おかあさん 見えますか 桜 きれいだよおかあさん 見えますか 桜 きれいだよ おかあさん 見えますか 桜 きれいだよ
* * *
diary - mother related: : BGM - starts on a new window.
■ページ構成:(クリックで飛べます) ↑||:ページトップ          ||:独立メッセージ(上→下)    ||:日記(原則「下→上」時系列)  ||:母御親族様へ(上→下)     ||:母の言葉/母の手紙/母の声  ↓||:ページボトム         ...ページが重くてすみません。...m(__)m    ダイエットしますのでちょっと待ってね。    こんなに太るとは思いませんでした...
- letters for my dearest - - here narrated the Greatness of The Mother - 〜 貴女への手紙 〜 〜 母の偉大さ ここに語ろう 〜 - call me anytime -- 貴女は、最高に、素敵だったよ! - - おかあさん。俺を産んでくれて、ありがとう。 - - 貴女は、最高に、素敵だったよ! - * click to enlarge * click for msg page - image by "(C)MISAKI" # ↑description: see here. (↑説明はこちら。) # certificate of beauty: see here. (美人の証明:こちら。) # note: why is the ↑portrait edited ?(遺影が編集されている意味は?)archives - 渾身のメッセージ - 彼女からの手紙たち - pendant"M": based upon the initials "M.M." of her maiden full name. (“M”型ペンダント:旧姓フルネームのイニシャルが “M.M.”。) - brooch : see here. (ブローチ:こちら。) 〜 俺たちが歩いた道 〜 << 資料一式はここにあります。
“とき”を刻むもの “とき”を刻むもの “とき”を刻むもの “とき”を刻むもの 「日本初のプラネタリウム」 〜 電気科学館の思い出 “とき”を刻むもの “とき”を刻むもの “とき”を刻むもの “とき”を刻むもの 「日本初のプラネタリウム」 〜 電気科学館の思い出
 SELENE - Certificate No.1011922  SELENE - Certificate No.1017238  Phoenix - Certificate No.1166910
縁側 - WISH UPON THE MOON
...かぐや、飛んだよ。
... which shall be handed down from generation to generation -
...語り継がるるべし。
---------------------------------------------------------------- 想い出追加 ※すみません、あとでちゃんと書き直して、 “想い出”のあたりに移します。 ●大阪球場、野村克也、ホームラン大阪球場、野村克也、ホームラン 子供の頃、母に連れられて大阪球場、南海ホークス戦、 外野の上の方の席、薄暗い、 眼下のグラウンドの選手がゴマ粒みたい、 なんと野村克也がホームラン、 届かなかったが自分の席の方向へ、 自分へのプレゼントのように感じた、 普通、野球観戦なんて、父親が連れて行ってくれるものじゃないか? たぶん、愛想を尽かした母が、代わりに連れて行ってくれたんだと、 今、思う。 Apr.14,2005 ---------------------------------------------------------------- ---------------------------------------------------------------- 母の言葉追加 ※すみません、あとでちゃんと書き直して、 “母の言葉”のあたりに移します。 ●俺が“ヤセの大食い”になったわけ 子供の頃、もたもたメシ食ってたら必ず一喝が飛んできた。 > ぱくぱくっと食べ。ぱくぱくっと。 のちに、ここにこう↓書かれるようになる俺の、 基点である。 > 「カレーは3杯までにしておきましょう。」 May 20,2007 ---------------------------------------------------------------- ---------------------------------------------------------------- 想い出追加 ※すみません、あとでちゃんと書き直して、 “想い出”のあたりに移します。 ●ポン!ポン! 子供の頃、あの“台風とヘチマの家”の近所の空き地に「ポン菓子」が よく来てて、米と砂糖を入れたボウルを持たされて「ほら行っといで。」 と母によく走らされた。 「ポン!」  ...というより「ドカン!」だね。 出来たてホカホカ。おいしかったよ。 Nov.02,2007 ---------------------------------------------------------------- ---------------------------------------------------------------- 想い出追加 ※すみません、あとでちゃんと書き直して、 “想い出”のあたりに移します。 ●三角? それとも俵?塩にぎり 母は俵でした。 きゅっくるっきゅっ  ころころころ > さ、たべ。 母の手のひら 塩むすび塩にぎり July26,2009 ---------------------------------------------------------------- ---------------------------------------------------------------- 母の言葉追加 ※すみません、あとでちゃんと書き直して、 “母の言葉”のあたりに移します。 ●俺が早口になった日 たぶんその英語の塾に通い始めたばかりのころ、 だったと思う。 まだ文章も習っていなくてしゃべれるはずもないのに、 キッチンに立っている母の傍らに駆け寄って、 ペラペラペラッ... 何語やら分からない英語もどきを、 得意気に一気にまくしたててみた。 ただ巻き舌を回転させていただけ。 さて知ったかぶりや如何に。 > ...あんた早口やねえ。 あきれ顔で母はそう返した。 微妙な返し方に俺は、妙にはにかんでいた。 まだ俺が、母を見上げていた。 Apr.01,2008 ---------------------------------------------------------------- ---------------------------------------------------------------- 想い出追加 ●君は日蝕を見たか1963年7月21日、... ---------------------------------------------------------------- * ---------------------------------------------------------------- ☆メモ: 今日、母の会員証 ひょんな所からとんでもない母の形見が“転がり出て”きました。 たぶん2003年に俺の部屋に持ち込んでいた物の束に挟まっていて、 何気なくひっくり返した時、ポロリと落ちた。 とある「クラブ」の会員証。 後年の母の生活、母の交友、知る手がかりになるかもしれません。 母が確かに居たという、証(あかし)。 なんでこんな所に?  ひょっとしてわざと隠し入れていたのではないだろうか。 見つけてね、って。 のちほど書きます。ちょっと待ってね。 Nov.02,2007 p.s. 母の血液型 俺と同じだった 今 初めて知りました ----------------------------------------------------------------
★速報です。★ その会員証の「クラブ」にとにかく問い合わせてみました。 「生前の母の様子知りたい。」 「母と親しくさせて頂いていた人とか知りたい。」 望外にも御返信を頂戴しました。 少し時間が経っていることもあり この段階では有益な情報は得られなかったけど、 こういう補記情報を頂きました。 >「一人親しかった人が居たが、2年半程前に亡くなられていた。」 ...あんな環境でも、親しかった人、ちゃんと居たんだね。 ちょっとだけ、救われた気分... あっ。 例の“メモ”の人、 ひょっとしたら、その人では...?! 今、そう思い当たりました。 お逢いしたかった。 母のこと、いっぱい、聞かせてもらいたかった。 − 大切な人ほど 早く逝ってしまう... [ To: **市○○クラブ連合会 御中 ]
* ================================================================ ●みなさんにお願い:
「何がいいかな?」 母のこと、御存知の方、何でもいいですから、教えて下さい。 > 彼女との 馴れ初め、いきさつ、その後の経緯、 > > 彼女の 故郷、生い立ち、 > どこで生まれ、どこで育ち、どんな環境で暮らし、... > > 彼女の 人生、 > 全て 教えろ。 > > −知らぬと言うなら、彼女の身内に聞く。 >  彼女の親族のこと、連絡先、教えろ。 >  彼女の知人友人や幼なじみなどが居れば、それも教えろ。 > > 彼女のこと、全て、教えろ。 父やその親族にずっとこのように訊いていますが、 返事すらもらえません。   ※母の最期の経緯、そして今どうなっているのか、    それすらいまだなにも分かりません。    四十九日や一周年(一周忌)にも一切連絡ももらえなかったし。    なんだかもう、俺も−        > なんにも わからへん ... (生前の母の言葉から)
おかあさん 貴女は今 どこに居るの? どこで どうなっているの??? なにがなんだか もう なんにも 分かりません だれか 教えて
母本人にちゃんと聞いておかなかったことを、今になってこんな形で悔 やんでいます。他人に聞くことじゃないだろう、今ごろになってなにや ってんだ、と本当に本当に情けないです。母に謝る言葉、もう、見つか りません。 せめて、今からでも、そんな会話をしてあげたい。 話を聞いてあげたい。俺の話も聞かせてやりたい。 どんな情報でも結構です。どうか、教えて下さい。 お願いです。 ※特に、これ↓ ※それから、この頃↓のこと  彼女の、“故郷”のこと 「だから、ちゃんと、想い出してやりたい。」
P.S.- > 話、聞いてくれんか... ほとんど無かった顔を合わせる機会のたびに、 彼女は、決死のうめき声でそうつぶやいていた。 それを聞かない振りをしているバカ息子が、目の前に居た。 そういう↑こと、いろんなこと、 必死に話そうとしていたのに− > せめて、今からでも、そんな会話をしてあげたい。 > 話を聞いてあげたい。俺の話も聞かせてやりたい。 今になって なに言ってんだよ おおばかやろう
* * *
★お願いもうひとつ: おかしいと思った。 この遺影だけが唐突に出てきたのはいかにも不自然。 ほかにもあるんじゃないのか? > 私は自分の没後の後始末はつけておきますからね。 > 心配しないで...。              なんでもちゃんとする母のことだ。 そんな言葉を "speak out" してまで 自らの身辺整理を(独りで)具体的に始めていて、 結局遺されていたのがこの写真だけ、というのは、 ちょっと考えにくい。 きっと、ほかにも遺品とか遺言とか俺へのメッセージとか、 あるんじゃないのか?  俺に遺してくれているもの、 あるんじゃないのか? いろんなものほかにも、 一緒に遺されているんじゃないのか??? いつものように“隠匿”されているのでは。 俺はもう確かめにも行けません。 自分の身体をこんなに恨んだことはない。 だから、だれか、教えて下さい。 お願いです。だれか、教えて ================================================================ ================================================================ 2004/09/10 03:51 [母の想い出][7] ■お願い: もし私を御存知の方がここをご覧になりましたら、このマイページを関 係者に紹介して下さい。彼女の本当の素敵さを、誤解している人達にも 伝えたいのです。 彼女の名誉と尊厳を守るためなら、私は何を言われても構いません。 - 彼女の、一個の人間としての「名誉」と「尊厳」を、守ってやる。 - 俺が、絶対に、守ってやる。 Sep.10,2004 ================================================================ ================================================================ ■みんなから貴女へのメッセージ ================================================================ - 貴女は、最高に、素敵だったよ! - ================================================================ 2005/07/25 04:47 Re: 渾身のメッセージ - 彼女からの手紙たち > 2005/05/04 09:58 > 渾身のメッセージ - 彼女からの手紙たちarchives - 渾身のメッセージ - 彼女からの手紙たち これ どなたか かわりに おねがいします わたしちょっともうむり かのじょのじんせいをかけたメッセージ このままうもれさせるわけにいかない どなたか おねがいです おねがいです ----------------- ↑これ、 手紙の現物が全く整理できておらず収拾がつかない状態のため、 取り急ぎ代表的なものをひとつだけ、 “記憶”に頼って一部を再現しておきます。 これはたぶん、もう15年位前だったと思います。 とにかく、これだけでも。 > 嫌かもしれないけど、聞いて下さい。 >  > あんたが身を固めて幸せになるまでは > 親がゴタゴタすることはできないと思って、 > ずっと我慢して耐えてきました。 >  > でも、もう、これ以上... >  > もう、楽になりたい。 > この家を離れて、あんたと一緒に暮らしたい... >  断片的記憶をつないだものですが、確かに要旨はこの通りだったはずです。 ずいぶん前のものなのに、驚くほど鮮明に記憶に残っていました。 特に、 > でも、もう... というフレーズが、鮮烈な印象として記憶されていました。
※実はこれ↑、後日発見! ■お知らせ:    1987−1991 ※それから、抜けていた“空白期間”も。 ■1991−1998
なのに、俺は、何もしなかった。 できなかった、しなかった。 そういう現実から、 ずっと、目をそらせてしまっていた。 いつかは、ちゃんとできる。 そのうち、する。 そう勝手に思い込むことで、無意識のうちに現実逃避。 逃げていました。 そして > 「こんなことしてるまに しんでまう...」 > 「いつまでも おやがいきてるとおもったら あかんで...」 彼女のこの言葉の本当の意味を、 サイテーの形で、思い知ることになりました。 いくら自分のことで精一杯だったからといって、 そんなことが言い訳になるはずもない! ばかやろう... ばかやろう... チンケな懺悔で償えるような罪じゃない ごめんね ごめんね いまさら だけど 謝って済むことじゃ ないけど ほんとうに ごめんね ごめんね ごめんね ----------------- ↑これ、 今 直近の代表的なものをひとつふたつ見つけましたので 取り急ぎアップロードしておきます 2003年12月22日付と 1998年11月07日付のもの 「私はそれだけで どんなに嬉しいことか 私は それだけで 大満足です。」「そして 私の希いも かなえて欲しい。」 * click to enlarge > 若し、○○(俺の名前)と一緒に暮らせたら、少しは > 元気が出てくるのではないかと 独り考えて > みています。 > どうせは、わずかの間、○○(俺の名前)の生活 > の基盤が見えてくれば、私はそれだけで > どんなに嬉しいことか、私は、それだけで > 大満足です。○○(俺の名前)がちゃんと > 決心をつけてくれたら、一度言ってみて > ください。私は自分の没後の後始 > 末はつけておきますからね。心配しないで...。 > そして 私の希いも かなえて欲しい。 > 私はそれだけで どんなに嬉しいことか  > 私は それだけで 大満足です。 > そして 私の希いも かなえて欲しい。 彼女のいろんな思い こんな言葉に 集約されています こんなにいっぱい こんなにいっぱい 優しい言葉をもらっていたのに おれ そうなれなかったよ そして 応えて やらなかったよ やれなかったよ それが 最大の 親不孝だったね ごめんね ごめんね いまさら だけど 謝って済むことじゃ ないけど ほんとうに ごめんね ごめんね ごめんね おかあさん ※今からまた少し泣きます すみません ----------------- ↑これ、 取り急ぎ手紙の「束」を、写真に撮りました。 letters - 「私はそれだけで どんなに嬉しいことか 私は それだけで 大満足です。」「そして 私の希いも かなえて欲しい。」 * click to enlarge 今、手紙の束をベッドの上に広げて、気づきました。 1997年以降のものしか、見当たらないのです。 それ以前のもの、処分、してしまっていた− ばっかやろう... 彼女への言い訳の言葉、もう、見つかりません。
お知らせ:
見て分かること。 今、数を数えようとして多すぎて断念してしまいました。 残っていた直近(99−04)約6年分だけで、数十通にもなります。 長年もらい続けた彼女からの渾身のメッセージ。 全体でいったいどれだけの量(数ではなく)だったのか。 量り知れない彼女の大きさを、今、胸に刻んで− Dec.21,2005
P.S. > 「また てがみ かくわな...」 そんな俺に、それでも貴女はなお、 最期にそう言ってくれていました− ----------------- ↑これ、 意を決して 今日 全てスキャンしました 一通一通 丸一日かかりました 73通 このわずか数年間に 残っていただけで こんなに 今 胸がつぶれそうです 張り裂けそうです 作業中に 泣き崩れ そして そのすさまじいまでの強さに 驚嘆した 彼女の言葉を  いくつか 追記しておきます # 990617 > 以前、お前が私にしてくれた優しさは決して忘れない。 > いま少しでもお前の役にたてたらと思っている。 >  ※この語調で4枚に渡り強烈な説得メッセージが  理路整然と書き下されている  これはぜひ 全文を見て欲しい  これだけの“演説”ができる人間を 私は ほかに知りません # 990604 > こんな母だけど、非常時のいま、少しでも > 力になりたいのです。何かの役にたちたいのです。 > でも、それより なにより 私は >  > お前に やさしく してもらいたい。 > お前は勝手だと思うだろうけれど 私は > お前に やさしく してもらいたい。 >  ※(以下 空白 だった) # 001020 > お前のこと 大切に思っています。 >  > それからもう一つ。いままで何度かお前に伝えて > きた 私の希望と本心だけは変らないことだけは > 知っていてください。 >   (なんと、おやじとの連名。)  (“私共”という表現は、そのため。)  (そこまでして...)  (それにしてもおやじよあんたはいったい...) ※> お前のこと 大切に 思って−    そんなこと言ってくれるのなんて  貴女だけ...    なのに俺は    > 私の希望と本心だけは変らないことだけは  > 知っていてください。    ...応えてあげなかったよ     ばっかやろう # 011224011214 > いまの場合、もう過ぎたことを忘れて 何もかも許しあって 許 > されて もらえないだろうか。 私の最後の願いです。 私を母親 > だと思ってもらえないだろうか。  たのみます。 >  ※> 私を母親だと思ってもらえないだろうか。    貴女を母親だと思っていなかったはずなんてないんだ!  違うんだ そうじゃなかったんだ  だけど 俺のやってしまっていたことは もう      ほんとうに    ごめんね ごめんね ごめんね  
- おかあさん。 - - 俺を産んでくれて、ありがとう。 - 俺は確かに、貴女の、息子だったよ。 誰がなんと言おうと、 貴女は、最高に、素敵だったよ! おかあさん 今度生まれ変わったら そのロマンスのお相手と また巡り会って 今度こそ一緒になって そして また俺を 産んでくれ!
