房総/鴨川 男の週末
近況 11年 SINCE
  04年10月
12年 10年  09年 08年 07年 06年
12/27 この花、何の花?

ピンクの花が一輪咲いた。
これは数年前に道の駅で買って、庭の端に植えておいたもの。
毎年、緑の葉は出るが、花も咲かずそのままいつの間にか枯れてしまう。


それが今年は漸く一輪だけ花をつけた。

花の名前が思い出せない。
若い時から記憶力は良いほうだが、ただ、人の名前や名称を覚えるのが苦手だった。(数字は得意)

家族からは”興味がないから覚えないのよ。初めから覚えてないのは忘れたと言わない”と一笑されてしまう。

それでも気になる。この花、何の花?

季節外れのバラの花 少し早目のスイセン
12/15 正月用竹細工に興じる

京都で見た竹細工、正月用に欲しくなった。

見れば、何となくこれなら自分にも出来そう、いつものやりたい病が出てきた。

早速、チエンソーを持って蕎麦の会の竹林に行く。

切るのは簡単、だが、他の竹にひっかかり、なかなか倒せない。
太い竹をひっぱたり、押したり、途中をチエンソーで切ったりして、何とか使える竹を手に入れる。
冬なのに汗びっしょり。

家に帰ってからは、竹を切ったり、ノミで削ったり、茹でて油抜きをしたり、塗装したり、
久しぶりに、小学生のように熱中した。

作ったのは竹の器とぐい飲み。


このぐい飲みの口部分の形が偶々ハート形になっている。
お正月、孫たちが”ラブ注入”と言ってお屠蘇を注ぎ、飲むのを想像する。

なんだか馬鹿らしいが、楽しくなる。
11/22〜24 2泊3日の大阪

中学の同窓会が23日にあった。
久しぶりの大阪、せっかく行くなら同窓会のとんぼ返りではもったいない。
いつもの多動児気質に動かされて、京都嵐山に友を誘って行ってきた。

馴染みがあっても、私の少し前は20年(大阪単身赴任時代)、50(学生時代)年前の記憶。
あそこは人が少なく静かに紅葉が楽しめるはず。そう思っても実際は様変わり。

中国や韓国の方も多く、紅葉を求めて、道は人・人であふれかえっている。
コンベヤに乗っているように押し流されていく。

これはこれで京都にとっては良いことなのだが、昔の静けさが懐かしい・・・・。


コースは天竜寺→大河内山荘→常寂光院→落柿舎→二尊院→祇王寺→あだし野念仏寺で
丸一日歩き回り、紅葉を堪能した。


真っ赤な紅葉も良いが、まだ緑が残る紅葉・黄葉のほうがすがすがしくて良し、
苔の緑も落ち着きがあり、これもまた良い。


23日は大阪城ビジネスパークでの中学の同窓会に出席した。

還暦を記念して行われた1回目の同窓会から3年ぶりに合わせる顔。

上町台地にある商売人の町、騒々しく雑多な町。当時は同窓生も活気にあふれ生き生きと暮らしていた。

既に紅葉を通り越して冬枯れになっている者・
まだまだ若々しく水気たっぷりの者、
良い年をとって今まさに紅葉の美しさを持っている者、いろいろ。

高校・大学の同窓生に比べ、変わりようが激しく驚かされる。

運動会の花形、秀才、悪ガキ、美少女、
私のようなごくごく普通で”お前、居たっけ”と言われる者、中学は雑多な集まり、だからこそ面白い。

え!、お前が・・・、え!お前か・・の連続。

昔ながらのからほり商店街 でも賑わいは 個人情報保護の為、ピンボケ調で、

昼から始めて、2次会・3次会(カラオケ)、その後にラーメン、喫茶と、
午前様になる一歩手前でお開き。

延々10時間、よくも話・想いが尽きないものだと我ながら感心する。

幹事さん、ご苦労様でした。
11/14 後先考えずに増やし過ぎ・・・・

20年前に貰ったシンピジューム、唯一、毎年花を咲かせ、部屋を彩ってくれている。

初めは一鉢だったのが、春先に5株から14株に株分けし、夏の留守の間も子供・知人に水やりを頼んで
大切に育てていた。

デッキに並べ、水やり中のシンピジューム

そろそろ、寒さよけに外から室内に取り込まなければならないが、
鉢を窓際に入れ、並べたら、狭すぎて、不細工、物置状態になってしまう。

後先考えずに、ただ増やしたい一心でやった結果がこれだ。
駄目だな!

