思い出を消し去る物語



「いい天気だな…」
「そうですね…」
 よく晴れた春の午後。全く内容のない会話をしながら商店街をぶらぶらと歩く。会話の相手は美坂栞。俺の最愛の人だ。
 ……自分で考えてて少し照れてしまった。アホか俺は。
「どうしたんですか?」
 栞が俺の顔を覗きこむ。
 こうやって、栞と「普通の恋人同士」をやっているのが、今でも夢のように思うときがある。栞の誕生日までの1週間、あの楽しくて幸せでだからこぞ悲しい、期間限定の恋人。その記憶があまりに強いからだ。
「なんでもない。なんか幸せすぎて怖いなあ、とか思っただけだよ」
 俺が笑いかけると、栞が少し赤くなる。
「大丈夫ですよ、私たち、もう一生分の不幸は乗り越えたんじゃないですか?」
「はは…そうだな。これからは………」

ドンッ

 『ドンッ』? 何の音だ…ってあれ? なんか俺、空飛んでるような…

「祐一さん!!」

ドシン!!

「祐一さん! 祐一さん!!」

栞? どこだ? 俺、どうなった……

 栞が涙目で俺を見つめてる。
「祐一さん…車に轢かれて…」

 そう言えばなんだか体中が痛い。頭から血が出てるみたいだ。ただ、そんなことよりも気になることがある。頭の中が…傷のせいじゃなく…痛い。栞の泣き顔を見てると、なんだか奇妙な感じを覚える。こんな光景を、俺は見たことがある……

「あーーーーーーっっっ!!!」
 自分でもびっくりするような声。栞も驚いている。
「ど…どうしたんですか?」
「思い…出した……」
「え…何を…?」
 そうだ。俺はかつてこの街で暮らしていたとき、いくつもの過ちを犯していたのだ。
 どうして…今まで忘れていたんだろう?
「心が…痛い…」
「いえ、あの、心より先に体が痛いと思うんですけど…」
「俺一人だけ幸せになろうなんて…俺はなんて奴なんだ…」
「足が曲がっちゃいけない方に曲がってますけど…」
 このままじゃダメだ。俺は一人だけ幸せになるなんてできない。
「栞」
「はい?」
「タイムマシンを作るぞ」

「……」
「……」
「……」
「……」

「…………………………………祐一さん、これ何本に見えますか?」
 栞が右手の指を折って俺に見せる。
「2本」
「じゃあ、6+8はいくつですか?」
「14」
「……うーん、一見普通そうに見える分、かえって重症かも…」
 意外と失礼な奴だな、こいつ。
「大丈夫、俺は正常だ」
「頭から血をダラダラ流して左足の関節が一つ増えてて『タイムマシンを作る』なんて口走る人のどこが正常ですかっ!」
 追加。意外と短気でもあるようだ。
「忘れていた記憶を思い出したんだ。今車にはねられたショックでな」
「…ご都合主義…」
「うるさい。とにかく俺は今からじゃ取り返しのつかない間違いを重ねていたんだよ。これを正すには、タイムマシンを作るしかない」
「………………祐一さん。今までありがとうございました。祐一さんと過ごした日々は一生忘れません。もう会うこともないでしょう。さようなら」
「待て」
 逃げ出そうとする栞の手をしっかり掴む。
「放してくださいっ! 私が愛した祐一さんはもうどこにも居ないんですっ!」
「意味不明なことを言うな」
「それは祐一さんの方です!」
「安心しろ。機械の設計図はもう頭の中にある。あとは材料を集めて組み立てるだけだ」
 そう言いつつ俺は立ち上がる。一刻も早く、不幸な人々を助けなければならない。俺は材料を集めるため、栞を連れて歩き出す。
「ううっ…今回はシリアスかラブラブなお話だと思ってたのに…やっぱりギャグなんですね……」
 

 
 二曹式洗濯機。スタッドレスタイヤ。ぶら下がり健康器。味ポン。LD版『人形劇三国志』全巻セット。JR時刻表。ニセモノビックリマンシール50枚(ぜんぶ悪魔)。
「タイムマシン、できると良いですね」
「そんな怖い声で言わなけりゃ、励ましに聞こえなくもないがな」
 俺たちは商店街を駆け回りテレホンショッピングに電話し中古CD屋を探し潰れかけの駄菓子屋のばーさんを騙し、なんとかタイムマシンに必要な材料を集めた。
「……」
「そう怒るなよ。すぐに作るから」
「……どこにも時を超えられそうなものがないんですが…」
「何を言う。これだけの物を集めてタイムスリップ出来なきゃ、それは世の中のほうが間違ってるんだ」
 栞が無言で頭を抱える。
「……………がんばって…下さい」
 ようやく葛藤を乗り越えたらしい。そうそう、人間前向きに生きないとな。
「では早速取り掛かろう。まず栞、人形劇三国志の4巻を取ってくれ」
「…………」