# 040617 最後の手紙↓の、直前。 そして、あの日の、直後− > ○○○(俺の名前)様 > どこか 家を見つけて、たとえ 一年位でも > その間 だけでも のびのびと ○○○の思う > ように暮しましょう。 その間に職でもあれば > それでよし、若し無ければ それもよし、 > お金のある間だけ、○○○の好いように暮し > ましょう。 私は そのように やっていけたらと > 思っています。 > とにかく、 ○○○が 一番 よいと思うことを > 探しましょう。 私は それが 一番の のぞみ > です。  では  また。 >                   母 ...最後まで、こんな風に... ...最後まで、“家”を探し求めていた、母− # 040622 そしてこれが、たぶん、最後の手紙− > ○○○(俺の名前)様 > 少し ほころびている所がありますけれど、 > 今日は、熱が あるみたいで、針を > 持てませんので、また こんどにでも。 >  > (以下空白)  ...ちょっと、乱れた文字... 画像はこちらです letters - 「以前、お前が私にしてくれた優しさは決して忘れない。」「でも、それよりなにより 私は お前に やさしく してもらいたい。」 letters - 「お前のこと 大切に思っています。」 letters - 「私を母親だと思ってもらえないだろうか。」 letters - 「どこか家を見つけて、」「○○○の好いように暮しましょう。私はそのようにやっていけたらと思っています。」 letters - 「また こんどにでも。」 * click to enlarge これから全ファイル名を 日付 の分かる形に書き換えます たくさんあるから大変だけど やるぞ 「手紙」って 即ち (日記と同じように) 人生の“タイムスタンプ”なのですから− Mar.07,2006 p.s. ファイル名書き換え やっとできました スキャンした画像ファイルはこちらです 母の優しさ 聡明さ そして 強さ 今改めて 思い知りました なんて すばらしい 人だったんだ− だれがなんと言おうと 俺は 誇りに 思います 俺の 自慢の 母親です− - 今からまた少し泣きます すみません p.s.2. ひとつ言い訳 しておきます これらの彼女の手紙 ほとんど読んでいませんでした もちろん撥ね付けていたから ですが もうひとつ 俺自身がもう いちいち読んでいられるような状態じゃなかった だから いろんな外乱のひとつとして 彼女の手紙すら そう捉えてしまい ほとんど読むことも無く ことごとく うっちゃってしてしまっていました だから 今改めて取り出してスキャンする過程で 初めて読んだものが大半 だから こんなに 取り乱しています ばかまるだし おおばかやろう ----------------- ↑これ、 とんでもないものが漏れていました 別のメモを今偶然見つけて気づきました 手紙の現物を処分、、、してしまっていたようです... 以下原文です− (現物はもちろん手書き) --- Original Message ----- : dated July28,2003 > ○○(俺の名前)様 >  > 私ね、8月の上旬頃、書類の出来次第(◇◇(弟の名前)に > 保証人になってもらって)一応、3ヶ月位の契約で入居します。 >  > +----+--------------------------+ > |////|←○○(俺の名前)の部屋 | 2F > +----+---------------------+----+ > |        私の部屋→|////| 1F > +--------------------------+----+ >  > では...。 > 今日も用事でちょっと○○○(最寄り駅の名前)まできましたので。 >  時期 ちょうど1年前 彼女は 自分の“その時”のタイミングを 見事に予期していたのです もう できることを やり尽くしてしまって もう できることが 無くなってしまって 自らの限界を悟った この時期に 文字通り せめてもの 最後の手段 として − 彼女は 俺の許(もと)で 人生を終えようとしたのです あろうことか 俺は それを それすらも 撥ね付けてしまっていました それまで同様に いい加減にしてくれ! と 撥ね付けてしまっていました ※後日聞いた話では 弟も  「そんな先の分からないことは」という言い方で断わったそうです 彼女は  なにもかも 投げ出して なにもかも 無くしてしまって すべてを 失って なんにも 無くなって 無に なってしまって そのまま 人生を 終えてしまった 以前説明したように 彼女には 身寄りが無かった 帰る場所も 無い 出戻る場所も 無い 身を寄せる所も 無い 泣きつくべき親も 居ない 相談相手も  頭(こうべ)を傾けて寄りかかるべき相手も  居ない ひとりぼっち だから 俺しか 頼る人間が居なかった 貴女にとって 事実上たったひとりの“肉親” それも 貴女が“”と呼んだ 「親子」− だから 俺が 唯一の よすが だから 必死になって 俺に頼ろうとした すべてを 俺に 預けようとした すべてを 俺に 託そうとした そうするしか なかった
※ありていに言えば。 俺に取り入って独占しようとしていた。 だって、俺しか居ないんだから。取られてたまるか。 当ったり前じゃないか ...(そしてそれが)、             ...(周りの人間をさらに排除し)        ...(結果自らを孤立に追い込んでしまうという) ...(意図外の負の循環を招いてしまっていた。) ...(そしてそれを、)             ...(利用されてしまっていた。)                                 ...(母は、なんにも悪くない。)        ...(逆に。)                 ...(母の心の純度。)             ...(分かるじゃないか。)           >「わたしするから。」 彼女の口癖。 俺が居ない所でおやじにいつも叫んでいた。 だから俺は直接には聞いていない。 だが心の声は聞こえていた。 >(この子は私が面倒見るから。私のものだから。) 逃してなるものか。離してなるものか。 親子の「」を死守しようとした、母親の、叫び。 − 絶対唯一の存在。 − 絶対唯一の関係。 教えてもらっていました。
そりゃそうだよ 当ったり前じゃないか だから 俺が  ちゃんと 受け止めてやらなきゃ いけなかったんだよ なのに 俺は  いったい 何を やってたんだよ!! すべてが すれ違い すべてが 空回り いくら自分のことで精一杯だったからといって そんなことが言い訳になるはずもない! ばかやろう... ばかやろう... チンケな懺悔で償えるような罪じゃない ごめんね ごめんね いまさら だけど 謝って済むことじゃ ないけど ほんとうに ごめんね ごめんね ごめんね− 「やさしく してよ...」 彼女のうめくようなこの呟きが 今よみがえっています - 今からまた少し泣きます すみません Apr.06,2006 P.S. 無になって 人生を終えてしまった母 だが! > - 母は、「M原 M子」は、確かに、居た。 > - “母”として、“女”として、そして“一個の人間”として、 > この世に、確かに、存在した。 そんな彼女が 確かに存在した 「証(あかし)」 それを証明し そして後世に 遺す それが 今の俺の 使命 俺がやらなくて 誰がやるんだ 俺が今やらなきゃ ならないんだ それだけは 絶対に やり遂げてやる 今 そんな思いに 突き動かされています だから 訳の分からないことばかり書き散らしてすみません でも今は お許し下さい 貴女の 強さ 優しさ  忘れない
お知らせ: 民間のヘルパーさんに来て頂くことにしました。 母が遺してくれたものの一部をそれに充てることで、 母に来てもらっていると(強引に)思うことにしました。 母がずっとやりたかったことを、 ちょっと形が違うけれど具現化させてもらうことで、 母に少しでも自身の存在が認められたと実感してもらいたい。 あまりに勝手な発想だけど、そんな思いです。 相手が(唯一頼りたかった託したかった)俺だしね。 でも、俺から母に何もしてあげていることにならないよね... 初日。 60代の優しそうな女性。 雰囲気と横顔が、母そっくり、だった... 部屋の整理処分をしてもらっていたら、 ベッドの下のホコリの山の中から、 先日までに見つかっていたもの以前の時期の、 行方不明だった母の手紙の束が、出てきた。 汚い袋に無造作に投げ込まれていて、 あやうくゴミとして捨ててしまうところだった。 ヘルパーさんが引きずり出した袋を目にした瞬間、 それはゴミではないっ!  そんな不思議なデジャヴュを感じて、ひったくった。 中身を確かめて、床に崩れて、泣いた。 声を上げて 泣いた。 ※これも近日中にスキャンしてアップロードします。 ※これもまた、たくさん、あります... Dec.01,2006 --- 061222 今、スキャンしようとしたんですが、 身体が言うことを聞いてくれなくて断念。 明日にはきっと ちょっと待ってね 今ざっと見て気づいたこと: 1987−1991の間のものだけ、らしい... 以前に見つけたものは1997以降だったわけだが、 じゃあ、その間がすっぽり抜けている...? なんてこどだ どうしよう どうしよう 宝探しの旅は まだまだ終われません ★(実は↑その空白期間、) (一部資料が見つかりました。) (>こちら。) ちなみに その1987−1991 いちばん 滅茶苦茶だった時期 あの 「私はニュートリノ」 の時期です 祖母(母の姑)を 母が看取り “縛り”がひとつ消えて 具体的に脱出の行動を起こし始めた ちょうどその時期 人生を賭けた最後の闘いを 行動に移した時期 そしてその最中(さなか)に 俺自身も 倒れた 俺自身も 他人(ひと)をかまっていられる状態じゃなくなった時期 “闘い”に明け暮れ始めていた時期 全てが 重なり その後は もう 全てが すれ違い 全てが 破綻 そして そのままに なってしまっていました (だから行方不明の1992−1996は) (もう 言葉にもできません) (もう 思い出したくありません) (だから俺の人生の記憶からも抹消封印されたままです) (だから彼女の手紙自身も) (もう出てきたくないのだと思います) ★(実は↑その空白期間、) (一部資料が見つかりました。) (>こちら。) いろんなことに翻弄されもがいている間に いつしかこんなに時が経ってしまっていた "Lost decades" - 失われた20年 絶対に 再現してやる ちくしょう ちくしょう --- 070102 やっとスキャンだけできた ちょっとつらかった それだけで 40通 以前のものとあわせてもう110通を越えてます (100枚入りの収納用クリアポケットをもう使い切ってしまいました) 行方不明のブランク期間を合わせるといったいどれだけに この後整理しなきゃならないけど もう眼がダメで だれか手伝って 間に合わないよ   ↓ ←←
1987−1991 やっとこさ お見せする順番が時系列と逆になってしまったけど、 : 祖母(母の姑)を 母が看取り : “縛り”がひとつ消えて : 具体的に脱出の行動を起こし始めた : ちょうどその時期 : : 人生を賭けた最後の闘いを : 行動に移した時期 ※そして、まだかろうじて、コミュニケーションが、あった時期。 だからこの時期に、 彼女の積年の思い、意志、 それまで封印されていたあらゆるものが噴出し、 すさまじいまでに具体的に speak out されています。 ※そしてそれが、永い空白を挟んでなお、  既述の“1997以降”に、ちゃんとつながっています。 だから、この時期のものが、基礎説明になっています。 だから、ちゃんと、お見せしておきたい。 私の説明が彼女の気持ちに追いつかないので、 彼女自身の言葉をいくつかそのままお見せして 伝わってくれたら、と思います。 うまく読み取ってやって下さい。 体(てい)のいい手抜きだけど、事実はそこにある。 そう信じて。 ※以前記憶で書いた「でも、もう...」も、  原文のひとつが見つかりました。 ※ちなみに彼女の表現が  多分に感情的、思い込みモードになっていますが、  背景、経緯、状況、を考えれば当たり前。  そこのところ、皆さん分かってやって下さいね。 −“母”の強さに、ただ驚愕せよ。− −“母”の優しさに、ただ平伏せ(ひれふせ)!−
p.s. このころ私は、 趣味にできそうなモノ(ワープロとか)とか立派な個人用デスクとか、 そこに“居着く”ためのモノばかり盛んに“プレゼント”していました。 以前言った“トンチンカンながら”の語源です。 私をバカと呼んで下さい。 (ちなみに 911019 の中で) (「ずい分お金を使わせてしまって...」と彼女が言っているのは、) (そのデスクセット一式をデパートに一緒に買いに行って) (彼女の“家”に送り付けた、.、時。) (曽野綾子の時と同じように困惑を隠せない作り笑顔だった母。) (それでなんとなく親孝行をしているような気に、) (なっていた...俺。)
※(注:ここに掲示されているのは前回同様全体のほんの一部です。) letters - 「お前の母親でありたい。」「お前に優しくしてもらいたい。」 * click to enlarge 「自責の念−今まで親として」 letters - 「黒のスーツ、持っていますか。」 letters - 「でも、もう...」 letters - 「お前との絆を大切にしたいこと。お前の母でありたいこと。」 * click to enlarge 「私の意志」 letters - 「おやじ殿」 letters - 「お前の母親でありたい。」「お前に優しくしてもらいたい。」 letters - 「母さんはお前のその気持だけで充分うれしいです。充分過ぎます。」 * click to enlarge # 870425 > あなたには 今まで 親として 少しも幸せを > 与えなかった自責の念が一ぱいで、せめて > これからのあなたの人生を明るい運命にきっぱり > 変えてあげたい。変ってほしいです。 >  ※> あなたには 今まで 親として 少しも幸せを  > 与えなかった自責の念が一ぱいで、    違うよ! なに言ってんだよ!!  >> ■    それ、俺のセリフじゃないかよ...  俺、貴女に、なんてこと言わせてたんだよ... # 871102 > 今まで、毎日毎日腹の立つことばかりで、(これは > 女でなければわからない家の中のことですが)もう > 正式にこの家を出ようと思っていた矢先に > こんなことになりました。 > なんといっても高齢ですし、こういうめぐり合わせ > だったのであろうと、この家にいる間は やっぱり > 一生懸命看病してあげようと思います。 >  > 然し、私は○○○(俺の名前)のことが気がかりで、そのこと > の方が大切で、お前のことを考えては夜もよく > ねむれません。 > お前一人を放っている様で、お前だけが苦労 > している様で、毎日気がかりですまないと思って > おります。たとえお前が私共を避け > たくとも、どうか気持ちを変えて心を通わせて > ほしいんです。私は最近、特に身体に > 自信がなく、なんだか自分の寿命が見えて > きているように思えて、たヽ゛たヽ゛お前と親と子 > の心を通わせたいと願うばかりです。 > 一度、手紙か電話を下さい。待っています。 >  > 仕事のこと、日常のこと、健康のこと、なんでも > 聞かせて下さい。困ったことなどなんでも聞かせて > 下さい。母さんでは役に立たないかも知れない > けれど、でも 聞いてあげることはできます。家族 > ですもの。親ですもの。 > どうか、手紙か電話を下さい。待っています。 > そして、一度そちらへ行きたいです。 >  > (黒のスーツ、持っていますか。それと黒靴と。 >  揃えておく様にね。黒のネクタイは家にあります。) >  >              では これで さよなら。 >                        母 >  ※祖母は、この半年後に亡くなりました。  それが、↓の起点です。    : 祖母(母の姑)を 母が看取り  : “縛り”がひとつ消えて  : 具体的に脱出の行動を起こし始めた  : ちょうどその時期  :  : 人生を賭けた最後の闘いを  : 行動に移した時期   ※>              では これで さよなら。    普通、手紙でこんな表現は使わないよね。  さよなら。 って、別れの言葉じゃないですか。  たぶん、普通の表現では通じない頭の悪い俺に  なんとかトリガーをかけようとして、  意図的にこんな言葉を使ったんだと思います。    姑息と言うなかれ。  渾身の巧み。賢母と知性の証左。 # 890120 > 時間の都合のよい時に読んで下さい。 >  > 私はこの家を出ることに決めています。 > これはもう ずっと以前の この家に帰って > くる前から 心に決めていたことです。 > お前が結婚するまでは、親の都合や家の中 > のことでゴタゴタしてはいけないと思い、この家で > 運命のままに過してきました。 > これまでの経緯については、とても一口に言えま > せんので いまは書きませんが、でも、もう >  > お前さえよければ、お前の近くに住んで、残り > 少ない人生を お前との絆の方を大切にしたい。 >  ※これが、「でも、もう...」の原文のひとつです。   ※それと、  > これはもう ずっと以前の この家に帰ってくる前から    それが、たぶんこれ > ■忘れ得ぬ後ろ姿 ※また、  > これまでの経緯については、とても一口に言えま  > せんので いまは書きませんが、    別の所(890814)にもこんな表現があります。  > これも終戦後からのいろいろな立場のわけがあって    それが、たぶんこれ > ■生い立ち ※そして、  > お前が結婚するまでは、親の都合や家の中  > のことでゴタゴタしてはいけないと思い、この家で  それが、これ > ■果たせなかった親孝行 # 890210 > いまは それを通り越して、 > ただ 私の心底にある一貫したもの > (この家を出るということ)のみになりました。 >  > お前との絆を大切にしたいこと。 > お前の母でありたいこと。 > お前の役にたちたいこと。 > この家の人達と生活を全うする意志の > ないこと。 > そのためには 家を出ること。 >  > 或は 私のエゴ かもしれません。だけど > 自分の道を切り拓きたいのです。 >  > 何よりも第一にお前のことを 第一に > 考えています。 >  ※> お前との絆を大切にしたいこと。  > お前の母でありたいこと。 # 890725 > 心配かけてごめんなさい。 > 私の意志、お父さんには ずっと以前から伝え > てあります。 >  > 最初は(本当はもっと前からですが)お前が > 家庭を持って、そしてやがては(弟)もそう > なった時点には 絶対に私も この家に住まないと > いうこと。 次は 自分で身体の弱りを自覚し、 > 自分の寿命が見えだした時、このままお前と疎遠 > のまま この家で死ぬことは絶対できないと思った時、 >  > このあとは、おばあさんが寝付いて状況が変 > ったりして この問題は避けてきた 次第です。 > それで大きくは 二回 伝えてあります。 >  > お父さんはいつも 避けていたい ばかりです。 > お父さんはこの家を守ろうとするでしょう。彼等は > 肉親同士、切っても切れない縁があります。 > その所、私は違います。 > 残り少ないこれからの人生、自分の人生を持ちたい > のです。ぱっと切りかえて 生きていきたいのです。 > この家の人達と一蓮托生する気はないのです。 >  > この際経済的にきちんと財産を分けてもらいたい > のです。おそらくお父さんより私の方が先に死ぬ > と思います。だから生きている間に使えるお金を > 受けておきたいのです。(これは長年にわたってお父さん > が私に対してしてきた病的な程の守銭奴的な > 処遇に対する決算をしたいのです) > それにお前達にはなるだけ迷惑をかけないで > いくためにも。 >  ※> 私の意志、お父さんには ずっと以前から伝え  > てあります。    これは、「貴女の意志をおやじに伝えるが、いいか?」  という私の問いに対する答えです。  私がいかにトンチンカンだったかの、証明。   ※> 「病的な程の守銭奴的な処遇...」    こんな言い方をされる人間が、いるだろうか...    しかも、言い得て妙。  私も思わずポンと膝を打って、うまいっ! と。  そんなのが、彼女の終生の      そして俺の   ※> 一蓮托生(いちれんたくしょう)    こんな言葉、よく知ってるね! よく書けるね!  さすが...    だから、あの時 > ■「しゅんかしゅうとう」 # 910812 > いま 私に残っている少しの月日 とにかく > お前の役にたちたい お前の母親でありたい > お前に優しくしてもらいたい。 >  > こんなこと言うと すぐお前はおこるけれど > ほんとうの心境です。死に切れない思いです。 > どうか 察してください。 >  ※> お前の役にたちたい お前の母親でありたい  > お前に優しくしてもらいたい。 # 911019 > 私の身体のこと > いつも気にかけて(くれて) ありがとう。 > 充分気をつけるから 大丈夫よ。 > お前も元気な顔になるよう 祈っています。 > でも 焦らずにね。 >  > いろいろと よい物を ありがとう。 > もったいない気がします。 > ありがとう。 >  > 自分にはきびしく、人には寛大であれ、 > という言葉があります。 > 広い心、円満な心を、と努力すれば > 必ず目の前が明るくなってきます。 > 無理はせずに自然に努力すれば > お前なら 大丈夫です。 >          祈っています。 >  > またいろいろと ありがとう。 > ずい分 お金を使わせてしまって。 > もう これ以上 心配しないでね。 > 母さんは お前のその気持ちだけで > 充分 うれしいです。 > 充分過ぎます。 >  ※> ずい分 お金を使わせてしまって。 > (説明)   ※言葉の direction と destination が、  逆、だよ...  俺が言わなきゃいけなかったこと、ばかり    そしてなんて素敵な言葉、ばかり      ごめんね ごめんね  そしていま 貴女に ありがとう         おかあさん      (いくらクサかろうが、そう言わせてもらいます。あしからず。) ■ここ↑に掲示されているのは全体のほんの一部です。 ■全オリジナルファイルは例によってこちら↓です。 archives - 渾身のメッセージ - 彼女からの手紙たち ※追記: 1991−1998 ひょんな過去の記録(当時使っていたPCのバックアップデータ)から、 1991−1998の間の私の手紙類の原稿のファイルが出てきました。 不明だった母の手紙の空白期間そのものに該当しています。つまりその 空白を埋めその間の事情経緯を物語るものです。 母が髪を振り乱して「行動」を実践に移し、フォローすべき私が時あた かも並行して倒れ結果フォローを完全に誤り、それらを全て知っていな がら無視横目で見て見ぬ振りの同居者に放置され、そして地獄に至る。 その経緯を雄弁に物語っています。 空白だった期間を埋める資料として従来と同じ所に追加アップロードし ておきました。顔を背けたくなるような悲惨さですが、母の名誉確保の ための大切な補完材料になりますのでどうか見てやって下さい。私のバ カぶりが、よくわかります。母はなんにも悪くない。 ...封印されたそんなあの時期。 ================================================================ * ================================================================ 2006/01/01 名誉と尊厳 - 今、守るべきもの > > ...貴女は、こういう環境の下で、何十年も暮らしていたんだね。 以前、そう言った。「こういう環境」? 俺はその意味を、具体的に説明できる。 なぜ分かるか。 直接知っているからだ。 俺はその“家”で生まれ育ったわけではない。 だが、 子供の頃から父親経由での交流(里帰りとか)が多少はあったわけだし、 それに、その後ほんの一時期、本当にほんの一時期の仮住まいだったが、 この“家”に住んでいたことがある。 当時学校に通っていたから、学校に行っている間は別世界。 仲間に囲まれた自分の生活が、そこにはあった。 だが、学校が終わって帰ってきたら、もう− 毎日学校に通っていた俺でさえ、 まだ子供の立場で特にしがらみも無く元気はつらつの俺でさえ、 この“家”に居る時には、なんにも出来なかった。 友達と遊ぶことさえ出来なかった。 本当に、なんにも、できなかった。 そんな俺ですらそうだったのに、 身寄りも無く、学校に通っていたわけでもなく、 ほかに外の世界との繋がりがあるわけでもない母が、 そんな環境で、何が出来ると言うのか。 自分の生活を、どう持てと言うのか。 - つらかったろう− - つらかったよね−
それと、今気づいたこと。 2度目に戻された後、母は、あの“家”の1階に居たようだ。 あの家は古い造り(木造百年もの?)の2階建てなのだが、 最初に俺たちが一緒に引っ越した時は、 祖母などが1階に居たこともあり俺たちは2階に住んだ。 だが“俺の知らぬ間”の2度目。 家事の主役となった?母は、1階になったようだ。 で、おやじは2階。 2階は見晴らしがいい。双方に広い窓。空もよく見える。 だが1階は、囲われていて外が何も見えない。 小さな庭はあるが塀で囲われている。その向こうは別の親族宅。 窓もそこしか無い。玄関側は向かい宅と鼻先付き合わせた路地。 外の世界も空も、なんにも、見えない。 壺の底。
その後、その時期の生活は俺の人生の記憶から、抹消された。 思い出そうとすると、悪心がはしり、頭に強い抑止がかかる。 「ああっ、ダメっ!」と。 文字通り、封印されてしまったのだ。 ここにあれこれ書いている子供の頃の想い出の中に、 その時期のものが何も無いのは、 そういう理由だ。 この“家”を一言で表現するなら、 流刑用の絶海の孤島。 それも、“都会の中のムラ社会”の孤島。 俺が脱出後これ幸いと、 それっきりその“家”に近づこうとしなかったわけ、 分かってもらえるだろうか。 でも、それが、 これ↓につながってしまった− > 私は子供だった頃から、○○の○○の家をなぜか本能的に敬遠しておりまして、 > 自分が両親との核家族であったり自身が早くから親元から独立していたことをい > いことに、自発的に近づくことがありませんでした。それがあろうことか、その > 後その家に住むことになった母M子をも同時に遠ざけてしまうというとんでもな > い結果を招いてしまっておりました。 ボタンの掛け違い...?− ...いや、ちょっと違うよな... こんなバカ息子の釈明など、聞いてはもらえないだろう。 俺自身のことはもういい。 だが、 本当の母を正しく知ってもらうことだけは、 絶対に、やり遂げてやる。 貴女は、命を懸けて、俺を守ってくれた。 だから、俺も、命を懸けて、貴女を、守る。 絶対に、守ってやる。 > > 彼女の名誉と尊厳を守るためなら、私は何を言われても構いません。 > > - 彼女の、一個の人間としての「名誉」と「尊厳」を、守ってやる。 > > - 俺が、絶対に、守ってやる。 > > 後悔と懺悔でいっぱいの、バカ息子でした。 Jan.01,2006
少しだけ補足。  - 帰りたくないブルーブラックインキ - 俺は、“家”とか“故郷”とかいう概念が、希薄だった。 親元を離れて下宿していた学生時代、 年末や夏休みになると、周りの連中がこぞって帰省してゆく中、 俺はピンとこなくて、 気がついたらポツンとひとり、大学に残っていることが多かった。 転勤族家族だったから、 ここが俺の故郷、といえる場所は、 もともと俺には無い。 強いて俺の故郷を挙げるなら、 小学生時代を過ごしたあの団地だ。 だかそれも、今は無い。 そこを離れた後の俺が帰る所というなら、 強いて言えば、“あの”父の実家ということになる。 だが、そこは俺が生まれた所でも育った所でもない。 俺の通学と父の仕事の関係で、 いわば逆単身赴任の形で母と俺たち子供は、 一時的に父の実家を離れていたのだが、 俺が進学で家を離れてほどなく、 「俺の知らぬ間」に、 父の実家に引っ越してしまっていた。 俺は何も聞かされていなかった。 おやじのいつものやり方だ。 まるでソ連崩壊時にMIRに取り残されたアストロノートの気分だった。 知らぬ間だったから、 家に置いていた俺の持ち物も勝手に処分されていた。 小学校の卒業アルバムや卒業文集とか、 そういった大切な想い出の品も、 この時、全て行方不明になったままだ。 自分が生まれた所でも育った所でもない、しかもそんな所が、 自分が“帰る場所”とは、 到底思えなかった。 母の思いと比べるなんてとんでもないことではあるが、 母とはまた少し違う形で、 だから俺も“家”“故郷”という概念が、希薄だった。 そしてそれが、 親の居場所に意識を向けないという習性を招き、 母までも意識の外に追いやってしまっていた。 ...これも全て、言い訳。
※これ↓、言い訳リストです... - 名誉と尊厳 - 今、守るべきもの - 懺悔 - 最愛の人とのこんな別れ方 - ぐいっ - 強さの証明告白 - その俺も - だって、 ...闘うべき相手 ...頼るべき相手 ...そして ...真に心を通わせるべき相手− ... ...ことごとく“相手”を ...間違えてしまっていました... ボタンの掛け違い...?− ...いや、ちょっと違うよな... ...これも、言い訳。
“異国”で生まれ 育ち 早くに親を亡くし 身内も四散 家族 ふるさと すべて失くし 通った学校 友だち 幼馴染み そしてロマンス 子供の頃若かりし頃の交友関係もすべて無に帰し 結婚でやっと新たな世界が と信じて独り飛び込んだであろう先が あのありさま そして 身を呈して産んだ子供に最後の望み 最後のよすが の俺が この体たらく− (俺は宗教を持っていないので) (よく分からないんだけど) (もし) (神というものが存在するのなら) (俺は) (あなたを恨みます) (神よ) (なぜこれほどまでにいろんなこと) (母独りに) (重ねてしまったんですか?) (ひどいよ) (ひどすぎるよ)
- - - ※「一時的に父の実家を離れていたのだが、」 この頃のこと、少し補足しておきます。 封印された時期のことなのでずっと避けていたんですが、 ちょっとだけ、開封。 > 俺の通学と父の仕事の関係で、 > いわば逆単身赴任の形で母と俺たち子供は、 その俺の通学という理由も、ちょっと思い出したくないつらいことがあ ったからなんだけど、それはあくまでも俺のこと。引っ越したのはそこ から俺を物理的に開放するため。つまり、俺を助けてくれるため。 で。 移り住んだのは、(一刻館もびっくりの)これ以上無いというほどのみ すぼらしいボロアパート。 ...え? なんで? 風呂も電話も無い。3人寝る広さすら無くて、一人は押入れで寝ていた。 ドラえもんかよ。 そして。 母は、なぜか働きに出た。 ...え? なんで? 経済的にもそんな必然性などどこにも無いのに。なんで??? 全ておやじの意向だった。 自転車で各宅を回る夏冬雨大変な外回りの仕事。 自転車に乗れなかった彼女は、どこからか借りてきた自転車で裏の空き 地で一生懸命練習していた。独りで 練習していた。 身体が丈夫ではない彼女は、毎日ヘトヘトになって帰ってきた。いつも 本当に“しんどそう”だった。いったんぐったり横たわったかと思うと、 いけないこんなことしてる場合じゃない、とばかりにすぐがばっと起き 出して、今度は俺たちの食事の支度。そんな毎日。 今日はこんなことがあったのよ。とか時々ポツリと“話し”をしたそう な素振りを見せるのだが、聞く耳持つ人間はそこには居なかった。寂し そうに飲み込んだまま、台所に向かっていた。 自分のことはそっちのけ。会話の相手にもならず箸にも棒にもかからな い手のかかるだけの反抗期の馬鹿息子を、ただ黙々と養ってくれていた。 数年後。 そこが「母親」と暮らした最後の場になるという認識も無いまま進学の 名目のもとこれ幸いと俺はその場から逃げ出し背を向けた。俺のためだ ったはずのそんな環境に彼女を置き去りにして。そして、そのまま− そんな俺を助けてくれるために、 いっぱい、いっぱい、“苦労”してくれていた。 そんな俺を、母は、 いっぱい、いっぱい、助けてくれていた。 なのに 俺は ばかやろう
(− 母を置き去りにした日。) (...これも。) (...これも。) (− 母が助けてくれた日。) (...これも。)
- * - * -                 −『 いっしょに しのか !? 』     | 一度だけ、               | 留守電でそう叫んだことがある。     |                     | 口にする言葉は分別(ふんべつ)をもって | 常にちゃんと制御する彼女が、      | あの“強い”彼女が、          | だ。                  |                     | 抑えきれなかったが故の、        | 決死の、叫びだった。          |                     |                     | あの時                 |                     | 聞き受けておけば よかったね      |                    
================================================================ ================================================================ 2006/03/23 もし俺が、女の子だったら もし俺が、女の子だったら、 - もし俺が、女の子だったら - 少しは違ったんじゃないかな。 今唐突に、そんな風に思い至りました。 女の子は、母親と友達のような関係になれることが多い。 変なバリアを張ったり垣根を作ったり突っ張ったり一線を画したり、 そんな男特有の性癖無しに、 ペチャクチャと本音で母親と語り合うことができる。 女の子って、母親にとって、そんな存在ではなかろうか、と。 こんなバカ息子の俺が、もし女の子だったら...? 少しは母と語り合おうとしてはいなかっただろうか...?
