1日目(プノンペン)
 タイ航空の深夜便で関空を出発し、バンコク経由でカンボジアのポチェントン国際空港に到着し、 ビザカウンターで写真と料金20$を支払いビザを取得し、イミグレーションカウンターで審査を受け、無事入国。
 出口は、タクシーの客引きでごった返していると思っていたが、結構システム的になっていて、値段交渉をすることもなく7$でホテルまで行くことにした。 途中、運転手が「今日はどうするんだ。1日25$で市内を案内するよ」というので、 「最初の7$(空港−ホテル間)も含んでだったらOK」と返事をし、 そのままそのタクシーを使用することにした。ただ、このやりとりは、英語の苦手な私たちの会話であったため、最後に・・・。
  トゥールスレン
 まず、最初に行ったのはポル・ポト政権下で、反革命分子とみなされた人々が厳しい拷問を加えられて尋問された後、処刑されたというトゥール・スレン。
 元高校の校舎を転用した4棟の建物からなり、現在はポル・ポト政権のときにいかに残忍な行為が行われていたかを後生に伝えるために博物館となっている。
 入場料の2$を支払い、最初に見たのは、左のA棟は尋問室で、ポツンと残された 鉄ベットが生々しいかった。続くB棟には収容されていた人々の 写真が壁一面に貼られている。C棟の1階と2階は 狭い独房で、D棟には、 拷問の様子を描いた絵や器具が展示されている。
 ここは、ヘビーなところなので他のところを観光してから行きたかったのだが、入場時間の都合で一番最初に行くことになった。 一緒に行った湯佐君にとっては、プノンペンの主目的の場所だったためか結構満足そうだった。

ワット・プノン   

 次に行ったのは、ノロドム通り北端の小高い丘の上にあるワット・プノン(=丘の寺)で、市内で最も歴史のある寺の一つで、 その始まりは1372年、この町の名前の由来となった ペン婦人がここに寺を建立したことが起源と言われている。
 伝説によると14世紀末にペンという裕福な婦人がいて、ある日、婦人はメコン川岸に流れ着いた流木の中に仏像が隠されているのを見つけ、 近くの丘にその仏像を祀るための寺を建立した。 その丘は信心深い婦人にちなんで、「ペン婦人の丘」つまり「プノンペン」と呼ばれるようになり、それが町の名前となったという。 今ある寺は、1927年に再建され、修復が加えられたもの。
 それからセントラルマーケットへ行き、ついでにこの近くで昼食を食べることにしたが、出発時にバッテリーが上がったらしく、 回りにいた地元の人に押してもらって、押しがけでエンジンをかけたのには参った。まぁ、動いたらいいんだけど・・・。
 セントラルマーケットに着き、タクシーを降りるとすぐにハンモック売りのおじさんに買わないかと声をかけられたが、 そんな重い物を土産にする人もいないだろうなぁと思いながらノーと断り、マーケットの中へ入った。
 セントラル・マーケットは、中央がドーム形で、そこから四方へ棟を延ばしたユニークな建物。 プノンペンの生活の中心で、宝石、貴金属から衣類、日用品、食料品までありとあらゆるものが所狭しと並んでおり、 はっきり言ってごちゃごちゃした感じで、いかにもアジアらしい。
 ここでは、特に買う物もなかったので、一通り見渡しただけで、すぐに昼食を食べに行った。 ガイドブック地球の歩き方にも載っている北京菜館で、僕は水餃子と肉入りラーメン、連れの湯佐君は焼き餃子と焼き飯を食べた。 料金は2人で5$で、一人あたり300円ほどでお腹いっぱい食べれた。他にも日本人らしい人が来ており、それなりに流行っているようだった。
 次に王宮とシルバーパゴダに行くことにしたが、途中、「この辺り(王宮近く)は、車の進入が禁止されているので、2kmほど歩かないといけない。 警官に5$ほど金を払えば、車の進入ができるよう話をつけてやる」と運転手から言われた。 はっきりいってウソくさかったが、大した金額でもなかったし、歩くのも邪魔くさいのとトラブルになるのもイヤだったから、5$を支払った。 運転手は確かに警官に金を払っているようであったが、たぶん共謀しているんだろう。アジアでは、こうした警官の問題はよくあることだ・・・。
  王宮の即位殿
 それから、メインの入口まで移動し、また途中で「シャムリアプでの車の手配はしているのか?私の友達で日本語が喋れる人が向こうにいるので、紹介してやる」 と言いだし、持っていた携帯で勝手に電話をし、相手が出ると話せと言われた。電話の相手は、「空港−ホテル間の移動を2$、 アンコールワットのサンセットからサンライズまで20$で車を用意してやる」と言ってきたので、こちらの名前と飛行機の便を返事し、とりあえず頼むことにした。 ただ、このやりとりは後で・・・。
 こうしたやりとりの後、入場料とカメラ代の料金を払い、王宮へ入場した。現国王のシアヌーク殿下の公務と居住の場であり、 入れるところに制限もあるが、チケット売場から入ってすぐ左にあるのが宴会ホールで、中央には写真の即位殿がある。 仏頭を頂いた59mの尖塔と黄色い屋根が印象的で、戴冠式や国王誕生日など重要な王室行事が執り行われる場所である。 一番印象的だったのは、 「ナポレオン三世の館」で、ここだけ他の建物と異なり洋館なので浮いた感じがした。 名前のとおり、ナポレオン三世の妻、ユージーヌ王妃からノロドム王への贈り物でフランスから移築されたもの。

