岡山方言
徒然に,書きためております。
T.「もげる」
本日(H.22.05.13)は,たまたま,TBSの「ケンミンショウ」を拝見しており,岡山県では,「もげる」という方言があると紹介されておりました。「もぐ」とは,「△(=手+腕)」であるので,「もげる」が「調子が狂っている」意に変化していることに,興味が湧き,考査して見ました。結果は,以下の通りです。今回は,予め,「もげる」に,何らかの裏意が籠められているのではないかと,前提を置くことに致します。
「もげる」に伏在していると思われる裏意は,以下の通りである。
表表A:もげる
| 表字 |
音訓変換 |
裏字 |
裏意 |
| @ も げ る |
→藻→ソウ→ →ゲ→華→はな→花→ケ→ →ル→ |
僧 虫 ▽ |
僧侶ハ 倭本族ヲ 辱メル。 |
| A も げ る |
→藻→ソウ→ →ゲ→華→はな→花→ケ→ →ル→ |
僧 虫 留 |
僧侶ハ 倭本族ヲ 留メル. |
表Aによると,「もげる」の裏意は,@の「僧侶は,倭本族を辱める/留める」であり,Aの「僧侶は,倭本族を留める」である。当該裏意は,@が倭本族に対する凌辱を暗示し,Aが倭本族に対する僧侶の慰留を暗示している。詰まり,前者と後者とでは,相反した内容になっている。したがって,当該裏意は,大和皇権が,許容し,認可しうるものではない。
ところが,「もげてる」に伏在していると思われる裏意は,以下の通りである。
表B:「もげてる」
| 表字 |
音訓変換 |
裏字 |
裏意 |
も げ て る |
→藻→ソウ→ →ゲ→華→ケ→ ┬照→ショウ→ ┘ |
僧 虫 称 |
僧侶ガ 倭本族ヲ 称ス。 |
表Bによると,「もえてる」の裏意は,「僧侶は,倭本族を賞賛する」である。当該裏意は,倭本族に対する僧侶の賞賛を暗示している。詰まり,当該裏意は,大和皇権が受容し,認可しうるものである。
表A,Bによて,「もげる」「もげてる」の裏意を対比するに,前者は,内容が曖昧であるので,体制志向ではないと思われる。反面,後者は,内容が明確であるので,体制志向になっていると思われる。
しかるに,「もげる」は,「もげてる」の「て」が欠けたものでもある。
因みに,「てを欠く」に伏在していると思われる裏意は,以下のとおりである。
表C:「てを欠く」
| 表字 |
音訓変換 |
裏字 |
裏意 |
て を 欠 く |
→手→シュ→ →かく→書→ショ→ |
呪 詛 |
(倭本族ハ) 呪イヲ, 詛ウ。 |
表Cによると,「てを欠く」の裏意は,「(倭本族ハ,)呪いを詛う」である。当該裏意は,(倭族に対する午族の)呪いに対する詛いを暗示している。詰まり,
「もげてる」から「て」を欠くと,「呪いに対する詛い」の反撃がなさrることになる。したがって,「てを欠く」とは,午族に取って,凶にして,吉にはならいと思われる。詰まるところ,大和皇権からすると,「調子が狂っている」状態を,「もげてる」と表現することは可能であるが,「もげる」と表現してはならないものである。
「もげる」は,現代の表現である。しかし,「もげる」は,「△(=手+腕)[もげる]」に連れられて,「てを欠く」状態が当たり前になってきたと思われる。したがって,「もげてる」が,造語時のものであり,「もげる」が,後世,変化したものであると思われる。察するに,列島が「大倭国」の時代において,繁栄を極めており,後期変革に際して,倭両族は,午族に対して,激しく抵抗したと思われる。したがって,「もげてる」に類する和語が創作されたものと思われる。拙論「御柱祭考」によると,当時,国字が創られているが,創時の理由は,倭族に対する午族の呪詛を籠めることにあったので,呉字を含まない和語も,かなりの範囲で,創語されtと思われる。
以上
長田通倫(日本古族研究所)
初稿日:2010.05.14
改稿日: