Good Night,My Darling.
<初めて人に聞かせた曲です。>
中学の頃でしたか
、ある先生(永石先生っていいました。)がコンクールの話を持って来ました。
作曲のです。それも突然です。
当時としては全く音楽に縁もありませんでした。
”これ、やってみないか?いじめられるより、いいだろう!”
それが、音楽との出逢いでした。音符の一つ位は興味があったし、
いつも好きな教科は?って言われた時は決まって”数学と音楽”って答えてましたから。
(*あとから聞いた話ですが、
この時先生は気付いていたそうです。
ひょっとして、絶対音感があるんじゃないか、と。
楽器も何も無くメロデイーラインだけですが楽譜にしていた
僕をみていたので。
おかげでこの作品は入賞できたのですが、
自分では何故だか訳が分からず、
また悩んでしまい、ついには
"誰にも言わないでほしい、"
と、お願いし・・・・
結局、この時点では先生と校長しか知らない事になってしまったんです。
曲自体も、入賞も、絶対音感がある事も、しかも親にも家族にも相談できず
恥ずかしい事と思ってしまったのか、これ以上いじめられるのが
いやだったのか。*)
高校時代も、とうとう言えなかった。
知ってた奴は居ないんじゃないかな?多聞
(今考えれば新しい発見です。まさかこんな”コンピューターと無線”
だらけの世の中になるなんて。思いもしません。
無線では、モールス信号覚えるのに絶対音感とリズムが役立ち
しかも、数学は、パソコンで音楽が創れちゃうんですから。)
当時は楽ばかり考えていたのか、無気力で馬鹿にされてましたねえ。
”お前に何が出来る?”って具合ですよ。
幸い、音楽以外やる気も無くって
受験学校の精もあってか、苛めに拍車がかかってましたから、
”もう、いいや。どうにでもしろ”
って思ってましたので、やってみたのですが、
先生の思惑通り、これがまんまとはまってしまったんです。
アレンジ譜面を教えてもらったのもこの頃でしたか。
同級の”前田正樹”も、同じ考えで二人で作曲をしはじめたんです。
彼とは、両親に入れられた塾も同じだったし。
(”ここにこい!”って進めたのが奴でしたか。)
*ほとんど彼と行動する事が多くなりましたが、
高校は分かれてしまいました。
確か、工業(造船関係)に行ったと思いますが。*
先生いわく、
”俺は教えない。自分でなんとかしろ”
ですから。いいかげんなものです。
しかし、これが今の僕自身の考え方になってるんですから、不思議です。
”出来るか出来ないか、”、では無い。”やりたいかやりたくないか”だ、と。
この時の経験が、今日に至っているんだと思います。
長くなりましたが、この曲のメロデイーを記憶していた自分にびっくりしています。
”やりゃ、できんだよ。やりゃ、!”そう、自分に言い聞かせてます。
その後、DTMでアレンジして貼り付ける事にしました。
これを聞くと、当時の自分を思い出してしまいます。
Good Night,My Darling.!そう、言いたくなります。
現在、いじめに在っている皆さんへ!
自分の世界は、たったひとつじゃ無いんですよ。(選ぶか選ばないかは自由ですが)
愛される自分より人を愛する自分を選んで欲しい。
人から愛される事と言うのは、結果でしかありません。
やってみる事です。今、浮かんだアイデアを、です。誰かがきっと観ています。君を!
他人と同じ事をやる必要は何処にもありません。むしろその方が生きる道は見つかります。
ファイト!
ひょっとしたら、ここの音楽はYAMAHA(XG)仕様なのでおかしく聞こえているかも
しれませんが、勘弁してください。(笑)
*感想等、聞かせて頂ければ光栄です。
メールちょうだいなー係へ!
はじめにもどります