…あれ? シエル先輩の居場所はどこですか?」
「……え、えっと…茶道室は…」
「遠野くんが毎日行く場所じゃないですよ」
「……え…その…」
シエルは答えられない。それは、いちばんの不安だった。ごく普通の日常が戻れば、自分と志貴の間には何の繋がりもない。気づいていながらも無意識のうちに忘れ去ろうとしていた事を、突きつけられていた。
「やっぱり居場所が無いんですね。それじゃあ、他の誰かに遠野くん取られちゃっても仕方ないですよね」
「………それは…」
だから、こんな展開に引っかかる。
「ああ、でも大丈夫。無いなら作れば良いんですよ」
「…………え…?」
予想以上の反応にちょっとした罪悪感を抱いたさつきは、シエルの耳元で優しく囁く。まるで小さな子供を扱うみたいだ、と思いながら。
「遠野くん、学校から家までの帰り道を1人で歩くことが多いんですよね。朝はわたしや乾くんが居るけど、帰りはタイミングが合わないことも多いんです。アルクェイドさんも太陽があるうちは寝ていることも多いし」
「…あ……」
さつきの言葉が脳に染み渡るにつれて、ぱっと花が咲いたように笑うシエル。見慣れていない顔だったからか、同性のさつきすら見とれるほど綺麗だった。
「だから、その時を狙うんです。でも、すぐに話しかけたりしちゃダメですよ。急に先輩が毎日会うようになったら怪しまれますからね。まずは遠くから観察して、彼を良く観察してからです」
「なるほど…分かりましたっ!」
こぶしを握り締める彼女は、みごと(間違った方向に)復活した。
「遠野くん…これからは寂しくないですよ……私がついてますからね…!」
「そうそう、その意気です。遠野くんの尾行で分からないことがあれば、わたしが何でも教えますから」
「ありがとうございます! でも大丈夫。埋葬機関で身に着けた体術の全てを使って、立派に成し遂げて見せますからっ!」
しゅたっ、という音を残してシエルが姿を消す。一陣の風の後には、もはや影すら見えなかった。
「強引な展開だったけど、簡単に引っかかっちゃって。普段から理性的な人って、やっぱり追い詰められると弱いなあ」
残されたのは、満足そうな表情のさつき。
「先輩……気配すら感じさせず帰路につく人を尾行することを、世間では『ストーカー』って言うんですよ」
自分にしか聞こえないほど小さな声でつぶやくと、彼女は通学路を再び歩き始めた。
〜 アルクェイドと体育の授業編 〜
「アルクさーん、起きてくださーい」
「うぅ…いま…何時…?」
「午後1時30分です」
「…えっと……まだ10時間しか寝てないじゃない………もうちょっと寝させて……」
開いた薄目が再び閉じられ、顔の下半分が毛布に潜り込む。御丁寧に寝返りをうち、さつきにぼさぼさの金髪を向けて無視を決め込む。
「10時間って…普段は何時間寝るんですか」
「18時間くらいぃ…」
「…………」
すでに二度寝を始めつつある彼女が言うと、かなりの真実味があった。
実際、これまでの彼女は、死徒を追うという目的があるときにだけ活動をしてきていた。長いときでは数十年の休眠期間があったから、今の彼女が異常だとは言い切れない。
ただし。
かつて彼女が住んでいた王城の中であれば、こういう生活も絵になるのだろう。だが今のようにワンルームに毛が生えた程度のマンションでは、彼女も単なる社会不適応者に成り下がる。
さつきは部屋を見渡す。ごくごく当然のことながら、電化製品の類は一切無し。台所には、水にもくぐらせず食べ残しがこびりついた皿が山となっていた。半透明のゴミ袋には可燃物・不燃物の区別もなく、あまつさえ生ゴミまで一緒に叩き込まれている。
「あ、ゴキブリが居る……」
彼が数日おきにこの部屋にやって来るということはさつきも知っていたがは、炊事・洗濯・食事といった家事全般のためでもあるとはさすがに知らなかった。
