遠藤 裕子


日本での社会人経験を経て、アメリカ合衆国・ミズーリ大学カンザスシティ社会学科で学士号取得。
帰国後、2005年1〜7月まで製薬会社で派遣社員として勤務。

同年8月より2007年7月までアメリカ合衆国ミネソタ州立大学大学院マンケート修士課程女性学部に留学し、
修士号を取得。

授業紹介1 Anthropology of Women
授業紹介2 Women in Modern America
授業紹介3 Steppingstones to Sisterhood IV:
The United Nations Women's Conference Note

この大学を選んだ理由
@University of Missouri Kansas City. Sociology Department.

ナセル文際交流協会を通じてジョージアスカラーシップで留学したため、
ジョージアの英語学校を卒業し、所定のリストよりこの大学を選びました。

リストの中で女性学のプログラムがあるのは
この大学とミネソタのベミッジ大学だけだったので、
両方応募し、合格しました。

結局は親しいナセルの留学仲間もこの大学を選んだ
ということが決め手になりました。


AMinnesota State University, Mankto. Women's Studies Department

ミズーリ大学の社会学部で取った女性学が非常におもしろかったので、
さらに女性学を極めたいと思いました。

Women's StudiesもしくはGender Studyがきちんと学部名になっているところのほうが
専門性が高いのではと考え、出願したところ、2つの大学に合格。

ただ、女性学を専攻名として表に出すのは、
就職全般、自己紹介の際に損なこともあります。

アメリカの女性学部の大学教員でさえ偏見を持っており、
女性学
が専門とは自己紹介で言わず、
社会学、歴史学等掘り下げた専門を
言うようにしていると聞きました。

また、女性学は学問とはみなされていないため、
全国的な大学教員の団体に入れてもらえないそうです。
 
女性学部の学士号を持っているアメリカ人の友人も、
就職ができないため、
Public Healthの勉強を始めたと言っていました。
 
アメリカでは
女性学部で学位を取得したことに対するメリットについて言われたことはありません。
 
しかし、日本で大学教員を希望するときは、
修士号の内容までは問われないので、幅広い分野に応募できると思います。

例えば、ジェンダー論だけでなく、比較文化、人類学、
私の場合は
看護学でも応募はできるということです。
(合格するかはまた別ですが)

2つの大学のうちミネソタ州マンケートを選んだのは、
Graduate Assistantが取れたからです。
(今では、興味の合う教授がいる大学に行くのが良いと思いますが。)

Graduate Assistant(GA)の制度は、どこの大学にもあります。

英語には自信がなかったのですが、
経済的に余裕がなかったので、だめもとで応募して、一旦不合格。

しかしどなたかが辞退したのか、合格通知が7月末にきたのです。

よって、結果的には上手くいったのですがが、
ミシガンの大学に行こうかと思って、その大学名でビザを取得していたので、
ビザの手続きをやり直す時間がなく、
強行手段に出て、ミシガンのI20でミネソタに入って、
reinstatement という入国許可のやり直しを行わなければならず、
謝罪文も書いて大変でした。


GAの仕事の内容は、学部の事務と教授の研究助手で、担当教授が決められていました。
 
学部の事務は、以下の通りです。
 
1.ニュースレターの作成
2.新入生の願書の書類の管理(書類がそろえば教授陣に回覧)、
  問い合わせ応対(メール)、合格通知レターの送付
3.学部のメディアライブラリ管理
4.ファンドレイジング※1
5.年に1回の学部のbanquet(宴会)の管理
6.情報収集(女性学系の学部のある大学や
  そのディレクターのリスト作成、卒業生の連絡先の確認等)
7.学部の電話応対(事務員不在時時々)(私は頼まれませんでしたが・・)
8.リサーチアシスタント※2
 
※1ファンドレイジングは、
女性学部の国内会議の旅費をまかなうために、資金を集めるものでしたが、
マンケイト周辺のレストランなどのお店を訪問して、寄付をお願いしました。

献金されることはなく、
Gift Certificateと呼ばれるフリーチケットやTシャツ等のグッズをもらうことが多かったです。

それをraffleという当たりくじの賞品にして、
1枚1ドルのチケットを販売します。

買った人が抽選会(banquetでやったのですが)に来る必要はなく、
買ってもらった1ドルチケットに名前と連絡先を書いてもらい
こちらが回収して、それを抽選会で箱に入れ、来てない人の分も誰かが引きます。

アメリカではこのファンドレイジング方法が普及しているようで、
レストラン、文房具店、スポーツ用品店、日焼けサロンなどいろいろまわりましたが、
ほとんどの店が物かただ券をくれるので、おもしろかったです。
 