「よし、完成だ」
 われながら見事な出来映えだ。形は空飛ぶじゅうたんに操縦席が乗っかったようなもの、要するにドラえもん型だ。唯一の欠点は過去にしか行けない点にある。阪神のグリーンウェルやダイエーのミッチェルなど、来日してすぐ帰ったプロ野球外国人助っ人のユニフォームさえあれば、未来にも行ける完全版が出来たんだが。まあ、未来に用はないしな。
「どうしてあの材料がこんな物に……」
「説明してやろうか?」
「遠慮します。聞くと人間不信になりそうですから」
 引っかかる言い方だな。まあ、実際に時間旅行を見せてやった方が早いだろう。
「では、早速行くか」
「…はい。がんばって行ってきてください」
 そう行って再び背を向ける栞を、すぐに掴まえる。
「も、もう私に用はないでしょう!」
「せっかくここに居るんだ。歴史的な実験につき合わせてやろう」
「放してください! 私は人類の大きな前進より自分の命が大事ですっ!」
「遠慮するな。じゃあまず10年前な」
 言いながら俺は栞を抱え、タイムマシンに乗せる。
「よーし、人類初の快挙だぞ」
「いやああぁぁっ!!」
 

 
 俺たちはなんの問題もなくタイムトンネルに入った。ま、当然だな。
「祐一さん、ここ、本当に『タイムトンネル』とかいう所なんですか?」
 栞が周りをきょろきょろ見ながら尋ねる。
「ああ、本当だ。なんだ、今ごろになって感動したか?」
「いえ。あまりに漫画チックでびっくりしました」
 ……無気力無感動な若者め。
 まあ確かに、歪んだ時計が何個も描かれたトンネルなんだが。
「タイムマシンの形だけじゃなくて、ここまでパクるなんて…」
「そこには触れるな」
 


 何もない空中にタイムトンネルの出口が開いた。
「よし、ついた。ここが10年前の街だな」
 季節は当然冬。場所は秋子さんの家のすぐ近くだ。
「本当に過去に来たんですか?」
 この期に及んでまだ信じていないとは呆れた奴だ。とは言え、何百年もワープしたのならともかく、10年ぐらいではこの小さな町に目立った変化はない。俺たちの学校はまだ建っていないはずだから、そこまで連れて行けば嫌でも信じるんだろうが…それも面倒だ。
「そうだな…じゃあ一つ予言をしてやろう。もうすぐ、この道を一人の少年が通りかかる。しかもそいつは狐を抱えているんだ」
「狐? それは…珍しいですね」
「だろ? そいつが来たらここが10年前だと信じるな?」
「…まあ、信じます」
 よし、まあこれで大丈夫だろう。日付は確かにあっているし、時刻も夕方だったから今ぐらいのはずだ。
 などと考えていると、ちょうど奴がやってきた。昔の俺、つまりこの時代の相沢祐一だ。
「ほら栞、あれだあれ。狐を抱いてるだろ? あれが10年前の俺だ」
「……………」
 ようやくこいつにも俺が成し遂げた偉業が理解できたようだ。
「祐一さん、昔は可愛かったんですね…」
 今日の栞のセリフ、引っかかる所が多いな。まあ気にしないことにしよう。昔の俺が通りすぎてしまう。
 ここまで近づけば、子供の顔がはっきりとわかる。間違いなく10年前の俺だ。俺は出来るだけ優しい声を作って話しかける。
「おいおい、そこの少年」
 10年前の俺がびっくりした顔でこちらを向く。狐のことで頭が一杯で、俺たちの存在にすら気づいていなかったようだ。
「何か用? 俺、今忙しいからおじさんと遊んでる暇はないんだ」
「あ、性格は可愛くない…今と同じですね」
 栞は無視することに決めた。
「いや、大事な話なんだ。今おまえが抱いてる狐のことでな」
「あ、これ? だめだよ、俺のだからね」
「いらんいらん。そうじゃなくて、注意しに来たんだよ。おまえ、それを秋子おばさんの家で飼うつもりだろ? やめとけ、居候のおまえがペットなんか飼っちゃ迷惑だろ?」
 それを聞いた昔の俺は自信満々に答える。
「大丈夫だよ、こっそり部屋で飼えばバレないって」
「ばーか、バレるに決まってるだろ? おまえがこっそり飼ってるつもりでもな、秋子さんはしっかり気づいて、おまえが留守の間にそいつの世話をする羽目になるんだぞ。秋子さんは気にしないだろうけど、掌の上で踊ってたことに気づいたらむなしいって」
「…………ばれないもん…………」
「あ、祐一さんが祐一さんを泣かした……」
 栞も、絶妙の間で会話に入って来なくてもいいだろうに……。しかもその言い方、ひたすらまぎらわしい。
「ああ、悪かった悪かった。少し言いすぎたよ。でもな、これはおまえのためを思って言ってるんだぞ。将来、病人と従姉妹と食い逃げと剣士とキツネの5択を迫られるよりはマシってもんだ」
「でも、でも………」
 すこし決意が揺らいできたな。最後の一押しだ。
「それにな、狐だって広い野原で仲間と暮らしてた方が幸せだと思うだろ? おまえはすぐにこの街から居なくなって、そいつの世話も出来なくなるんだし」
「…………………………わかった。いたところに戻してくる」
 子供の純真な心に訴えかけた俺の誠意が実ったようだ。
「…偽善者………」
 無視無視。