花が咲けば、おすそわけも出来るが、1鉢、2鉢に花芽が出だしたが、今は殆ど、葉が生い茂るのみ。

左に花芽が出ています。

せっかく育てたのにその処置に思い悩む。

温室(ビニールハウス)を建てるか、狭くても我慢するか・、(娘家族に貰ってよと言っても1鉢くらいねと断られる)

船橋・鴨川のご近所で、欲しい方はご連絡ください。
11/4 今年もマコモダケを収穫

棚田にあるマコモダケの田圃、手前の凸凹は猪の仕業

3年前に知り合いの農家からマコモダケの苗を3本もらい、
使わなくなった田圃に植えていたら、毎年増え続け、密集して生い茂るようになった。

この田圃は猪が出て、前に蓮を植えていた時には、収穫前になると
レンコンを掘り起こされ、田圃が穴ぼこになっていた。

味を覚えたのか、今も猪が出て、田圃を掘り起こすが、不思議とマコモダケには手を出さない。

食べる分だけ何度にも分けて収穫したマコモダケ

そのお陰で今年もマコモダケを大量に収穫出来ている。

このマコモダケ、特別、実に味があるわけではないが、タケノコに似た食感が良く、
煮ても、炒めても、揚げてもいい。

東北地方では馴染みのある野菜だが房総では珍しいもので、猪もその味を知らないらしい。

ご近所さんにおすそ分けすると必ず”どうやって食べるの”と聞かれる。

その為、ネットで調べたレシピ付きでおすそ分けする事にしている。

(素人が簡単にプロのレシピを手に入れることが出来て、本当にネットって便利ですね。)

私はキンピラにして食べるのが好き。

植えっぱなしのせいで、実が小さくなってきた。

そろそろ来年には株分けしてみよう。
10/28 漸く一連の大工作業が終わりました。

収納カウンターに続いて、玄関ドアーの取り換え・外壁の補修・石窯の補修をやりだし、
ついにその作業が終わった。

前と同じグリーンのドア、ドアノブは反対側に  入り口を狭べ、空気の対流を図ったが

ペンキやセメントを塗って、その乾くのを待っているので、
1日中作業をしていたわけではないが、期間だけはキッチリ2Wかかった。

その間、宿題をやり残しているようで落ち着かず、外遊びは出来なかった。
漸くその宿題から解放される。

自分で計画して、自分でその計画に縛られる、哀れな奴です。(自嘲気味の笑い)

手作りピザーで昼食 花の盛りは過ぎたが、風に揺られ、まだかわいい。

今日の昼は石窯の試運転に
モッツアレラチーズをのっけた手作りピザを焼いてみた。

まだまだ窯の上部と下部の温度差(対流がいまいち)はあるが、
何とかピザが焼けるまで温度が上がるようになり、補修の効果を確認。

10/14 今週は収納カウンター作りに明け暮れる。

鴨川で生活しだして8年、いつの間にか、部屋に品物があふれている。

そもそも必要最低限の家具・家財しか置かず、シンプルな生活をしようとしていたので
押し入れや物置が極端にすくない。

極力、捨てたり、船橋の自宅に持ち帰っても、生活のアカが溜まってきている。

そこで、収納カウンター(60p*270p*80p)を手作りしてみた。

もちろん家具作りは初めて、どちらかと言うと不器用な方で不安で一杯だが、
ご近所の大工名人(素人ながら家まで自分で作った)が指導してくれるので、安心してチャレンジすることにした。

