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1958年4月14日生まれ。2男1女の父親ですが家庭を顧みず好き勝手なことをいろいろやっています。 新潟市在住です。
私のホームページから何か皆様のお役に立つようなことを見つけていただければ幸いです。
My Outdoor Policy:
遊びの基本的スタンスは自然の恵みから得られるのもはなんでもいただきましょうといういやしい根性からです。でも自分が必要とする以上の物が手に入る状況であってもがつがつと得ようとは思いません。自然を相手に遊んでいるとその自然を通して見えてくるものがたくさんあります。それは物であったり、精神的癒しであったりします。後のことをよく考え行動することの大切さに気づくことが豊かな自然を残すためには必要と思います。
仲間みんなで楽しむアウトドアも大好きです。 でも僕は単独行も多いです。
なんで一人でも野山に分け入るかって?
それは生けるものがみな持っているはずの自然の感性を取り戻しに行くため、、、 ちょっと大げさですがこんな風に感じてます。
鳥や獣、魚など誰に教えられるわけでもなく、危険を察知したり、帰巣本能を発揮したり、自然を生き抜く”すべ”を備えてます。
僕ら人間も本来そういった6感に相当する能力があったはずですが、便利さとあふれかえる物にかこまれ、ただの”ヒト”に成り下がってます。
沢筋でどちらの尾根に取り付こうかとか、こっちに行ったらやばくなるとか、この天気だとどう行動したらいいかとか、、、先に進むか引き返すか、、、十分な知識を持っていても危機を感じたときに少なからず”感”を頼りに行動しなければならない場面が自然を相手にしていると必ず出てきます。あの人と一緒に行動していればまず間違いないと思うような人が皆さんの周りにもきっといることと思います。その人は知識や経験に裏打ちされた”第6感”が鋭いんです。僕にも尊敬する人がいます。
日頃の生活の中では、どこまでが大丈夫で、どこからが危険なのか、そういった判断力が鈍ってしまうから、そういった感性を取り戻したくなって山や自然が恋しくなるのかな。そんなわけで一人で行動することが多いです。
昔、源流釣りを始めた頃は、沢筋で釣りをしていても、テントで寝ていても、沢音に混じって人や動物の声が聞こえてくる錯覚に陥るなど”恐怖”心がありましたが、何時の頃からか感じなくなり、自然に畏敬の念を感じるようになりました。
人里から何時間も入ったものすごい山奥に一人でいること、、、自分一人だけしかいない、、、自分の力だけが頼り、、、、これってものすごく大変なことなんだと。 大げさなことを言っていると思うかもしれませんが、もし貴方が一人でこんな状況に置かれたときのことを考えて見てください。心細さと恐怖に襲われることと思います。
山に一人で入ると日常生活では感じないような危機感を感じ感性が高まるような気がします。楽しさ、すばらしさの背中合わせに危険や恐怖があることを実感します。
そう思うと自然の中で暮らしている動物たちってすごいなーと思います。
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