 次に来たのはさっき訪れた年から数年後の冬、秋子さんの家だ。俺がこの街に毎年のように来ていたころのことを考えれば、例の電話があった日は簡単に割り出せる。用があるのは、俺が街から去った日の前日だからだ。
「家の中はまずいんじゃないですか? 誰か来たらどうするんです?」
「大丈夫。秋子さんはそんな細かいことを気にしないから」
「空中にタイムトンネルが開いてて、見ず知らずの人間が二人も家に居ることが細かいことなんですか?」
「あの人にとってはな」
「………」
 いま『さすが祐一さんの親戚だ』とか思ったな、こいつ。
「それより、昔の俺を探さないと。電話がかかってくる前に言っておくことがあるからな」
 俺は階段を上がり、昔の俺があてがわれていた部屋に向かった。

「おう、ひさしぶり」
 俺はノックもせずにドアを開けた。自分の部屋に入る時に自分に許しを得るためノックするのは虚しいからな。
「おじちゃん、だれ?」
 ……学習能力のない奴だ。自分のことなんだがな。
「俺だ俺。何年か前、おまえがキツネを拾ってきたとき会っただろ?」
「あ、あの時の…」
「そうそう。またおまえが変なことをしないように注意しに来たんだよ」
「自分の嫌な思い出を消すために、ですけどね」
 …………
「痛いです……」
 適切すぎるツッコミは自分の身を滅ぼすぞ。
「それよりな、もうすぐお前に電話がかかってくる。そこでの会話が問題だ」
「電話? 誰から?」
「あいつだあいつ。川澄舞。麦畑で遊んでるだろ?」
「…えっと、誰だっけ……」
「ほら、ウサギ耳の奴」
「ああ、あの子のことか」
 …この頃の俺、舞を「ウサギ耳」で認識してたのか。
「それで、だ。おまえは明日この町を出る。だから、お別れを言わなきゃいけない。そこで上手い受け答えをしないと、とんでもないことになる。夜中の学校で刀を振り回すアブナイ奴が一人出来あがるんだ」
「かぁっこいい!!」
 …説得は諦めよう。何を言っても無駄な気がする。
「もういいもういい。おまえは電話に出たらこれを読み上げろ。模範回答だ」
 ズボンのポケットから、あらかじめ用意してあった紙を取り出す。
「それ、いつ書いたんですか?」
「タイムマシンが出てくるような話で、そんな細かいリアリティ追及してもしょうがないだろ」
「それもそうですね」
 栞もようやくこの話のノリが分かってきたらしい。
 一方昔の俺は、渡した紙を読み上げる。
「えーっと、『この度わたくし相沢祐一は、大変遺憾ながら住居移転を行うこととなりました。関係者各位にはどうかご理解頂きたく思います。なお現在継続中の人間関係につきましては早急なる検討の上善処致します』………?」
 人の口から聞いても完璧だ。いつキャリア官僚になっても大丈夫だな。
「祐一さん、電話の相手は国会議員ですか?」
「一つ年上の女の子だ」
「……」
 無言でため息をつく栞。
「どこがおかしい?」
「これをおかしいと思わない祐一さんの頭」
 わざわざひねった言い回しするなよ。
「いいか、今回の目的は相手を上手くはぐらかすことなんだぞ。言質は取られない方がいいんだ」
「それ以前に、意味も何も伝わらないと思います」
「そのために国会答弁調の文章を使ったんじゃないか。NHKの国会中継を見てみろ。自分でも意味が分からないセリフを言っているからこそ、相手を煙に巻けるんじゃないか」
「見事に歪んでますね…」
「ほっとけ」
 あ、つい昔の俺を無視してしまった。俺はそちらに向き直る。
「いいか、お前、あの女の子のこと嫌いになったわけじゃないだろ?」
「うん」
「だったら、そのことをきちんと伝えろ。で、また来年もこの町に来るし、電話でも手紙でも話せるから、ってことを言うんだぞ」
「わかった。これでお別れなんて寂しいもんね」
 …うう、素直なやつだ。俺は思わずそいつを抱きしめてしまった。
「く、苦しいよ、お兄ちゃん」
「いや、お前があまりに良い子なんでな」
 俺たちを横で見ていた栞がぽそりとつぶやく。
「祐一さん、それ、ナルシストって言いませんか?」
 