まずは月曜日にホームセンターで材木を買い、寸法通りカットしてもらい、鴨川に持ち帰る。

ここでトラブル発生。
指定した材木の厚さ(25oと30o)を一部間違えられる。

使えるものはそのまま使い、使えないものはホームセンターに電話して取り替えてもらう。
素直に非を認め、真摯な対応をしてくれたのはさすが大手(ジョイフル本田)。

次は塗装、雑巾かけする要領で塗料を材木に塗り、しみこませる。

火曜日に1度塗り、水曜日に2度塗りを行い、十分乾燥させる。

木曜日に外枠を組み立てる。

ここまでは1見順調に作業が進む。

金曜日、ご近所さんが扉の取り付けを指導しに来てくれた。
ここでトラブルが露見。

持ち込んだ機械で枠の水平・垂直をチエックしてもらうと、あれ、マー、微妙に水平・垂直がとれていない。

優れものの機械。

ビームが水平・垂直方向に出て、
枠に合わせると、
枠のゆがみが一目でわかる。

水準機で水平を測り、
釣り糸で垂直を見ていたのが
馬鹿みたい。

床が真っ平でないので、それにつられて天板の水平がとれていない。
これでは扉を取り付けられない。

機械で水平垂直を取りながら、材木をミリ単位で切って、長さを現場合わせして、枠を組み直す。

後は扉の取り付け。これは微妙で調整が難しい。簡単に思っていたのが大違い。

結果は殆ど、ご近所さんにやってもらい、私は簡単な雑用のみ作業する。
さすが、手際がいい。あっという間に6枚の扉の取り付けを終える。


たかが箱、されど、家具は精密さが命、寸法調整が微妙。
手助け(?)もあり、下手なりに手作りを楽しめた。

それに出来上がりは、既製品(もちろんこのサイズでは既製品はないが)にない愛着がわく。

早速、ストーブ等の大物を収納してみた。
中は広くて使いやすい。これで部屋の品物も収まり、少しはすっきりするだろう。

ご近所さん、ありがとう。助かりました。
9/30 鵜原理想郷でチョイ散歩

酷暑が去り秋風と共に爽やかな季節になってきた。
体のほうも正直なもので、夏の倦怠感が薄れ、元気が戻り、活動的になってきた。

そこでちょっと足を延ばして勝浦にある鵜原理想郷のハイキング゙コースを妻と歩いてきた。


鵜原理想郷、ここは与謝野晶子などの文人・墨客が訪れ愛した小さな漁村で
リアス海岸に囲まれた岬から雄大なな景観が楽しめます。

ハイキングコースも地元の皆さんが草刈りをしてくれていて、綺麗に整備されています。気持ちがよい。
車も通らない細い道、随所に手掘りされたトンネル、アップダウンも思った以上に少ない。

当日は強い日差しながら風が強く、低木に囲まれた道を歩くと、
汗ばんだ体を風が冷やしてくれて、散歩にはちょうど良い。
ただ、岬では突端にある鐘がカランカランと自然に鳴っているほど強が強く、体が吹き飛ばされそう。

人っ子一人出会わない。
少し歩いて岬に出て海を眺め、また少し歩いて海を見る。

全長2.3kの手頃なコースで
ゆっくり眺望を楽しんで2時間ほどで歩ける。


峰岡林道の単調な散歩に飽きていたので、ちょうど良い散歩道を見つけた。
これから四季折々の景観を楽しみたいものだ。


9/11 今年も美味しいお米をが収穫出来ました。



9/4に稲刈り、穂かけ、10日に脱穀・籾すり精米を行い、新米を収穫しました。
お米の水分は食べて美味しい16%(長期保存には向かないが)。

ちょうど遊びに来ていた孫たちも新米で作った塩おにぎりを美味しいと言って食べてくれました。

暑さに悩まされましたが、知り合いの農家・仲間の手助けがあり、
美味しい米が今年も無事に収穫できました。

その上、私の田圃・作業ぶりを見ていた、
近くの農家の方から来年の種もみ用に籾を譲ってほしいとの申し出がありました。

喜んでお分けしたのはもちろんですが、
専業農家の方から私の米・米作りが評価されたのはうれしい限りです。

大山千枚田でのオーナー制度に参加して米作りしてから早10年、
お米が出来るのは当然とマンネリ化していて、初めの頃の収穫の喜びが薄れていましたが、
ちょうどいい刺激を受けました。

今年は減農薬を心がけ、
泥虫が発生した時は竹で虫を振りはらったり、アオコが発生した時にも手で取ったりして、
極力農薬を使わず、手作業で補ってきました。

小さな一反の田圃だから出来た取り組みですが、手間暇をかけた成果が出たようです。

にわか雨の後、虹がくっきり

8/27 そろそろ稲刈りか?

道東から戻って、この暑さに気力・体力がついていけません。この20日間はお休みモード。

そうは言っても小作人(?)としては、まずは畑・田圃のチエック。

家の脇の菜園は藁を全面に敷いていたので、あまり草は生えておらず、
トマト・キュウリ等の夏野菜が元気に生育している。

(藁を敷いたのが正解、大成功)