例えば女の子だったら、 “母”から“娘”へ、 教えることとか、伝承することとか、受け継ぐものとか、 そんなものがいっぱい、あるんだろうな、と思う。 共通の趣味とか、一緒に作ったり遊びに行ったり、 そんなこともいっぱい、できるんだろうな、と思う。 箸にも棒にも掛からない“男の子”となんか、 かみ合うわけ、ないよ。 だから母は、 “男の子”が好む−らしい−ようなものを 買ってくれたり作ってくれたり見つけてきてくれたり、 自身は興味もない野球に連れて行ってくれたり、 そんな“無理”ばかりしてくれていた。 自分の趣味や好みは、ずっと二の次だった。 (そして俺も、) (母にはどんなものがいいのか、どんなことがいいのか、) (いまひとつよく分からないままだった。) だから、 もし俺が、女の子だったら−
男って、ダメですね。 プライドとか、建前とか、 そんな無意味なものに固執して、本当の中身をないがしろにする。 そんな性癖習癖習性に囚われたまま、本質を見誤る。 そして、大切な人をも、見誤る。 俺は、男兄弟だけです。 つまり母には、娘=女の子供が居ませんでした。 友達のように語り合える対象が、居ませんでした。 俺みたいな、会話の対象にもならないバカ息子しか、居ませんでした。 だから、もし彼女に、娘が居たら、 つまり、もし俺が、女の子だったら、 少しは何かが違ったんじゃないだろうか... レバタラで人生は語れないけど、 今、そんなことを思っています。       ...これも、言い訳。 --- 俺は男兄弟だけ− つまり俺には、弟が居ます。 今まで弟のことを全く話に出さなかったのは、 彼に迷惑をかけたくなかったのと、 責任転嫁したくなかったためです。 彼も、俺とは少し違う形でしたが、 やはり家庭を見放していました。 見切りをつけた形で、 子供の頃から家族とは会話がありませんでした。 俺は早い時期に親元を離れてしまいましたが、 彼はその後もかなり長年、親(&父一族)と一緒に暮らしていました。 でも、実質的な交流は、ほとんど無かったようです。 後年親元を離れて以降も、交流はほとんど無いようです。 俺だけでなく、彼も、そうだった。そうなってしまっていた。 ということは− 会話もコミュニケーションも成立しない、 そういう雰囲気、環境が、 俺の家族家庭の“背後”に、もともと、あった。 そしてそういう雰囲気、環境が、初めから出来上がってしまっていた。 - 母は、そういう環境に、 - 不本意な形で取り込まれてしまった。 - 結局、それが、すべてだった− 言い訳を作って自分の罪を誤魔化そうというつもりではありません。 ただ、無理やりそうでとでも考えなければ、 俺のこのバカさ加減、解釈のしようが、ない... - 母の名誉と尊厳を守るためなら、 - そんな強引なことでも何でもやってやる。 今、そんな思いなのです。 どうか、お許し下さい。 Mar.23,2006
p.s. だからこそ、 もうひとつ、思うこと。 もちろんこれも言い訳だけど。 俺に“忠告”してくれる「第三者」が、 誰か居てくれていたらなあ、 と。 つまり、“外圧”。 人間って、 一度頭が固まってしまったら、 もう簡単には変わらないんだよ。 同じ相手が同じ人間に何を言っても、 もう、変わってくれない。 でも、 別の誰かが、ちょいと一言。 ただそれだけの“外圧”。 もしそれさえ、それだけでも、あったら、 さすがの大たわけのこの俺も、 きっと変わっていたような、 そんな気がするのです。 だけど母が暮らしたのは、 そんな誰かを身近に見つけること すら無理な環境だった− だから、余計に思うのです。 たとえばせめて、 もし彼女に、娘が居たら。 もし俺が、女の子だったら− p.s.2. もうひとつ、 これももちろん言い訳だけど− 俺は、“老いた母親”を、見たくなかった。 母親が老いるという現実を、認めたくなかった。 で、目をそらせてしまっていました− おおばかやろう
================================================================ ================================================================ 2006/08/28 笑顔泣き顔も全部見て欲しくて - Re: 男が泣いていいのは ♪ 私は泣いたことがない... 井上陽水に指摘されるまでもなく、 私は最近までたぶん本当に、 泣いたことがありませんでした。 赤ん坊の頃は別として、子供の頃を含めて、 とにかく感情で泣いたという覚えが、全く無いのです。(※) だから、“泣き方”そのものも、知らなかった。 先立たれたことを知った時、私は、 どう反応すればいいのか分かりませんでした。 こういう時には泣くものなんだよな... そんな理屈はすぐ頭をよぎりました。 だから、 > しばらく、泣かせて下さい。 いつのまにかすぐにそう書いていました。 でも、実際にはどう泣けばいいのか分かりませんでした。 泣き方が、どうしても分からなかったのです。 涙って、どうすれば出るんだろう? 顔のどこをどう歪めれば泣き顔になるんだろう? 泣く時って、どういう姿勢をとればいいんだろう? ドラマなんかでよく見る泣き姿を思い浮かべてみたりもしましたが、 それでも分かりませんでした。 だから結局、頭が真っ白。 ただ茫然自失になるしかありませんでした。 でも今は、泣き方を知りました。 涙腺ってこんな風に“きゅーーっ”としぼられることを、知りました。 口元がこんな風に“うぎゅう〜っ”とゆがむことも、知りました。 嗚咽(おえつ)ってこんな風に呼吸を乱して出ることも、知りました。 言葉にならない不思議な泣き声がこんな風に出ることも、知りました。 その場に崩れ落ち、地に顔をうずめて声を上げて泣き崩れることを、 知りました。 そんな風に、今は、泣き方を覚えました。 泣けるようになりました。 そして、 “泣いたことがない”はずの私が、 今はこんなに、泣き虫になってしまいました。 泣いてくれる人が居て、その人が確かに居たことが証明される。 > “男が泣いていいのは” それこそ、今。 女々しいとかしつこいとか他人にどう言われようと関係ない。 私が、泣きたいのです。 泣かなきゃいけないんです。 泣いてあげなきゃいけないんです。 だから、泣きたいだけ、泣きます。 泣けるだけ、泣きます。 100人分でも1000人分でも、 私は、母のために、泣きます。 泣かせて下さい。
--- (※):訂正。>中島みゆきのように ================================================================ ================================================================ 2006/06/03 果たせなかった親孝行 もう昔話になってしまうが、俺もいっちょまえに家庭を持つことがいっ たん決まっていた(一応、恋愛だよ)。日取りも新居も決まってた。 結果的にそれは式直前にいったん白紙になり(理由はまあ外的要因なん だけどね)その後ほどなく俺自身が倒れてしまったので結局次も実現で きないままになってしまったのだが。 お相手を連れて行って引き合わせた時の彼女のうろたえようといったら。 えへらえへらと妙な笑顔を振りまきながらウロウロ、ソファに座ったか と思ったら急に立ち上がって「えっと、テレビでも付けましょかね。」 とかトンチンカンな一人芝居をやっては墓穴を掘っていた。 あんなに嬉しそうに取り乱す彼女を見たのは、初めてだった。 白紙が確定した時、俺自身は、よおしまたいいのを探しに行こう!てな 感じであっけらかんとしていた。なんたって俺は田村正和なんだから、 みたいな見事な勘違いもあって、特に深刻に考えることは無かった。 だが、母が、ショックを隠せなかった。 あああ息子が、という親としての自然な思いも、もちろんある。  >「あんたが幸せになってくれんと 安心 できへん...」 だがそれ以上に、 “この子が片付いたら、自分も解放される−” 胸に秘めていたであろうそんな積年の“目論見”が、 あっけなく崩壊した瞬間でもあった。  > あんたが身を固めて幸せになるまでは  > 親がゴタゴタすることはできないと思って、  > ずっと我慢して耐えてきました。  >   > でも、もう、これ以上...  >   > もう、楽になりたい。  > この家を離れて、あんたと一緒に暮らしたい... その後の彼女の落ち込みようといったら− 俺のせいなのに、 そんな彼女を見たくなくて、 俺は、 いつしか彼女に視線を向けなくなってしまっていた。 いつしか彼女から、視線を逸らすようになってしまっていた。 披露宴で彼女をみんなの前に引っ張り出して晒し者にしてやりたかった。 ほれほれこれが俺の自慢の母親だよ!って見せびらかしてやりたかった。 そして彼女を、開放してやりたかった。 最高の還暦祝いになるはずが 最低の還暦祝いになってしまった そして そのまま− くやしいよ そして  ごめんね ごめんね  ほんとうに ごめんね ごめんね ごめんね June03,2006
p.s. だから− 俺が伴侶を得て身を固めて、 自らの“家族”を持って、 自らの“家庭”を築いて、 自らの“家”を確立して、 自らが幸せになって、 そして、貴女を、 その新しい“Home”に、迎えてやって... それこそが、本当の− そして今からでも、 俺自身が、幸せをつかむ。 そして今からでも、 母の「希い」を、 叶えてやりたい!!
================================================================ ================================================================ 2006/04/23 才媛(さいえん)の証明 - 受け継いでいたもの 俺は、秀才型というより“天才型”の人間だ。 自慢の意味ではなく、持って生まれた“感性”が確かだったということ。 人間の基盤としての感性感覚がちゃんとしているということだ。 そんな自分を、子供の頃から自覚していた。 だから自慢していたとかそういう意味ではなく、またその後努力を怠っ たので長じるにつれやがては埋もれてしまったわけだが(笑)、 例えば小学生だった頃、絵を描くこととか音楽とか、人間の感性の基準 になるようなそんな対象に微妙に自身の不思議な才能を感じる機会が多 々あって、一時期画家か音楽家になりたい、というか、なれる、と思っ ていたこともあるくらいだし、 またこの頃は宇宙とか恐竜とかいろんなことに入れ込んでいたわけだが、 そんな好奇心も今に至るまでずっと変わっていないし、 そういえばあの英語の塾で、こんなこともあったな。 ある日、英語会話文の和訳の課題が出た。 会話文だから直訳ではニュアンスが通じないわけだが、俺は不思議にご く自然に、直訳には程遠い思いっきりの意訳を、何気なく無意識のうち にやっていた。訳文を書き下した時、おおうまくできたぞ、という(根 拠の定かでない)不思議な感覚と高揚感に包まれた。 講師のおっさんに提出に行った。 仏頂面で目を通していたおっさんが、仏頂面の視線を落としたまま、 不意に大きな声でつぶやいた。 > ...うまいじゃないか。 普段生徒を褒めることなど無いおっさんの意外な発言に俺は、やったね? と困惑していた。自分の不思議な感覚を第三者が確認してくれたような そんな気がしてちょっと嬉しかった。 帰宅して母に勇躍報告したのは言うまでも無い。 そんな塾に通わせてくれた恩人だもんね。 そんな経験あれこれが、俺のそんな根拠レスの自覚を、一層確かなもの にしてくれていた。 ついでに言えば小中学生時代の俺の成績は、特に身を入れて勉強しなく ても不思議に“準”トップクラス(笑)だったし。 ...これ、いまだに自分でも不思議なんだよな...        いや、“本当の”トップクラスのクラスメートに    「おまえ、もっとちゃんとまじめに勉強したら     もっといい成績取れるのに。」    と注文をつけられたりしていたから、    (ライバル視してくれていたのかな?(笑))    勘違いでもなかったんだと思う。    自分でも不思議な感覚だったんだ。 とにかく、そんな具体的なことに限らず、客観的に物を見る眼、真実を 見る眼、とでも言おうか、そんな人間としての感性感覚の確かさを、俺 は子供の頃から自覚していた。 少なくともそういう意味でなら、俺は自分自身に、自信がある。 前置きが長くなった。 さて何を言いたいのかというと: そんな俺の感性は、母から受け継いだものだった、ということ。 自分の何気ない動きに突然デジャヴュを感じた時、 それがいつか見た母の仕草だった− そんな母の言葉、仕草、行動、いろんな彼女の姿を思い返すにつれ、 ことごとく、そんな俺にそっくり。そんなことに今、気づいたのだ。 俺は、そんな母の能力や感性を、ちゃんと受け継いでいた。 裏返せば、 母の人間としての能力、知性、感性、その驚くべき次元の高さを、 俺自身が図らずも証明することになっていた。 やっぱり俺は、確かに、彼女の子供だった。 そして、彼女は、確かに、 俺の、自慢の母親、だった。 さすが、でした。 Apr.23,2006 P.S. 補足。 こういった彼女の手紙を見ても、 彼女の国語力、文才、表現力、知性、感性、 そして、意志の強さ、人間としての強さ、 その次元の高さが、誰の眼にも分かると思う。 人間としてのレベルの高さが、分かると思う。 それから身近なことでは、 彼女は衣服のセンスが、えらく抜群だった。 俺用の衣類を(勝手に)買ってくれたりするわけだが、 選んだそのデザインや色が、びっくりするくらい洗練されているのだ。 若い俺が思わずへぇ〜、と声を上げてしまうくらい、センスがいいのだ。 たとえば−
 - 彼女は衣服のセンスが、えらく抜群だった。 - ケータイ写真なので分かりにくいけど、 とってもシックで素敵なんだよ。 思わず頬を すりすり してしまうほど。 俺の好みに ドンぴしゃり−  - 彼女は衣服のセンスが、えらく抜群だった。 - もうひとつ、これはスラックス。 これまた、とってもシックで素敵。 これまた、俺の好みに ドンぴしゃり− それと、現物をよく見たら、 裾上げを彼女自身がやってくれているんだ。 裾を折って、丁寧に、針と糸で縫ってくれている− それと、サイズも長けも、 俺にぴったりなことに気づいた。ええっ?  なんで俺の正確なサイズなんて、分かるの?? たぶんこれも、いつか俺の家に来た時に、 そこらへんにあった俺の衣類を そっと測っていたんだろうと思う。 いやそれとも、“母親”の、超能力? 今撮影のためにこれをベッドに広げていて こういった衣類に手を触れていると その相手の身体に手を触れているような感覚になることに 今 気づきました 母は そうして  この衣類を選んでくれていたんだ と 母は そうして  一針一針 俺への気持ちを込めて針を進めてくれていたんだ と そんな思いをさせてしまって そんな思いをさせてしまって ごめんね ごめんね そして ありがとう
衣類に限らず身の回りの物なんでも、 彼女が見立てたもの とか 彼女が買ってくれたもの こんなの とか こんなの とか こんなの とか こんなの とか 今見たり思い出すと、 みんな、センスが、いい... 彼女がいかにすごかったか、 本当の彼女の驚くべきすごさ、 自信を持って紹介できること他にもいっぱいあるけど、 またにします。 そこの誤解しているあなた。とりあえず分かったかね? ならよろしい。 では、また。 P.S.2. 補足2。 何度も言っているように、 彼女はびっくりするほど聡明で、そして教養も高い。 たくさんの彼女の手紙とか、今また目を通して再確認したこと。 “誤字”とか、ほぼ、無い。 逆に(けっこうそういうことに自信があるつもりの)俺が 知らなかった漢字とか言葉とか、いっぱい出てくる。 ヘタな辞書より、すごい。驚きの連続。 俺は彼女にそういうこと、 いっぱい、教えられていた。 そんな彼女の、(俺の知る限り)たぶん唯一の、 “誤字”が、ある。 「一所に」 正しくはもちろん「一緒に」だ。彼女にしては珍しい間違い。 だが、 彼女がずっと抱き続けていた“願い”が成した彼女ならではの必然の技、 だったのでは− その対象の俺が今、そう解釈している。 ※↑訂正!   “誤字”ではありませんでした!      今辞書で確かめてみたら   むしろ本来は「一所」だと。      この文字の方が、   ここでは彼女の意思の表現として、   むしろ適確だったのです。      これで、(俺の知る限り)   彼女の辞書に“誤字”の文字は無い−      また教えてもらいました。      貴女の域にはまだまだだね。   ありがとう、おかあさん− P.S.3. 補足3。 母は いわゆる虚弱体質だった いつも“しんどそう”にしていた 「しんどいよう。」と 俺たちに聞こえるように? わざとらしく独り言もよく言っていた 俺はその意味を ちゃんと認識していなかった 俺は彼女のそんな思い SOSを  ちゃんと聞き取ろうとしていなかった 今思い返せば 彼女の“しぐさ” たとえば横たわってぐったりしている時 時々手足をピクッと動かす とか 座ってうずくまってうつらうつらしている時 急にはっとして眼を開いて「あ、これやらなあかんな」と とか うずくまって頭(こうべ)を垂れている時 アゴが前にせり出す とか デジャヴュ 彼女のそんな“しぐさ”の数々 今 なにもかもみんなよく分かる 今この身体になってそれが よく よく 分かる 俺はそんな体質をきちんと受け継いでいるのだ 今 俺自身が 彼女とそっくりの動きをするようになったことに 気付いたのだ 気付くのが遅くなって ごめんね だけど やっぱり俺は ちゃんと 母の子供だった やっぱり俺は ちゃんと 貴女の息子でした
だから − 貴女からもらった/受け継いだこの体質、この身体 − 全うしてやります。
そして あの環境 つらかったろうー つらかったよねーー そして それでも そんなに  強かった 強くあろうとした そして見事に 強く生き抜いた  強く そして 真っ正直に 生ききった そして 自らの存在を 見事に 証明した さすがだよ 貴女は なんて 強い人だったんだ
だけど もっと弱くても よかったんだよ
P.S.4. > お前との絆を大切にしたいこと。 > お前の母でありたいこと。 > お前の役にたちたい お前の母親でありたい > お前に優しくしてもらいたい。 > いまの場合、もう過ぎたことを忘れて 何もかも許しあって 許 > されて もらえないだろうか。 私の最後の願いです。 私を母親 > だと思ってもらえないだろうか。  たのみます。 何度も説明しているように 母は 自身が “親”の愛に恵まれなかった “親”の愛に飢えていた 早くに親に先立たれ 望まぬ環境に翻弄され だから 今度は 自分が  「親」でありたかった 「母」でありたかった 自分の分まで母の愛を実現したかった 自身の子供に精一杯の愛を注ごうとした 必死で「母親」であろうとした− そうなんだよね 最高の 「母親」じゃないか なんて素敵な「母親」なんだ!! その対象が ちゃんと居た なのに その俺は
おかあさん。 ちょっと遅くなってしまったけど 貴女の愛 母の愛 息子の俺が ちゃんと 受け取ったからね 貴女は ちゃんと 「親」でしたよ。 貴女は ちゃんと 「母」でしたよ。 貴女は 最高の 「母親」でしたよ!! (訂正) (貴女は ちゃんと) (「親」だよ。) (貴女は ちゃんと) (「母」だよ。) (貴女は 最高の) (「母親」だよ!!) ちょっと遅くなってしまったけど 息子の俺が 証明してるんだ。 だから 大丈夫だよ。 ちゃんと 歴史に そう残るよ。 だから それだけは 安心してね。 安心してね。 ごめんね そして ありがとう
- おかあさん。 - - 俺を産んでくれて、ありがとう。 - 俺は確かに、貴女の、息子だったよ。 誰がなんと言おうと、 貴女は、最高に、素敵だったよ! おかあさん 今度生まれ変わったら そのロマンスのお相手と また巡り会って 今度こそ一緒になって そして また俺を 産んでくれ!
