59年目の邂逅


私が感動したのはこの時ANA安全教育センターの「1時間の安全教育(予約制、一般可)」を受けた事です。これまでの航空事故に真摯に向き合い、情報を隠さず、原因の究明、被害者の声や関係者の証言を忘れず、事故やヒューマンエラーはゼロにできないという現実を直視し、企業努力していることです。事故が起これば即、客離れというシビアな業界ですから当然の事なのかもしれませんが・・・。

Contrail 飛行機雲 ******(世界の名機、珍機、駄作機のコレクションです。)

「たった二機のヘリコプターから出発した小さな純民間航空会社、それが私たちANAのはじまりでした。」2010年ANAのCMです。私が生まれた年、昭和28年、そのたった二機のヘリに乗っていたのが父三郎でした。しかもそのヘリコプターがANAグループ安全教育センターに保管してあることを知りました。http://www.ana.co.jp/ana-info/ana/lounge/education/

日本航空機開発協会の村田光一氏(右・現所属・富士重工業(株)航空宇宙カンパニーシステム設計部)の
ご尽力により父の遺稿と写真は全日空(株)に寄贈させていただきました。

2010年はいくつもの運命的偶然が重なり様々な方々のご尽力でこのヘリにたどり着くことができました。そして4月25日、父のヘリと59年目の巡り合いとなったのです。機体の各部に触ってみました。こんな時、映画では父の声が聞こえたりするもんですが、全くあっけなくこの儀式も終わり、近くのCAのお姉さまに写真を撮ってもらって幕

日ぺりのマークはレオナルド・ダビンチのヘリコプターの図案からデザインされたものです。

この黄色い塗装は・・・???

モノクロ写真からの推測では、米軍払い下げで陸軍であればオリーブドラブ、海軍だったらネービーブルーの可能性もありそうです。オヤジが生きてるうちにこの写真を見つけていたら聞いてたでしょうね。