志貴さん飼育日記
松本 裕太
○月◆日
今日で10日になります。最初のうちは食事の時間がくるたびにうるさいことを言っていましたが、一昨日あたりから口数が少なくなってきました。相手の人間性を奪うには、やはり話相手にならないことが一番です。
○月●日
今日の夕食は茹でたとうもろこしを2本。こういう彩りのない食事は、少しずつ精神を疲弊させていくようです。と言っても、これを普通の食事にしている人だって居るはずですが。文明人の脆さでしょうか。
▲月□日
秋葉さまの学校が始業式を迎えました。学校から遠く離れたこの家から通学する理由はもう無いはずですが、秋葉さまはそれを続けられるそうです。健気ですね。
▲月△日
『パブロフの犬』の実験をしてみようとも思いましたが、すでに結論の出ていることをやっても面白くなさそうなのでやめました。
▲月☆日
志貴さんの自慰行為が少しずつ大胆になってきました。今までは深夜にだけしていたのに、今では私が食事を運びにいっても続けていることがあります。
まあ、することもなくて暇でしょうから。
□月○日
朝夕の冷え込みが厳しくなってきましたが、地下室は1年中適温に保たれていますので安心です。その代わり季節を感じることも出来ません。
□月◆日
地下室に入ってから起きていなかった貧血が、久しぶりにありました。備え付けの便器を抱きかかえるように倒れた志貴さんをモニターで見て、慌てて介抱にいきます。幸い程度の軽いものだったようで一安心。今日の食事はレバーにでもしましょうか。
□月●日
彼女がこの街を去ったと風の噂で聞きました。志貴さんが消えてずいぶん経ったので、さすがに諦めたのでしょう。あれだけの力を持っているのにたった1人の人間を捜すことが出来ないのですから、世の中は皮肉なものです。
最後に彼女を見たのは2週間ほど前ですが、同性の私が見てもぼうっとしてしまうほどの美貌は、悲しみと疲れに取って代わられていました。
★月▽日
志貴さんの時間感覚が狂い始めました。日の光など全くない地下での生活では、まあ当然のことでしょう。はじめのうちは壁に小石で傷をつけて日数を数えていましたが、それも8日目で止まっています。食事の間隔から朝夕の区別は把握していたようですが、それももう限界らしく、今では昼夜逆転の生活を送っています。
★月□日
秋葉さまはお気づきなのかもしれません。
★月●日
最近はさすがに目に余るので、性欲を減退させる薬を与えました。副作用として食欲も睡眠欲も減ってしまうのですが、まあ活動らしい活動もしないので大丈夫でしょう。しばらくは一日一食にします。
★月◇日
かつて志貴さんがいたお部屋は秋葉さまが管理されているので、服を持ち出すことは出来ません。そこで志貴さんの着替えは、四季さまのお古になっています。
こうして見ると、やはりお二人はすごく似ていることに気づきます。姿形ではなく、まとっている雰囲気がそっくりです。
★月◎日
翡翠ちゃんは、前にも増して無口になりました。特に彼女には知られないよう細心の注意を払っているのですが、何故か私を責めるような視線を感じます。私にも良心の呵責というものがあるのでしょうか。
志貴さんが完全なお人形になったら、翡翠ちゃんも遊ばせてあげようと思います。
★月□日
志貴さんの髪が伸びてきたので、ちょっと散髪です。お身体にバスタオルを巻くだけの簡単な床屋さんですが、暴れたりしなかったので簡単に出来ました。前髪がちょっと短すぎたかもしれませんが、初めてにしては良い出来だと思います。
◎月▲日
秋葉さまは、親戚の方々との接触を断つようになりました。口には出されませんが、志貴さんのことを話題に出されるのがお辛いようです。
お金持ちというのはやたらと一族で群れたがるのに、自分の分け前のためには2ヶ月前に失踪した高校生すら死亡したことにしたいのですね。
◎月☆日
カメラの調子がおかしくなったので、取り替えに行きました。最初は監視していることを悟られないよう注意していましたが、今では志貴さんの目の前で脚立に乗って天井裏を開けても、全く反応しません。ずいぶん楽になりました。
◎月▼日
志貴さんの生理的欲求が回復してきました。薬への耐性が出来たのかもしれません。1日2食に増やした食事も、残さず平らげます。部屋に残る性の匂いも強さを増してきました。かつての恋人を呼ぶ声も、日に日に大きさを増します。ちょっと嫉妬しちゃいました。
・・・・・・そろそろ頃合かもしれません。
◎月◆日
秋葉さまが学校に行っている間に、お部屋の掃除をしました。掃除は翡翠ちゃんに止められているのですが、今日は特別です。
そのとき、志貴さんが住む地下室の鍵を落としました。
ちなみに掃除の際の被害は花瓶ひとつだけ。上出来です。
◎月★日
私が落とした鍵に気づいたようです。志貴さんの夕食を運ぶと、地下室に長い黒髪が落ちていました。
秋葉さまに助け出されなかった志貴さんを見て、私は賭けに勝ったことを知りました。志貴さんは、いつものようにアルクェイドさんの名前を呼びながら自慰に耽っていたのでしょう。目の前に立った秋葉さまの存在にすら気づかずに。
今日は初めて、志貴さんの頭を撫でてあげました。
・・・秋葉さまは部屋に閉じこもり、夕食の時間にも出てこられませんでした。
◎月○日
秋葉さまは学校に退学届を郵送されました。
◎月□日
ご学友から翻意を促す電話が何度も掛かってきましたが、秋葉さまは受話器を受け取ることもしませんでした。翡翠ちゃんも心配そうでしたが、結局何も言いませんでした。
◎月☆日
地下室は、圧倒的な男の匂いに加え、微かな女の香りが漂うようになりました。
私にも経験がないので分かりませんが、他人の名前を呼ばれながら抱かれるというのは、一体どういう気持ちなのでしょうか。今度試してみましょう。
▽月◎日
翡翠ちゃんの誕生日です。ようやく翡翠ちゃんが欲しがっていたプレゼントを渡せる日がきました。すべてはこの日のためです。でも1人占めはダメですよ。秋葉さまと喧嘩しないように、仲良く遊ばなくちゃ。
あとがき
3作目にしてやっと志貴の登場なのに・・・こんな役・・・・・・。
これを読んで夢見が悪くなったという方、すみません。
歌月十夜の『琥珀さんに飼われるエンド』後の話をばかっぽく書こうと思っていたのですが、何故かギャグよりダウン系のネタばかり思いついた結果、こうなりました。
ちなみに琥珀は、「メインヒロインの中では」一番好きです。
サブを含めると・・・ちょっと・・・うん・・・・・・。