滋賀方言


1.だんない

NHKは,各地の方言を取り上げて,解説しております。今日(H.22.03.11)の放映は,滋賀県を中心として,近県に分布する「だんない」を取り上げていました。これは,「大事ない」に由来し,「差し支えない」を意味している方言である由です。

ところで,筆者は,音訓変換法の虜になっております。今日の解説を拝聴して,かなり,違うんじゃないかと感じました。そこで,残った違和感を解き解すべく,「だんない」に音訓変換法を適用して見ようと思いました。

先ずは,「だんない」からの連想です。最初に浮かんで来たのが「断ない」でした。「断」は,藤堂明保らの『漢字源』によると,「斷(4糸を切る)」「斤」
に分解されます。したがって,「だんない」は,「4糸を切る」「斤」「ない」で成り立っていることになります。

次に,「4糸を切る」「斤」「ない」を音訓変換して見ました。結果は,下表の通りです。

表字
音訓変換
裏字
裏意





→シ→
→シ→

→サイ→

┬シシ→しし→獅→




┬犬→
└師→








倭族ノ
師ヲ

殺シテモ


→おの→

戚エ


┬ない→

ない

ナイ。

上表によると,「だんない」の裏意は,「倭族の師を殺しても,戚えない」となります。

これは,ちょっと,判りにくい裏意です。『古族研究』の経験からすると,これを理解するには,政治的な背景を理解して置かねばなりません。その要略は,以下のようなものです。

拙論「元号諡号」「列島国号」などによると,列島の国家は,「→小倭国→大倭国→大和国→」の順に移行し,覇権が「→倭本族→倭支族→午族→」の順に交代しました。電子頁『古族研究』においては,小倭国から大倭国への変化を前期変革と呼んでおります。この期間は,BC221からAD562までの783年間続きました。また,大倭国から大和国への変化を後期変革と称しております。この期間は,AD562からAD669までの107年間続きました。覇権の交代に関与した種族が倭族であり,午族であります。倭族は,大陸から見て,「8」の方角に脱出した徐福集団のことであり,午族は,半島奥部から見て,「5」の方角に南下した高麗人のことであります。数値は,それぞれの種族の基本鍵値になっております。

ところで,方言「だんない」が分布する中心は滋賀県であります。この滋賀県は,東山道の基点として,大倭国に取っても,大和国に取っても,交通の要所であったので,後期変革期においては,旧勢力と新勢力との抗争が激しかったと思われます。新勢力の高麗人に取っては,旧勢力の要人などは,邪魔以外の何者でもありません。消えて無くなって欲しい存在であったに違いありません。時には,殺したことでしょう。したがって,午族,高麗人の間には,「倭族の師を殺しても,戚えない」とする感情が醸成されたらしく思われます。しかし,このような感情は表に出すことではありませんでした。察するに,「差し支えない」の意味合いにおいて,アングラにて「だんない」が使われたのだと思われます。

思い出して見ると,このような事例は,『古族研究』において,珍しいものではありません。だから,何とか,考え付けたのかも知れません。

読者に,内緒で,お伺いします。「だんない」は「大事ない」に由来するのでしょうか。それとも,1300年ばかり遡って,「倭族の師を殺しても,戚えない」に由来するのでしょうか。
恐縮ですが,これは,問いかけに留めて置きます。

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