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D-pro−Movie

1992年、D−pro結成から5年間に亘って制作した自主映画の紹介ページです。

冒頭から言い訳になりますが、動画の公開は、このホームページの開設初期から重要目的のひとつでした。当時の動画共有サービスは、YouTubeは5分未満の動画しかアップできない等の理由で他の動画共有サイトを利用していたのですが、いずれも現在ではサービスを終了していたり、自宅サーバーで公開した途端、過剰アクセスでHDDが壊れ、元データが消滅したりと、まるで呪われたかのように数々の不幸に見舞われました。

(サーバー公開の時期がマイケル・ジャクソン氏の死去の直後だったこともあり、『Bad!最悪』が類似タイトルだった為、世界中からアクセスが殺到しました。サーバーの単なる設計ミスなので、己の愚かさ以外を恨んで憂さを晴らすのは、全くお門違いでしょう)

最悪だったのは、VHS再生デッキの劣化によって、編集済オリジナル・テープまでが破損したことです。こうなると、最早お手上げ以外の何物でもありません。

(予算の都合上、編集終了後、撮影オリジナル・テープは使い回されるので、後々の再編集は不可能となります。また、メンバー各員には、完成作品のコピーを保管させたはずなのですが、複製と分散保管の意義が理解出来なかったようです)

失った物の余りの大きさに後悔と絶望・自暴自棄と脱力とで、自らの残りの人生まで放り出したも同然の数年間。それでも諦め切れず、動画データとの格闘を続けてきました(蟹座O型は、往生際悪く、しぶといのです)。その成果として、動画データは現在のところ“YouTube”にアップしてありますが、制作当時の許諾では音楽著作権の関係でオリジナル状態では公開できません。そんな妥協の産物ですが、恥を忍んで晒してあります。上記のような事情から、大変見苦しい物となっていますことをお詫び致します。


動画リスト
https://www.youtube.com/user/hiluxhorn

 迫 撃 (1993年)

裏稼業と呼ばれる、闇のプロフェッショナル。非合法活動によって報酬を受ける者たちの物語。
 この物語は、ひとりの平凡な男・村上が、裏稼業を名乗る滝川と出会ったことから始まる。裏稼業のいざこざに巻き込まれ、恋人を殺された村上は、復讐の為に自らも裏稼業へと堕ちていく…

 企画当初、各話・約20分の3部構成として、

と、このような展開となる構想でした。

この構想は、後に小説版で描かれるのですが、映画制作時点では当然の如く能力不足でしたから、予算や人材募集の為のパイロット版として製作しました。
 二十歳を過ぎたばかりの素人が道楽で作ったにしては上出来、との評価は頂いたものの、前途は多難を極めていました。パイロット版ということで、VHS時代から複数の編集バージョンが存在します。

・最もオリジナルに近い版
・短縮版。BGMの差し替えにより、編集(カット)・タイミングが変わった物
・上記のあらすじを無視した別編集版

基本、カメラは三脚に固定。たった2人の人員で撮影したとは思えない出来映えに気を良くし、その後の創作の泥沼に嵌って行くのでした。
 いずれにしても、記念すべきD−pro第一作目ということで、色々と感慨深いものがあります。

Bad!最悪 (1995年)

人員を増やし、主に銃撃戦のアクション・シーンで撮影方法や編集方法の試行錯誤を繰り返した練習作品です。
 脚本執筆時点での(コンテ段階でも)映像イメージと実際に撮影してのギャップを検討する為、完成作品となる本番撮影以前に膨大なテスト・ショットを繰り返します。プロによる商業作品でも、この段階で当初の予算を使い切ってしまうことは、よくあることです。
 また、素人は勿論ですが、プロの役者でも、カメラの前に立たされると緊張のせいなのか、つまらない失敗をしでかしたり、照れ隠しに馬鹿笑いやタコ踊りを繰り広げるといった奇怪な行動をとります。
(台本に無い余計なアドリブを挟み込んで全てを台無しにする大御所俳優もいますが、無駄になった時間やお金は2度と戻っては来ません。ただの勘違いなのか、ボケが進んだのか・・・)
 そのようなキャストの教育手段としてもテスト・ショットは、とても重要です。特に、D−proのようにカメラは三脚に固定で無人、撮影時の奢り(賄いメシ)が目当てで、やる気も芸もないキャストしかいないようなグループの場合、完成作品が存在すること自体、とてつもない才能か神話的奇跡でしょう。

ストーリーらしきものは一応作ったものの、単に練習作なので、語るべきテーマは有りません。しいて注目するべきは、小道具として用いたモデルガン(タナカ製グロック17)のすこぶる快調なブローバック作動でしょうか?

・BGM・音声なし版

練習作という事で、編集違いで複数のバージョンが存在します。9月上旬から10月下旬までの週末の休日4日間の間に、撮影場所とした渓流の季節(景観)が、すっかり変わってしまいました。
 脚本で言うなら「男B」役の私yamaは、クソ寒い中、Tシャツ一枚の恰好で、渓流でズブ濡れになったり、浮石だらけの河原に飛び降りたり、崖から滑落したりと、生傷・捻挫・打撲・骨折・etc…数々の生身を張ったスタントをこなしています。

戻り道はない (1997年)

これが最後の仕事のはずだった。しかし、人並みの人生を望む男の手は、すでに血塗れだった。忌まわしい過去を払拭する為に、男は再び銃を執る。だが、男の行く手は、生きては戻れぬ泥沼だった…

完成の翌年に開いた上映会のチラシに書いたコピーによると、何とも救いのないストーリーです。タイトルも何処かで聞いたような既視感が漂いますし、内容自体は「迫撃」のエピソードからの抜粋です。
 脚本も掲載してますので、合わせてご覧頂くと、どのシーン、誰の台詞が省かれたのかが、お判りになるでしょう。
 例えば完成版のタイトル前・プロローグのラスト、黒崎の死体を崖っ淵から谷底に投げ捨てるシーンは、2台のカメラを使用した一発撮りで、命綱無しの文字通り命懸けのスタントを敢行しました。崖の途中の突き出しに載せたカメラの寸前で反転し、カメラを避けつつ、崖の土塊にしがみついて生還を果たしました。このシーンは撮影順序の一番最後であり、万が一、崖の途中で止まれず谷底まで落下した場合、このシーンが私yamaの遺作となるところでした。
(これ見よがしのスペクタクル・シーンより、うっかりと見過ごすような、ささやかなリアリティーの積み上げがフィクションの真髄であり、作り手の誇りだと私は考えています)

 このシーンは、当初の脚本にある通り、崖ではなく、ダムの滝壺に転落するはずだったのですが、夏場の渇水で滝壺が干上がってしまい、秋の長雨も待ったのですが、10月下旬に至っても乾いた秋晴れが続き…。
 結局、7月から開始した撮影シーンの大半を破棄して、脚本から再構成する破目に陥りました。しかし、作品自体は当時の持てる全てを投入しただけの出来にはなっています。

この作品も、原盤で使用したBGMを削除した版、更にシーンをカットした短縮版が有ります。また、この作品の完成テープの劣化が一番酷く、画面が上から下へと波打つような揺れがあり、乗り物酔いを誘う有様です。その修正手段としてデジタル修正を施してみたものの、満足のいく仕上がりとはなりませんでした。

・修正版
・修正工程のサンプル

※所々、音声が削除されています。


付録記事:

小道具としてのモデルガン
劇中で使用したモデルガン・プロップについての雑記。
絵コンテ論考
D‐pro制作の映像作品を実例に、映画製作の基礎知識を解説。

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