「アルクさん…羨ましい……」
人さし指をくわえて虚空を見つめるさつき。
彼女の脳内シネマコンプレックスでは、『洗剤の泡に埋もれながら食器と格闘する志貴』『女物の洋服や下着をベランダに干す志貴』『ブルーのエプロンをつけて肉じゃがを差し出す笑顔の志貴』、の3本が同時上映されていた。この部屋の光景からピンク色の妄想を組み立てる想像力と、一筋のよだれまで垂らしながら恍惚の表情を浮かべる集中力は実に素晴らしい。
「……………………………………はっ!!」
長い時間が過ぎ、さつきがようやく我を取り戻す。
「あ、27分も経ってる…歴代3位の好記録だわ。メモしとこ」
『好記録』とは妄想没入時間を指すらしい。さつきは通学鞄からメモ帳を取り出す。『遠野くんとさつきの愛の記録vol.4
〜Love of Memorial〜』と銘打たれた妄想記録集に、先ほど大脳のスペックを限界まで使用して繰り広げられた映像の詳細を書き込んでいく。もちろん人には見せない備忘録であるため、『Memorial
of Love』と書くつもりで『Love of Memorial』と書いてしまったことにツッコミを入れる人間は居ない。ましてや、『Memorial
of Love』と正しく書いたところで本題と意味がかぶった意味不明のサブタイであるという指摘など、望むべくも無かった。
「よーし、終了…っと。ああ、もう時間がないよう…」
100パーセント自業自得ではあるが、さつきは慌ててアルクェイドのベッドに駆け寄る。先ほどの経験からおとなしく起こしても無駄だと悟り、今度は毛布と肩をつかんで激しく揺さぶる。
「すみません、起きてくださいっ!」
「志貴ぃ…もうちょっとぉ…」
毛布を奪われたアルクは、寝起きでぱさついた気持ち悪い猫撫で声で甘えてくる。彼女の誤解どおり起こす人間が志貴であれば数十分は三度寝を許してくれたかもしれないが、残念ながらさつきには逆効果であった。
「…………えいっ」
「きゃーーっ!?」
ごん。
アルクェイドの身体が枕ごと1回転半したところで、壁とベッドの隙間に落下する。黄金の右から繰り出されるヤクザキック(別名長渕キック)が腰に直撃したためだ。
「あたたたた…何よこれ…」
「おはようございます、アルクさん」
額を押さえながら這い出すアルクェイドに、抜け抜けと挨拶するさつき。
「あれ、さつきじゃない。どうしてここに?」
「ええ、ちょっと用事があるんですよ」
「じゃ、あなた何かした? 後ろから押されたような記憶があるんだけど」
「気のせいですよ。私が部屋に入ってきたとき、ちょうどアルクさんが落っこちちゃいましたから」
「そう……?」
不審そうなアルクェイドに曇りの無い笑顔で応じる。
相手は地上最強の生物だが、さつきも図太さにかけては地上最強だった。
まだ夏の色が濃い蒸し暑さと、午後3時を前にしてすでに赤味がかった太陽が、季節感を奪っている。
「プール…」
「はい、プールです」
マンションを出た2人が訪れたのは、まだ授業時間中である午後の学校。当然ながら、志貴やさつきが通っている高校だ。ちなみにさつきは授業をサボっている。
そこで2人は、プール脇の桜の木の下に立っていた。目の前のプールでは、6時間目の体育、しかも水泳の授業という最悪のあわせ技に苦しむ高校生が、緑のフェンス越しに見える。
「あ、志貴だー。おーー………んぐっ!」
「もう…授業中の生徒に声掛けちゃダメですよ」
力いっぱい手を振ろうとしたアルクェイドを軽く押さえつけ、あいた左手で口まで覆う。じたばたと暴れる吸血鬼をものともしない女子高生。
……肉体的にも彼女が一番強いんじゃないかという気がしないでもない。
「な…何するのよ…! 志貴が行っちゃったじゃない!」