棚田の畑は草でぼうぼう、背丈ほどの草に作物が埋もれ、電気柵も切れて、どこに何があるやら?
しかも猪の足跡もあり、すごいことになっていました。

暑さに負けて、何をやる気にもなりません。

いくら待っても酷暑は収まらないし、これ以上放ってもおけず、
今週から草刈りをやり始め、ようやく終わりました。

恐る恐る、草を刈っていきますが、スイカ・プリンスメロン・黒豆・小豆は全滅、跡形もなくなっています。

ただトウモロコシ・ネギ・サトイモはほどほどに成長しており、カボチャは大きいのを収穫できました。

(肥料が効きすぎていたのか、草まで大成長、これは失敗)


田圃は知り合いの農家の方に留守中の面倒を見てもらっていたので
順調に生育しており、稲穂がたれ、この日曜にも稲刈りが出来る状況になってきています。

でも、予報では台風が2つ発生していて、来週、日本に接近するとの事。
稲刈りは出来ても、穂だかけした稲が雨にぬれたり、風で倒されてはこれまでの苦労(?)が台無し、困ります。

どうしよう・・・明日か? 台風の通過後の来週末か?

それにしても暑いですね。
7/9〜10 今年も道東ショートステイに出発。

節電でうだる千葉の夏を避け、今年も平均気温20℃の道東に向け出発しました。

コースは船橋→(車)→青森→(フェリー泊)→苫小牧→(車)→糠平温泉(泊)→(車)→中標津で、
2泊3日で向かっています。

ドライブ距離は2日にして1200キロ、途中、観光を入れても、
車に乗っている時間が長いのでちょっとエコノミー症候群にかかり気味です。
それに2キロも体重が増えてしまっています。困ったものです。

三内丸山古墳(ここでデジカメが故障、5000年のたたりか、幸先悪し)、
十勝千年の森、ナイタイ高原、タウンシュベツ橋に立ち寄り、
今夜は糠平温泉で疲れをいやしています。


十勝千年の森

広大な土地に野草で彩った庭園と山を背景に石のオブジェを配置した広場。
口の悪い人はゴルフ場みたいってってか・


ナイタイ高原牧場

広大な牧草地の向こうに広がる市街地。こんななんでもない風景がお気に入りです。
左はネスカフェのコマシャルで使われたツリーハウス。


タウンシュベツ橋

6月には水没してしまう橋が今夏はまだ・・
右はおまけの糠平温泉の露天風呂。肌がつやつや、泉質が良い。


続きは11年夏道東ショートステイ

6/12 梅雨の合間に、ピザ小屋のかやぶき作業

蕎麦の会でピザ窯を作って2年、屋根がないので雨が降るとピザを焼くのも大変、
そこで昨年からメンバーのFさん(元大工さん、80歳くらい)が自然木(それも曲った丸太)を使って、
小屋の枠組みを作り、今日はその屋根のかやぶき作業を行うべく集まった。

指導していただくのは地元の職人さん達で
最高齢90歳の職人さんには
口で指導していただくはずが、ひだまりの郷に行くと既に老職人が屋根に上りかやぶきを始めている。
やはり、職人の血が騒ぐのか、自らやりだし、我々素人はカヤをさし出す程度のお手伝いしかさせてもらえない。
これが本当のカヤの外(笑い、字が違うか)。

曲った木を刻み、釘なしで小屋の枠組みを組み立てたFさんといい、職人さんは
自分の思う通り、自分で作り上げないと気がすまないらしい。

そうは言っても90歳のお年、足も少し悪いように見え、周りは心配で気を使うが
足場に上るとシャキシャキと作業をされる。見事なものだ。


集まったメンバーは一日中、その作業を見たりして、ブラブラしょざいなさげ。
でも10時のおやつ、昼食はしっかり食べる。(笑い・・)

右端がおやつ休憩中の老職人 センダンの木の下、ハンモックに揺られるOさん

片面が終わった段階で、3時のおやつを食べて今日の作業を終了し、これはこれで楽しく過ごす。

出来上がりは、かやの厚さが60〜70pくらいある本格的なかやぶき屋根、趣が出てきた。

貯めていたカヤも残り少なくなり、再調達しなければならなくなった。

一旦、お願いしたら、後は職人さん任せ、かやの総量などきにしない、やりたいようにやる。

これも昔の職人気質、愛すべき気質、でもお願いした方は困るよね。(職人さんには内緒、笑い)

切りそろえる前のカヤの屋根 でも反対から見ると

屋根に比べ柱が細いか、いや柱に比べ屋根が厚過ぎるか(両職人さんはどう言うか、笑い)、
出来上がりのバランスが少し心配です。
6/7 ローズガーデンの手入れボランテイアに行ってきました。