 俺たちは再びタイムマシンに乗り込み、次の過去へと向かった。
「祐一さん」
「どうした? 次はあゆの件を片付けに行かなきゃならないんだが」
「着実に私の頭のたんこぶが増えてるんですけど」
「自業自得だ」
「…………」


 次に着いたのは、七年前、あゆと別れた日。最大の悲劇を回避するため、俺はやって来た。これであゆは苦しい思いをせずに済む……
「斧を持ってBGMに『与作』を掛けてる状況で、よく真面目なモノローグができますね」
「……」
「あああっ、ごめんなさいっ! もう言いませんから無言で斧を振り上げるのはやめてくださいっ!!」
「分かればいい」
 人のムード作りをぶち壊した罪は重いのだ。
「でも、本当にこれから何をするんですか?」
「この格好で塩ビの野焼きをするとでも思うのか? 環境保護団体もびっくりだろうな」
「思いません」
「だろ? この木を切るに決まってる」
 いまどき「与作」のテープを探すのも一仕事なんだぞ。
「この木ですか…大変そうですよ…」
 栞がそう思うのも無理はない。あゆがよく登っていた大木だからな。樹齢は何百年にもなってるだろう。太さも並じゃない。
「だが、これを倒せば一人の女の子が助かるんだ。やるしかあるまい」
 作業の時間を見こんで、ずいぶん早い時間に来たからな。なんとか間に合うだろう。森の主のような木を切るのは少し可哀想だが、どうせあゆが落ちた後は切られてしまうからな。


「たーーおーーれーーるーーぞーー!!!」
 必死の作業の甲斐もあり、俺は2時間掛けて大木を倒すことに成功した。
「え、あ、わ、きゃあああっっ!!」
 その際の尊い犠牲のことは生涯忘れまい。
「死んでません!」
「なんだ、生きてたのか」
「残念そうに言わないで下さい」
 冗談の分からない奴だな。
「ともかく、これであゆが木から落ちることはなくなった」
「え? この木を切ったのは、誰かが木から落ちるのを防ぐためだったんですか?」
 そう言えば、栞には詳しい事情を説明してなかったな。すっかり忘れていた。
「ああ、この木に登った女の子が足を滑らせてな。大怪我をするんだ」
「そうなんですか。確かにこんな大きな木から落ちたら……………?」
 そこまで言って、栞が首をかしげる。
「どうした?」
「今から、その女の子がここに来るんですよね?」
「そう。昔の俺と一緒にな」
「じゃあ、この木が倒されてるのを見たら、別の木に登る可能性もあるんじゃないですか?

