なゆちゃんのドコまでネコなの?



 ある晴れた日曜日の朝。水瀬家の二階にある俺の部屋に、大勢の人間が集まった。あゆ、栞、真琴、舞、佐祐理さん、香里、そしておまけの北川だ。
「相沢、今ナチュラルに邪険な扱いを受けたように感じたが…」
「気のせいだ、美少女ゲームの中の男キャラなんぞ、皆こんなもんだぞ」
「そうか…?」
 北川の茶々をきれいに受け流す。これで主人公としての格を見せつけることができた。
「…早く本題に入りなさいよ…」
「分かった」
 そろそろ楽屋オチにも飽きたところだった。だいたい、急がないと『ターゲット』が活動を開始してしまう。
「今日、日曜の朝早くから皆に集まってもらったのは他でもない――」
「真琴を無理やり起こしといて、つまんないことだったら許さないからねっ」
「そうだよ、今日はたい焼き盗りに行く予定だったんだから」
「私はお姉ちゃんの絵を描く予定でした」
「俺はそれを見物に行くつもりだった」
「だから私は相沢君に少しだけ感謝してるけどね」
「私は動物園に行ってトリケラトプスさんを見たかった…」
「それはまた今度にしようね、舞」
 一番まともなリアクションをするのが真琴とは…。とりあえず佐祐理さん、舞にウソ教えるのやめなよ。
 しかし、今回の崇高な目的を伝えれば、皆も納得してくれるはずだ。
「それより、これだけの面子に集まってもらいながら、この家に住んでいる名雪が居ない理由はわかるか?」
「「「「「「「寝てるから」」」」」」」
 7人の声が綺麗にそろった。…って、あれ?
「舞とか佐祐理さんとか、名雪のことを何で知ってるの?」
「あははっ、うちの学校に通っていて水瀬さんのこと知らない人は居ませんよ」
「…私も知ってる」
 さすが名雪、あの舞にまで覚えられているとは大したものだ。
「名雪がそれだけ有名人なら話は早い。今日の集会の目的はあいつに関係したことだ」
 それを聞いて、北川の目が急に輝きはじめる。
「お? とうとう相沢も彼女に告白する日が来たか」
「えっ、そうなの?」
「絶対に違う!!」
 ……………どいつもこいつもつまらなそうな顔してる。頼むから女性陣、少しぐらい妬いてくれ…えらく寂しい。
「結婚式にはウエディングたい焼きを使ってね」
「私はバニラアイスがいいです」
「肉まん…」
 お前らは黙ってろ。
「じゃあ今川焼きで我慢するね」
「では私はジャンボパフェで」
「カレーまん…」
 こいつら胃袋でしかモノを考えないのだろうか。
「また話がそれた。今日の目的は、名雪のネコ好き調査だ」
 今度は反応が二つに分かれた。香里と北川は呆れたような顔、他はきょとんとしている。
「知らない人間が多いみたいだから一応説明するぞ。あいつは極度のネコ好きにしてネコアレルギーなんだ」
「ネコ好きでネコアレルギーですか? それは変わってますね」
「本当だね」
 これは栞とあゆ。
「あゆ、『アレルギー』って何か知ってるのか?」
「知らないよ」
 ……こいつはいないものとして話を進めよう。
「今日は、あいつのネコずきの限界を調べようと思う」
「限界って何? あの子は猫に関係するものなら、ぬいぐるみでもイラストでも見境なく好きだけど」
「いや、それでも限界はあるだろう。本物のネコからかなり遠ざかれば、さすがに反応しなくなるはずだ。今日はその限界を解明しようと…」
「相沢君、それ、何のためにやるの?」
「知的探求心を満たすため」
 …香里の冷たい視線が痛い。だが、俺はこのミッションを実施するための最終手段を知っている。
「よし、名雪のネコ好き調査をするのに賛成の奴、手を挙げてくれ」
 0.5秒で6本の手が挙がる。相変わらずノリのいい連中だ。みんな暇人だしな。
「多数決で決定だ。香里、異議はあるか?」
「……………………………ないわ」
 彼女の内面の葛藤は敢えて推測すまい。
「では、早速行動開始だ。第一弾は名雪の部屋でやるぞ。隣に移動だ」
 みんな順次立ち上がり、ドアから出ていく。最後に残ったのは舞だ。
「どうした、早く行くぞ」
「祐一、私はウェディング牛丼がいい」
 ………。