================================================================ ================================================================ 想い出づくり 俺の「アルバム」を、母に見せたことがある。 ; おかあさんに いろんなこと  ; 見てもらって 聞いてもらって そして そんな“もくろみ”の一環だった。 もうずいぶん前。 まだ母の来訪を受け入れていた頃の、ある日。 目に付く所になにげなく、置いておいた。 学生時代など、母が直接知らない笑顔いっぱいの頃の俺の姿の写真たち。 思惑通り、母はふと手にした。 静かにページをめくりながらなぜか無言のまま眺めていた母は、 やがて静かにページを閉じ、 > いい、想い出、やな... さみしげな声でそう小さくつぶやいて、 そしてそのまま目を伏せた。 自身のそんな想い出を持たなかった母。 そんな母のために用意すべき俺が怠っていた、想い出づくり。 だから。 たとえ、今からでも。 そして、今からでも− * 自分の人生を持てなかった母。 そんな彼女にはやっぱり、これ↓かな−
それから、 See you in Vancouver[Google], 2010 ! - from Torino, Feb.26,2006 あ もし叶うなら そこに そのひとも 来てくれたら いいねっ!♪ そして一緒に、 新しい“家族”になって、 そしてその地で、 みんなで、喫茶店をやろう。 そしてそこが、貴女の、 新しい「Home」に、なるんだね! そして、 貴女の本当の人生が、 そこから 始まるんだね !! "Starting Over" - - Yes, Today is the first day of your true and genuine life... ... to be sure !! fyi: - 喫茶店のある風景 - Why Vancouver ? - Re: 喫茶店のある風景 補足。 彼女の手紙を見れば分かるように、 母は盛んに、 > どこか別の地で、農業をやりませんか? そんな風に提案し続けていた。 たぶん、 「人生の楽園」[tv-asahi](テレビ朝日系土曜日18:00-18:30) みたいな生活を、思い描いていたんだと思う。 そういう形での、 開放された環境、新しい人生を、 ずっと思い描いていたのだ。 - ちなみに俺は、その次の 「ポカポカ地球家族」[tv-asahi](テレビ朝日系土曜日18:30-19:00) - みたいな生活を、思い描いていたことになる。 - その““Vancouver の大学街で喫茶店”編、というわけだ。 彼女が思い描いていた情景とは やや形は違うかもしれないけれど、 全く別の環境、 開放された空間、 そして 新しい人生。 その方向性は同じだと思うので、 こんな↑風に言ってみました。 今度こそ正夢であって欲しいと、 そう信じて夢見ています。 貴女の素敵なその「笑顔」。 美しい大学街の喫茶店に、 とっても映えると思います。 きっと。
お前に やさしく してもらいたい。 こんどこそ やさしく してあげるからね > そして 私の希いも かなえて欲しい。 貴女のそんな一生の“希い” ちょっと遅くなってしまったけど ちょっと形が違うかもしれないけど 今 かなえて あげるからね 幸せそうに暮らす貴女の本当の笑顔 今 逢いに行きます 待っててね そのひとと 待っててね そして 新しい“家族”、新しい「Home」、そして、本当の人生へ 貴女は こんな俺を 最期まで 信じてくれた だから俺も 貴女を 貴女の全てを 信じます そしていま そんな貴女を 抱きしめて あげたい
- 「遠く時の輪の接する所で...まためぐり会いましょう」 - なにもかもが 愛おしい
================================================================ - updating - - 貴女は、最高に、素敵だったよ! - ================================================================ 20##/00/00 00:00 「一所に」
letters - 「どこか家を見つけて、」「○○○の好いように暮しましょう。私はそのようにやっていけたらと思っています。」 “とき”を刻むもの おかあさん どこか家を見つけて 一緒に 一所に 暮らそうね またみんなで 家族 しようね やりなおそうね ね Shin
================================================================ ================================================================ 20##/09/06 05:20 縁側 - WISH UPON THE MOON 縁側 - WISH UPON THE MOON de shin, jr3lvs September 06,20## / 05:20JST
...かぐや、飛んだよ。
================================================================ ================================================================ 2007/01/28 00:00 ★ Fly high to the Stars ★  - to the Stars -
Tks Mom, I~d never forget ur tenderness-  SELENE - Certificate No.1011922  SELENE - Certificate No.1017238  Phoenix - Certificate No.1166910
Jan.28,2007 ================================================================ ================================================================ 2006/12/03 00:00 WISH UPON THE MOON > [GO !] - WISH UPON THE MOON -縁側 - WISH UPON THE MOON [ LIFT-OFF ! ]  HAYABUSA - by Courtesy of ISAS/JAXA  SELENE - by Courtesy of JAXA  SELENE - by Courtesy of JAXA - by Courtesy of JAXA ================================================================ : 日本語の場合:お名前10文字以内、メッセージ20文字以内 : 英語の場合 :お名前20文字以内、メッセージ40文字以内 : Name: Under 10 Japanese characters (Under 20 letters in English) : Message Length: Under 20 characters (Under 40 letters in English) 1234567890123456789012345678901234567890 ---------------------------------------- 母M原M子へ<○○○(俺の漢字名) ありがとうおかあさん貴女の優しさ忘れない ---------------------------------------- DearMomMITSUKO < Shin. (excluding spaces) Tks Mom, I'd never forget ur tenderness- ---------------------------------------- 1234567890123456789012345678901234567890 ================================================================ Dec.03,2006 ================================================================ : 日本語の場合:お名前10文字以内、メッセージ20文字以内 : 英語の場合 :お名前20文字以内、メッセージ40文字以内 : Name: Under 10 Japanese characters (Under 20 letters in English) : Message Length: Under 20 characters (Under 40 letters in English) 1234567890123456789012345678901234567890 ---------------------------------------- 母M原M子へ<○○○(俺の漢字名) A)■もらった夢−Re:「宇宙」への憧れ− B)あの頃の夢/快挙!タッチダウン成功−/ C)その「はやぶさ」のターゲットマーカーに D) 貴女の名前を 刻んでおけばよかったね E)/「宇宙が子どもたちの心に火をつける」 F)−/子供のころ 貴女は そういうこと  G)いっぱい いっぱい 教えてくれたね/そ H)んな本も たくさん 買ってくれたね/「 I)日本初のプラネタリウム」にも ちゃんと J) 連れて行ってくれたよね/俺は貴女に  K)夢をいっぱい もらっていたんだね/だか L)ら そんな夢いっぱいの今の俺が あるん M)だもんね/貴女こそ そんな星になるに  N)ふさわしいと思う/今すぐ 貴女の名前を O)携えて イトカワに飛んで行きたいよ/だ P)れか 時を 戻して下さい− /「遠く時 Q)の輪の接する所で...まためぐり会いま R)しょう」−永遠の宇宙少年星野鉄郎より ---------------------------------------- 1234567890123456789012345678901234567890 ================================================================ Dec.17,2006 ================================================================ : 日本語の場合:お名前10文字以内、メッセージ20文字以内 : 英語の場合 :お名前20文字以内、メッセージ40文字以内 : Name: Under 10 Japanese characters (Under 20 letters in English) : Message Length: Under 20 characters (Under 40 letters in English) 1234567890123456789012345678901234567890 ---------------------------------------- 母M原M子へ<○○○(俺の漢字名) A)−おかあさん。−/−俺を産んでくれて、 B)ありがとう。−/俺は確かに、貴女の、息 C)子だったよ。/誰がなんと言おうと、/貴 D)女は、最高に、素敵だったよ!/*/おか E)あさん/今度生まれ変わったら/そのロマ F)ンスのお相手と/また巡り会って/今度こ G)そ一緒になって/そして/また俺を 産ん H)でくれ!/*/「遠く時の輪の接する所で I)...まためぐり会いましょう」−永遠の J)宇宙少年星野鉄郎より/de shin, JR3LVS K)http://mypage.odn.ne.jp/home/jr3lvs L)http://blog.livedoor.jp/jr3lvs/ ---------------------------------------- 1234567890123456789012345678901234567890 ================================================================ Dec.20,2006 ★ And in addition : そして、火星へも− ================================================================ Messages From Earth Thank you for participating in The Planetary Society's Messages from Earth Project by sending a name on the Phoenix DVD. When the Martians of the future find and decode our message to them, your name will be there, a permanent record of your part in the story of space. You submitted the name: "DearMomMITSUKOdeShinI~d never forget ur tenderness" Click on your name below to generate a filled-in acknowledgement certificate that you can print. Results 1.) Certificate number 1166910 DearMomMITSUKOdeShinI~d never forget ur tenderness Showing results 1 to 1 of 1 ================================================================ ================================================================ ================================================================ 2005/02/02 14:36 一番大切なこと を、言い忘れていました。 - おかあさん。 - 俺を産んでくれて、ありがとう。 俺は確かに、貴女の、息子だったよ。 誰がなんと言おうと、 貴女は、最高に、素敵だったよ! de shin, jr3lvs February 02,2005 貴女の優しさ 忘れない ================================================================ ================================================================ 2004/09/12 11:44 母のロマンス - Re: エピソード おかあさん 今度生まれ変わったら そのロマンスのお相手と また巡り会って 今度こそ一緒になって そして また俺を 産んでくれ!! de shin, jr3lvs September 12,2004 ================================================================ * * * ================================================================ 20##/05/## 00:00 Thanks Mother's Day - 20## Thanks Mother's Day - 20## “とき”を刻むもの “とき”を刻むもの 「日本初のプラネタリウム」 〜 電気科学館の思い出 (c) "Shangri_La" de shin, jr3lvs- おかあさん。俺を産んでくれて、ありがとう。 - May ##,20## fyi; | 母の日サイクル | 5月14日 :     : 2006年 :     : 2017年 : | 5月13日 :     : 2007年 : 2012年 : 2018年 : | 5月12日 :     :     : 2013年 : 2019年 : | 5月11日 :     : 2008年 : 2014年 :     : | 5月10日 :     : 2009年 : 2015年 : 2020年 : | 5月09日 :     : 2010年 :     : 2021年 : | 5月08日 : 2005年 : 2011年 : 2016年 : 2022年 : ■「しあわせの時計」20## - May ##,20## ---------------------------------------------------------------- 原案/原稿/原画  : de Shin, JR3LVS (Osaka, in my boyhood) 編集/デザイン/製作: Jewelry&Watch COPAL (Hiroshima)             http://www.copal.ne.jp/ ---------------------------------------------------------------- ※(原版あり>同じものを追加注文可能) --- Original Message ----- | ○○様 この度は本当にお世話になりました。 | | 大切な贈り物のお品として | この度も「しあわせの時計」をお選びいただき、 | 本当にありがとうございます。 | | 現在、ご依頼いただきました時計を | 間違いなく、ご希望の形にてお手元にお届けして、 | 皆様にお喜びいただけますように、心を込めて | 製作を進めています。 | | お届け予定の日を、お楽しみに | お待ちいただけましたら幸いです。 | | ○○様 この度は、 | 『しあわせの時計』*度目のご依頼を | 本当にありがとうございました。 | ●宛て先:4ヶ所 *母@“俺”様方 *母&母方御親族様各位@“おやじ家”気付 *“おやじ家”様 *俺
* * *
To: ゆかりの皆様 へ 「日本初のプラネタリウム」 もらった夢 - Re: 「宇宙」への憧れ - あの頃の夢 日本初のプラネタリウム〜電気科学館の思い出 日本初のプラネタリウム〜電気科学館の思い出 日本初のプラネタリウム〜電気科学館の思い出 [doc/7.1MB] ----- Original Message ----- Sent: Tuesday, January 20, 2009 Subject: お知らせ:「日本初のプラネタリウム」 (090120) : To:              御中 : Attn: 「しあわせの時計」御担当 様 : : Subj: お知らせ:「日本初のプラネタリウム」 (090120) : : 御無沙汰致しております。これまで「しあわせの時計」をいくつか作製 : させて頂きました大阪の  と申します。その節はお世話になりました。 : : お知らせをひとつ。 : : 2007年に作製させて頂きました「しあわせの時計」におきまして、 : : : > ■【追伸】: : : > : : > ★「電気科学館の思い出募集中!」 : : > http://www.sci-museum.jp/server_sci/top/recollections.html : : > : : > ↑びっくり。なんちゅうグッドタイミング。いい機会ですので今回の時 : : > 計のメッセージと画像をここ↑に応募してみようかと思います。 : : > : : > ※そのメッセージ中の「日本初のプラネタリウム」が、この電気科学館 : : > のことなのです。 : : としてダメモトで応募致しまして、それっきりすっかり忘れていたので : すが、果報は寝て待て? **は忘れた頃にやってくる? のごとく、 : 予定より大幅に遅れて(笑)「文集」が完成したとの連絡が先日あり、 : このほど進呈現物が届きました。えらく立派な装丁で、意外にも私の寄 : 稿も掲載されていました。 : : こんな↓感じです。 : http://... : : 申し訳ないのは、科学館様御自身もおっしゃっているように編集の都合 : 上全ては掲載できなかったとのことで、画像の出典元表示などが反映さ : れておりませんでした。私からお尋ねしておきながら御指示に沿えず恐 : 縮ですがその点御容赦願えれば幸いです。 : : なお冊子現物は科学館から一般向けにも頒布が始まっているようです。 : : From: "大阪市立科学館" : >本冊子が出版されたことを周りの方々にお知らせいただければ幸いです。 : : とのことですので、もし御興味がおありでしたら、あるいは著作権関係 : などで御入用でしたら、私からも手配または進呈可能ですのでその節は : お申し付け下さい。 : : いい記念品ができました。御協力に感謝申し上げつつ取り急ぎ御一報ま : で。ありがとうございました。 : : de Shin, JR3LVS : Jan.20,2009 : : ※脚注: : : 表記されるはずだった使用画像の出典元表示をここに掲示しておきます: : : : ---------------------------------------------------------------- : : 原案/原稿/原画  : de Shin, JR3LVS (Osaka, in my boyhood) : : 編集/デザイン/製作: Jewelry&Watch COPAL (Hiroshima) : :             http://www.copal.ne.jp/ : : ---------------------------------------------------------------- --- Original Message ----- | 母M子御親族様各位/御関係各位 ================================================================ ================================================================ 20##/02/14 00:00 From Your Valentine - 20##  SELENE - Certificate No.1017238 de shin, jr3lvs February 14,20## ================================================================ ================================================================ 20##/02/01 00:00 - 訪れなかった誕生日 [20##] -  primrose (さくら草)  marguerite (マーガレット) de shin, jr3lvs February 01,20##
080118 夢を見た 目の前に疲れきった顔の母がペタリと座っている 手渡す相手も無く死蔵されたままだった 小さなプレゼントの包みを取り出して - おかあさん           - 遅くなったけど         - 二月一日 お誕生日 おめでとう 母の手に初めて 直接手渡した 母は無言のまま きょとんとしていた そこで目が覚めた 俺独りが泣いていた ...花束、届きましたか?
================================================================ ================================================================ 20##/01/18 07:50 - 親子になった日 [20##] -
- おかあさん。 - - 俺を産んでくれて、ありがとう。 - portrait - 私は「城みちる」ではない。
de shin, jr3lvs Ianuarius 18,20## 07:50JST
p.s. おかあさん 貴女の許(もと)を巣立った日の 貴女の歳に そして今日 私もなりました
================================================================ ================================================================ 20##/12/24 00:00 season's greetings - winter, 20##-20##+1 - season's greetings - de shin, jr3lvs December 24,20## ================================================================ ================================================================ 20##/09/06 05:20 the ##th anniversary 縁側 - WISH UPON THE MOON de shin, jr3lvs September 06,20## / 05:20JST
...かぐや、飛んだよ。
