FANTASY FULL OF WETTON

John Wetton使用楽器等紹介
(じゆう太氏作成)
05/02/04 Updated !!

John Wettonのベースサウンドの源となる使用ベースとその周辺楽器・機材当を、時系列に沿って紹介してみます。
不明な点や推測で記述してる部分が多々ありますが、今後も地道に調査・情報収集をしていきたいと思っています。

Early Years / MOGUL THRASH / FAMILY / KING CRIMSON / URIAH HEEP / UK / ASIA / Latter Years


◇Early Years (〜1970.?)

この時期の音源(現存するのだろうか?)を筆者は未聴で、使用ベースを確認できる情報や写真はなく不明。インタビュー記事によると、1967年からFender Precision Bass(以下「プレベ」とします)を使用していたとのことで、後述のFender Precision Bass1961年製 Naturalを使用していたと推測している。

◇EDWARDS HAND (1970.?)

アルバム「Stranded」を筆者は未聴で、使用ベースを確認できる情報や写真はなく不明。後述のFender Precision Bass 1961年製 Naturalを使用していたと推測している。ライブはやっていないと思われる。


◆MOGUL THRASH (1970.6〜1971.5)

アルバム『MOGUL THRASH』での使用ベースを確認できる情報や写真はないが、同アルバムで聴けるベースはプレベの音でほぼ間違いないと思われる。ライブでの使用ベースを確認できる情報や写真はないが、プレベを使用していたと思われる。アルバムもライブも後述の Fender Precision Bass 1961年製 Naturalを使用していたと推測している。

◇Session (1971.5〜6)

参加したアルバム3枚中2枚を筆者は未聴で、使用したベースを確認できる情報や写真はなく不明。筆者は、Gordon Haskellのツアーに同行時のライブ音源(現存するのだろうか?)を未聴で、使用ベースを確認できる情報や写真はなく不明。ライブでも後述のFender Precision Bass 1961年製 Naturalを使用していたと推測している。


◆FAMILY (1971.6〜1972.7)

アルバム『FEARLESS』と『BANDSTAND』での使用ベースを確認できる情報や写真はなく不明。アルバム『MOGUL THRASH』のベースの音とやや違った感触で聞こえるが、後述のFender Precision Bass 1961年製 Naturalを使用していたと推測している。

<Gibson EBSF-1250(1962〜68年に製造)Cherry>

ライブTV出演(曲は"Spanish Tide")ではベースとギターのダブルネック Gibson EBSF-1250(1962-68年に製造)Cherryの使用が確認できる。

このダブルネックはベース・セクション用にファズを内蔵していて、このファズでベースの音を歪ませたことが、後にKING CRIMSONでベースにJen Double Sound(後述)のファズをかけて過激に歪ませた音を出す布石となったのかもしれない。
画像では確認しずらいが、ファズのスイッチはボディエンドの中央に付いている。

  ライブ
  TV出演
Jim Cregan
  後任のJim Creganも同じダブルネック使用していることと、出荷本数は22本と極めて少ないことから、このダブルネックはJ.Wetton本人の所有物ではなく、バンドかCharlie Whitneyの所有物であったのではないかと思われる。

「Family Live」等で聴けるベースの音は、曲によってこのダブルネックと後述のFender Precision Bass1961年製 Naturalを持ち替えていたと思われるが、筆者には「この曲のココの音」とはっきりわからないので、音色の特徴は何とも言えない。J.Wettonが楽器を持っている姿を確認できる写真・映像は、筆者が知る限り、このダブルネックが最古である。

◇Session (1972.7〜8)

参加したアルバム1枚を筆者は未聴で、使用したベースを確認できる情報や写真はなく不明。後述のFender Precision Bass 1961年製 Naturalを使用していたと推測している。ライブはやっていないと思われる。


◆KING CRIMSON (1972.7〜1974.9)

<Fender Precision Bass 1961年製 Natural>

加入最初期の1972年10月17日にドイツのテレビ番組THE BEAT CLUBの映像で確認できる使用ベースは、Fender Precision Bass1961年製 Natural (以下「PB61木目」とする)と思われる。

アルバム『LARK'S TONGUES IN ASPIC』『STARLESS AND BIBLE BLACK』での使用ベースは、情報や写真等からPB61木目と思われる。1967年からMOGUL THRASH、FAMILYの頃も、このPB61木目を使用していたと推測している。音色の特徴は、立ち上がりが鋭く輪郭のハッキリしたパワーのある音。