「よし、よく寝てるな」
 名雪の部屋に入った俺たち8人は、彼女のベッド脇に集結した。北川は顔を背けながらも目はベッドから離さない。俺は名雪のパジャマ姿を見慣れてるからどうってことないが、奴は違うからな。心の中の天使と悪魔が見えてきそうだ。
「こんなに人が集まってまだ目を覚まさないなんて、さすがだね」
「人間じゃない…」
 名雪も真琴に言われるのは心外だろう。
「よし、まずは基礎からだ。真琴、部屋からぴろを連れてこい」
「え、名雪に見せていいの?」
「おう。そのために寝起きを狙ったんだ。今なら夢の中の事だと言ってごまかせるからな」
「うん。わかった」
 しばらくして真琴がぴろを連れてきた。
「よーし、それをこっちに…って、あれ?」
 俺がぴろを受け取ろうとしたとき、ベッドの上で微動だにしなかった名雪が動いた。
「ぅ…ねこー?」
 普段ののんびりした動作からは想像できない俊敏さで、ベッドを飛び降りる。近くにいた俺たちはいっせいに散開した。名雪の目はまだ開ききっていない。半分以上寝ているようだ。
「うぐぅ…」
 かわしきれなかったあゆが下敷きになるが、名雪は気にも止めない。本能が指し示すまま、真琴の頭上のぴろを目指す。
「ねこー、ねこー」
 この姿を見慣れているのか、香里と北川はさほど驚かない。しかし、他の連中は呆気にとられているようだ。特に真琴は、恐怖のあまり床にへたり込む。そりゃああの名雪が自分に向かって来たら怖いだろう。水瀬家近辺の猫は災難だな。
「ねこー、ねこー、ねこー」
 名雪は相変わらずネコ以外眼中にない。俺たちにも、ぴろの真下にいる真琴にすらも気づいていないようだ。そしてついにぴろをその手に捕らえた。
「ねごーねごー」
 急に汚い音になったのは大量の涙のせいだ。しかし、それでもなおネコを抱きかかえたままなのは立派だ。ここまできてまだ半分寝ているのも立派だが。
「ねえ、そろそろやめさせないと…」
「ああ、そうか」
 香里に言われて、俺はぴろを無理やり奪い取る。
「うぅ…ねこー」
 名雪は名残惜しそうに鳴く(この表現が適切だろう)と、床の上で再び眠り始めた。
「どうだ、すごいだろう?」
 名雪の狂乱の姿を初めて見た5人が同時にうなずく。
「うぐ…怖かった…」
「すごい…」
「はえー…」
 インパクトは十分だったようだ。
「どうだ、この異常事態の解明をしたいという俺の気持ち、分かってくれたか?」
「…分かった」
「はい、やりましょう」
 うむ、これでアポロ計画・ヒトゲノム計画に続く世界的重要プロジェクトの賛同者が得られた。
「あほか…」
「北川、人の思考につっこむなっ!」



 俺たち8人はは再び俺の部屋に集まり、計画の第二段階を用意していた。当初は名雪が起きてからやろうと思っていたが、急遽変更を加えた。あいつは寝ていてもネコになら反応することが分かったからだ。それに今はまだ朝の10時。名雪は昨夜遅くまでテレビを見ていたのでまだまだ起きないはずだ。
 用意したのは、ネコのぬいぐるみ・写真・着ぐるみである。俺が昨日商店街を駆けずり回って集めた珠玉のネコグッズだ。
「祐一さん、暇なんですね…」
 栞、姉譲りのツッコミをマスターしたか。父さんは嬉しいぞ。
「いくらなんでも、眠ってるのにネコの写真には反応しないだろう…」
という北川の意見もあったが、軽やかに無視である。
「とりあえずはこれぐらいか。では作戦第二波、行くぞ」




 再び名雪の部屋。名雪のベッドの脇には、俺のほかに香里、栞、真琴がいる。他の連中はそれぞれネコグッズを持って待機だ。ネコ関連の品物を大量に近づけると、名雪は頭の『猫気アンテナ』で感知してしまう恐れがあったからだ。
「ゲゲゲの…」
「やめときなさい。作者の故郷は鬼○郎で町おこしをしていて、聞くのもうんざりなんだから(実話)」
「町には妖怪のオブジェが立ち並び、イラストがでかでかと描かれた列車が走っているんですよね(これも実話)」
「記念館も建つ予定なんだぞ(さらに実話)」
 ………祐一ぐらい作者側に立って発言しろよ。
「ん? …なぜか話を進めないといけない気になった。何故だろう」
「面白いのに…」
「田舎の町おこしネタほど、地元の青少年にとってキツイ話題は無いからな」
……………
「まあ自虐話はこれぐらいで、本題に戻ろう。まずはあゆ、入ってきてくれ」
「わかったよ」
 あゆがドアを開けて入ってくる。まずはネコのぬいぐるみ。ただし普通のものでは面白くないので、店で一番可愛くない奴を選んだ。まあ名雪にとっては、不細工ごとき障害にも…
「うぐぅ…名雪さん、重いよ…」
 …試すまでもなかった。ぬいぐるみにはアレルギーがないから、本物のネコより執着するようだ。それにしてもあゆ、この話ではとことん報われないな。
「訳のわからないこと言ってないで…助け…て…」


