韓国一人旅2016-17
日本と同じように多くの人がスマートフォンやタブレットを持ちながら歩いている
大きな町のストリートにある屋台も心なしか昔よりこ綺麗になっている。
釜山のマチュピチュ昔は 坂道にあるひなびた村だったのだろうが 芸術的視点で
村全体をトータルで 構築していったことで 大人気スポットとなっている。昔観光地でなかったこの場所が観光地となっているのである。
今やバックパッカーはみんなタブレットを持っている。自分の行きたいところに画面の地図を見ながら歩いてる。紙の地図を開きながら見ながら歩いてる様子は見られない。泊まる宿も、タブレットを使ってインターネットで予約しながら、旅をしているのである。しかも飛び込みで宿を探すより遥かに安く泊まれるのである。
今回の 旅は 私自身もタブレットを使ってみた。日本でもっと勉強しておけばよかったが、それでも
地球の歩き方の本に頼るだけでなく、前日の夜に行きたい場所の宿を、 しかも安い宿を見つけることができた。しかも画面には地図も付いているのでとっても便利である。
実はソウル1日目の宿を探した時、地球の歩き方の本に載ってた場所を探したけれど見つからず、現地の人に聞いたら現地の人が自分のモバイルを使って探してくれたのである。
しかし、そこに行ってみたけれど宿はなかった。 このことで本に頼ることの、至らなさを感じたのである。タブレットだとリアルタイムの宿の値段や場所がわかる。とっても便利である。本は発行されてから日にちが経つと時差が生じ情報は古くなっていく。
しかも本の紙面に載せる量は情報として限りがある。そう痛感して宿を地球の歩き方の本から探すのではなくタブレットから探すようにしたのである。
使ってみるととても便利なことが分かった宿を前の晩に決められることで安心感が生まれた。行けば確実に
部屋が取れているということは、宿を探していたその分のエネルギーや時間を観光時間に使えるのである。
遅ればせながら 他のバックパッカーが近年やりだしたモバイルを活用した旅のやり方ができるようになったのである
。そして何よりこの文章の入力も今まではパソコンでて入力していたものを音声入力でできるようになったのである
。以前、パソコンの音声入力で作る文章の出来が悪かったので、当分使わないだろうと思って何年も経ってしまったが、いつのまにか音声入力の正確な文章化ができるようになっていたのである
。これにはとっても驚いた。
一人旅をする時一度行った国にはもういいかと以前思っていたが 10年だそれ以上経ってまたやってくると
世の中の様子が変わっていたりするのでまた面白いのである 。 一人一人の ちょっとずつの選択、その集合体としての国や地域の選択があったんだろうなと思う。
それは 実際に 変化があることもあるし自分が見てなかった部分を改めて気づくこともあるだろうそしてまた自分の見る
見る視点や 私の中の 感受性 価値観 感性、 考え方が 10年前と大分違ってきたものになっていると思う
変わってきたことで捉え方が違ってきた というのもあるのではないだろうか そう考えると同じ国も何年か経ってまた行ってみるということはとても楽しい経験ができるということである。
その国や町も変わっていくしてそれを見る自分も変わって行っていたのである。 一人一人の 人生は80年 だけれども、しかし それぞれの国は 世代交代をしながら受け継がれて行っているのである そして少しずつ少しずついろんなものが変わりながら 文化は受け継がれつつ変化し進化して言っているのである。 そういうことを感じることができた今回の旅である。
釜山のターミナルで展示されていたことで 2019年までに来さんの海が大きく埋め立てられ港が新しくなるようですとても
草に到着したときフェリーターミナルから町までの空き地が目立つなーと思っていたそれがその理由であろう
また何年か経ったときに来てどう変わったかを見るのが楽しみの一つになった。
今回 変わったんだなあと思うひとつが韓国女性の化粧の厚塗りである。特に若い20代30代の若い人がまるで能面のように厚塗りなのです。日本のイメージだと若い人はそうでもなく、年取ったおばさまが厚塗りという気がするのですが、韓国の女性は年取っている方の方が薄いです。20年前は気がつかなかったけど、きっとこの10,20年で韓国に化粧会社が浸透させてきたのかもしれない。だから年を召されている方との逆転現象が起こっているのではないかな?化粧会社が美人人気タレントを起用しCM戦略で変えてきたのかもしれません。
