静かなる抵抗
「7年ぶりに戻ってきた思い出の町で、」
「…え?」
「雪に彩られた新しい生活が始まる。」
「あ、あの…」
「再会と出会い。」
「………」
「あの時の雪を、覚えていますか?」
「…秋子さん…どうしたんですか…」
「どうかしましたか、祐一さん?」
「…なに言ってるんですか?」
「『Kanon』のパッケージから抜粋です」
「へ?」
とりあえず俺は、大事にしまってあった『Kanon』のパッケージを取り出す。表は天使モードのあゆで、裏は…あ、書いてある書いてある。
いや、そういう問題じゃないのだが。
「だから、これがどうかしたんですか?」
「それは、私の台詞なんです」
「へ?」
「ですから、その『あの時の雪を、覚えていますか?』という台詞は、私のなんですよ。ゲーム本編で言い忘れていたので、ここで言ってみようかと」
秋子さん、何だかいつになく真剣だ。今のままでは単なる『ジャムおばさん』になるということに気がついたらしい。その瞳の光は、アイドル売りから歌手に転向し、もはやヌードという最後のカードも切ったあとの芸能人が、束の間のテレビ出演で見せるそれに似ていた。
「でも、一応ヒロインの台詞だと思いますよ。そんなところに秋子さんの台詞が…」
言いかけてやめる。俺もできれば長生きしたい。
そんな俺に冷たい視線を送りつつ、秋子さんが口を開く。
「では、他の5人がその台詞を言うと思いますか?」
俺の反論は予想に入っていたらしい。国会答弁並の歯切れの良さだ。
その自信たっぷりな彼女に気圧され、俺は考えをめぐらせ始めた。とりあえず、俺ハーレムのメンバーである5人のヒロインをその台詞に当てはめてみる。
(あゆ『あの時の雪、覚えてるかな?』だろ)
(名雪『あの時の雪、覚えてる?』…になるよな)
(真琴…論外だな)
(舞…さらに論外)
(栞……ん?)
「秋子さん、栞はどうですか? 俺に対して丁寧な言葉で喋るし…」
しかしそれも想定問答のうちらしい。
「でも、栞ちゃんは、昔の祐一さんに会ってないでしょう? 内容がおかしいと思いますよ」
即座に言い返される。…確かに、栞にはこの冬初めて会った。この台詞はおかしい。となると、佐祐理さんや天野、香里に北川も同じ理由で消えるな。まあ、北川が急にこんなこと言ってきたら少し怖いものがあるが。
「ほら。私しか当てはまる人はいないでしょう? 祐一さんに以前会ったことがあって、かつ丁寧語で話すのは私だけです」
見事な論理的帰結だ。一点の曇りもない。
「ですから、『Kanon』の続編が出た折には、是非私と祐一さんの愛の物語を……」
…といって、このまま彼女の危ない野望を果たさせるわけにはいかない。秋子さんの理屈に何か矛盾がないかと、もう一度『Kanon』のパッケージを見る。
「……その際には、やはり私と祐一さんは血が繋がっていないことになるでしょうね。その上で私は、叔母と甥の関係を乗り越え、泣く泣く名雪を裏切り、祐一さんと愛の逃避行へと…」
その間にも秋子さんの妄想は果てしなく広がっていく。このままでは既成事実を作られかねない。俺は必死に反撃の材料を探す。
そして俺はついに見つけた。唯一の矛盾点。
「でも、ここに『5人の少女と5つの物語』とありますよ」
秋子さんの言葉がピタリと止まる。これまで澱みなく出てきた言葉がいきなり自信なげなものに変わる。
「…で、ですからそこを、『6人の女性と6つの物語』にすれば…」
「勝手に変えないで下さい。『5人の少女と』ですよ。秋子さん、まさか自分が少女だとは思ってないですよね」
「う……」
泣き出しそうな秋子さんを見て、ちょっと可哀想になる。だが、ここで許してはいけない。ゲームの秩序を乱そうとした罪は重いのだ。
「だいたい秋子さん、最初『5人の少女と5つの物語』のところをとばして読んだでしょ? 確信犯ですね」
「そんなこと…」
「というわけで、この台詞は秋子さんのものじゃありません。やっぱりKanonは少女の物語です」
俺は『少女の』のところを強調した。効果は絶大だ。結構気にしていたらしい。
「そんなこと言う人、嫌いですっ!」
ドアから秋子さんが部屋から飛び出していく。数秒後、玄関からドアが閉じる大きな音が聞こえた。
「今度は栞のパクリで人気取りとは…侮れない人だ…」
でもこれ、本当に誰の台詞なんだろ?