25mプールを折り返していく人影を目で追いながら、ようやくさつきの腕を抜け出して不満を言う。
「だから、授業中の遠野くんに声掛けちゃまずいでしょう。また遠野くんに怒られますよ」
「う……」
やたらと学校に顔を出したがるアルクェイドに志貴が怒っていることは、すでに調査済だ。アルクェイドにも覚えがあるのか、見る見るうちにしゅんとする。だがなお未練があるのか、ぶつぶつと不満を言い続ける。
「でも…泳いでる志貴なんて見たこと無かったし…」
「見てるだけなら良いと思いますけど…」
「ほんと?」
話が早くて助かると思い、さつきが鞄に手を入れる。中から取り出したのは、女性の手には収まらないほど大きい一眼レフだった。強力な望遠レンズまで付いた、さつき愛用の一品である。慣れた手つきでケースから取り出し、アルクェイドに手渡す。
「ついでにこれを貸してあげます。記念にこれで写真を撮っちゃえばいつでも見られますよ」
「あ、カメラだね。一応知ってるけど、使うのは初めてだな」
好奇心をむき出しにして、カメラを上から横から眺め続ける。新しい玩具を与えられた子供のようだった。
「そんなに難しくないですよ。ただ、フィルムを光に当てると写真がだめになっちゃいますから、現像は私に任せてください」
「そんなことまでしてくれるの? ありがとう」
さつきの目的は志貴の写真を無断で焼き増しすることにあったりするのだが、それをおくびにも出さずにっこり笑う。見事な女優ぶりだ。
「こっちは私たちのクラスの時間割です。マーカーでチェックしたところが体育の時間。もうしばらくは水泳がありますから、この時間に来ればいくらでも見られますよ」
「分かった。やってみる」
「がんばってね。あ、私はそろそろ行くから」
「ありがとう。さつきって良い人だねっ」
「…………う、うん」
ぶんぶんと手を振るアルクェイドの純真な笑顔にノミ並の小さな良心がうずいたか、こめかみをひくつかせながら立ち去るさつき。
もっとも、彼女の計画が完遂したことに疑問の余地は無い。
木陰から一眼レフでプールの高校生を撮影するアルクェイドの姿は、ストーカーの域を超えてほとんど変質者だった。
〜 秋葉と放課後の教室編 〜
時計の針は午後5時を回った。グラウンドから部活動にいそしむ生徒の掛け声が響き、音楽室からは吹奏楽部の演奏が届く夕闇の時間。高く遠くなった空と細切れ肉のような雲が、秋の到来を告げていた。深刻で幼稚な授業時間もとうに終わり、窓際3分の2が赤く染まる教室にはさつき1人がたたずむ。
そんな静寂をぶち壊すけ高い足音したかと思うと、それはすぐに教室後方のドアで止まった。間髪おかずに勢いよくドアを開けるのは遠野秋葉だ。呼吸は乱れ頬は紅潮し髪はほつれ、それでもいつものお嬢様オーラを維持しているあたりは、さすがに血統の良さだけは感じさせたが。
「こんなところに呼び出して、一体何の用なんですか?」
「電話した本人が言うのもなんだけど、『遠野くんのことで』って言った途端に家から5分でやってくるそのエネルギー、別のことに使ったほうが建設的だと思うよ……」
遠野くんはアルクさんのことを子供っぽいというけれど、この人のほうがよほど精神年齢が幼い。
酷使しすぎてガクガク震えている秋葉の膝を見ながら、さつきはそんなことを思った。
「まあまあ、とりあえずそこに座った座った。話はそれからよ」
「え…? あ、はい」
妙におばさんくさい椅子のすすめ方だったが、秋葉はおとなしく案内された窓際の席に座る。単純に体力の限界でもあったが。
「で…兄さんのことですが…」
「まあまあ。落ち着いて落ち着いて」
子供…というよりは乳児をあやすように優しく言いながら、さつきは秋葉から少し離れた教室中央付近の席に座る。それは秋葉が座った席より教室の前方にあるため、さつきは秋葉に背を向ける格好になる。話をするはずなのに、という不審そうな秋葉の視線を感じたか、やや子供っぽさを表す髪型を見せたまま話し始める。