お金を乞うようではじめは気が進まなかったのですが、
アメリカ人は1ドルの券は何とも思わないようで
快く買ってくれるのには驚きました。

先生などはまとめて、10枚20枚買ってくれるし、ほんとにアメリカは気前の良い国です。

目的が旅費の資金でなければ、もっとやりたいぐらいでしたが・・・。


※2リサーチアシスタントは研究を手伝うことはほとんどなく、
先生の雑用係という感じでした。
 
たくさん頼む先生もいましたが、私はあまり頼まない先生で、すごく楽でした。
 
先生の授業の出席管理や文献検索が少しあったくらいで、
ただオフィスにいるということが多かったです。
 
GAには週に15時間働くGAと18時間のGAの2種類があり、
それぞれ年間15単位、18単位として数えられます。

学費が免除され、年間6000ドル強、8000ドル強別にお給料ももらえます。
(時給11ドルでした)

その時間分の給料も私は前者のほうでしたが、経済的にかなり助かりました。
 
私たちの学部はその時間オフィスにいることが義務付けられていましたが、
他の学部ではほとんどオフィスにその時間いる必要すらなく、
時々担当教授に仕事についてお伺いにいくだけで、仕事量も先生次第という感じです。
 
実際に講義を手伝ったり、補講をするTA(Teaching Assistant)と違って、
GAはお勧めです。

特に、英語力に自信のない日本人にはお勧めです。

だってめちゃくちゃお得ですから。
 
GAの選考はほぼ学士課程のGPAで決められるようです。
 
1年契約で、再選考があり、私は2年やりましたが、毎年3〜5人のGAがいました。

仕事がないときもオフィスにいなければならなかったので、
皆としゃべりにいってるような日もありましたが、
普通に授業を受けているだけでは、クラスメートとさほど仲良くなれることはないので、
アメリカ人、インド人のGA仲間と仲良くなれたことがよかったです。


在学時期
@2003年1月〜2004年8月

A2005年8月〜2007年7月

学位取得の有無と種類

@Bachelor of Sociology

AMaster of Science

留学してよかった理由
留学することによって、日本では学べないことをたくさん学びました。

自分の生き方や考え方がくつがえされるぐらい、
アメリカの文化や考え方は日本人にとってインパクトのあるものです。

日本の社会がいかに閉鎖的で、いつも悪い点にばかり目を向けているか、
いかに皆世間体に縛られて生きているかなど、
アメリカを知ることによって客観的に日本を観ることができます。

アメリカ文化の良いところは何に対してもポジティブなところです。

アメリカ人はあまりネガティブなことは言いません。

他人の生き方を尊重し、他者の人生に口出ししません。

特に日本では、女性の生き方や人生における選択について、まわりがとやかく言います。

社会の固定観念や世間体が日本人女性の生き方を制限します。

女性学を学んだことによって、
自分の人生で起こったぼんやりとした生きにくさと社会の圧力の関係を
理論的に解釈することができたように思います。

また、日本ではなんだかあくせく働いていないといけないようなところがありますが、
アメリカ人はあまり無理はしませんし、
人生の楽しみ方をもっと知っているような気がします。

また、他の国からの留学生との出会いもいっぱいありますので、
グローバルな視野で物事がみられるようになります。



これから留学する人に伝えたいこと
アドバイスとしては、細かいことは気にしないということです。

アメリカの大学に願書を出しても返事がいつまでたってもこないとか、
書類をなくされるなんてよくあることです。

自分の計画通りすべて物事が運ぶとは思わないことです。

いくつか大学を応募してゆったりかまえていたほうがいいと思います。

もちろんしつこくEメールは送らなくてはいけませんが。

このようなことは入学してからも起こります。

入学後も、インターナショナルオフィスや学部と
いろいろな事務手続きをかわさなくてはなりません。

日本での大学の単位を移籍するならなおさらです。

きちんとした日本社会での事務の対応に慣れている日本人は、
アメリカでの事務の対応に不安でいっぱいになります。

質問しても、間違ったことを教えられたり、
担当者が何も知らなかったりなんてよくあることです。

単位がどのように移籍されるかなど、
アメリカでははっきりしたルールがないことが多いです。

交渉次第でなんとでもなるようなところがあります。

私の場合も交渉によって、日本の大学での単位をたくさん移籍することができ、
シニア(4年生)から始めることができました。

日本での1つのクラスを
アメリカの2つの違うクラスとして認めてもらったものもあります。

何もはっきりしたことが決まってなくて、不安になることも多いですが、
何も決まってないということは、なんとでもなるということです。

ですからあまり細かいことは気にしないで、
交渉して自分にとって有利な方向にもっていくことです。



授業紹介1 Anthropology of Women

授業紹介2 Women in Modern America
授業紹介3 Steppingstones to Sisterhood IV:
The United Nations Women's Conference Note



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