  THE BEAT CLUB

PB61木目には次のような特徴がある。

★スラブ貼り
スラブ貼りとは、ローズ指板の「貼り方」のことで、ラウンド貼りよりもローズ指板が厚い特徴を持つ。音色等への影響は諸説あるが定かでない。Fender社は創立以来メイプルワンピースネック(全部が肌色の木)であったが、1959年にローズ指板をもつメイプルネック(表側が茶色の木)に仕様変更となり、1962年の途中からラウンド貼り仕様のローズ指板に変更となるまでの約3年間だけがスラブ貼り仕様なため、希少価値は高いものとなっている。

   

スパゲッティ・ロゴ

★スパゲッティ・ロゴ
ヘッドにあるFenderのロゴは、創立以来1963年まで使われたタイプで、スパゲッティ・ロゴと呼ばれている。

★ツマミの交換
ボリュームとトーンのツマミは通常付いている物とは違う大きめの物に付け替えられている。

 
製造年に確証はないが、インタビュー記事に「プレベは1961年製」と記してあったこと、1949年生まれなので1961年製のベースを1967年に入手していても時期的におかしくないこと、写真や画像で確認できる特徴、などから1961年製で間違いないと判断している。なお、製造年の特定は主にシリアルナンバーを参考にするが、製造年の変わり目となる数字はあくまで目安であり、Fenderの場合、ボディとネックを外すとそれぞれに記してある生産年月日「ボディデイト」「ネックデイト」で判断することが多い。ただし、ボディとネックは別々の工程で生産されるため、生産年が異なる組み合わせになることもある。   ネックデイト

<HIWATT(ベースアンプ)>

1973年のライブではPB61木目HIWATT(ベースアンプ)の使用が確認できる。
HIWATT(ベースアンプ)は、ナチュラルに音が歪む特徴があり、PB61木目との組み合わせがこの時期のベースサウンドの基本である。

1973年のライブ1
1973年のライブ2
1973年のライブ3
<Jen Double Sound>

ワウとファズが一体になったJen Double Soundというエフェクターを使用して曲の要所でファズをかけている。イタリア製の安物だが、これ以上ない、と言えるほど極悪に歪んだファズがかかり、PB61木目との相性もいい。このファズで過激に歪んだ音を出していることが、この時期のベースサウンドの大きな特徴である。

  Jen Double Sound

<エフェクト・ボード>

KING CRIMSON在籍時に、エフェクト・エンジニアのPete Cornishにより、エフェクト・ボードをライブ用に製作してもらっている。クライアントリスト1972/75には、Robert Fripp, David Crossの名も載っている。

Pete Cornishがそのキャリアをスタートしたのは1972年で、エフェクト・ボードの製作はKING CRIMSONの3人が初仕事のことから、1972年の夏頃に製作されたと推測している。

機能等を確認できる情報はないが、Jen Double Soundは、ファズのオン/オフのスイッチ(画像上部の突起)を手の指で操作するタイプなため、演奏中に足でオン/オフできるようにすることを中心にした機能のエフェクト・ボードであったと推測している。後のUK時代にもPete Cornish新たなエフェクト・ボード(後述)を作製してもらっている。

<Fender Precision Bass 1961年製 White>
     
1974年のライブ
  1974年のライブになるとボディ色が白いFender Precision Bassの使用が写真や映像で確認できる。これはPB61木目をリペア(修理)・リフィニッシュ(再塗装)したものと思われる。

筆者には、アルバム『LARK'S TONGUES IN ASPIC』『STARLESS AND BIBLE BLACK』と『RED』、'73年と'74年ライブでは、ベースの音質が違うと感じる(アルバム『RED』や'74年ライブのベースの方がよりエッジが利いて抜けが良い感じがする)ので、別のベースを使用しているのかとも考えたが、ボディの白色は真新しいがネックとヘッドは仕様が同じで経年が感じ取れることから、前述のPB61木目リペア(修理)に出して、磨り減ったフレットを交換し(音のエッジが利いて抜けが良くなる)、ボディの色を白に塗り替え、ボリューム等のツマミを通常の物に付け替えた、Fender Precision Bass 1961年製 White (以下「PB61白」とする)と判断した。

アルバム『RED』、ライブアルバム『USA』での使用ベースは、写真等からPB61白と思われる。音色の特徴は、リフレットしたことにより音の「抜け」が抜群に良くなっており、筆者はこの音が一番好みである。