「ここ、私の席なんだ」
「…え……ああ、ここはあなた…のクラスですからね」
『あなたと兄さんの』という言葉は、喉元まで出てから無理やり飲み込まれた。
「そう。それで、いま秋葉ちゃんが座ってるのが、遠野くんの席」
「……でしょうね…」
傷も落書きも、消しゴムかすの1つもない机を見つめて応じる。意外でも何でもなかった。わざわざ離れた席に誘導する理由なんて、他にあるわけがない。
「6月からずっとこの位置なの。夏休みや運動会があったから、次の席替えが延びちゃって」
「それは残念ですね。兄さんの姿が見えなくて」
「うん」
「…………」
少しうつむき、白い首筋をさらしながら言う。軽く牽制したつもりの秋葉は、思わぬ肩透かしを食らう。
ライバル同士の常として、彼女はさつきとも神経戦を繰り広げたことある。だが、皮肉を交えて変化をつけたとしても、秋葉の舌鋒は『押し』一辺倒だ。同じ系統のアルクェイドやシエルとなら同じ土俵に立てるのだが、さつきや琥珀のような硬軟織り交ぜてくるタイプにはどうも弱い。
「わたし、ずっと遠野くんのことを見てたの。遠野くんと中学のクラスで一緒になってからだから…もう3年以上になるね」
「……私とは…」
「え…?」
「何でもありません。続けてください」
私とは逆だと、そう言いかけて秋葉は口をつぐむ。距離にして数メートルのところからずっと見てきたさつきと、顔もあわせずただ思い続けた自分と。
「うん。…最初はね、話し掛けられなかったから仕方なく見てたんだよ。でも、それが何年も続くと、見てるだけでも気持ちいいなあって思っちゃって」
「………」
「そりゃあね、いつかは恋人同士になれたらいいなあとは思ってたよ。でも、それが無理ならこうしてずっと…何十年でも遠野くんの姿を見続けていられたらいいのに、って思うようになった」
「そんなの…異常です」
私もこの人も、どちらもどこか壊れている。
そう思う秋葉は、夕日を反射する机に目を落とす。眩しくて目を細めているのか憎々しげに睨みつけているのか、判別できない。
「うん。変だよね」
口調だけは明るいけれど、きっと今のさつきに表情など無い。そう秋葉は思う。笑っても泣いても、けっきょく自分を傷つける時もある。
「私ね、遠野くんと同じクラスになるのは3回目なの。でも、教室で遠野くんより前の席になったのは今回が初めて。だからそれまでは、授業中はずっと遠野くんのことを見ていられたの。信じられる? その間に10回近く席替えがあったのに」
話す言葉が見つからない秋葉は、さつきの身体が作る影だけを見つめる。
「……」
席を立ってくるっと180度回転すると、もうさつきは笑顔を作っていた。机の隙間を縫って志貴の机に――秋葉のほうに、歩み寄る。狭い教室だ。ものの10秒ほどで辿り着く。椅子の後ろに立つさつきと、その影が作る闇に沈む秋葉。いよいよ日は低く、風は強い。
「遠野くんの姿が見えない教室で、初めて気づいたんだ。彼をずっと見続けているなんて無理なんだって」
「そうですね」
では、ずっと思い続けていることは可能なのか。その答えを幾ら探しても、秋葉の中からは出てこない。
「だからね、ちょっとは積極的になってみようと思って」
「……はい…」
言いながら、さつきの影が前後に動く。後ろを決して振り向かない秋葉は、彼女が何をしているのか気づかない。後ろで少し遠ざかる気配だけはあったが、それも一瞬。すぐに元の位置にもどったようだ。
ルルルルールルールー……。
間もなく、馴染みのあるメロディが聞こえてきた。ボッケリーニの『メヌエット』。演奏はアルトリコーダーによるものだ。秋葉の肥えた耳には拙さばかりが目立つ演奏だったが、それは馴染み深い音色や馴染み深いメロディと重なって妙に懐古心を煽る。思わず振り向いた先には、記憶を取り出しながら懸命にリコーダーを吹くさつきが居た。