「よーし、北川、入ってこい」
「了解っと」
 北川が持ってきたのはネコの写真。ただしこれも普通のものではない。図書館で見つけた、イリオモテヤマネコの『捕食中』の写真だ。正直言ってかなりエグい。
「獲物となった生物は、もはや原形を留めず、その前脚が…」
「祐一さん…いちいち説明しないで下さい」
 女性陣はかなり引いているが、真琴だけは口元から涎を垂らしている。肉食獣としての本能だろう。
「しかし、さすがの水瀬さんもこれは…」
「うぅ…ねこー」
 北川の常識的な見解は、0.2秒で覆された。
「…この子、なんで写真にまで反応するのよ…。本当は起きてるんじゃないの?」
 目は完全に寝ているんだがな…それだけにより怖い。



「よーし、舞に佐祐理さん、出番だよ」
「はーい」
「…わかった」
 次はネコの着ぐるみだ。もちろん、これも普通の物ではない。
「なっ…」
「「おぉぉっ!!」」
 女性陣の怒りより先に、俺と北川の歓声が見事に重なった。佐祐理さんは正統派のネコぐるみ。オプションのつけ髭まで装備して、めちゃめちゃ可愛い。しかし、今回の目玉はそのとなりの舞だ。黒いつけ耳に黒いレオタード、そしてしっぽ。首の赤い蝶ネクタイが華を添えている。
「いいっ、素晴らしいぞ相沢! 生きてて良かったああぁぁっ!!」
「そんなに誉めるな、照れるじゃないか」
「いや、やはりこのバニーガールのネコバージョン、色気あるよなっ!」
「やはりこれはスタイルのいい舞にやってもらわないとな。他ではこうはいかんだろう」
 ………ん? 後ろから変なオーラを感じるが…
「どうせボクは小学生だよっ!」
「そんなこと言う人、嫌いです」
「祐一のヘンタイ…」
 なんだかゲーム本編で得た信頼を一瞬で失った気がする…。
「な…なっ…何考えとるんじゃあほーーっっ!!!」
 あ、続いて香里がキレた。某「乙女を目指す転校生」キャラが入っているようだが…
「そんなに怒るなよ。二人とも喜んでるじゃないか」
「そういう問題じゃないっ!」
「それに、そこの貧乳三姉妹と違って、おまえには似合うと思うぞ」
「……そういう…問題でもないっ!」
「お姉ちゃん、その間は…」
 うむ、やはり栞のツッコミは的確だ。
「え、あ、その、私は栞が幼児体型だなんて思って…」
「お姉ちゃん、ひどい」
 よし、少し旗色が良くなって…
「あ、う…こ、こいつが悪いのこいつがえいったあっとおっ!」
 …こなかった。まさか話をすり替えるのにこちらに向かってくるとは。
「ちょっと待て香里、それは半分以上八つ当たり…」
ボカバキゴスッ!!
「ま…待て…死ぬ…」
ドカバコボキッ!!
――右腕の関節が1つ増えたようだ――

ちなみに、俺が最後に見た光景は、舞と佐祐理さんに抱きつく名雪の姿だった。



「さて、最後の作戦だ」
「あんた、少しは反省しなさいよ」
 最初と比べて女性陣の視線が格段に冷たくなった気がするが、おそらく錯覚だろう。当の舞と佐祐理さんが怒ってないのがせめてもの救いだ。舞に至っては、まだネコ耳をつけたままだ。よほど気に入ったらしい。
 ………やっぱいいよなあ…って、また煩悩に囚われてしまった。ここからが今日のメインイベントだ。
「最後は栞の出番だ」
 返事がない。予想以上に怒っているらしい。
「…拗ねるな、貧乳三姉妹の長女」
「誰のことですかそれはっ!!」
「えっ、ボクの方が年上なのにっ」
 あゆが割って入る。意外と耳ざとい奴だ。
「いや、おまえは三女だ」
「うぐ…真琴ちゃんよりも下なの?」
「あいつは『自分が一番〜〜〜』だからな」
「意味がわかんない…」
 おっといかんいかん、また脱線してしまった。この手の廃れきったブームをいじるネタは作者だけの趣味だからな。
「まあ聞け栞。おまえの役割は絵を描くことだ」
「絵…ですか?」
 横で香里が目を丸くしている。そりゃあそうだろう。
「そう、今日おまえを呼んだのは、おまえの絵描きとしての腕を見込んでのことだぞ」
 栞の反応は劇的だった。目が輝きまくっている。
「本当ですか? 嬉しいです!」
「俺は栞の絵が見たかったんだ」
 歓喜のあまり言葉もないらしい。『夢見心地』という言葉を実体化すると、今の栞のような顔になるのかもしれない。
「こんなこと言われたの、幼稚園以来です…」
 そう言いながら絵の道具一式をかばんから取り出す。…いつも持ち歩いてるのかこいつは。まあ予想通りだが。
「よしよし、題材は真琴の部屋にいるぴろだからな。真琴に案内してもらって軽く描いてこい」
「はい!! 私の画家生命を賭けて描きます!!」
 栞は小さな力こぶを作って見せた。『がんばります』の意思表示なんだろうが、絵に腕力は関係ないぞ…
「じゃあ真琴、頼んだぞ」
「うん」