外見上の特徴として、三日月を半分にカットしたような小さな黒いピックガードがボリューム等ツマミ部分のみに付けられている。なぜこのようなピックガードが付けられているかは不明で、音色や演奏面での効果や影響も特にないはずであるが、後述するFender Jazz Bass 1972年製 Blackを使用の際にもピックガードを外しているので好みの問題かもしれない。最初からこの小さな黒いピックガードが付いてるプレベが発売されていたことはないはずなので、通常の黒いピックガードをカットして取りつけたオリジナル仕様と思われる。

が、この小さな黒いピックガードを含め外見上は同仕様の白いプレベをURIAH HEEPGary Thainが使用している写真があり、小さな黒いピックガードのオリジナル仕様説に?が付くのだが、こういう仕様のプレベが発売されていただろうか? .
それともGary Thainが使用してるこのプレベはJ.Wettonからの借り物なのだろうか?Gary Thainも偶然に同タイプのプレベに同じような小さな黒いピックガードを付けた、とは考えにくいのだが…

筆者はこの小さな黒いピックガードが付いた白いプレベを、J.WettonとGary Thainの写真1枚以外で見たことはない。何かご存知の方がいたらおしえていただきたい。

  Gary Thain

日本のTHE MAD CAPSULE MARKETS上田剛士は、外見がPB61白と酷似した(ピックガードの形状もほぼ同じ)ベース使用していてJ.Wettonからの影響と思われる。同タイプのベースがTAKESHI MODELとして発売もされている。小さな黒いピックガードのネック側のカットがやや△状になっている点がPB61白と外見上の相違点である。
THE MAD CAPSULE MARKETS
上田剛士も歪ませたベースを弾くようだが、筆者はまだ未聴である。

TAKESHI MODEL

◇Session (1972.10?〜1974.5?)

参加したアルバム7枚中6枚を筆者は未聴で、使用したベースを確認できる情報や写真はなく不明。前述のPB61木目→白を使用していたと思われる。いずれもライブはやっていないと思われる。

◇Tour & Session (1974.9〜1975.3)

ROXY MUSICのツアーへのゲスト参加時のライブ映像ではPB61白の使用が確認でき、ライブアルバム『VIVA!』に収録曲の使用ベースはPB61白と思われる。
PHIL MANZANERA
のアルバム『DIAMOND HEAD』で使用したベースの情報や写真はないが、この時期はPB61白を使用していたと思われる。


◆URIAH HEEP (1975.3〜1976.8)

John Wetton
  アルバム『RETURN TO FANTASY』『HIGH AND MIGHTY』での使用ベースを確認できる情報や写真はないが、この時期はPB61白を使用していたと思われる。U.HEEPのライブ写真(左)や映像ではPB61白の使用が確認できる。

なお、ライブでJ.Wettonがギターを弾いてMick BoxがPB61白を弾いている興味深い写真(下)もある。

John Wetton(Guitar), Mick Box(Bass)

その他U.HEEPのライブ写真→345

<Rickenbacker 4001FG>

1975.6.20のライブを収録したブートのジャケ写真で、後方にRickenbacker 4001タイプのベースが確認できる。使用状況を確認できるデータはないが、スペアとして用意したか、特定の曲で弾いたのかもしれない。形式は形状から、Rickenbacker 4001FG (以下「4001FG」とする)と思われる。製造年は、1974年製以後はやや小さくなるポジションマークのトライアングルがフレット一杯に広がっていることから、1973年頃と推測している。
4001FGはスルーネック(ネックがネジ止めでなくボディと一体)構造で、これはRickenbacer 4001シリーズに共通の仕様である。後にASIA"The Smile Has Left Your Eyes"のプロモーションビデオ、1986.6.4&5にASIA名義で行われたMarquee公演で使用された物と同一と思われる。音色の特徴は、PB61白より直線的でトレブリーなサスティンの長い音。

◇Session & Tour (1976.8〜1977.6)

参加したアルバム2枚を筆者は未聴で、使用ベースを確認できる情報や写真はなく不明。この時期はPB61白を使用していたと思われる。
BRYAN FERRY BANDのプロモーションビデオ、映像ではPB61白の使用が確認でき、ライブでもPB61白を使用していたと思われる。


◆UK (1977.7〜1979.12)

アルバム『UK』『DANGER MONEY』での使用ベースを確認できる情報や写真はないが、PB61白を使用していたと思われるライブアルバム『NIGHT AFTER NIGHT』での使用ベースは、ジャケットの写真からPB61白をメインにしていたと思われる。ライブ写真では4人期も3人期もPB61白を使用していたことが確認できる。

<Fender Jazz bass 1972年製 Black>

ライブアルバム『NIGHT AFTER NIGHT』の中ジャケの写真、"Nothing To Lose"のプロモーションビデオでは、Fender Jazz bass 1972年製 Black(以下「JB72黒」とする)の使用が確認できる。1979年の日本公演では"Nothing To Lose"でのみ使用したそうである。

