しつこいようですが私閉所恐怖症です。

11/19 陸路ブナの海岸を目指す

これって囚人護送車?全ての窓に金網入り。

ポートモレスビーのマッチャン

ずっと手を繋がれて(連行されて)前島隊員の顔がこころなしかひきつってます。

マーケットにて 
神原隊員の手には禁断の卵とバナナが・・・。

ニューウエワクホテル泊

発売 ユーキャン

制作 セレブロ

ロケコーディネイト PNGジャパン

お休み・・・

malolo・・・

隊員たちの似顔絵を描く八坂隊員。

八坂画伯の作品

興味のある方はここをクリック。

P-39エアラコブラの残骸

ヘンダーソン飛行場を盗撮

P-38の残骸

ほんじゃら?

ホニアラ?国際空港 

今朝も4時に目が覚める。読書して体操して、6時半にはスタッフを起こすが、迷惑な話だ。

11/10 ラバウル戦跡調査

ラバウル戦争博物館

高橋隊員 GOOD!  何が?

山本バンカー

陸軍97重爆の残骸

ありがと!

Tenkyu tru !

戦争の愚かさは過去形だが過去に学ばぬ愚かさは現在進行形だ!

PS このビデオの資料映像として青山ウイングクラブのご協力で1/18零戦の撮影が行われました。

八坂画伯のHP

またね!

Lukin yu bihain !

いくら?

Hamas?

ラミントンロッジのDC-3  ポートモレスビー

うわ!巨大な虫

アリゲーター水陸両用戦車

駆逐艦菊月

新手のドッキリカメラ?
勝手にプレートはずしちゃいかんよ!

フォッカーF-28-400

マダンで荷物の積み替え、不安。

So long PNG !

11/20 帰国

ポポンデッタ空港とKids

土産物購入に余念がない前島隊員。

F-4F ワイルドキャット

ちょっとお疲れ

ん?たけし軍団?ガダルカナル・ネコ

珊瑚海の夕日 絶景かな

ブーツの普通の人々。

19世紀の後半、ドイツが、ニューギニア島北東部とニューブリテン島、ニューアイルランド島を、南東部をイギリスが植民地としこの地域は「パプア」と呼ばれました。1906年にオーストラリアが英領パプアを引継ぎ第一次世界大戦後、ドイツ領ニューギニアも併合され「パプアニューギニア」と呼ばれるようになりました。そして第二次世界大戦での日本軍と連合軍の激戦を経て、1975年、英連邦の一員としてパプアニューギニアが独立を宣言しました。

But ガードマンがとても友好的で一安心。

宿のラミントンロッジは鉄条網の中。かなり治安が悪いのか?

ブナの海岸

ココダメモリアル。大勢の日豪兵士が戦死した。

何故?こんなところまでわざわざやって来て戦争したのか・・・理解に苦しみます。
ニューギニア、ソロモン方面でおよそ15万人の兵隊を喪失。

11/18 ココダ方面の空撮

ほな、いこか!

Yumi Go Naw !

ロケ終了!やれやれ・・・。お疲れ様!

Good job!

恐竜の化石のようなB-24の残骸。

悲惨な戦場の跡を駆け足で取材した2週間でした。顧みられることのない十数万の英霊達。時々見かけた現地を訪れる慰霊の方々も高齢です。複雑なおもいで帰国。

オーエンスタンレー山脈。
南海支隊は重い武器を担いでここを踏破していった。

ラエインターナショナルホテル・Barにはニューギニア戦の写真や模型が・・。

途中、眼下のオーエンスタンレー山脈の上に真ん丸の虹を見ました。感動!

「ぶんぶんといいにおいがする」
「天然 味をきく」

太平洋戦争開戦直前この付近で消息を絶ったアメリカの女性冒険家アメリア・イヤハートの記念碑?
スパイ容疑で日本軍に銃殺されたという説が流布された。

見渡す限りの大平原。突如草原を吹く風のように現れた子供たち。君たち何処から来たの?