彼女の意図はわからなかったが、秋葉は黙ってそれを聞いていた。
2分に満たない演奏会の終わりには、小さな拍手が待っていた。たった1人の観客は、心からの謝意を示す。
「…へヘ……ありがと」
思わぬ反応に、これまたたった1人の奏者が赤くなる。
「大変良い演奏でした」
「ありがとう。秋葉ちゃんもやってみる?」
「え…? いえ、それは遠慮しておきます」
「そう? このリコーダー、遠野くんのなんだけど」
……このお話の中で唯一のシリアスモード、終了。
数十秒のタイムラグの後。
「そういうことかーーっっ!!」
「い、いたい痛い、髪引っ張らないでー」
「なぁにが『積極的に』だこのクソ変態がぁっ!」
「秋葉ちゃん、キャラどころか性別まで違ってない…?」
秋葉の身体が静止したのは怒りが収まったからではなく、精神面も合わせてエネルギーを使い果たしたからだった。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁぁ……」
「いたた……髪の毛、200本くらい抜けちゃったかな…」
仁王立ちの秋葉と床に座り込むさつき。先ほどとは2人の位置関係も上下関係も正反対になっていた。
「…はぁ…手足があっただけでも……はぁ…感謝なさい…」
「………ごめんなさい、やり過ぎました」
根本的な反省の色が感じられない謝罪に、秋葉の眉がさらにつり上がる。
「さっきの話も全部嘘だったんですね?」
「うーん、6割ぐらいはほんとだけど」
「4割も嘘なら十分ですっ!」
炎でも吐きそうな勢いでほえる。
「大体さあ、席替えを10回もやってずっと遠野くんの後ろに居ただなんて、信じる方もどうかと思うよ」
「……一体どの口がそんなことを言うのですか?」
「はひはひゃん、ひゅるひて…」
このとき秋葉が本気で口を引き裂いたとしても、情状酌量の余地は十分すぎるほどあっただろう。
「で、弓塚さんはいつもこんなことをしているのですか?」
「リコーダーのこと?」
秋葉は軽蔑のまなざしで同意する。
日もすっかり落ち、下校時刻も迫っている。2人は志貴の机を挟んで向かい合っていた。相手に志貴の机を触らせなかった秋葉の行為は、まあ正当防衛といえるだろう。
「うーん…年に2、3回かな?」
「開き直らないで下さい…」
怒りの感情がインフレを起こしてしまったせいか、もはや秋葉は驚かない。呆れるだけだ。
「いいじゃない、舐め回すわけじゃあるまいし。ジュースの回し飲みと同じだって」
「殺しますよ?」
「じょ、冗談だってば…」
「あなたの言葉は一切信用しませんので」
志貴に対しては理不尽なほどきつく当たる秋葉だが、今日の怒りは至極もっともなものだ。
「でも、程度の差こそあれみんなやってるものだと思うけどなあ。好きな子の机に頬擦りしたり、なんとなく尾行して家の場所を確かめてみたり」
「やりません!」
「そりゃ秋葉ちゃんはお嬢様だからやらないかもしれないけど、普通の子供はやるんだって。遠野くんだって、昔はやってたと思うんだけどな」
「…そ、そうなんですか?」
秋葉とアルクェイドの共通項は、世間知らずなことと、自分が世間知らずであることを自覚していることだ。片や全国的に有名な名家の当主、片や吸血鬼の姫であるから、世知に疎いことは当然だ。だがこの2人は根本的に素直だから、自分が知らないことは柔軟すぎるほど受け入れる。もっとも、だからさつきに付け入る隙を与えるのだが。
「うん。高校生だと流石に珍しいけどね」
「それはそうでしょうね…」
なぜか少し安堵の表情を浮かべる秋葉。
「まあ怒られちゃったし、これからは止めるから。ごめんね」
「それは兄さんに言ってください」
「ま、まあそのうちに…ね」