日曜夕方、TV(人生の楽園)を見ていると、房総(君津)で8年かけて4000坪の山林を開拓し、
ローズガーデンをOPENさせたご夫婦(55歳、元広告代理店経営)の生活ぶりを取りあげていた。

ドリーム・プレイス・ローズガーデン(ドリプレ・ガーデン)

房総でバラ、それもイングリシュガーデン、あるようで今まではなかった、珍しい。

早速、HPを覗くと
ボランテイアガーデン隊員を募集(休園日の火・水曜日限定、2時間以上の自由な時間で)している。

久しぶりに好奇心が刺激される。

バラの栽培方法をプロから教わる絶好の機会、
いつもの”やりたい病”ののりで、ガーデン隊員に早速応募してお手伝いをしてきた。

TV放送後、人がドット押し寄せ、ご夫婦は来訪者の応対で忙しくされており、話す間もない。

お庭番のおばーさんの指示でボランテイアの方と芝生の刈りこみ・花がら摘み等の作業を行う。


イングリシュガーデンだけあって他のバラ園(八千代・谷津・・)に比べ、清楚な落ち着いた雰囲気で、
バラが覇を競うようなけケバケバしたものがない。 テイストが良い。

それに大木に囲まれた建物が何となく北海道を思い出させる趣(イギリスには行ったことがないので)。


やった作業は単純、普段やっていること、
そんなに楽しいものではないが、2000種のバラと静寂な木々に囲まれているのは気分が良い。

自分の好きな時に、これからも1/月のペース位で手伝ってみようと思う。

蛇足、私の小さな庭に咲くバラ達。健気です。

5/16〜5/24 慶良間でのダイビング、今回のテーマは呼吸法。

昨年から60の手習いでダイビングを始めたが、一向にまともな呼吸法が出来ない。
人より多くエアーを消費し、鼻と口の両方から息を出すのですぐにマスクに水が溜まってしまう。
(そのおかげでマスククリアーは上手くなったが。笑い)

呼吸なんて、理屈ではない、慣れるしかないと思い、
まとめてダイビングをすべく8泊9日で阿嘉島のSEASIRに向かった。

羽田近くのホテルに前泊して、朝一番6:20のフライトに乗る。
生憎の雨それも土砂降りで、傘を持っていなかったので、びしょぬれになり、気勢をそがれたが
那覇経由で無事13:30に阿嘉島に到着した。

依然として雨が降っているが、気温は温かく、波もない。
急いで、今日の3回目のダイビングに合流する。

4か月ぶりの海、久しぶりで準備にはもたもたもしたが、やはり気持ちが良い。


白い砂地を下っていくと砂の中から首を出すミナミホタテウシヘビ、まるで貝のよう、
その先に点在するファイアーコーラルに群がるデバスズメタイ。
きれいです。何時までも見とれてしまいます。

でも、ちょっとドッキリ。
底のシマウミヘビと目があった、するとウミヘビが威嚇するように、私を目がけて急に向かってくる。
これにはびっくり、あわてて逃げる。
実は攻撃ではなく、単に息つきの為の急浮上だったと後で聞かされホツ・・。

大きなパラマハマサンゴを回って戻る。

続きはこちら
5/5 何時も通りとはいかないのが・・・・

いつも通り3月下旬から稲の準備を初め、4月下旬に田植えを行ったが、
肝心の苗が、背丈は伸びていたが、根の張りが弱く、
田植え機がうまく苗をつかんでくれない。

植えたあとを見ると、あちこち歯抜け状態になっていて手で補修するのが大変な状態。
田植えをいったん中断する。

今年は気温が上がらず、どこも苗の生育が悪いらしい。

周りの田圃を見ても、田植えを何時もよりおくらせている農家が多いようで、
表面の苗の青さ・背丈だけを見て(素人の悲しさ)根の張りに気づかず、田植えをしたのが失敗だった。

仕方なく苗を田圃に入れ様子を見ていると、朝晩の寒さで苗の先が茶色くなってきて、
元気がなくなってきている。

またまた、素人の心配の種が増える。

いつものお世話になっている農家に駆け込み相談してみると
苗の根さえ張れば田植えしてもOK、苗が足りなくなればあげるよと言われ、大舟に乗った気持ちで
苗の様子をしばらく見る。

漸く10日程すると、苗を手でつかんでも崩れず、十分根が張ってきたので
5/5に再度、田植えを行う。

結果として一反程の田圃に4/23に植えた苗と5/5に植えた苗が出来てしまう。

田圃の様子 今なお活躍する一輪車の田植え機

今は見た目は同じだが
今後の生育の差がどうでるか、また今後の作業(肥料やり等)をどうすればよいのか、
それに今年は減農薬で米作りをする積りなので(今のところ農薬は未使用)、