「ちょっと、どういうことよ?」
 闘志に燃えて部屋を出ていく栞を見送ると、案の定香里が聞いてきた。
「どういうことって、何がだ?」
「絵に決まってるでしょ。あの子の絵の腕前、知ってて言ったの?」
「もちろん」
 その途端、香里の俺を見る目が汚物を見るようなものになった。…そこまで嫌か。
「趣味が悪いとは前から思ってたけど、まさかあの絵が好きだなんて…」
「俺も、栞ちゃんの絵はあまり…」
 そうか、北川も栞の絵を知ってるんだったな。この前似顔絵を描いてもらったらしいが、2時間に及ぶ苦闘の末、なぜか抽象画になっていたそうだ。ま、現物は見なくても想像がつく。
「栞ちゃんの絵、そんなにすごいの?」
「おう、あゆも今度描いてもらえ。バッファローさえ2秒で白骨にする凄まじい絵になるから」
「うぐ…それ、本当に絵なの…?」
「………」
 香里、その沈黙は同意と受け取るぞ。
「で、その栞にネコを描いてもらって、名雪が反応するかどうかを調べるわけだ」
「あははっ、そのために栞ちゃんのド下手な絵が必要なんですねっ」
 佐祐理さん、好きだよその天然毒舌。
「ま、とにかくそういうわけだ。あとは栞の絵が完成するのを待っているだけでいい」
「真琴ちゃん、大丈夫かな…」
 あゆはさっきの冗談を真剣に受けとめているが、面倒くさいので放っておこう。


「お待たせしましたっ!! 完成しました!!」
 30分後。栞が勢いよく入ってきた。そのすぐ後ろに疲れ切った顔の真琴が入ってきた。
「これ以上無いくらいそっくりに描けました!」
「祐一ぃ、見ない方がいいよ。これ見たぴろが熱出して寝込んじゃったから」
 ネコにまで嫌われるのはある意味すごい才能かもしれん。
「さあ、これです!」
 自信満々にスケッチブックを開こうとする栞。
「あ、待て待て。それは名雪の部屋で見せてくれ。あいつも喜ぶぞ」
「ああ、そうですね。分かりました、早く行きましょう」
 言いながら俺の裾を引っ張る。これまでの話の流れから自分の絵の扱われ方を察してもおかしくないのだが、幸いなことに今の彼女は普通でない。もはや神ですら栞を止められないだろう。
「よーし、じゃあみんなで名雪のところに行くぞ」
「悪党……」
 香里の低い低いつぶやきが聞こえた。



 例によって名雪のベッド脇に集まった8人。…どうでもいいが、これだけそばで騒いでも名雪は起きる気配すら見せない。
「よし見せてくれ、栞。おまえの描いたネコを」
「はいっ!!」
 一度見ている真琴はすでに目を背けている。他の6人は怖いもの見たさで視線を外せない。それを自分への期待と感じた栞は、さらにテンションが上がっていく。
「これです。どうぞ!」

……
………
…………
……………
名雪はピクリとも動かなかった。




 その後、栞が再起不能に陥ったり他の7人が偏頭痛に襲われたりしたが、そんなことはどうでもいい。とりあえずの片づけを終えて連中に帰ってもらったが、俺もまだ衝撃から立ち直っていない。
(3日は肉が食えないな…あれを見た後じゃ…)
 そんなことを考えながら部屋のベッドに横になっていると、静かにドアが開いた。
「誰だ? 忘れ物なんかこの部屋にはない…」
「おはよう、祐一」
 名雪だった。すっかり忘れていたが、考えてみればもう昼だからな。さすがに起きてくるだろう。
「ねえ祐一、今日はいいことがあったんだよ」
 なぜか名雪は目一杯幸せそうな顔をしている。
「は? おまえ、さっきまで寝てたじゃないか」
「うん、だけどね、とっても楽しい夢を見たの」

「…………………」

 


【あとがき】

 一応オールキャラなのに、真琴とあゆの影が薄い…
 その代わり美坂姉妹が目立ってます。
 ゲームでは舞が一番好きなんですけどねえ……


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