あはは、と笑って立ち上がる。
「ごめん、わたしは先に行くね。そろそろ下校時間だから」
「では私も…」
「あ、ちょっとここで待ってて。職員室に呼ばれてるから、それから一緒に帰ろう」
そう言うと、さつきは返事も聞かずに教室を飛び出していった。
「もう……結局、私をからかうために呼び出したんでしょうか、あの人は」
それでも秋葉は、さつきを本気では嫌いにならなかった。あるいは、6割だけ本当だというあの話が気になっているのか。
「6割っていうのも、本当だか分からないのに…」
意外にお人好しの自分に自分で照れて、少しうつむく。見えるのは、校庭のうるさい照明にすら映える、相変わらず綺麗な志貴の机。
そしてそこから頭だけ覗く、リコーダーの袋。
「もう…きちんと元の場所に直さないと……?」
さつきの不始末を片付けようとした秋葉は、リコーダー袋を手にしてロッカーに振り向き、そこで妙なことに気づく。先ほど教えてもらった志貴のロッカーには、すでにリコーダー袋が収まっているのだ。
「じゃあこれは…?」
よく見れば、薄暗い教室でも違いが分かる。ロッカーに収まったものは、秋葉の手にあるそれに比べ一回り大きい。
「こっちは…ソプラノリコーダー?」
袋を開けてみると、確かにそこには細身の縦笛が入っている。確かにさつきが使っていたのはアルトリコーダーだった。どういう理由でこの学校の音楽教師が同時に2種類のリコーダーを教えるのかは、秋葉には考えられなかった。なぜなら。
『遠野くんだって、昔はやってたと思うんだけどな』
『遠野くんだって、昔はやってたと』
『遠野くんだって、昔は』
『遠野くんだって、』
『遠野くん』
さつきの言葉が、頭の中をぐるぐる回っていたから。
そうよこれは兄さんのリコーダーでこっちは弓塚さんが使ってないから大丈夫って何よそれ私は別にあの人みたいな趣味は無いけどただ兄さんもやってたって事をやってみたいと思うのは妹として当然であってそれが全然知らない他人のものより兄さんのものの方が望ましいに決まってるってこれじゃ私が変な人みたいだけどそうじゃなくてこれはあの人が演奏したメヌエットが中途半端な出来だったから私のほうが上手いことを証明したいという芸術的な欲求に起因するんだから別にやましいことなんて1つもないけど人に見つかったら大変なのは確かだしでも見回りの先生が来るにはまだ早いし弓塚さんはさっき出て行ったばかりだから。
無人の教室に2曲目の『アマリリス』が響き渡るのは、それから2分後のことだった。
観客は、廊下に座って聞き耳を立てていた女子高生1名。
「ソプラノリコーダーの方を残して正解だったなあ。やっぱり秋葉ちゃんも、高校生男子とソプラノリコーダーっていう背徳感溢れる組み合わせには弱かったみたいだし」
偉大な作曲者が聞いたら草葉の陰で涙を流しそうなコンサートは、もう少しだけ続いた。
〜 琥珀と夜の○○○編 〜
「はあ…難問が残っちゃったなあ」
月明かりの中で遠野家に続く坂道を登るさつき。彼女の心理を夏休みに例えると、ドリルと漢字練習帳は終わらせたが自由研究と読書感想文が残っている、という状態だった。
当然、難問の正体は琥珀である。舌先三寸で計画を順調に進めてきたさつきにも、化かし合いで彼女に勝つ自信は無かった。と言うより、志貴のこととなると途端にバカになる(中には普段から抜けている者もいるが)他4人が騙されやす過ぎるのだが。
「まあ、彼女は男の人にも免疫あるし、睡眠薬で眠らせてイタズラしちゃう上級技でも教えようかな」
ストーカーから性犯罪者に格上げされること間違いなしの呟きを漏らしながら、自動販売機すらない寂しい夜道を歩いていく。
「それに彼女を抱き込めば、家に居る遠野くんにもっと凄いことが出来ちゃうかもしれないし」
