EVERY MUSIC TELLS A STORY
EVERY PICTURE TELLS A STORY
SNAKE METAL
定義!? 4・17 Up Date
ALTANATIVE REVIEW(工事中)
etc...印象派の絵画は、日本で大変人気があります。印象派の絵画の鑑賞として、ああ綺麗だなとか 素敵だと感じれば、それだけで十分その絵画を楽しんでいると言えるでしょう。でも、ピカソ のようなキュビズムの絵画や、もっと難解なモダン・アートになると、わけわからんと思って しまう人が結構います。このようなアートを理解する一つのバックグラウンドとして、アート における文脈や、その目的を知ることが重要です。
例えば、印象派の目的は、絵画における光の表現です。色彩は、赤・青・黄の三原色から成りますが、 三原色を混ぜ合わせて色を作ると、暗い色になります。紫色は、赤と青を混ぜればできますが、 暗い色の絵の具で光の表現をするよりも、原色で表現した方が、より鮮やかな表現ができます。 そこで、紫色の表現を、紫の絵の具でするのではなく、赤と青の絵の具をそのままペタペタと筆の タッチを残してぬれば、離れて見れば紫色に見えるより鮮やかな表現を印象派は行ったのです。 これが色彩分割という技法ですが、筆のタッチを残すということは、対象物のフォルムが正確に描けない という問題点があります。それでもいいやと考えれば、対象物の抽象的表現をしているセザンヌのような 後期印象派のようになるし、それは困ると考えて、タッチを小さくすればフォルムも正確に描けるんだ と思いついたのが、スーラのような点描画です。
このような印象派が存在したからこそ、ピカソはキュビズムを完成できました。いくら天才でも、 電波でも受信しない限り、いきなりあんな絵はかけません。ピカソの目的は、二次元のキャンパスに、 三次元の物体を表現したかったのです。そこで、対象物の表現を抽象化・幾何学化し、例えば 「泣く女」では、正面から見た顔と側面から見た顔(二次元には縦と横しかないので、正面又は側面 から見た顔しか描けないが、三次元には縦・横・幅がある)を二次元のキャンパスで表現しようと したのです。
モダン・アートの作品で、絵の書いたキャンパスに、立方体が貼り付けてあったら、この作者は、 二次元のキャンパスで三次元を表現したかったのだが、キュビズムの方法は既にピカソなどにおこなわれて いるから、実際に貼り付けるよりなかったのだなと推測できます。このようなアートにおける一連の流れが、アートにおける文脈です。そして、これは音楽においても 同じことが言えます。90年代のバンドを聴いて楽しめればそれでいいのですが、70年代や60年代 にまでルーツをたどって、ハードロックにおける文脈を知れば、現在楽しんでいるバンドの位置や、 どの程度のオリジナリティがあるかを知ることができます。そんなこと知らなくても問題ないともいえ ますが、知っていて損はないし、役に立つこともあるでしょう。
モダン・アートの作品が見る人によってはがらくたでしかないように、HMのような先鋭化した音楽形態も また、聴く人によってはノイズでしかないでしょう。両方とも、分かる人にしか分からないという点では 共通していると言えるかも知れませんね。SNAKE METAL
以前WOWOWのプログラム・ガイドに、MEGADETHのライヴの放送の記事に、 ヘビメタという言葉が使われたとき、視聴者から多数の抗議がきて、 プログラム・ガイドの次の号で、WOWOWが陳謝するということがあった ので、この言葉を嫌うのは、ファンの間では一般化しているといえよう。 もっとも、WOWOWのMEGADETHのライヴを見て、ヘビメタ魂が蘇りました という視聴者の投書もあったので、たまに何にも考えずに抵抗無く ヘビメタという言葉を使うファン?もいるようだ。 この言葉が一般化したのは、1980年代後半だったと思う。 NOTE:ROCK MUSICで述べたように、80年代後半は、ビルボードのチャート のトップ10のうち、半分位はハードロック勢が占めるという状況であった。 