もし、日本の人の薄化粧が0.1mmだとしたら、韓国の女性は0.5mmくらいぬっているように思えるのです。日本の5倍?!? 化粧会社がかなり儲かっていると考えられます。厚塗りだと
血色が分かりません。その人の 喜怒哀楽 が伝わってきません。韓国の男性諸君、それでいいんでしょうか? 薄化粧
の方が顔の表情が伝わります。それは、顔色を見るという言葉があるように、人の表情は血色などで変わります。顔色が変わることで、嬉しそうな顔、悲しい時の眼の周りが赤くなったり、起こった時の顔色、つらい時の表情、恥じらった表情など、いろいろなノンバーバルコミュニケーションで相手に伝わります。相手に伝わることは大切です。女性のそっちの方が絶対に
かわいいと思います。韓国はプチ整形もする方が多いと聞きます。 これらや厚化粧、一連のここ20年の中での韓国が選択してしまった文化の変化なのかもしれません。日本に帰国したその日に、大学生の運動系のサークルなのか10人ぐらいの女の人たちが私の横をジョギングしながら走っていきました。そのとき久しぶりに瑞々しさを感じたのです。これだ! 韓国では厚化粧でこの瑞々しさが隠されていたのではないかと確信しました。
ソウルの楽器商店街に入ったその中でウクレレが割と多くある充実した楽器屋さんが一軒あったよく見るとジェイク島袋さんが来店したらしく店長さんと思われる人と一緒にツーショットを撮ってその写真を大きくして飾っていました 。 韓国のアコギピックガード付けてないギターが多い気がする。路上でインストをやっているギター弾きに出くわし、しばらく聴かせてもらって声をかけてみた。日本の岡崎倫典さんや小松原俊、岸部さんなども好きなようでした。私も伍々慧さんや押尾コータローさんも好きで、HardRainを弾くんだというと、右手をグーにして上下させる動きをしてくれてお互いにこにこでした。
今回韓国の旅は3回目である 前回2回目から約10年ぶりである 前回とみたところが同じというわけではないが
10年でだいぶ変わってきている 昔は車の運転がもっと乱暴だったように思う 信号も増えしかも
大きな町では 歩行者の信号はあと何秒かを表示するようになっている 右折や左折の時の車のマナーも以前よりだいぶ良くなったような気がする町のストリートにある屋台も心なしか昔よりこ綺麗になっている
変わったことといえばまだある以前はお年寄りの方は割と日本語が通じる人が多かった
多分戦争の影響で年を取ったかたは日本語を勉強させられたのであろう。 そういう
方たちがもう20年も経つと 高齢になり 街で見かけることが少なくなったのかもしれない
ちょっとしたバックトゥザフューチャーであるが そういう自分も20年歳をとっているのである
そして町もかなり変わっているように思う 以前より アートが街に多く入って
都会でも広々した空間が設けられているこの事はとっても良い事だと思う 都会の
ざわざわした感じがなくなりちょっとした落ち着いた空間になっている 日本ももう少し
ゆとりをもって都市を構築して欲しいと思う。今日は、元日と言うことで三社参りならぬ曹渓寺参りしました。韓国っ子もちゃんと手を合わせてお辞儀をしてるので私も同じようにしました。さらにみんなが大仏殿に入っていくので私も付いて行って読経の中いっしょに礼拝させてもらいました。
インサービスホステル の 近くの ダイソーは おしゃれな感じで 1000wだけでなく
2000w3000wそして500wの商品も置いてあった 並べ方も おしゃれな感じだった。飲茶ゲストハウス
インターネットで予約した時は確かドミトリーだった しかし 着いたら 宿の主人が
個室の方を紹介した たぶんドミトリーの方が先にいっぱいになったのだと思う
家土台も変わらなかったのでこっちの方がいいか
釜山歴史博物館に入ってみた。 韓国側の視点からしか書いていないのではあろうが 日本がいろんな意味で韓国に対して不利益に扱ってきたことが いろいろな 展示 の中で ボロクソに たくさん 紹介されている。 朝鮮戦争も あって アメリカの事も少しだけ触れているが 叩かれていない 。
文化発展 変化
ソウルの歴史博物館で ソウルを含めた韓国の変遷を見ることができた。 人々は一生懸命自分や家族家そして地域や国幸せや平和を願って一生懸命 活動してきたのであろう それらの蓄積が 文明の発展文化構築につながってきたのだと思う そんな中でマクロに物事を見る必要があるしてその視点 を持った人が 良い方向に国を動かしたり地域を動かしたりすることで進んでいったのであろう しかし 共通の方向性ばかりではないので争いが起きたりする事が生じたのであろう 政治や文化これらをマクロに見る視点はとても大切でこれからはますます地球規模でのマクロな視点で考えていく必要が生じてくる どうしても人は一人ひとり身近な自分の幸せを求めるものであるが 為政者となるものは頑張って欲しいものである。 もちろん国民一人一人もそういう視点をもって政治に関心を持っていくこともいるのだろう(自分の反省も含め)