それでも人間の欲望には限りが無いようだ。世界で環境破壊が止まらないのも無理はないかもしれない。
「……で、どうしていきなり地下室行きなの?」
「私に案内されたさつきさんが居間で不用意にも出された紅茶を飲んでしまい睡眠薬の効果で昏倒、私がおぶってここまで連れてきた上で手足に鎖をはめたんですよ」
手入れが行き届いた鉄柵を挟んで、琥珀が嬉しそうに説明する。
「そうじゃなくて、この手抜きは何なの? 普通はもうちょっと描写に力入れて『さっちんやっぱり可哀想』とか『琥珀さん凶悪ー』とかの感想を読者様に持ってもらうもんじゃないの?」
「この下らないお話もテキストデータで30キロバイトを突破しましたし、限りあるウェブ資源を無駄に占有しないためにもさっさと終わらせた方が良いと思いまして」
「やっぱり手抜きじゃない…」
がっくりと肩を落とすさつき。
話のオチとして勝てないことは彼女も予想していたが、さすがにこの扱いには耐えられなかったらしい。
「他の方々はともかく、翡翠ちゃんの純情をねじ曲げた償いは絶対にしてもらいますからねー」
「秋葉ちゃんのことは『ともかく』で済んじゃうんだね」
この不良使用人、どうしてリストラされないのだろうか。フランス人当主でも連れてきて、遠野家リバイバルプランをやったらどうだろう。
「まあまあ、安心してください。命まで取ろうというわけではありませんから」
「死ぬより辛いことも世の中にはあるんだろうねー」
「そんな遠い目をしなくても大丈夫ですよ。ちょっと私の計画につきあってもらうだけです」
「強力な媚薬の開発? それとも相手を絶対服従させる薬?」
エロゲーに影響されまくった発想だった。
「違いますよ。そんな薬は臨床も済んで実用レベルに達してますから、もう実験は必要ありません」
さつきは遠野家の庭に決して立ち入らないことを誓う。見たら人生終わってしまうようなモノで溢れているだろうから。
「計画というのは、別に薬品関係じゃありませんから」
「へ?」
実に意外そうに、目を点にする。
「はい。さつきさんと似たようなものなんですけどねー。ほら、私も人気がちょっと足りないじゃないですか」
だからss中でリンク張るのやめろ。
「あの順位で…」
『まだ不満かいっ』という言葉を何とか飲み込む。
「『琥珀はエロ担当』という扱いも、エロゲーキャラとしてはある意味名誉なものだと思います。ですが、たまにはメインのポジションに立つのも後学のために良いのではないかと」
さつきは頷く。というより、頷かざるを得ない。琥珀とは短い付き合いだが、彼女が聞き手から話し手に回るときに逆らってはいけないということぐらい把握している。そのようなときの琥珀は、自作の陰謀を嬉々として語っている場合が多いからだ。策士モードの彼女に逆らえば即人体実験の餌食になるいうことは、志貴の尊い犠牲の上に学習済である。別に死んではいないけど。
「そこで私は考えました。私の人気を下げているのは何だろうかと」
オチが読めたさつきは、もはやツッコミも入れない。
「やはり『掃除が出来ない』という弱点からだと思いますので、他の皆さんにも……」
ビートたけしが『赤信号みんなでわたれば怖くない』の名台詞を創作したときの思考ルーチンを流用し、ヒロイン総掃除下手化計画が幕を開けた。
「琥珀さん…掃除下手の前に、その腹黒さを何とかしたほうが良いと思うけど……」
教訓。隣の芝生が青く見えたら赤いペンキを撒き散らせ。
あとがき
最萌トーナメントでさっちんストーカーSSを書いてたのは自分です…。
あの時の笛メイトはアルクェイドでしたが。
自分の弓塚さつき像は、『ぶっ壊れ』で首尾一貫しているようです。
大丈夫か。
ちなみに志貴が全く喋らないのは、単純に嫌いだからです。今後も出てきそうにありません。
この手の『いいヤツ』主人公は体質的に受け付けないもので。