日本でも、それらのバンドはかなり大きく取り扱われたし、また、それらの バンドに影響を受けた日本のバンドの人気も大きくなった。このように、 80年代後半に、日本においてもレコードセールスの面で、HR/HMの割合が大きく なったときに、ヘヴィ・メタルがヘビメタの略称で一般に認識されたといえると思う。 で、その認識のされ方が、ファンにとっては腹立たしいものであったのだ。 ロック・ミュージックの沿革とその特徴の考察として書いた通り、 同じロックといってもかなりそれぞれの音楽性は異なるのに、全部ヘビメタ。 BON JOVIも、POISONも、METALLICAも、JUDAS PRIESTも、日本の髪の毛を染めて 逆立てているバンドも、チェーンや鋲付きの革ジャンを着ているだけでも、 みーんなヘビメタ。 髪の毛を染めたりしているバンドは、グラムロックの影響であることは明らかだし、 モヒカン刈りや髪の毛を逆立てたりしているのは、パンクスだ。海外のヘヴィ・メタル バンドで、モヒカン刈りや髪の毛を逆立てたりしているのは、皆無である。 海外のヘヴィ・メタルバンドが日本公演に来たときに、日本のTVを見て、日本って グラムロックが流行っているんだね。と実際に言ったくらいだ。 チェーンや鋲も、元はといえばパンク・ファションだ。もっともこれは、SMのファッション でもあるのだが、某ヘヴィ・メタル・シンガーが個人的趣味でチェーンや鋲を取り入れた のが、そのバンドが偉大であったために、他のバンドが追随して、HMのイメージとも なったのであるが。 私は他人がHMを何と呼ぼうがどうでもいいやと思うようになったが、 気になる人はヘヴィ・メタルとヘビメタは全然別物であると考えてみては。
定義!? ロックを定義したら?と思い、「音楽的定義」「精神論的定義」「文化的定義」に分けて 考えてみました。
まず、「音楽的定義」ですが、4拍子の2拍目と4拍目にインパクトのあるブルースから派生し たオフビート音楽 だそうです。まあ、一般にアップテンポで元気のいい曲をロック調といったりするのはこの意味 でのロックということでしょう。
次に、「精神論的定義」ですが、これはよく、「ロックは魂の叫びだ!」などと恥ずかしげもなく 熱く語られるときのロックですね。内なる感情の表現手段として音楽は、みんな魂の叫びだ!といえて しまうので、それではロックの定義足り得ません。でも、ロックが20世紀において平和や自由を希求 する思想と結びついて現実に果たした役割は大きなものがあります。60年代にはヒッピー文化と結びついて フラワー・ムーヴメントが生まれましたし、70年代にはパンク・ロックが、80年代の冷戦下における モスクワや東欧でのロックコンサートも、平和や自由という思想とは無関係ではありませんでした。 東ドイツの秘密警察がロックを危険視していたくらいです。では、なぜ、ロックが平和や自由という思想と 結びついたのでしょう。まったくの私見ですが、アップテンポで元気がいいからという「音楽的定義」に よるものと思われます。ゆったりした音楽を聴いていたらレイド・バックしてしまいますが、アップテンポ で元気がいい音楽は、精神を鼓舞してくれます。お祭りの太鼓と同じ役割ですね。
最後に「文化的定義」ですが、これもまったくの私見ですが、「ロックとは、アングロサクソンの民族音楽で ある。」というものです。理由としては、ルーツはR&Bであるにせよ、ロックは英国で生まれ、英国とアメリカ のアングロサクソンによって広まったものだからです。いまだに、ブリティシュ・ロックやアメリカン・ロック とは言っても、スパニッシュ・ロックやフレンチ・ロックという言葉は聞いたことがありません。ラテンやゲルマン ではなく、アングロサクソンの民族音楽であるということでしょう。「ロックは英語でないとな。」という 意見は世界中にあるようですが、これも、上のように考えると、なるほどと思わないではありません。日本人 も、「音楽的定義」にいうロックは演奏できるが、それは「文化的定義」にいうロックとは、少し異なる音楽である といえるでしょう。