「……へ?」
 別の木?
「だから、ここには他にも高い木があるじゃないですか」
 言われてみれば、ここは結構広い森だ。その可能性は……あるな。
「栞っ! なんで最初にそのことを言わないんだよ!」
「八つ当たりは止めてください! 祐一さんが最初に説明してくれてれば言ってました!」
 くそ…俺の2時間の努力は一体……


「いてっ!」
「うぐ…」
 俺たちの当て身を受け、見事に崩れ落ちる2人。鳩尾にきれいに入ったようだ。
「結局今回は実力行使なんですね…」
「いまさら何を言う。もう共犯だぞ」
 そういいながら、俺は気絶した昔の俺とあゆを道の脇に寝かせる。俺はともかく、栞の当て身も慣れたものだった。どこで慣れたのかは怖いので聞かないが。
「今は7年前の世界だから…傷害罪の時効って7年よりは長いですよね…きっと……」
「これも人助けだと思えば気が楽だろ。放っとけばあゆが大怪我する所だったんだからな」 「それはそうなんですけど」
 まあこれで大丈夫だろう。明日になれば俺とあゆは別れなきゃいけないし、木登りする暇もないだろうからな。
「あゆが木から落ちなければ、名雪とひどい別れ方をすることもないな。……よし、用事は終わった。元の時代に帰るか…」
「はい」

 
「へ? 今、なんて言った?」
「ですから、私にも一度行きたい過去があるんです」
 タイムマシンに乗り込んで帰ろうとしたとき、栞が妙なことを言い出した。
「うーん、無闇に過去を改変するのは危険なんだが…」
「祐一さんには言われたくないです」
 …そりゃそうだ。
「まあここまで付き合ってくれたんだしな。いいぞ。どこに行きたいんだ?」
「えっと…………………」



 俺たちがやって来たのは12年前のこの街。商店街の少し外れだ。栞は当時の俺がこの辺りによく来ていたことを聞いて、場所をここに決めたようだった。
「なあ、昔の俺に用があるのか?」
「半分はそうです」
「半分? それ、どういう…」
「さあ、ゆっくり歩きながら祐一さんを探しましょう」
 またはぐらかされた。タイムマシンに乗っているときから、ここに来た目的を言おうとしないんだよな。まあ、昔の俺が見つかればすぐに分かるか。


「見つからないなあ…」
「見つかりませんね…」
 俺たちは当てもなく商店街をさまよい続けた。これまで訪れた時代と違い、特別な出来事があった日ではないので、俺の記憶も曖昧だ。この日に商店街に来たかどうかも定かではない。
「まあ、タイムマシンで元いた時間に戻れば良いんだから、何時間かかっても関係ないんだけどな」
「そうですね」
 ただ、そろそろ日差しが赤みを帯びる時間になった。当時の俺が夜に出歩いていたとは思えないから、そろそろ見つけないと…
「あ、いました!」
 栞が指差す方を見ると、確かに昔の俺がいる。たい焼きを売っている屋台の周りでうろうろしているようだ。察するに、小遣いと胃袋の葛藤だな。
 栞は、もう昔の俺に近づいている。いつになく行動的だ。
「そこのボク? そうそう、あなたあなた。ちょっと用があるんだけど、来てくれないかな?」
「え………だめ。知らない人について行っちゃダメだって言われてるもん」
 栞、少し意外そうな顔。追いついた俺に顔を寄せて小声で言う。
「祐一さん、意外としっかりしてますね」
「子供とはいえ、俺だからな」
「はいはい、その通りですね」
 軽く受け流して昔の俺との会話に戻る栞。…こいつ、今日一日で性格が変わったな。
「ついて来てくれたらお姉ちゃんがあのたい焼き一つ買ってあげるよ」
「……物でつられちゃダメだとも言われてるもん」
「じゃあ二つ買ってあげる」
「行く!!」
 所詮俺の理性はこのレベルか。
 たい焼きを買いにいった栞がチラッとこちらを見る。…言いたいことがあるなら言え。無性に腹立つ。


「お、お嬢ちゃん見ない顔だね。どこから来たの?」
「あ、えっと……遠くからです」
「そうかい、えらいねえ。おまけあげるよ」
 そう言って屋台の親父は三つのたい焼きを包む。
「あ、悪いです、そんな…」
「いいのいいの、そのかわり、またこの街に来てくれよ」
「…は、はい……」
 そう言って栞はお金を差し出す。
「はい500円預かりで…お釣りは300円っと」
「ありがとうございます」