自然相手にいつも通りと行かないのが面白いのだが、心配の種は尽きない。

7年目にして初めて咲いた紅葉の花
4/11〜14 ご近所さんとの沖縄観光3泊4日を満喫

今回は1組のご夫婦の都合が悪く3組6人で行く。
賑やかな人がこれなくて、心配したが、そんな危惧も吹っ飛び、6人でいつも通り賑やかに”やじきた珍道中”の始まり。

今まで仕事・ダイビングで何度か沖縄に来ているが観光は初めて。

まずは、美ら海水族館・古宇利島・万座毛の自然に触れ、

天気にも恵まれ、エメラルグリーンの海を堪能する。


次は沖縄の文化に触れるべく
琉球村・ガラス工房・陶芸村・首里城を訪れる。


夜は夜で、寿司・沖縄海鮮・中華料理と楽しみ、三線のメロデイーに酔いしれる。
あっという間の4日間、普段と違った沖縄を楽しんできた。
4/3 震災の長期化・深刻化するなかでも、確実に春のおとずれ

震災から3週間過ぎても
今なお続くご遺体捜査・がれきの除去、原発の応急処置等が続き、事態はより長期化・深刻化し、
心痛まない日はありません

それでも里山にはちらほらと桜が咲きだし、稲の苗作・田圃の準備に追われる日が続いています。

そんな中、
蕎麦の会でお世話になっている”ひだまりの郷”で、主催夫妻の発案により、
震災支援イベントが4/3に催しされました。


簡単な食事(タケノコご飯・山菜おこわ・豚汁・ピザ・焼き豚・ぜんざい等)を
朝から皆で用意し、ひだまりの郷で食べてもらいます。

商品は1個200円〜300円の少額ですが
開始時間前からご老人達も含め大勢のご近所さんが集まり、
途中からのあいにくの雨や、おぼつかないサービスでも、皆さん快く支援・協力を頂きました。


募金と買っていただいた代金は10万ちょっと、全額を支援金として被災者の皆さんにおくりました。

著名人の支援(孫ソフトバンク社長の100億寄付等)に比べたら本当に草の根支援ですが
小さくても多くの気持ちが継続していくことが大事と思わされる1日でした。
3/25 地震されど普段通りの生活へ

地震以降、まだ不安があり、夫婦一緒に船橋から鴨川に来ています。

同じ千葉でも、鴨川にはガソリンもそれなりにあり、並ぶことなく好きな時に入れることが出来、
計画停電も全くありません。普段通りの生活がおくれます。

地域によってこんなにも差があるのが不思議です。

でも、さすがに水は放射能汚染のニュースが流れた途端にペットボトルが売り切れてしまいました。

発表された数値ならば、水を買うことなく、普通に暮らしていればいいのですが、
既に一般市民は政府の言う事を信用していない節があります。

例えば ・牛乳汚染(昨年収穫された飼料を食べ室内で飼われているのに何故汚染?)                    
    ・野菜汚染(空気中の放射能が高いところで1.xxマイクロシーベルトなのに何故10日程度で野菜まで汚染?)

測定値だけを発表してその裏づけを言わないので、都合のいい数値だけ発表しているのではと疑っているのですよね。

政府も全てをOPENに情報公開して、
その上で国民に理解・協力を呼びかけるべき時期に来ているように思います。

こんな事を考えながら、暢気親父は昨日・今日と畑仕事をして
ジャガイモ・黒豆を植えたり、ついでに娘家族(まだ10カ月の孫)のために不動の滝に行き天然水を汲んできました。
3/19 お彼岸、墓参にいく