今回の気づきの中で 地下鉄などの 地図の案内板などが 以前より増えたのは嬉しいことであるが 日本だとそういうものは北が上になっているのであるが韓国では自分が向いている方が上であるなので西が上になっていることもよくあった 日本の感覚でこっち側に行けばこの道路に出られる と思って 行くとどうも違うのでおかしいなあと思って気づいたのである 日本の地図に慣れてしまっているから起こったことであるがもしかしたら自分が向いてるほうが上になるというほうがもしかしたら他人に優しいのかもしれない。方向音痴について 私は道を間違えない方だと思っていた のだが 以前シンガポールやマレーシアを旅していて気づいた ここでは太陽が 昼間高くがあってしまって東西南北が分かりにくいのである 日本だと太陽は昼間南側にあるし朝は東側夕方は西側 安里から昼昼から夕方はその中間にある中意識があるので東西南北の意識が歩きながら分かるのであるそのために地図を見ればだいたいどちらに進んでいるかどこに行きたいからどの道を選択すればいいかがよくわかる しかし赤道近くの国ではそれが分かりにくいということが分かったので つまり今まで意識だったけれども私は太陽の動きを見て方向を掴んでいたということが分かるそして 夜になると道を間違え安かったのであるがこれはただ暗いからというわけではなく東西南北が夜になると分からなくなるからだったんだということに改めて気づいたのである そしてさっきの韓国の地図の 東西南北が 場所によって違うことに気づいたのである 話を聞かない男地図が読めない女という本がある で思ったことは女性は 家にいることが多く 太陽を 男 より 見ていなかったのではないだろうかそのために行動と東西南北の意識が男より入りにくかったという 進化が関わっているのではないだろうか 現在においては非常に音個人差があるので男女で分けることは失礼なのであるが。
近くの食堂に 料理を食べに行く 600ウォンで焼肉 と 牛タン煮込みみたいなもの 日本より安いかな。 でも写真と比べるとどうも見た目も違うし量も少なく感じる 昔日本も写真メニューと本物 に差があった。今では 写真と出てくるものにそんなに差はない。でも韓国では写真のメニューと出てくるものがかなり違う。ちょっと日本広告機構に訴えてやる! まーしかし、ここは韓国。ソウル子たちが気にしてないのだからこちらが訴える必要もないのかな。食事写真
今回街中で道を尋ねたりしたが、それはとても優しく丁寧に応えてくれた。ありがとうございました。 一人一人を見るととてもフレンドリーで優しい国民だなぁという気がする。
飲茶ゲストハウス インターネットで予約した時は確かドミトリーだった しかし
着いたら 宿の主人が 個室の方を紹介した たぶんドミトリーの方が先にいっぱいになったのだと思う
宿代も変わらなかったのでこっちの方がいいか。
ソウルからプサンへ帰る時ソウルのバスターミナルに 掲示されている字が全部ハングルだった
ソウル市内だからこそ英語は日本語表記を出して欲しいものである。 釜山の高速バスターミナルの掲示板には
英語表記もあったので迷うことなくチケットを買うことができた。飛行機だと液体の持ち込みが最近はとても渋谷になったけれども船はそこいらへんは全然厳しくないということ
ペットボトルや缶ジュースなどリュックに入れていたが全然 ok だった。
釜山 のフェリーターミナル にある銀行で換金したが レートが非常に悪かった
釜山屋ソウルの 換金所街中の換金所の方がレートが非常に良かった 今回は平均すると
1円10wぐらいである。 帰る時の釜山のフェリーターミナルのことである 換金所の窓口のお姉さんが
座ったその場所で 韓国の饅頭みたいなやつを食べていたのである 日本では考えられないことだ
少なくとも受付の席から離れてお客さんから見えない所に行って食べるであろう
また驚いたことがある 釜山の動物園に行く時に乗った 小さめのバスそこで運転手があろうことか
携帯電話の着信に ちゃんと答えてきたのである 日本では運転中に携帯電話をすることはいけないことになっているがその運転手は電話をしていたので
たぶん 日頃からそうやっているのであろう。