私について

【家族】
1年半の交際を経て、職場結婚しました。
義父母、夫、子供3人の7人家族で長男の嫁でもあります。

【仕事】
最初は専業主婦でしたが、夫の借金返済のため義母から働くことを強要され3ばんめの子が2歳の時に
働き始めました。娘を連れて広告をポストへ入れる仕事をしていましたが、1年後にフリーペーパーの配達に。
職場の事情と、夫のためではなく、私のために私が自分で頑張りたいと思う花屋に2004年に転職しました。
個人が経営する花屋ではないので、育児や家事のかたわら短時間勤務で働かせていただいています。
世間で花を贈る時期はべらぼうに忙しく、ここへ関わるのが難しいこともありますがマイペースでやっています。

【目標】
現在、フラワーデザイナーという資格に挑戦しています。
また、機会とゆとりがあったら園芸関係の資格も取得したいです。

【これまでのこと】
結婚して4年間は私の実家からそんなには離れていない土地で親子5人で暮らしていました。
いちばん下の娘を妊娠している時に家の片づけをしていたら長男の預金通帳がないことに気づきました。
仕事中の夫へ相談の電話をしたら「届けた方がいい」とのこと。
そしてその後すぐに預金通帳は出てきましたが私の知らない日付に下ろされていました。
夫へまた電話をしました。そうしたら「帰ってから話す」と言って電話は切れました。

帰宅した夫から「ごめん」と言われました。
「俺が使ったんだ。パチンコで借金しちゃって返せなくなって使っちゃったんだ」って。

今思えば不思議なんですが、怒りよりも「どうしようか?」という気持ちが大きかったのです。
たて続けに子供を授かり産んでいるため貯金もほとんどないし、どこからお金を工面したらいいのか、
そんなことばかり考えていました。
私が頭の中で返済方法を一生懸命に考えているのに、翌日、帰宅した夫から「弁護士に頼んだから」と
言われたのです。弁護士?はぁ?でした。
「任意整理」という方法で返済をしていくこと、弁護士費用として月々13万円必要なこと、それが出来ないなら
自己破産だと言われたと聞きました。
その当時、自己破産=家を将来持てないと思っていたため、何とか工面して弁護士費用を捻出しようと
考え始めました。
貯金は出産費用しかないし、仕方がないので生命保険を解約しました。
しばらくはそれでなんとかなったのですが、やはり家賃+返済は厳しいので同居することになりました。

同居を申し出た時、理由も義父母に話しました。
義父母はひたすら私に「すまないが辛抱してくれ」と言いました。

実は義父も過去にギャンブルで何度も借金を作り、失踪したり、義母が変わりに返済していたのです。
なので息子がこのようなことをしても「バカだねー」くらいで、真剣に話さない様子が不思議でもありました。
私は同居をすることで家賃が浮くこと、その分返済に回せること、監視する人が増えたこと、これだけ恥ずかしい思いを
したのだから「二度としないであろう」と信じました。

しかし、同居開始後、夫はまたやりました。理由も「ストレスが溜まったから」でした。
義父は夫から相談されて知っていました。私と義母はどうにもいかなくなって、しかたなく告白された感じでした。
「どうするの?」という問に夫が義母へ「すまないがお金を貸して欲しい」と言い、義父も頭を下げ、なんだか私も
頭を下げなきゃならないのかな?という雰囲気のまま義母にお金を借りて+私の交通事故の慰謝料で返済しました。
「もういい加減にしなさいよー」とだけ義父母に言われました。

あーやれやれ、もつかの間、また半年後に夫はやりました。
私は夫に「離婚したいの」と言うのが精一杯でした。
「したくないけど・・・」と言うけれども、返済方法がもう考えられない状態でした。
3度目は「ちょっと危ないところからも借りているので一刻も早く」と言うので、私の姉に事情を話して姉から
お金を借りて返済してしまいました。

銀行へ行って振込み作業を2人でして、あとは話し合う日々でした。
私は離婚してどうやって生きていくのか分かりませんでした。離婚しか方法がないのか、と悩みました。
借金しなきゃ夫は家事も育児も積極的に参加してくれるし、私にはない価値観が好きでした。
人間、1度(実際には3度でしたが)失敗したらダメなのか?とも思いました。

頭の中は複雑でした。

「もう一回頑張ってみようかな」と思えたのは、夫から始めて「俺、病気なんじゃないか?」と言われたのが
きっかけでした。
「お前、病気じゃないのか?」と言われたらしく、当時はあまり聞かなかった「依存症」で検索してみました。
夫はギャンブル依存症でした。GAの20の質問のうち18個該当しました。
混乱していた私も「ギャンブル依存症」という言葉に落ち着きを取り戻しました。
「とにかく読んでみよう」と2人で検索結果のサイトを片っ端から読みました。
自治体の相談にも行きました。そしてGAへ繋がりました。
GAで夫は自分を見つめてきたようです。そして私はいつのまにか「母親」だけしてたことに気づきました。
「妻」も「私」もなかったのです。
だから少しずつ、「妻である自分」、「私である自分」を取り戻そうと思ったのです。
そのためにどうしたらいいのか、あらゆるサイトや本を読んで学びました。
学んでいくうちに「依存症って依存だけじゃなくて、もっともっといろいろなことと繋がっているんだな」と
思ったのです。もちろん、私自身の問題も含めてです。

今までは「知らないから」、「知ろうともせず」、ただ「不安」で「心配」だからと動いていました。
それは間違えでした。
知らないのなら知ろうと努力すること、不安や心配はどうやって伝えるのか学びました。
学ぶのにはものすごい時間を要しました。
もともと一箇所で買物できる場所が好きだったため、依存症に関する情報をまとめたHPを作ったら
どうかな?と思い始めこのサイトを作りました。
私はあの時、家事・育児・仕事の合間にたくさんのものを読んで学ぶのは大変でした。
だから同じ問題で悩んでいる人が少しでも笑顔を取り戻せるお手伝いがしたくて作りました。

あのとき、いっぱい泣いたし、ふり返って後悔することも、思い出して不安になる日もまだまだありますが
「今、気づいて良かった」と心から思います。
夫のことがあって、いっぱい気づいたことはいつか私が「誇り」に思えることだと思うのです。

いつか心から笑える日が来ますように。


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