3/11の地震から8日が過ぎたが、まだまだ余震が続き、
今日は揺れないねと言っていると不思議な事に、すぐに余震が起きる。

被災地の事を思うとこれぐらいなんでもないことだが、余震・停電はやはりこたえる。

また、墓参りに行こうとしてもガソリンがない。

前日に2時間歩いて、開いているガソリンスタンドを見つけ、
朝の5時に並んで漸く、9時前に20Lの給油を受ける事が出来、

義理の父母のお墓に行くことが出来た。

”そちらには乾電池がないのだろう”、
”手に入ったら送ってやるよ”と言ってくれていた友人から夜に荷物が届いた。

開けてみると単一、単三の乾電池、懐中電灯が沢山入っていた。
どこで手に入れたのか、簡単に言っていても、実は苦労して探し・集めてくれたのだろう。

普段、音信不通でも、困った時に声をかけて、助けてくれる友情に感謝・感謝です。

うれしい・暖かい気持ちで満ち溢れています。
3/12 ご心配をおかけしました。家族全員無事です。

ご近所さんとお茶を飲んでいたら突然グラグラと揺れ出した。
何時もより長く大きな揺れ、窓を開け逃げ場を確保したり、デッキの上に逃げる。

一度だけではなく、何度も揺れているが、何も倒れることなく被害もない。

テレビをつけるとアナウンサーが青ざめて宮城沖地震(震度7)を告げている。
船橋に居る妻・子供たちに携帯で電話するが一向につながらない。
PCから携帯にメールを送り、連絡を待つ。

漸く夕方、妻からのメールが届く。
食器が割れ、本棚が倒れてガラスが散乱しているし、孫たちも避難してきている。
心細いので早く戻ってきてと言う。

何事もないと暢気にしていたのが急に心配になり、鴨川から船橋に車を飛ばす。

もちろん高速道路はクローズされており、一般道を走るが
鴨川から姉が崎までは普段通り、16号に出て状況は一変する。

市原の石油会社の火事もあり、
車が数珠つなぎで大渋滞しており一歩も前に進まない。
1時間かけて1kも進まない。焦る心を抑える。

ラジオでは都内は運転が雑で、あちこちで割り込み・車線変更をして、道が混乱していると言っているが
こちらは整然としたもの、皆さん安全運転でおとなしく状況を受けとめている。

ただ、交差点ではむりやり突っ込み、いくら待っても、右折など出来ない。
裏道を使って迂回しても本道に戻るとどこも渋滞・渋滞。

そんなこんなで普段1時間の工程を9時間かけて朝の4時前に自宅にたどりつくと、

家族も不安そうにテレビ報道を見て待っていてくれた。

漸く家族の無事を確認して安心する。被害も思っていたより軽微、良かった。

それでもまだ余震が続いており、少し船酔いに似た気分で高ぶっている。

小さな部屋に妻・娘・孫2人と一緒に雑魚寝をして不安な夜を過ごす。

朝、時間がたつに従って大被害が次から次と明らかになり、改めて地震の大きさにびっくりする。

今なお救援を待つ人々の速やかな救援を願うと同時に
被害者の皆様には心よりお悔やみを申し上げます。

また、携帯・PCなどで安否を心配していただいた皆様にもお礼を申し上げます。
2/6 最近はアジ釣り三昧

2/3,4,6日と外房の某港へアジ釣りに連ちゃん。

普段、一人の時には混み合う土・日・休日を避けて釣りに出かけるが、
来週の休みに友人を釣りに案内するので、混み具合確認するために日曜日に出かけた。

案の定、堤防は人ひと人、家族連れや勤め人で混み合っている。

ハリを引っ掛けられそうで恐い。


実際、周りを確認しないで投げる人が多く、時には針が人に引っ掛かかり大けがをすることもある。

釣りに夢中になるのは分かるが、
混んでいる場合は、周りを確認し、一声、投げますよと注意するくらいの気配りは欲しいものです。



仕方なく、誰もいない向こう岸で釣りだすが、やはり釣れない。
しばらくすると、釣り人の一団が帰り、別の場所が空いたので、そこに移動する。


仕掛けは飛ばし浮きにコマセ天秤の餌釣り2本バリ、浮き下2ヒロ半、
20〜50m投げて釣りだすと入れ食いで18pクラスのアジが釣れる。

しばらくして横に釣り人が入るが、全く釣れない。ぼやき声が聞こえる。
その方の浮き下は1ヒロ半、サビキ仕掛け。

こう言う時はお互い様、浮き下を教え、餌をわけてあげる。

しばらくすると、その方にも当たりがありアジが釣れ出し、知らない者同志が和気あいあいと話し出す。

その後、1時間もすると当たりが止まる。

どうもアジがコマセに酔って上に浮いてきたようで、
浮き下を変えてやると、途切れることなくまた釣れ続き、

3時間で小アジ18p〜22pを50匹ほど釣りあげて終える。

この三日間の釣果は30、50、50匹。

小アジは誰でも釣れ楽しいもの、チヌのような繊細さはいらない。

今まで全く釣れなかった港が昨年の11月から釣れ続いている。
何時まで釣れ続けるか分からないが、もう1週間は続いてほしいものだ。
1/17〜22 沖縄・慶良間ダイビングへ

予定していたハワイショートステイがやむなき理由で中止になった。
そこで急遽、沖縄へダイビングに一人で行くことにした。

続きは、こちら。

1/12 何故かテンションが下がり気味も・・・。

この頃、寒い日が続いている。
その為か外遊びもせず、家の中でゴロゴロ、何もしたくない、今までになかったパターン。

自分らしさを取り戻すべく、気を奮い立たせている。(ちょっとオーバかな、笑い!)

そこで春の香りを嗅ぐべく、趣向を凝らして桜ご飯を炊いてみた。
桜の塩漬けは昨春に正月に娘たちに食べさせようと保存していたもので、
せっかく用意していたのに忘れていた。

桜の色をしたご飯は、葉っぱと同じで桜餅の味がした。
春めいた気分を味わい、早速、外遊びとして,寄浦港にアジ釣りに出かける。

桜ご飯と桜茶

13時に堤防に入ると、先客がいて混んでいる。。
皆さん馴染みと見えて、釣る人・脇で冷やかす人と大きな声で談笑している。

釣りよりも漫談をしているような賑わい。
一声かけて空いていた、堤防の先端に入る。

ただ、釣れている気配がない。
またいつもの嫌な予感がするが、釣れ出すのは潮が上げ出す15時過ぎ、それまでは時間つぶし。

入れると浮きがゆっくり沈む。あきらかにアジとは違った引き、
アイゴが釣れる。

この魚はヒレに毒を持っておりさされると数時間痛みが走る危険な魚。
慎重に針を外し再度、投入するとまたアイゴ。

見かねた常連さんが、オキアミ餌だとアイゴばかりだと教えてくれて、
自分が使っているアジの切り身の餌をくれる。

アジでアジを釣るなんて初めて。親切に感謝する。

そうこうするうちに、アジの時間が始まり、のべ竿の2本バリ仕掛けにアジが面白いように釣れ出す。

周りは投げ浮き仕掛けで遠投しているが、それにも当たりがあり、堤防全体で釣れ出す。

ものの1時間だったが入れ食いで釣れ、釣果は20p〜18pのアジを15匹。
(手返しが良ければもっと釣れたが、アジの切り身餌を小さくつけるのに手間取った。)


まだまだ釣れていたが、満足して、17時頃に終わる。

それで気を良くして、今朝も出かけるが強風で釣りを断念。
現金なもので調子が出てきた。まさに単純な自分がまだまだ顕在。
1/8 北の大地からの贈り物が届く

定年して3年。久しぶりに仕事仲間との新年会で一杯。
集まったのは中国ビジネスに携わっていた8名(退職者4名+現役4名)。

定年退職組は私をのぞいた3名が、日本語教育の講師資格を取り、
中国人向けの日本語教育ボランテイアに取り組んでいる。
皆さん、社会のつながり、刺激を受けて意気軒昂。

こちらは鴨川で気まま生活。
元のサラーリマン社会とは隔絶しているが、
煽られて久しぶりに現役に戻ったような錯覚を受ける。

時間の経つのを忘れて飲み、談笑するが、
さすがに2次会に行く馬力はなく、10時過ぎにお開きにする。

それから電車に乗って船橋の自宅に帰ってきたら、酔いと都会疲れでクタクタ。
品川も変わったな・・・。私も都会疲れするなんて変わったな・・・。

居間に入り、酔いざめのコーヒを飲んで寛いでいると、
昨年の夏にお世話になった中標津の貸別荘のオーナーからの贈り物が届いていた。

親切にも奥さんが自宅で採れた”山わさび”を
食べ方、栽培方法付きで贈っていただいていた。

自由気ままに遊んでいても、
昔からの友人や、定年後、知り合いお付き合いさせてもらっている人々に
囲まれていることを・幸せを感じた日だった。

山わさびとレシピー

翌朝、早速、山わさびをすりおろし、醤油をたらしてご飯にのっけて食べる。
山わさび特有のツンとくる味が良い。蕎麦にも合うかも。
自分でも、少し畑で栽培してみよう。
明けまして、おめでとうございます。

2011年、鴨川は穏やかな元旦を迎えています。

娘家族もそろい、正月を祝った後は
一戦場公園で、サッカーや、打ちっぱなし等をやって汗を流しました。

家族みんなが元気に暮らせそうです。

今年もよろしくお願いいたします。



 
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