Nothing To Loose

 

    トラジション・
ブラック・ロゴ1
1978年の4人期ライブ写真では、スペアとして用意してあることが確認できる。インタビュー記事によると、New YorkのManny's通りで入手したとのこと。メイプルワンピースネック(全部が肌色)にポジションマークが黒のキューブブロック(■←こんな黒の四角形)で、このタイプは1972年の注文仕様であったらしく、あまり多く出回っていない。ヘッドにあるFenderのロゴは、1968年から1975年頃まで使われたタイプで、トラジション・ブラック・ロゴ1と呼ばれている。通常は白いピックガードが付いているが、PB61同様に取り外してある。ボリューム等のツマミ部分は元々金属製のプレートになっているので、小さなピックガードを取りつけたりはしていない。後にASIA"Heat Of Moment"のプロモーションビデオでも使用されたものと同一と思われる。音色の特徴は、PB61白よりコシがあるトレブリーなサスティンの長い音。  

 

<Moog Taurus>

UKからベース・ペダル・シンセサイザーのMoog Taurus(以下「タウラス」とする)を使用している。
ライブアルバム『NIGHT AFTER NIGHT』の中ジャケ写真で、足下にあるタウラスの背中に記載のメーカー名Moogの文字が確認できる。用途は主に重低音の持続で、アルバムやライブ音源の随所で聴ける。後述のエフェクト・ボードに組み込んでの使用は1983年のASIAまで。

1990年の再結成ASIAと1996年のSTEVE HACKETT & FRIENDSのライブでは単独で使用している。中身はれっきとしたシンセサイザーで、プリセット音3種の他、パネル操作で音作り、左右の足用スライダーでの音色変化操作も可能。4弦ベース通常の最低音E(ミ)より低いC(ド)まで出せる。オクターブ切替により高い音も出るが低音のみで使用している。音色の特徴としては、大音量だと重低音は肋骨に響いて建物の建材が振動するほど芯のあるブ厚い音。

<エフェクト・ボード>

UKでは、エフェクト・エンジニアのPete Cornishにより、新たなエフェクト・ボードをライブ用に製作してもらっている。使用する数が増えたエフェクタータウラスを効率的に操作するためと思われる。

小さくて確認しずらいが、開演前ステージ写真(右)の客席側中央にあるタウラスを囲んでいる黒い物体として確認できる。ライブアルバム『NIGHT AFTER NIGHT』の中ジャケ写真でも、タウラスの両脇に平べったい黒い物体として確認できる。

クライアントリスト1978に名前があることから、ツアーへ出るのに合わせて1978年初頭頃に製作されたと推測している。クライアントリスト1976/77には、Eddie Jobsonの名も載っている。この新たなエフェクト・ボードは、1983年のASIAまで使用すことになる。

筆者が昔の雑誌の記事や写真の断片で確認する限り、組み込まれているエフェクター等は次のとおり。

Moog Taurus(ベース・ペダル・シンセサイザー)  
Jen Double Sound (ワウ/ファズ)
MXR Phase 90 (フェイザー)
MXR Flanger(フランジャー)
MU-TRON Octave Divider(オクターバー)
  UK開演前ステージ写真

<Ibaneze Road Star Bass 1979 年製 Black>

UK末期のライブではボディが黒でネック・指板がメイプルのベースを使用している写真と映像が確認できる。インタビュー記事によると、'79年UK来日時に、Ibanezeの社員からカタログを見せられ「欲しいものは?」と尋ねられ、「黒のRoad Starがいい」と答えたとのことから、Ibaneze Road Star Bass 1979 年製 Blackではないかと推測している。TV出演時のスタジオライブ映像"Night After Night" と "Casar's Palace Blues"ではRoad Starを使用していると思われる。音色に関しては、音質と分離があまり良くない非公式音源でしか確認できないので何とも言えない。

<Fender Stratcaster White>

3人期ライブの"Casar's Palace Blues"ではギターを弾いていることがある。ライブアルバム『NIGHT AFTER NIGHT』収録の同曲は弦ベースが聞こえるが、来日時の実際のライブではギターを弾き低音をタウラスでまかなっている。ライブアルバム『NIGHT AFTER NIGHT』の中ジャケの写真で、Fender Stratcaster Whiteと思われるギターが確認できる。ボディ色が白、メイプルネック・指板、ピックアップ色が白、という仕様。何年製かは不明だが、ライブアルバム「Night After Nifht」中ジャケの写真では新しめに見えるので、製造は1970年代後半と推測している。音色に関しては、一応ベースが専門である筆者には何とも言えない。

◇Solo & Session (1980.?〜1981.1)

自身のソロアルバム『CAUGHT IN THE CROSSFIRE』、WISHBONE ASHのアルバム『NUMBER THE BRAVE』、ATOLL『ROCK PUZZLE』(ボーナストラック3曲入り)以外の3枚を筆者は未聴で使用ベースを確認できる情報や写真はないが、この時期はPB61白を使用していたと思われる。ライブはやっていないと思われる。


◆ASIA (1981.1〜1983.10)

アルバム『ASIA』での使用ベースを確認できる情報や写真はないが、ベースの音色から全曲でJB72黒を使用しいると思われる。収録曲の要所ではタウラスも使用していると思われる。

Heat Of The Moment
  "Heat Of The Moment"のプロモーションビデオでは、JB72黒の使用が確認できる
Only Time Will Tell
  "Only Time Will Tell"のプロモーションビデオでは、Ibanezの白い6弦ベースの使用が確認できる。これは1979年にUKで来日したJ.Wettonに接触したIbanezが作製したものだが、同曲のプロモーションビデオでは視覚的な効果を狙って使用し、アルバム『ASIA』収録の同曲で実際に弾かれてはいないと思われる。
Sole Survivor
  "Sole Survivor"のプロモーションビデオでは、後述のGibson Victory Artist Bass 1981製 Blackの使用が確認できる。
The Smile has Left Your Eyes
  アルバム『ALPHA』での使用ベースを確認できる情報や写真はなく、ベースの音にも判断材料は乏しく推測が困難である。
唯一"The Smile Has Left Your Eyes"は、ベースの音色からRickenbacker 4001FGを使用しいると思われ、同曲のプロモーションビデオでも4001FGの使用が確認できる。収録曲の要所ではタウラスも使用していると思われる。

1982年のライブでは、PB61白を使用していることが写真や映像で確認でき、メインベースにしていたと思われる。

1982、83年のライブでは、Gibson Victory Artist Bass 1981製 Black(以下「Victory Bass」とする)を使用している写真と映像が、1983年のライブでは、Zon Legacy Elite Whiteを使用している写真が、それぞれ確認できる。

1982、83年のライブでは、タウラスを含むエフェクト・ボードもUK時代に作製したものを使っている(写真左)。

後年に発売された1982、83年のライブアルバムでも、上記のベース等を使用している思われる。

  タウラス&ボード(1982年のライブ)
なお、1982年ライブでは、後にアルバム『ALPHA』へ収録される"Midnight Sun"を4人全員がキーボード・プラットホームに上がり鍵盤等を弾いて演奏を開始する別バージョンで演奏し、J.Wettonはエレピ(YAMAHA CP-80)を弾いて歌い、曲の後半でベースに戻っている。   "Midnight Sun"1982ver

<Gibson Victory Artist Bass 1981年製 Black>

Victory Bassは、インタビュー記事によると、1982年には初期ライブ数回のアンコールで演奏していた"The Man With The Golden Arm"やラストの"Heat Of The Moment"で使用していたのではないかと推測している。1983年のライブでは、写真や映像を見る限り、PB61白はスペアに回り、Gibson Victory Bass Blackの使用が多くなったと思われる。アクティブタイプ(電池によりベース内部で音量を増幅させてケーブルが拾うノイズをアンプで増幅するのを防ぐ)のベースで、材質はメイプル・ボディ&ネックにローズ指板。指板のエンド部分が斜めになっていてピックガードのV字形が特徴。音色に関しては、音質と分離があまり良くない非公式音源でしか確認できないので何とも言えない。

<Zon Legacy Elite White>

1983年9月にエンドース契約したZon Legacy Elite Whiteを使用している写真が確認できる。同年9月10日でASIAを離れてしまうため、極短期間の使用だったと思われる。ネックがグラファイト(石墨・黒鉛)製で高級感のあるベース。詳しい仕様は不明。音色に関しては、音質と分離があまり良くない非公式音源でしか確認できないので何とも言えない。

<その他の機材>
ASIA時代ライブのその他の機材は、レポート記事から次のものが確認できる。

Marshall head(マーシャルアンプのヘッド)×
Multivox Multi Echo MX-312
Nady VHF 700 True Diversity Wireless System ・Yamaha BT-11 Tuner Scope
  ・Boss Preamp

◇Latter Years (1984〜現在)

資料整理・情報収集のうえ、後日に続編を計画中。


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