シルバーパゴダ柱廊の壁画  

 王宮の南側にある寺は、「シルバーパゴダ」で王室の仏教行事が行われてきた場所。 名前の由来は、床に薬20cm四方の銀タイル(1枚の重さ1.125kg)が5329枚も敷き詰められていることからきている。 内部の写真は禁止のため説明が難しいが、床の銀だけでなく黄金の宝冠仏など、非常に圧巻だった。
 敷地内には、パゴダの他に「図書館」や 「スラマリット王のストゥーパ」「王家式典の館」などがある。
 写真は、周囲を取り囲む柱廊に描かれた「ラーマーヤナ」を題材にした壁画で、東側の入口付近からスタートしているとのことなので、 パゴダの見学の後に回って鑑賞するのがいいようだ。ただ、僕は後で気づいたのでバラバラに見てしまったが・・・。
 次に行ったのは、国立博物館で王宮の北側に位置している。赤いクメール様式の外観が特徴的だが、 館内には、カンボジア全土から出土した彫像や青銅器などが展示されている。入場料は2$で館内の写真撮影は不可。 地球の歩き方に見落とせない作品という紹介があったので、非常に役立った。
 僕の一番印象に残ったのは、ヴィシュヌ神の像。ヒンドゥー教の信仰もあるのだろう、 崇拝しているおばちゃんが花を添えるよう声をかけてきた(もちろんタダじゃない)ので、 印象に残っている。日本じゃ、宗教でそんなに崇拝してないものなぁ。
  トンレサップ川
 それから運転手が連れていってくれたのは、トンレサップ川岸の広場。住民たちの憩いの場所にもなっているようで、 夕方から屋台が並び出す。ただ、僕たちが行った時間では、まだお腹が空いてなかったのと、夕食を食べるところを決めていたので、 ちょっとブラブラしただけで、立ち去ってしまったけど・・・。
 概ね、観光スポットも行ったので、後は夕食だけだったのだが時間が早かったので、それまでどうしようかと考えていたが、 湯佐君はマッサージに行きたいと言いだし、運転手に聞くと案の定、Hなところと勘違いされたようで、 「15$でいいところがある。ニューレディばかりのいいところを俺は知っている。」と言いだし、 最後まで移動途中にそうした店があれば、どうだとしつこく聞いてくるので、うっとおしかった。 日本人のおっちゃん達で、そういうのを目的としている人もいるから、何度も言ってくるのだろう・・・。 もちろん、僕たちはそういたことを目的にしている訳じゃないので断った。
 それで、とりあえず一旦ホテルに帰ってシャワーを浴びてから夕食に行くことにした。
 夕食は、カンボジア料理の老舗レストランというポンロック。川沿いのテラス席で食べたが、 外国人客が多かった。もちろん、日本人客もよく来るらしい。料理は全て、S、M、Lのサイズがあり、種類もたくさん食べたかったので、 Sサイズの料理6品とアンコールビールを頼んだ。メニューは全て写真があるので、わかりやすいが味の方は好みもあるので、 後悔したものもあったが、全部で18$だった。店の人からは、Mサイズにしないかと言われた品もあったが、 Sでも量が多く結局はいくらか残してしまった。値段が安かったので、頼みすぎてしまったようだ。 食べたくても食べれない人がいることを考えると、残すことには気が引けたが、どうしても限界だった。 食後のデザートもいっそう追い打ちをかけた。
 食事も終わったので、この日はホテルに戻って後は寝るだけだったが、途中、独立記念塔(夜8時以降はライトアップされる)と ラッキーマーケットに寄ってもらってからホテルに着いた。
 ここで、「明日はどうするんだ」と言ってきたので、別に何もなかったら頼んでもよかったのだが、 何度も押しがけしてしかエンジンがかからないような車はイヤだったので、次の日は別に探すことにし、 この日の料金25$を支払うと、運転手が「空港からホテルまでの7$がない。」と言い出した。 僕たちは25$で市内を回ると言ってきたときに7$も含んでだったらOKと言ったつもりだったのだが、 運転手には伝わってなかったのか、それとも取れそうなら取ってやれということで言っているのかわからなかったが、 もちろん払うつもりはないので、そのまま降りてホテルに入った。 たぶん、他の日本人だったら大した金額でもないので払う人も多いと思うので、言ってきたのは後者の理由からだろう。
 ホテルに戻ってから、2日目の打ち合わせを簡単にし、寝ることにし、1日目は無事終了した。

   2日目に続く