================================================================ ================================================================ 2007/05/13 00:00 Thanks Mother's Day - 2007 Thanks Mother's Day - 2007 “とき”を刻むもの (c) "Shangri_La" de shin, jr3lvs May 13,2007 P.S. 試作品が出来たと連絡が来ました。 OK>GOをかけました。 4月中旬に納品予定。 Apr.01,2007 --- Original Message ----- : 大切な贈り物のお品として : この度も「しあわせの時計」をお選びいただき、 : 本当にありがとうございます。 : : 大変お待たせいたしました。 : 試作品が出来上がりましたので : ご確認のほど何卒よろしくお願い申し上げます。 : : 文字盤です : ↓ : : お送りいただきました : お写真とご希望を拝見しながら、 : イメージを膨らませて 構成してみました。 : : まず最初に、時計全体を大きく使って : 広い宇宙とそこに浮かぶ星々のイメージをお入れしました。 : : 続けて、その上に惑星のイメージにて白い円形を配置。 : そしてその上へ、この度のお写真やイラストそしてメッセージを、 : ご希望に沿って、一つ一つお入れしていきました。 : : その右上へは、お母様のお写真をメインとして配置。 : すぐ下の○○様のお写真とこちらを、 : 一際映えますように背景から抜き出し、 : その周囲に様々な思い出が浮かぶ、というイメージで、あたたかく : やさしい雰囲気でお入れしていきました(^^) : : それと数字は、全体の雰囲気や背景と馴染むようにと考えて : 12、3、6、9のみを入れてすっきりとした雰囲気に。 : : そして、お伝えいただいていますご希望を見直して、 : あたたかくやさしい雰囲気を、時計に一層表現できますようにと : 全体を再調整して仕上げました。 : : いかがですか? : : お気に召されれば幸いです。 : : こちらが ピュアパールホワイト枠に入れた感じです。 : ↓ : : 枠に入れると、ぐっと 引き締まった感じになりますよ : いかがですか? : : お待たせいたしました。 : お写真とご希望とを 拝見しながら : イメージを膨らませて 構成してみました。 : : また ご感想のほど お待ちしていますね : よろしくお願いいたします。 : 誤字・脱字のチェックもお願いいたします。 : : : それでは 、ご感想心待ちにしています : : 何卒ご検討のほど : よろしくお願い申し上げます。 : ※ Apr.10,2007 出荷連絡 ※ Apr.11,2007 納品(配達)完了 ※宛て先:4ヶ所 *母@“俺”様方 *母&母方御親族様各位@“おやじ家”様方 *“おやじ家”様 *俺 --- Original Message ----- | 母M子御親族様各位 |    御関係各位 May 13,2007 ■「しあわせの時計」2007 (070513) ---------------------------------------------------------------- 原案/原稿/原画  : de Shin, JR3LVS (Osaka, in my boyhood) 編集/デザイン/製作: Jewelry&Watch COPAL (Hiroshima)             http://www.copal.ne.jp/ ---------------------------------------------------------------- ※(原版あり>同じものを追加注文可能) ================================================================ ================================================================ 2007/02/14 00:00 From Your Valentine - 2007 From Your Valentine - 2007  SELENE - Certificate No.1017238 (c) "Shangri_La" de shin, jr3lvs February 14,2007 ================================================================ ================================================================ 2007/02/01 00:00 - 訪れなかった誕生日 [2007] - - 訪れなかった誕生日 [2007] - primrose (さくら草)  marguerite (マーガレット) (c) "Shangri_La" おかあさん。 お誕生日、おめでとう。 今、 今年のプレゼントを手配してます。 母の日を兼ねて。 ちょっと時間がかかるけど、 もう少し、待っててね。 待っててね。 de shin, jr3lvs February 01,2007 P.S. でも本当は 旧姓名のパスポートと カナダの永住権と Vancouver 行きの片道チケットを プレゼントしたかった カナダ/移住/永住権 http://www.google.com/search?num=20&hl=en&q=%22%E3%82%AB%E 3%83%8A%E3%83%80%22+%22%E7%A7%BB%E4%BD%8F%22+%22%E6%B0%B 8%E4%BD%8F%E6%A8%A9%22&btnG=Search&lr= カナダ大使館 http://www.canadanet.or.jp/ ================================================================ ================================================================ 2007/01/17 05:46:52 12年前の今日 1995年01月17日午前05時46分52秒 大地が揺れた 震源地から少し外れていたので 大きな被害にはならなかったが 断水 CLも洗えず視界確保不能 床が本だらけ 本棚の肩口の壁掛け扇風機のコントローラーが割れた 30kgもあるFT−400が 脚元の木面に 10cmを超える擦痕を何本も残していた 俺はベッドの中だった 揺れが本棚や家具ラックの横方向だったので無事だった もし前後方向だったら >「だいじょうぶか!?」 直後 いの一番にかかってきた電話は 貴女だったね 水道は断水になったけど 電話は無事だったことを 貴女に教えてもらったわけだ そのあとにほかからかかってくる見舞いの電話が みんな虚しく感じた いまごろなんだよ〜 みたいに 貴女はだいじょうぶか!? 応じて普通ならそう声をかけるはずの人間は そこには居なかった “強制退院”直後 自身の維持が全ての人間に 他人を気遣う余裕など無く 言葉ではないぶっきらぼうな一声だけ発して すぐ切ってしまっていた そして たぶん これが 貴女と直接声を交わした 最後になった ごめんね ごめんね いまさら だけど 謝って済むことじゃ ないけど ほんとうに ごめんね ごめんね ごめんね Jan.17,2007 ================================================================ ================================================================ 2007/01/01 happy new year 2007 - happy new year 2007 - Jan.01,2007 ================================================================ ================================================================ 2006/11/10 17:22 season's greetings - winter, 2006-2007 おかあさん- season's greetings - また1年 経ってしまったね 3年前のこの季節の 貴女のあの手紙 今また 想い出しています 泣いてばかりです もう 泣くことしか  できなくなってしまいました ごめんね ごめんね いまさら だけど 謝って済むことじゃ ないけど ほんとうに- The Arctic Circle, before Christmas 2006 - - santaletter2006 - ごめんね ごめんね ごめんね I wish you a wonderful winter time... - winter, 2006-2007 de shin, jr3lvs Nov.10,2006  season's greetings - winter, 2006-2007
おかあさん 貴女は今 どこに居るの? どこで どうなっているの??? なにがなんだか もう なんにも 分かりません だれか 教えて
================================================================ ================================================================ 2006/09/06 05:20 まもなく2周年 俺は - for the 2nd anniversary - 何をすればいいんだろう 何ができるんだろう おかあさん ※“2周年に寄せて
そのメッセージも いつものように 届いていないと思います 今回も なにがどうなっているのか “なんにも わからへん...” だれか 教えてくれませんか ※数日後  母と御親族宛てのそのメッセージカード  またしても  裏紙メモ用紙に使われて  玄関先に吊るされていました
================================================================ ================================================================ 2006/05/14 00:00 母の日にはやっぱり これ、だね− > いつも食事を作ってくれてありがとう。たまには僕が作ってあげるよ。 - いつも食事を作ってくれてありがとう。たまには僕が作ってあげるよ。 - - ラーメン 作ってあげたいよ Thanks Mother's Day, 2006 - de shin, jr3lvs May 14,2006 P.S. この↑時の情景、母がテーブルの前に座っている姿、 - いつも食事を作ってくれてありがとう。たまには僕が作ってあげるよ。 - 鮮明に覚えているので、 写真代わりに記憶からイラストにスケッチしようと思って、 いったん鉛筆を手にして紙に向かったんですが、 イラストって、一度描いてしまうと、 元の記憶を上書きしてしまいますよね。 なので、今、描きかけて途中でやめました。 この時の情景、はにかんだおぼつかない笑顔の母の姿、 もし聞きたいと思ってくれる方がいらっしゃったら、 口頭と身振りで、語らせてもらいます。 だれか、聞いてくれませんか。 ■P.S.1. 誕生日、母の日、そして(訪れなかった)金婚式。 これらを兼ねたプレゼントを今手配中です。 その基底は、 “とき”を刻むもの − 時計。 状況をまた御報告します。 Apr.02,2006 ■P.S.2. 試作品↓が出来たと連絡が来ました。 --- Original Message ----- > 大変お待たせいたしました。 > 試作品が出来上がりましたので > ご確認のほど何卒よろしくお願い申し上げます > > お送りいただきました > HPの画像とご希望を拝見しながら、 > イメージを膨らませて 構成してみました(^^) > > まず最初に、送っていただきました > HPを参考にして、背景を作成、そしてその上へ > お写真などをお入れしていきました。 > > 時計の中では、主役のお母様のお写真は、 > 時計右上の位置へ大きく配置しました。 > > こちらのお写真と、右下の**様のお写真は、 > 時計の中で、一層明るくはっきりと映えますようにと、 > 背景から抜き出す形に 加工しています。 > > 時計右下のスペースへは > **様のお写真と手書きのイラストを配置。 > > そして、その周囲のスペースへ、 > HPに刻まれていました、**様からのメッセージを > 色やバランスに気をつけつつ、お一つお一つ、 > お入れしていきました。 > > それと、時計ですので、数字もありましたほうが実用的と思い、 > お写真の雰囲気に調和し、背景にも 馴染むこちらの色を使って > くっきりと読みやすくお入れしました。 > > でも 多分・・・実際の使用では・・・ > 時間をみるより 写真を眺めて いろんな事を思われるでしょうねぇ・・・ > いままで沢山作ってきましたが、この「しあわせの時計」は > 時間確認が必要な普通の時計と違って > 別の時間を頭の中で考えて、気持ちが和らぐ みたいですから・・・(^^) > > そして、それぞれの位置などを再調整して、 > 仕上げとしてHPの花を、時計中央の位置へお入れして、 > 明るさを加えるとともに、全体をしっかりとまとめました(^^) > > いかがですか? > > HPの雰囲気を『しあわせの時計』にアレンジして > **様の想いを文字盤に注いでみました・・・ > お気に召されれば幸いです。 > OK>GOをかけました。 5月初めに納品予定。 Apr.24,2006
■P.S.3. 今日、(訪れなかった)金婚式。 母にとっては忌まわしき記念日かもしれないけれど、 でも、やっぱり− ↓ May 01,2006 ■P.S.4. 時計が届きました↓ 今から発送の準備です 母と、その御親族と、父方親族と、俺へ May 04,2006
■P.S.5. おかあさん こんな風に そして こんな風に 伝えておいたよ こんなので よかったのかな こんなことしか出来なくて ごめんね de shin, jr3lvs May 04,2006 May 21,2006 ================================================================ ================================================================ 2006/03/07 00:00 俺の 自慢の おかあさん おかあさん 手元にある 貴女からもらった手紙たち やっと スキャンして電子ファイルにしたよ ちゃんと後世に遺るように しておいたよ (でもPDFってずっと在るのかな?) (本当は“石”に刻むのが一番いいんだけどね) ちょっと 遅くなったけど 貴女の言葉 貴女のメッセージ 貴女の 人生をかけた 渾身のメッセージ 確かに 受け取ったよ 確かに 受け取ったからね そして今改めて分かったこと 貴女の言ってたこと 伝えてくれてたこと なにもかも みんな 正しかったよ やっぱり さすがだよ さすがだね みんなにも 見てもらうよ 見せてやるよ (こんな風にも 伝えておいたよ) 貴女の気持ち 貴女の想い 貴女の 優しさ 聡明さ そして すごさ 強さ 本当の貴女 そのすばらしさ そして 貴女の存在 俺の心に みんなの心に 今 確かに伝わったからね だから それだけは 安心して下さい それだけ 御報告 です 遅くなって ごめんね ごめんね ごめんね - 俺の 自慢の おかあさん archives - 渾身のメッセージ - 彼女からの手紙たち 貴女の優しさ 忘れない de shin, jr3lvs March 07,2006 証:あかし - 貴女は、確かに、居た。 > - 母は、「M原 M子」は、確かに、居た。 > - “母”として、“女”として、そして“一個の人間”として、 > この世に、確かに、存在した。 > > 後世へのその証明のためにも、 > どこかに、飾ってやって下さい。そして、遺してやって下さい。 名誉と尊厳 - 今、守るべきもの > こんなバカ息子の釈明など、聞いてはもらえないだろう。 > 俺自身のことはもういい。 > だが、 > 本当の母を正しく知ってもらうことだけは、 > 絶対に、やり遂げてやる。 > > 貴女は、命を懸けて、俺を守ってくれた。 > だから、俺も、命を懸けて、貴女を、守る。 > > 絶対に、守ってやる。 > > > > 彼女の名誉と尊厳を守るためなら、私は何を言われても構いません。 > > > - 彼女の、一個の人間としての「名誉」と「尊厳」を、守ってやる。 > > > - 俺が、絶対に、守ってやる。 > > > > 後悔と懺悔でいっぱいの、バカ息子でした。 P.S. おかあさん もうすぐ 親孝行のやり直しに そちらに行くよ 待っててね そして 新しい“家族”、新しい「Home」、そして、本当の人生へ ================================================================ ================================================================ 2006/02/25 00:00 証:あかし - 貴女は、確かに、居た。 おかあさん。 こんな風に 伝えておいたよ こんなので よかったのかな こんなことしか出来なくて ごめんね de shin, jr3lvs February 25,2006 ================================================================ ================================================================ 2006/02/01 00:00 - 訪れなかった誕生日 [2006] - おかあさん。 marguerite (マーガレット) お誕生日、おめでとう。 de shin, jr3lvs primrose (さくら草) February 01,2006 p.s. こんな風に 伝えておいたよ こんなことしか出来なくて ごめんね
================================================================ ================================================================ 2005/12/19 20:26 season's greetings - winter, 2005-2006 おかあさん- season's greetings - 寒いね そっちは どう ? こんな風に 伝えておいたよ こんなことしか出来なくて ごめんね I wish you a wonderful winter time... - winter, 2005-2006 de shin, jr3lvs December 19,2005
================================================================ ================================================================ 2005/08/08 19:37 まもなく一周年 俺は 何をすればいいんだろう 何ができるんだろう おかあさん ================================================================ ================================================================ 2005/07/15 03:52 (notitle) おかあさん 肩揉んであげたいよ ほんとうに ごめんね ごめんね ごめんね ================================================================ ================================================================ 2005/11/27 03:33 もらった夢 - Re: 「宇宙」への憧れ - あの頃の夢
[ HAYABUSA - by Courtesy of ISAS/JAXA ]
 HAYABUSA - by Courtesy of ISAS/JAXA 快挙! タッチダウン成功−− その「はやぶさ」のターゲットマーカーに 貴女の名前を 刻んでおけばよかったね ☆「宇宙が子どもたちの心に火をつける」− 子供のころ 貴女は そういうこと いっぱい いっぱい 教えてくれたね そんな本も たくさん 買ってくれたね 「日本初のプラネタリウム」にも ちゃんと 連れて行ってくれたよね
■[ あの頃の夢 ]
 - もらった夢−ここが、原点。 - 俺は貴女に 夢をいっぱい もらっていたんだね だから そんな夢いっぱいの今の俺が あるんだもんね 貴女こそ そんな星になるに ふさわしいと思う 今すぐ 貴女の名前を携えて イトカワに飛んで行きたいよ だれか 時を 戻して下さい Nov.26,2005
* > [GO !] - NEXT COMING ! - > [GO !] - NEXT COMING ! - P.S. 見立ての確かな母が、買ってくれたもの。 たくさんあるけど、ここで特に紹介したいのは: 宇宙や恐竜などを解説した“マンガ”の科学書。 マンガで科学を解説した本なんて、当時はたぶん珍しかったはずだ。 しかもいい加減なものじゃない。ちゃんとした真面目な科学書。 子供向けにちゃんと著わされた、真面目な科学書。 内容も、正しい科学情報に基づいて、 正しく詳しく、かつ平易に、きちんと書かれていた。 一般書にありがちなテキトーさが、微塵も無かった。 漫画自体も、ちゃんとしたもの。 作者は覚えていないが、手塚治虫や松本零士にも匹敵するくらいに、 真面目にきちんと、かつ面白く快活に描かれていた。 当時から科学面にもマンガにも妥協を許さなかった俺が、 一分の疑念も抱くことなく素直に読みふけっていた。 見立ての確かな母が、買ってくれたもの。 さすがだと、思いませんか。 * * * 鮮烈に覚えているネーム(セリフ)が、いくつかある。 - 見立ての確かな母が、買ってくれたもの。 - マンガだから、その“コマ”の絵として記憶に残っている。 いくつか紹介しておこう。 (女の子) :こわい。 (大人の男):こわいなんて、よく知ってるね。 (女の子) :だって、ビキニの灰があったもの。                 (あったでしょ。だったかも) :これはたしか、放射線もしくは宇宙線の話の場面だったと思う。 :宇宙には光や電波や宇宙線が飛び交っていて... :(もしくは超新星の爆発で... だったかも) :といった話を(たぶん先生が)女の子に説明していて、 :当時ビキニ環礁の水爆実験から間もない頃で :その怖さを知っていた女の子がこう反応した、という絵だ。 :奥深いよね。 (大人の男):一千億個の、一千億倍!! フゥ〜〜...       (と、言った本人が白目をむいて仰向けに卒倒する絵) (女の子) :... :これは、宇宙の星の数を女の子に解説している場面。 :銀河ひとつに大雑把に一千億個、 :そんな銀河が宇宙には大雑把に一千億個。 :その壮大さをこんな風に見事に表現されちゃあ、 :記憶に残るわけだ。 * * * ほかにもいろいろあるけど、またの機会に。 いっぺんに思い出してしまうと、想い出から消えてしまいそうなので。 ★追記情報:==================================================== ■「はやぶさ」着陸地点に名前を付けてください! http://www.isas.ac.jp/j/snews/2005/1109.shtml https://ssl.tksc.jaxa.jp/hayabusa/ > 「はやぶさ」が試料採取のために着陸する地点は小規模地形であるため、 > 世界的に登録する名前としての命名とはなりませんが、発見者にあたる > JAXA として、その命名を宣言し記念とするものです。 > > 申し込みは、https://ssl.tksc.jaxa.jp/hayabusa/ から。 > > 締め切り:11月30日(水)17:00 > なお、命名は、試料採取の実施状況をみて、12月上旬に決定します。 > > ・「はやぶさ」の最新情報はこちら>> > http://www.isas.ac.jp/j/enterp/missions/hayabusa/today.shtml > > 2005/11/09 ●ご応募ありがとうございました 「はやぶさ」タッチダウン点命名にご応募いただきまして、 ありがとうございました。 連絡先メールアドレスに受付確認のメールを送付しました。 ----- Original Message ----- From: "はやぶさ地名申込" < www@tkes04.tksc.jaxa.jp > Sent: Sunday, November 27, 2005 09:29 +0900 Subject: はやぶさ地名申込 [ hayabusa-1*** ] > このたびは、「はやぶさ」ランデブー点地名応募キャンペーンに > ご応募いただきまして、ありがとうございました。 > お問い合わせにつきましては、proffice@jaxa.jp にお願いいたします。 > > [受付番号] hayabusa-1*** > [地名] ●「みつこ」/「MITSUKO」 > > [命名理由] > ●「みつこ」/「MITSUKO」 > > 複雑な人生に翻弄された末、先日失意のまま天に召された > 最愛の母の名前です。 > > こういった個人名が採用されることはないと思いますが、 > はやぶさのターゲットマーカーに応募していなくて > 今回悔しい思いをしたこともあり、 > 母をなんにもフォローしてやらなかった罪滅ぼしに > 今代わりに何かしなければ...との切実な思いからの応募です。 > 不純な動機で申し訳ありません。 > > Nov.27,2005 > > > [お名前] **** > [メールアドレス] ...@...jp > > [メッセージ] > よろしければ「はやぶさ」へのメッセージをお願いいたします。 > > ───────────────────────── > 2005/11/27 03:33 > > もらった夢 - Re: 「宇宙」への憧れ - あの頃の夢 > > > 快挙! タッチダウン成功−− > > その「はやぶさ」のターゲットマーカーに > 貴女の名前を > 刻んでおけばよかったね > > > 「宇宙が子どもたちの心に火をつける」− > > 子供のころ 貴女は > そういうこと いっぱい いっぱい 教えてくれたね > そんな本も たくさん 買ってくれたね > 「日本初のプラネタリウム」にも ちゃんと 連れて行ってくれたよね > > 俺は貴女に 夢をいっぱい もらっていたんだね > だから そんな夢いっぱいの今の俺が あるんだもんね > > > 貴女こそ そんな星になるに ふさわしいと思う > 今すぐ 貴女の名前を携えて イトカワに飛んで行きたいよ > > だれか 時を 戻して下さい > > > Nov.26,2005 > > ───────────────────────── > ★追記情報2:================================================== ■「陸域観測技術衛星 ALOS(エイロス)」にふさわしい愛称をつけてください。 http://www.jaxa.jp/press/2005/11/20051130_alos-name_j.html https://ssl.tksc.jaxa.jp/alosname/ ALOS: http://www.satnavi.jaxa.jp/project/alos/index.html > 「陸域観測技術衛星 ALOS(エイロス)」にふさわしい愛称をつけてください。 > 募集期間 平成17年12月1日(木)〜12月25日(日) > (はがきの場合12月22日(木)消印有効) > 応募方法 インターネットまたははがきで応募することができます。 > インターネットによる応募 >    https://ssl.tksc.jaxa.jp/alosname/ > > 選定された愛称ご提案者への特典 > 種子島宇宙センターでのH-IIAロケット8号機によるALOS打上げご視察に > ペアでご招待。 ●ご応募ありがとうございました ALOS愛称募集にご応募いただきまして、ありがとうございました。 連絡先メールアドレスに受付確認のメールを送付しました。 ----- Original Message ----- From: "ALOS 愛称募集" < www@tkes04.tksc.jaxa.jp > Sent: Monday, December 05, 2005 16:04 +0900 Subject: ALOS 愛称募集申込 [ ALOS-1*** ] > このたびは、「ALOS」愛称応募キャンペーンにご応募いただきまして、 < ありがとうございました。 > お問い合わせにつきましては、proffice@jaxa.jp にお願いいたします。 > > [郵便番号] ***-**** > [住所] **市... > [氏名] ** ** > [電話番号] 0... > [メールアドレス] ...@...jp > [年齢] **代 > [性別] * > [職業] **(技術系) > [愛称] ●「みつこ」/「MITSUKO」 > > [理由] > ●「みつこ」/「MITSUKO」 > > 複雑な人生に翻弄された末、先日失意のまま天に召された > 最愛の母の名前です。 > > こういった個人名が採用されることはないと思いますが、 > 「はやぶさ」のターゲットマーカーに応募していなくて > 今回悔しい思いをしたこともあり、 > 母をなんにもフォローしてやらなかった罪滅ぼしに > 今代わりに何かしなければ...との切実な思いからの応募です。 > > そして、 > > ★地上に残った私たちを天から見守ってくれる−− > > 彼女こそ、そんな星になるに、ふさわしいと思う... > > そんな理由もあり、「はやぶさ」の着陸地点名との > 重複応募になってしまいましたことを白状しておきます。(^_^;) > 不純な動機で申し訳ありません。 > > Dec.05,2005 > ★追記情報3:================================================== ★ Fly high to the Stars ★  - to the Stars -
Tks Mom, I~d never forget ur tenderness-  SELENE - Certificate No.1011922  SELENE - Certificate No.1017238  Phoenix - Certificate No.1166910
★ WISH UPON THE MOON - SELENE ★
- NEXT COMING ! - [ LIFT-OFF ! ]  HAYABUSA - by Courtesy of ISAS/JAXA  SELENE - by Courtesy of JAXA  SELENE - by Courtesy of JAXA - by Courtesy of JAXA
[ selene061203a ]
- WISH UPON THE MOON - [ SELENE "Wish upon the moon!"Campaign ] [ セレーネ「月に願いを!」キャンペーン ] [JAXA] PR - "Deliver Your Message to the Moon" http://www.jaxa.jp/press/2006/11/20061130_selene_e.html PR - “あなたの名前とメッセージを月へ届けます” http://www.jaxa.jp/press/2006/11/20061130_selene_j.html SELENE "Wish upon the moon!" Campaign - JAXA http://www.jaxa.jp/pr/event/selene/index_e.html セレーネ「月に願いを!」キャンペーン - JAXA http://www.jaxa.jp/pr/event/selene/index_j.html SELENE "Wish upon the moon!" Campaign - ISAS http://www.isas.jaxa.jp/e/new/event/selene_camp/ セレーネ「月に願いを!」キャンペーン - ISAS http://www.isas.jaxa.jp/j/new/event/selene_camp/ Supported by The Planetary Society(TPS) 協力:日本惑星協会(TPS/J) http://www.planetary.or.jp/selene/ http://www.planetary.or.jp/selene/pc/index.html http://www.planetary.or.jp/selene/pc/en/index.html http://planetary.org/programs/projects/messages/selene.html http://planetary.org/special/fromearth/selene/ >> - NEXT COMING ! - ================================================================ ★ My Applications and Registrations Here :   応募したぞ〜 たのむぞ〜 ずっこけんなよ〜 >> - NEXT COMING ! - ================================================================ ★ And in addition : - NEXT COMING ! - ★ その「SELENE」の愛称が 「家具屋」、じゃなくて「かぐや」になったという。 月周回衛星SELENEの愛称「かぐや」に決定 http://www.isas.jaxa.jp/j/topics/topics/2007/0607.shtml SELENE has a new name: Kaguya http://www.planetary.org/blog/article/00000996/ かぐや/H-IIA13号機打上げ特設サイト http://www.jaxa.jp/countdown/f13/ Kaguya Approaches Launch (by マトちゃん) http://www.planetary.org/news/2007/0618_Kaguya_Approaches_Launch.html Kaguya Rockets Toward the Moon http://www.planetary.org/news/2007/0914_Kaguya_Rockets_Toward_the_Moon.html ----- Original Message ----- From: "ISAS広報委員会" Sent: Tuesday, June 12, 2007 10:00 +0900 Subject: ISASメールマガジン 第143号【 発行日− 07.06.12】打ち上げの季節 | ☆02:月周回衛星SELENEの愛称「かぐや」に決定! | |  この夏打上げ予定の月周回衛星「SELENE」の愛称は「かぐや」に | 決定しました。 | |  竹取物語の「かぐや姫」に由来する応募(「かぐや」「かぐやひめ」) | への提案者は有効応募総数の約24%を占め、中でも「かぐや」はその7 | 割弱の支持を得ました。 | |  また、月探査のために月に向かうSELENEと「かぐや姫」が月に帰 | る日本の昔話とが重なり、日本人にとって親しみやすいということから決 | 定しました。 | |  打上げ日が決まり次第、特設サイトもオープン予定です。どうぞお楽し | みに! | | 詳しくは | ⇒ http://www.isas.jaxa.jp/j/snews/2007/0607.shtml | ----- Original Message ----- From: "JAXA Mail Magazine" Sent: Friday, June 15, 2007 19:12 +0900 Subject: [JAXA MM:0062] JAXAメールマガジン 第62号 | 月周回衛星「セレーネ」の愛称が「かぐや」に決まりました。かぐや姫の | 「かぐや」です。「家具屋」ではないので、アクセントにご注意ください。 | ちょうど2ヵ月後に月へ旅立ちます。今から楽しみですね。 |                     −JAXAウェブサイト編集部− | | ━《3》編集部おすすめサイト ━ | ◆かぐや/H-IIA13号機特設サイト |  皆さんに「かぐや」と「H-IIA13号機」の最新情報をお伝えします。 |  どうぞお楽しみに! | | 〔!〕かぐや/H-IIA13号機特設サイトはこちら | http://www.jaxa.jp/countdown/f13/index_j.html | SELENE has a new name: Kaguya | I searched around the Internet for some references to the | origin of the name Kaguya. Most of my initial searches with | words including "moon" and "japan" and "princess" hit upon | articles about the "Sailor Moon" cartoon, but eventually I | found a couple of versions of the story of the Moon princess | Kaguya Hime, also known as the tale of the bamboo cutter, which | appears to date back at least to the 10th century, here and | here. There's a pretty multimedia version of the story for kids | here (which unfortunately loads rather slowly). | | It's a lovely name for Japan's first lunar mission. I wasn't | aware of the story before, but it appears to be one that all | Japanese would know. I'll have to buy a story book version to | read to my daughter. あの“台風とヘチマの家”の縁側で縁側 - WISH UPON THE MOON ささやかに活けられたススキとピラミッド盛りの月見団子越しに 十五夜の夜空に浮かんだまんまるな月を 呆けた顔でぼんやりと見上げている 幼い頃の俺の後ろ姿− なぜかそんな情景が、脳裏の片隅に残っている。 母も、月に帰ったのだろうか。 ... So, the messages above are about to fly over to you soon -
ちなみに。 光り輝く竹から生まれ、 輝くばかりに美しく、 家の中も隅々まで光が満ちているようだった、 が故にそう名づけられた、 「なよ竹の“かぐ”や姫」。 偶然とは思えない何か通じるものを、 母の名に、感じませんか? −『“光”子 』。
...かぐや、飛んだよ。 Kaguya Rockets Toward the Moon  | Kaguya launches to the Moon  | On September 14, 2007 at 10:31:01 JST, Kaguya lifted off from  | Tanegashima space center at the tip of an H-IIA rocket.  | Today, in a picture-perfect liftoff, the 13th flight of Japan's  | H-II A launch vehicle propelled the Kaguya spacecraft toward  | the Moon. Kaguya, also known as SELENE, is a three-ton  | spacecraft with two mini-spacecraft that will explore the  | Moon's geology and geophysics. It is the first in a new,  | international fleet of lunar orbiters to be launched over the  | next year.  | ...
...かぐや。 当初は、 キャンペーンに参加していなかった「はやぶさ」の代わりだった。 チャレンジングなアステロイド探査の直後だけに、 “いまさら月かよ〜”としらけムードも拭えなかった。 むしろ同時にキャンペーンやってた「phoenix」に目が向いていた。 それと、その前の「New Horizons」のキャンペーンに気づかず うっかり逃していたことを痛く悔やんでいた。 だから「SELENE」には、正直あんまり乗り気ではなかった。 だがその後、状況が変わった。 - 愛称が「かぐや」に。 - - 彼女の名が「かぐや姫」と同義。 - - 命日が9月。お月見の季節。 - - 子供のころ、あの縁側から見上げていたお月見の情景の記憶。 - - ついでに、「月球儀」の想い出も。 - そんないろいろが、一度に重なった。 不思議な偶然 子供のころ、 ベランダから見上げて夢を重ねていたあのアンタレスと同じように、 これからは、 刻み送り届けたその名に想いを馳せながら月を見上げるのだろう。 そう思う。 だから、 - Wish Upon the Moon - ... Tks Mom, I~d never forget ur tenderness- ... - おかあさん - - 牛車に乗って 迎えに来てくれないか -
* * * そして、火星へも− Fly Your Name to Mars - Phoenix http://planetary.org/programs/projects/messages/phoenix_dvd.html Phoenix DVD with 250,000 Names Ready to Launch to Mars http://planetary.org/programs/projects/messages/20070523.html We're On Our Way to Mars! http://www.planetary.org/programs/projects/messages/20070804.html ================================================================ Messages From Earth Thank you for participating in The Planetary Society's Messages from Earth Project by sending a name on the Phoenix DVD. When the Martians of the future find and decode our message to them, your name will be there, a permanent record of your part in the story of space. You submitted the name: "DearMomMITSUKOdeShinI~d never forget ur tenderness" Click on your name below to generate a filled-in acknowledgement certificate that you can print. Results 1.) Certificate number 1166910 DearMomMITSUKOdeShinI~d never forget ur tenderness Showing results 1 to 1 of 1 ================================================================ ----- Original Message ----- From: "Bruce Betts - The Planetary Society" To: "de Shin, JR3LVS" Date: Sat, 04 Aug 2007 04:10:06 -0700 Subject: We're on Our Way to Mars! | Dear Fellow Mars Explorer, | | Phoenix launched today -- | we are on our way to Mars! | | Do you know who's going to the Red Planet | along with you? | | In addition to your name and more than a quarter | million of your fellow inhabitants of Earth, | the Phoenix DVD carries Visions of Mars: The | First Martian Library. | | Traveling with you on the disk is a treasure | trove of literature and art: from science fiction | classics from Arthur C. Clarke, Ray Bradbury, | and Kim Stanley Robinson; to literary classics | by Voltaire and Jonathan Swift; to Orson Welles' | radio retelling of "The War of the Worlds"; to | a special audio recording of Carl Sagan delivering | a message to the future Martians. | | "Attention Astronauts: Take This With You." | | When the first human explorers set foot on Mars | and discover our disk, mounted to the deck of | the Phoenix spacecraft, they will see a special | note "Attention Astronauts: Take This With You." | When they decode the data on the disk and unlock | its secrets, they will receive a wealth of | information about how Mars was seen by 20th | and 21st century Earth. This disk is a very | special message to the future from Earth | created by the members of The Planetary Society. | | Together, our presence will be known in the | universe, as we write another chapter in | the great story of space exploration. | | We will land near Mars' north pole in | May 2008. We hope you continue the journey of | exploration with us. | | Sincerely, | | Bruce Betts | Director of Projects | The Planetary Society | | Read more about the DVD and Visions of Mars >>. | http://planetary.org/programs/projects/messages/phoenix_launch0807.html | | Join The Planetary Society today and receive a | special Commemorative Phoenix DVD keychain! | https://planetary.org/special/join/phoenix_join.html | | --- | ================================================================ ================================================================ 2005/08/22 18:45 エピソード - Re: 想い出の形 > 2005/08/01 02:45 > 見つけたあー!! - Re: 「坊っちゃん」− 忘れ得ぬ特別な存在 出版社に聞いてみた。 > Q1: > > > 「42. 坊っちゃん ジュニア版日本文学名作選 4 夏目 漱石 (著)」 > > 今回見つけましたこの書籍の具体的素性をちゃんと知りたい。 > 書籍の正確な歴史、最終版はいつの何版、いつどれくらい発行されてど > れくらい売れたのか、そのほかエピソード、などなど、なんでもいいか > ら知りたい。 今日、ありがたくも答えを頂いた。 > 初版は1964年10月になります。 > 最終刷は、1991年3月で67刷になります。 > 製作累計は、約50万部 > 売れた部数は残念ながら、返品などもあるため正確な冊数はわかりません。 > エピソードですが、これもまた担当編集者が定年退職をしており、詳しいことは > わかりませんが、偕成社社史に、次のような一文があります。 > > > <ジュニア版日本文学名作選>は明治から現代までの文学作品のなかから、 > > 少年少女期にぜひ読んでおきたい作品を選んだシリーズで、児童書に読書 > > 革命を起こしたとまで言われた大ヒットシリーズだ。なぜなら、夏目漱石 > > の『坊っちゃん』とか、山本有三の『路傍の石』など、それまでは大人の > > 文庫本とか、全集以外には入手できなかった作品を、現代表記および適切 > > な注釈をつけ、さらに九ポイント活字で少年少女が容易に読める形に編集 > > したからである。まもなく他社から類似した企画が刊行された。 そんな本をちゃんと選んでくれていた母の見立てのすばらしさ。 やっぱり、さすがだと、思います。 Aug.22,2005 P.S. 一冊を、母に贈(送)りました。 ================================================================ ================================================================ 2005/08/10 02:41 想い出の形 - Re: 見つけたあー!! > 2005/08/01 02:45 > 見つけたあー!! - Re: 「坊っちゃん」− 忘れ得ぬ特別な存在 奇蹟的にも、2冊手に入った。 一冊を、母に贈(送)ろう。 