 俺たちは商店街のベンチに座ってたい焼きを食べる。昔の俺が二ついっぺんに食べている。意地汚い。
 その隣では栞がおやじに貰ったたい焼きを食べている。湯気がもうもうと上がってうまそうだ。
「なあ栞ぃ、しっぽだけでも食べさせてくれ…」
「だめです。私が貰ったんですから」
「じゃあ背ビレだけでも…」
「食べたいなら自分で買ってください」
「タイムマシンの材料買う時に全部使ったんだよ」
 人間、絶対食べられないと分かっている物ほど食べたくなる。
「でも、三つのたい焼きのうち二つは『祐一さん』が食べてるんですから、公平と言えば公平でしょう?」
 まあ、このガキも俺なんだから間違ってはいないのかもしれんが…
「屁理屈だろ、それ」
「そうですよ」
 平然と認めて最後のかけらを口に入れる栞。
 やっぱりこいつ、絶対に性格悪くなった。


 たい焼きを食べ終わると(俺は食べてないがな)、栞は昔の俺の手を取って歩き出す。商店街を出て、俺が行ったことのない道を進む。
「で、結局どこに行くんだ?」
「秘密です。でも、もうすぐ着きますよ」
 栞はずっとこんな調子で軽くあしらい続ける。まあ、昔の俺も空腹が満たされてご機嫌だし、別に良いんだけどな。
「ここです」
 そう言って栞が指したのは、少し大きめだがごく普通の家だった。
「この家に何かあるのか?」
 しかし栞はすでに、しゃがみこんで昔の俺と話している。
「このお家に、かわいい女の子が寝ているの。その子と遊んであげてくれない?」
「うん、いいよ」
 なんだかあの二人だけで話が進んでいくな。俺には何がなんだか分からないんだが。
 栞は古今東西あらゆる種類の薬が入っていると言われる四次元ポケット(すこし大袈裟か)から鍵を取り出すと、目の前の家のドアに差した。そして平然とドアを開ける。…って、なんであいつが過去の世界の家の鍵を持ってるんだ?
「こんにちは」
「……」
「こんにちは!」
「…………はい…」
 家の奥から出てきたのは、小さな女の子だった。まだ夕方だというのにパジャマ姿で出てきたその子の顔を見て、俺はようやく納得する。ここは栞の家で、この子は昔の栞のようだ。
 …じゃあこいつ、昔の自分のことを『かわいい女の子』とか言ったのか。
「こんにちは。私ね、あなたと遊んでくれるお友達を連れてきた……」
「おばさん、誰?」
 栞の顔が引きつるのが、背後にいる俺にも見えた気がした。その感情は俺にもよく分かるぞ。
「……ちょっと入らせてね」
 そう言って栞はずかずかと家に上がり込む。止めようとした昔の自分をそのまま引きずり、家の奥に消えた。残された二人の俺が呆然とそこに突っ立っていた。
 まもなく二人が戻ってきた。それまでとの違いは、昔の栞がひどく怯えた目をしていることだ。
「じゃあ祐一くん、この子と遊んであげてね」
「「は、はいっ!!」」
「祐一さんは違います」
「あ、ああ、そうか」
 迫力があったもんでつい返事をしてしまった。
 そして、腑に落ちない顔をした昔の俺と、まだ動きのぎこちない昔の栞が家の中に消えて行った。
「祐一さん、用事は済みました。帰りましょう」
「それはいいけど…おまえ、昔の自分に何をしたんだ?」
「『香里お姉ちゃんのシルバニアファミリーがお風呂で全員水死したのはあなたのせいだってことバラすよ』って言いました」
「…鬼…………」



「そうか、栞も俺との思い出が欲しかったんだな」
「はい、祐一さんのこと大好きですから」
 …いまさら可愛いフリしても手遅れだと思うが、命が惜しいので口には出さない。
 俺たちは全ての用事を済ませ、元の時代に帰ってきた。今は、二人でなんとなく商店街を歩いていた。
「でも、腹減ったなあ…元いた時刻に戻るってことは、夕飯がまだってことだからな…」
「ビタミン剤でも飲みますか?」
「それは何か違う……」
 出発した時刻の5分後に帰ってきたので、日は高い。しかし身体は過去で何時間も過ごしたので、疲労と空腹だけが残ったらしい。結構ハードな肉体労働もしたしな。
「でも、金がない…」
「物欲しそうな目で見ないで下さい。おごったりしませんよ」
「金が出来たら必ず返すから、な? 少し貸してくれ」
「じゃあ、いいですよ。なんだか可哀想になってきましたから」
 俺の今の心境は、『同情でもいいから飯をくれ』だ。プライドじゃ腹は膨れない。
「よし、じゃああそこのたい焼きだな」
「ああ、祐一さんは食べてないんでしたね…あれ?」
 栞がたい焼き屋を見て少し驚く。
「どうした?」
「あの屋台のおじさん、さっき私たちに売ってくれた人と同じですよ」
 そう言われてみれば、確かにそうだ。もちろん年は取っているが、同一人物らしい。ずいぶん長い間やってるんだな。
「大丈夫でしょうか? おじさん、驚くんじゃないですか?」
「なに言ってるんだ。俺たちにとってはついさっきの出来事だが、あっちにとっては12年前のことなんだぞ。覚えてるわけないだろう」
「そう…ですね」
 栞はまだ少しためらっていたが、俺が強引に引っ張っていく。
 しかし、栞の不安は当たった。俺が声を掛ける前に、おやじから話しかけてきたのだ。
「おい、そこのお嬢ちゃん」
「は、はい?」
「あんた、12年前にもうちに来なかったかい?」
「え、えーと、あの…」
 栞は大混乱のようだ。俺がなんとか対応しよう。
「12年前? おじさん、12年も立てば顔も変わるよ。人違いじゃない?」
「あ? …ああ、そうか。12年前と同じ顔してるわけないか。だいたいお嬢ちゃん、12年前なんていったら産まれてないよな」
「産まれてます!」
 栞が復活した。
「あれ? お嬢ちゃん、小学生じゃなかったの?」
「ひどいです。もう高校生ですよ」
「そうかいそうかい。そりゃ悪かったね」
 なんとかごまかせたようだ。でも、ちょっと気になるな。
「おじさん、どうして12年前の客なんて覚えてるの?」
「ああ、特別な客だったからだよ。あんなお客は後にも先にもいないからね」
 特別? あの時、何か変わったことしたっけ?
「なんせ、まだ昭和だった頃に『平成10年』って彫られた500円玉を出したんだからね」
 俺が目をやると、バツの悪い顔で栞がうなずく。あの時こいつが出したのは、確かに500円玉だったよな…。
「警察に持っていったら、『これほど精巧なニセモノは見たことがない。材質も模様も本物そっくりだ。これだけの技術を持った犯人が、どうしてこんなヘマをやったんだろう』なんて言うんだよ。しかも次の年には元号が『平成』になっちまったしな。当時はテレビなんかも来て、そりゃあもう大騒ぎ………」
「あ、じゃ、じゃあ俺たちは帰りますから…」
「あ、そうですね、私も用事を思い出しました。すみません……」
「大規模な偽造団がやったとか、新手の政治運動だったとか、しまいには外国の陰謀説まで出てね…って、あれ? たい焼きはいいのかい?」
「「いりません!!」」
 俺たちは音声多重で叫ぶと、その場から逃げ出した。商店街を全力で走りながら、お互いの顔を見合わせる。
「何だか大変なことをしたみたいですよ、私たち…」
「私たち、じゃない。お前が、だ」
「何言ってるんですか! 祐一さんも共犯ですよっ!」
「うう…どうするんだよ……」





 その後、タイムマシンは分解して空き地で燃やした。タイムトラベルは、人が扱うにはあまりにも危険な技術だと判明したからだ。
「これ、証拠隠滅って言いませんか?」
「やかましいっ!!」


【あとがき】

 元ネタは、TBSラジオで月曜深夜1:00から放送されていた
「伊集院光のUP’s 深夜の馬鹿力」の1コーナー、「夏のタイムマシーン」です。
さらに元ネタの元ネタは、小泉今日子の同名の曲。

 かなり突っ走ったので、別物になりましたが。

 伊集院さんのラジオは最高に面白いので、皆さん聞きましょう。
 テレホーダイタイムのお供に。というには少し遅い時間ですが。

 やっぱり自分は、美坂姉妹を動かすのが好きなようです。
 漫才が好きな僕は、この2人みたいなツッコミ役が居ないとギャグが書けない。
 で、「KANON」の他のキャラクターは基本的にボケなので、彼女たちが相方でないと
祐一くんを壊せないんですよね。
 美汐も面白そうなんですが、キャラ付けができないんですよ。

 ボケとボケで話を進めきれるくらいのセンスが欲しい。


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