ニューギニアに来て初めてまともな舗装道路を走りました。

2004年11月 ビデオソフト「太平洋戦争」のためPNG(パプアニューギニア)およびソロモン諸島(ガダルカナル)を取材することとなった。

ローカル線にトランジット。入国審査を済ませウエワクに向かう。
デ・ハビランド カナダ製DHC-8-202と不安そうな山谷隊員。

PNG探検隊 隊員名簿
演出 小室隊長(自称)
撮影 前島隊員
技術 山谷隊員
制作 高橋隊員
御目付け役 神原隊員
現地コーディネート 八坂隊員(画伯)

2004年10月中旬 PNG探検隊結成。しかしPNGの現地資料や情報は皆無。
一抹の不安を抱きつつも勇躍(yaya yakekuso気味に)かの地へと進撃を開始した。

何処からともなく村人たちが集まってきます。

陸軍機の残骸。97戦や3式戦らしきものが散見される。

街角に無造作に放置してある戦車。
60年間放置していられる神経もすごい。

ワニを食べる。

空港内 荷物受け取り場のアブストラクトな壁画 いかにもPNG

今も有刺鉄線が残る。
こんな所を突撃させられた兵隊はたまったものではない。
有刺鉄線に引っかかったところを機関銃でなぎ倒された。

管理人のおじさんが「翼を畳もうか」といったので丁重にお断りしました。きっと壊れます。

ここは戦争博物館?だそうです。

一式陸攻と神原隊員
腰にはアンチモスキート(蚊撃退器)やっぱマラリアは怖い。

早速撮影開始!

ラバウル着。即撮影。ロケバスの運ちゃん、ビートルナッツで目と口が真っ赤。 怖・・・。

ポートモレスビーやラエなどの市街地(人の集まる場所)では基本的に撮影禁止。かなり治安が悪そう・・・。

「ニュー・ウェワクホテル」は、1976年に建てられて以来、主として日本人の慰霊団や研究者の受け入れを行ってきたホテルです。オーナーは日本人で川畑静さん。今までに数多くの慰霊団のお世話をされています。ホテルは老朽化が進み、建て直しの時期に来ています。ただし、建築費が2億〜2億5000万円程度かかるため資金難で改築が行き詰まっているのが現状です。

Papua New Guinea

午後 空路ポートモレスビーへ 到着後あわただしくそのままラエへ

11/17 空路ポートモレスビーへ 到着後トランジット、あわただしくポポンデッタへ

11/16 ラエ近辺の撮影

11/15 午前中はOFF  スーパーマーケットへ

「何?弁当忘れた?!」

「重大事件発生!」

11/14 一木支隊 上陸地点へ

ツラギの交番?

血染めの丘

11/13 ツラギ島へ

ふー暑!

11/12 いよいよガダルカナルへ

前島隊員とM-16付ガードマン

11/11 一旦ポートモレスビーへ戻る

ラバウル航空隊の飛行場跡
火山灰でほとんど埋まってました。

何故か?朝4時には目が覚める。

11/8 ブーツ飛行場方面へ

ムム!映画のセットみたいだ。
天井にはヤモリが・・・。

Output

こんちわ!

Apinun!

ウエワク 平和公園

11/7 ポートモレスビー国際空港着

11/6 成田発ニューギニア航空にて一路ポートモレスビーへ

PNG探検隊

あぶない!神原隊員、銃口は下に向けて!

探検隊はついにゲリラ部隊に・・・。

後部座席は機材と隊員3人で一杯。
私、自慢ではないのですが高所恐怖症、閉所恐怖症なのです。

ビジン語表記の下に英語が。

初めて「ニューギニア料理」を堪能。私にはちょっと量が多かったのですが、さすが高橋、山谷両隊員はぺろり!

ポポンデッタ空港

道なき道をゆく探検隊

ナザブ平原、空が高い!

ポポンデッタ空港に展示?してあるB-25

早速マーケットをロケハン

ゴミ箱ではありません。立派な郵便ポストです。

●とんでもない菓子 そのA

「おむしし・・・?」

●とんでもない菓子 その@

生憎の雨のなか裸足で川を渡る。

一木支隊を蹂躙したM3スチュアート軽戦車

定番 花吹山を望む・・・ 後頭部が寂しい

放心状態?の私

八坂隊員は実は画家でもあるのだ。
ブーツの村人に大人気でした。

Input

ご飯と味噌汁(涙!)
あれ、器が逆だ!

何故か今朝も4時に目が覚めた。南半球に来てから変だ!

11/9 マダンで乗り換えラバウルへ

前島隊員と兄弟盃?の「ORO おじさん」  騒然となる探検隊。

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