ペアルックみたいだね...? こういう形で共有できる奇蹟に、感謝しながら。 Aug.10,2005 ================================================================ ================================================================ 2005/08/01 02:45 見つけたあー!! - Re: 「坊っちゃん」− 忘れ得ぬ特別な存在 > 2005/01/02 01:40 > 「吾輩は猫である」100年 > > 私がまだ幼かった頃。 > > 母に連れられて書店に赴き、これいいよ、と薦められて買ってもらった。 > > 赤いハードカバーの立派な体裁。私が読んだ初めての文学作品になった。 唐突にふと思いついて、その坊っちゃんを探してみたくなった。 もう40年くらい昔のものだ。今あるわけ無かろう。でも、現物は無理 でもその痕跡だけでも見てみたい。俺の子供の頃の記憶が正しいかどう かを確かめてみたい。母にもらった大切な記憶、確かめておきたい。 でも、こんな感じの本だった、というあいまいな記憶しか無い。そんな 手がかりだけで見つかるわけないよな... 本のことなら、と単純にまずは amazon.co.jp へ。いきなり「坊っちゃ ん」でサーチ。ヒット数が多すぎたので「坊っちゃん 夏目漱石」で絞 り込み。新品/ユーズドはとりあえず問わず。 43件ヒット。意外に少ない? 古いものだから、「出版年月順」でソ ートして古い方から見てゆくことに。記憶では文庫版ではなかったはず なので、文庫と表示されているものをとばしていこう。一番古いものは 文庫、じゃ次は... いきなり目が留まった。下から2番目、非文庫の最初。タイトル表示は、 > 「42. 坊っちゃん ジュニア版日本文学名作選 4 夏目 漱石 (著)」 日本文学名作選、という表記に、何かピンと感ずるものがあった。根拠 はないが、なんとなくそんなタイトルだったような気が、一瞬したのだ。 まさか、いやひょっとして... 詳細ページへジャンプ。書籍データはこうなっていた。 > −: 312 p ; サイズ(cm): 19 > 出版社: 偕成社 ; ISBN: 4038010406 ; (1964/01) 初版1964年... 時期が符合する。 サイズ19cm... うん、それくらいのサイズだった。 ページ数312... うん、それくらいのボリュームがあった。 ...絶対、これだ... たったこれだけの情報。画像データが無いので見た目も確認できない。 なのに、なぜか不思議な確信が、あった。 ISBNコードが書かれていたので念のためWEBサーチしてみた。あ るオンラインショップでひとつヒット。同じく「坊っちゃん」で、出版 社も同じ。おおっ。でも品切れだった。 その出版社のサイトでサーチ。「坊っちゃん」は一種あったが、198 8年初版の別物だった。でもサイズや対象年齢は似ている。後継本なの かもしれない。 ほかには、見当たらなかった。ただ図書館などの蔵書にはあるようだ。 さてアマゾン。2冊あった。それぞれ別の出品者(古書書店)からのい ずれもユーズド商品(そりゃそうだろう)。 え〜い、2冊とも買っちゃえ。 これだ、とまだ確証は無いが、もたもたしていたら無くなってしまう。 高いものでもないから買ってしまって確かめよう。 さっそく注文。翌日、翌々日に相次いで届いた。 ...ドキドキしながら、開封。 「よっしゃあー!!」 「当たりー!!」 「そうだよー!!」 「ほれみろー!!」 雄叫びを上げた。「坊っちゃん  ジュニア版日本文学名作選 4」 この色、このサイズ、この重み、この手触り、 赤いハードカバーのこの感触、 書き出しのフレーズ、エンディングのフレーズ、 そのエンディングの文面がページ下段途中で終わっている 最終ページのこの体裁、... そう、何もかも、確かに、あのころの記憶と完璧に一致した。 40年の時を経て、書店で何がいいかな? と母と一緒に探していた「何がいいかな?」 「あの時」の情景が、今、眼前によみがえった。 Aug.01,2005 P.S. ちなみにこの2冊の版表示は、 1)1964年10月 1刷 / 1981年10月 53刷 2)1964年10月 1刷 / 1990年 1月 66刷 つまり初版から少なくとも26年(以上)版を重ね続けていたことにな る。売れてなきゃ版は続かないはずだよね。良書の、証。 そんな本をちゃんと選んでくれていた母の見立てのすばらしさ。 やっぱり、さすがだね。 ...貴女の聡明さを、今改めて、知ったよ! P.S.2. ◆書き出し: > 「親ゆずりの無鉄砲で子どものときから損ばかりしている。...」 ◆エンディング: > 「...だから、清の墓は小日向の養源寺にある。」 ...ちゃんと覚えておりました。俺もたいしたもんだと思う。うん。 P.S.3. その後。 ★出版社に聞いてみました。 ================================================================ ================================================================ 2006/04/17 ぐいっ - 強さの証明 今突然フラッシュバックした光景です:(あわててメモメモ) 俺がまだ小さかった時。 その場所も覚えているのでたぶん6−7歳頃の時だと思う。 あの団地の自宅のキッチンで、 両親が夫婦喧嘩していた。 俺もその場に居た。 たぶん俺の扱いを巡って口論になったのかもしれない。 突如父が、母の腹を殴った。 母の鳩尾(みぞおち)を、グゥで殴った。 母はその場に崩れ落ちうずくまった。 驚愕した俺は、 「なにすんねん!」 と叫びながら父に殴りかかった。 子供だからポコポコと叩くくらいにしかならないのだが。 その瞬間、俺の右側の床面に居た母が、 俺の右腕をぐっとつかんで、 びっくりするような力で、ぐいっと引き寄せた。 そのままその手を離さなかった。 やめなさい! やめて! うずくまったまま声も出せない母の、 そんな叫びが聞こえた気がした。 俺は殴りかかるのをやめて、 母を右腕にぶら下げたまま、 父をにらみ上げていた。 喧嘩のきっかけ自体はたぶんたわい無いことだったのだろう。 そのあと父がコップに水を汲んで母に差し出したりしたので 悪意があったわけでもないのだろう。 (だが水を差し出しただけで介抱をしなかったのはどういうことだ?) だけど− とっくに父に愛想を尽かしていただろう母にとっては、 (その一族を敵に回すリスクを覚悟の上での)精一杯の抵抗、 だったんだろうね。 今そんな風に想像しています。 みなさんにも、その瞬間の母の姿、 - その瞬間の母の姿 - 見せてやりたかった。 母の、優しさ、誠実さ、聡明さ、そして強さ。 それを物語るに充分な、 そんな大切な記憶です。 Apr.17,2006 P.S. 告白 その俺も 母をグゥで殴ったことが あります 鳩尾ではなく頭(さすがに顔面は避けたけど) 本気ではなかったけど半分は本気 出て行けー! って叫びながら 救急車で運ばれたあの病院の病室で いろんなことがあって憔悴し 身体も気持ちもズタズタになっていた時だったので そこへ突然現われたさらに新たな災い ついそう感じてしまったのだ いい加減にしてくれー! と 簡単に言えば 誰が目の前に現われても そういう医療関係者連中 (そして関与していた他の身内たち)と同じに見えてしまう それほど理性も吹っ飛んでいたね で 殴る相手を 間違えてしまった あとで謝って修復すればよかったのに もうそういうことも出来ないほどにくたばっていて それっきりになってしまっていました おおばかやろう ほんとうに ごめんね ごめんね ごめんね 今ごろ遅いかもしれないけど 謝らせて下さい そして 改めてお見舞いに 来てくれませんか 俺も 行くから
※これ↓、言い訳リストです... [ ボタンの掛け違い...?− ]
================================================================ ================================================================ 2005/10/01 03:16 ヘソの緒 - 絆の証し 昔、俺がまだ幼かった頃。 俺のヘソの緒を見せられたことがある。 母がタンスの引き出しから小さな木箱(桐?)をうやうやしく取り出して、 「これ、あんたのやで...」 とか言って差し出された記憶があるのだ。 なぜか今、その時の情景が急によみがえった。 今もどこかにあるのだろうか。 管理者が居なくなってしまった今となっては、 もう確認できなくなってしまった。 ヘソの緒は親のものだから、私が死んだら忘れずにお棺に入れてよ。 そう言う親もいるらしい。 それくらい、大切な証し。 俺はそれすら、してやれなかった。 想い出すのが、遅すぎました。 Oct.01,2005
P.S. 思ったんだけど、 身寄りが無くて、 自分の親ももう居なくて、 自分の母親ももう居なくて、 いろいろ教えてもらうこともできなくて、 誰にも相談できなくて、 貴女は、ひとりで、自分だけの力で、 俺を産んでくれたんだね。 貴女は、ひとりで、自分だけの力で、 俺を育ててくれたんだね。 だよね。 ...だよね... なのにその俺は−
================================================================ ================================================================ 2005/06/29 13:56 感想文 - 居てくれたからこそ - Re: portrait - 刻まれた記憶 昔、確か中学の時。 ある学校行事で遠征中に倒れた時、みんなにケアしてもらいながら、 「おかあさん...」 と、いつの間にかうわごとのようにつぶやきながらうめいていた。 布団に横たわって上を見つめていると、天井のカンバスに、 彼女のでっかい笑顔が、印象派の絵画のように浮かんできた。 気がつくと、涙が出ていた。 学校からの連絡で、新幹線を乗り継いで彼女が遠路はるばる 迎えに来てくれた。 帰路の車内、隣席の母の肩に抱かれて、 俺は“家路”についていた。 帰校後、書かされた感想文にそんなことを書き連ねたら、 校長に回されたらしく、校長からこんなメッセージ文が。 >「読ませてもらいましたよ。おかあさんって、いいでしょう...」 今ごろになって、そんなことを想い出しました。 あの時天井に浮かんだ彼女の笑顔は、 (もう少しだけ若いころの)まさに、これでした。
- portrait - 刻まれた記憶 June29,2005 P.S. あ。 ひょっとしたら彼女も、 そんな風に俺の名前を呼んでくれていたのだろうか。 今急に、そう思い当たりました。 だとしたら、俺自身が、貴女にも、そんな思いをさせていたんだね... 今になって、そんなことに、気がつきました。だからこれを書きました。 ...遅いんだよ。ばかやろう。 ================================================================ ================================================================ 2005/06/25 13:12 portrait - 刻まれた記憶 今日、母の写真(遺影)の暫定版を、ようやく入手しました。 いつどこで撮った写真か、どなたが用意してくれたものか、など素性が まだはっきりせず、印刷も荒いものなので、元データ(画像ファイル?) を改めて要望しています。 とにかくとりあえず、ここここにアップしておきました。 一大決心のもと、写真を開封しました。写真を見たら絶対に泣いてしま うと思っていました。 やっぱり涙がどっとあふれてきました。ひとしきり、声を上げて泣いて しまいました。 さて、意を決して見た瞬間、え? これがおかあさん? と戸惑ってし まった。私が記憶している彼女の顔とちょっとうまく一致しないのです。 私が曲がりなりにも記憶している彼女の顔は、情けないことに十数年前 のもので、確かもっとふくよかな顔だったと思うのですが... 思わ ず、これ、母本人でしょうか? と問い合わせてしまった。 俺、自分の母親の顔が、分からないよー.....! ばかやろう... ばかやろう... おかあさん、ごめんね、ごめんね、ごめんね...!! でもよく見たら、ちょっと受け口気味の「口元」と鼻の下の大きなホク ロは、紛れも無くおかあさん。俺が知っているおかあさんの口元。それ だけは、見間違えるはずもない。たぶん、ちゃんと本人なのでしょうね。  ※そしてよく見たら、      きれいに眉を引いて、きれいに紅を引いて、   普段することも無かっただろう精一杯のお化粧をして...      私に、そしてみんなに、   ほらこれが私よ! ちゃんと覚えてねっ!   そんな彼女の叫びが、聞こえてきませんか? こんなにきれいな写真、いつの間に撮っていたんだろう。思わずそう声 を上げたほど、きれいに写っていました。よくこんな写真撮っていてく れたね。さすが! えらい! 本当にありがとう!  ※だけど、たぶん、     貴女は、自分の遺影を、   独りで、撮りに行ったんだね。   誰にも見守られず、誰にも立ち会ってももらえず、   独りで、自らの後始末の用意をしていたんだね      一番大切にしなければならない人に   そんな思いをさせてしまって      謝る言葉も もう 見つかりません      ただ   ごめんね ごめんね ごめんね− 写真を得たおかげで、気持ちの整理が、少し付きそうな気がします。 こんなに素敵な姿なら、自分の最愛の母親としての永遠の記憶に、ちゃ んと刻むことができるかもしれません。 やっぱり、貴女は、最高に、素敵だったよ! おかあさん... June25,2005 P.S.- この写真に、少しだけ編集を加えてみました。 詳しくはこちら(写真の下の注釈) ---------------- 2005/06/27 13:25 もっともっと - Re: portrait - 刻まれた記憶 ちなみにこの写真では目つきがややきつい印象に写っていますが、 本当の彼女の笑顔は、 もっともっと、優しくて柔和です。 もっともっと、素敵です。 みなさんもそう覚えて下さい。 たぶん、写真を撮るときに、 精一杯の笑顔にしようとして目を細めたのだろうと思います。 それと、これ > ※そしてよく見たら、 >  きれいに眉を引いて、きれいに紅を引いて、 >  普段することも無かっただろう精一杯のお化粧をして... ほら、よく見れば優しい目でしょう?
彼女は、最期まで、 優しくて、強くて、最高に素敵でした。 > 写真を得たおかげで、気持ちの整理が、少し付きそうな気がします。 こう言いましたが、やっぱりちょっと無理だと思えてきました。 チンケな懺悔で償えるような罪じゃない。 なにもかも、もう、ダメな気がします。 June27,2005 P.S.- その日、彼女は - その日、 この彼女の遺影、 ゴミ用のビニール袋に入れられて 玄関先の格子の端に吊るされていました。 ただ写真が入っていただけで、何も書かれていませんでした。(※) だから誰が持ってきたのか、その素性、何も分かりません。 その後何度か問い合わせていますが、返事すらありません。 見かねた誰かが、こっそり用意してくれたのかも− 今は、そう解釈するようにしています。 ※追記:- その日、彼女は -  いや実は、こんなメモが、一緒に放り込まれていました。    誰のメモなのか、分かりません。知らない筆跡です。    「お母様」という表現が使われていることからたぶん、  *息子の俺宛て  *直属の身内ではない    考えられるのは親戚の奥さんあたりか、あるいは全くの第三者か...?    やはり、  > 見かねた誰かが、こっそり用意してくれたのかも−  > 今は、そう解釈するようにしています。    そう考えるしか、ないようです。
★速報:ひょっとしたら...?!
 なぜこんなやり方をするんだよ... ひどいよ...
■もう一つ気づいたこと。 ひょっとして、ほかにも、 遺品とか、 遺書とか、 実は、あるんじゃないのか? 俺に遺してくれているもの、 あるんじゃないのか...? もう なんにも分かりません 誰か 教えて
※補記。 推測なんだけど、この写真、 かなり前に撮ってあったんだろうね、 と、直感的に思った。 写真映りが、なんとなくだけど、 だいたい10年くらい、あるいはもう少し前、じゃないかな、 と(第六感的に)感じたのだ。 映りがやや若いから、というのではなくて、 そんな“時期”の“雰囲気”みたいなもの、 言ってみればその時の彼女の“意志”のような、 なにか訴えかけてくるようなものを、 感じ取ったのだ。 ちょっと、不思議な感覚。 > 私は自分の没後の後始末はつけておきますからね。 > 心配しないで...。              そんな言葉を具体的に "speak out" し始めていた頃。 たぶん、その頃だろう、と思う。 時期的にも符合するからね。 身辺整理を(独りで)具体的に始めていて、 その一環だったんだと、思う。 家族の写真とか一枚も無い(そういう習慣自体が無い) そんな家庭だったから、 (だから俺の子供の頃の写真も、一枚も無いんだ。) だから貴女が写っている写真なんかも、なんにも無かった。 だから、もしこれが無かったら、と思うと... 貴女が自身で遺してくれたこの“肖像”。 貴女を歴史にちゃんと遺す“よすが”になってくれたよ。 ほんとうに、よくぞ、撮っておいてくれたね! 「快挙」、だよ! 「快挙」、だよ!!! だからおかげで貴女のこと 本当の貴女のこと 俺の想い出に みんなの記憶に そして 歴史に ちゃんと 刻めます ちゃんと 遺ります だから それだけは 安心してね 安心してね ありがとう ほんとうに ほんとうに ありがとう ================================================================ ================================================================ 2005/05/22 20:28 走馬灯 以前は、懐かしく思い出す時期と言えば大学時代だった。一番“開放” されていた楽しかった時代。 ところが今は、不思議なことに大学時代のことは記憶の後ろに追いやら れ、懐かしく脳裏に浮かぶのは、なぜか小学生時代ばかりになった。 俺にとって本当に楽しかった時代とは、純粋で無垢で、環境にも恵まれ、 そして母の愛に包まれていた、あの頃だったんだ。 「子供がえり」という現象を聞くことがある。それ自体とは少し違うの だろうが、今になってその意味が、少し分かるようになった気が、する。 May 22,2005 ================================================================ ================================================================ 2005/06/24 02:14 filial piety - 本当の親孝行とは いつか貴女がふとつぶやいた一言。 - あんたが幸せになってくれんと 安心 できへん... 俺が幸せになった姿を、貴女に見せてあげることが、 ついに、できなかった。 おかあさん− これが俺の、最大の親不孝だったね。 本当の親孝行を、 俺は、とうとう、できなかった。 ほんとうに、ほんとうに、 ごめんね− June24,2005 # 親孝行 - filial piety # 親孝行したいときには親はなし - When one would be filial, one's parents are gone. ================================================================ ================================================================ 2005/06/10 19:19 これで自由に - 遅すぎたプレゼント 今日、父から書簡が届いた。 -------------------------------------------- > > 「おかあさん用ケイタイ」 >      受領しました。 > > 佛前に供えました。 > > これで自由にお前と話が > 出来るだらう。 > > どうもありがとう。 > > 平成17年6月9日 > -------------------------------------------- おやじへ これは実用品だから、使ってこそ意味がある。 おかあさんに代わって(代理で)実際に使ってくれ。 たのむよ。 June10,2005 - ktai050507a - ================================================================ ================================================================ 2005/05/07 15:57 彼女のケータイはシルキーレッド ケータイ(正確にはPHS)を2台、家族割引で契約した。- だから、彼女には、赤。 - ひとつは自分用、もうひとつは、彼女用。 彼女からの電話をずっと拒否していた罪を、 いまさらこんな形で埋め合わせしようという、 情けない発想だ。 こんな姑息なことで罪滅ぼしになるはずも無く、 懺悔と虚無感の狭間で、ただ、自己満足の世界である。 カラーは、俺は定番のシルバー。 彼女用には、「シルキーレッド」を選んだ。 理由がある。 “お下がり”の「黒ぶち」眼鏡をあてがわれていた彼女を引っ張って 新しい眼鏡を作りに行った時、眼鏡屋で好きなフレームを選ばせたら、 「じゃ、これ...」と、遠慮がちにいのを手に取った。 ああ、貴女もやっぱり“女”だったんだなあ... 妙に胸が熱くなった。 だから、彼女には、。 迷うはずは、無かった。 明日、俺宛てに届く予定。 シルキーレッドの方の電話帳に、俺の電話番号を登録して、 彼女の元へ、送り(贈り)届けようと思う。 ケータイだから、もう他の人間に盗み聞きされる心配は無い。 支払いは全て俺だから(笑)、電話代を気にする必要も無い。 だから、これからは、 遠慮なく、いつでも、好きなだけ、 電話してきてくれ...!! ...天国は“エリア内”なのだろうか? May 07,2005 ================================================================ ================================================================ 2007/10/29 00:00 “ペア”つながり で、今思い出したこと。 両親に「ペアグラス」を贈った(送った)ことがある。 いつ頃だったかよく覚えていないのだが、たぶんこれも母の環境を少し でも改善しようとしてトンチンカンな動きばかりしていた頃だったよう な気がする。 デパートの贈り物コーナーで良さそうなペアグラスを選び、お祝いのラ ッピングで送らせた。 > ふたりで乾杯を− そんなメッセージを、添えた。 応答は無かった。 特に、母の反応が何も無かった。 いつものように“チェック>没収”されていたのだと思う。 だがそれ以上に、 > そういうことじゃないのよおっっ!! そんな母の無言の叫びだったような気が、している。 Oct.29,2007 ================================================================ ================================================================ 2005/06/08 16:41 初めての言葉 - 遅すぎたプレゼント 今日、父から書簡が届いた。 -------------------------------------------- > > 本日、私と○子(母の名前)への > プレゼント「ペアウオッチ」 > を受け取りました。 > 私なんかには使え > ない様な立派な品 > でした。 > どうも有難う。 > > これからは出掛ける > 時は二つのうち、どちら > かを身につけて > 使用する様にする > 積りだ > 本当にありがとう。 > > 平成17年6月7日 > -------------------------------------------- 本当なら、このセリフ、母に、言わせたかった。 一年、遅すぎました。 ...どなたか、天国への宅配便、紹介して下さい。 June08,2005 - watch050520a - ================================================================ ================================================================ 2005/06/07 17:35 見えないよ〜 今、お待ちかねのペアウオッチが届いたのだが、裏面の名入れ(メッセ
ージ刻印)
、文字が小さすぎて顕微鏡じゃないと見えないよ〜(笑) 文字数が多すぎたね。お店から文字数が多いと小さくなるよ、と事前に 言われていたのに。俺の配慮不足でした。バカだね〜。 名入れ、高かったんだよ...(泣) ルーペを追加でプレゼントしようかな? - pairwatch - June07,2005 ================================================================ ================================================================ 2005/05/20 04:12 一緒くた - 母の日父の日誕生日結婚記念日 少し早めだが、父の日のプレゼントを、手配した。- 刻まれたメッセージ - メッセージ刻印入りの「ペアウォッチ」を、 母と、父と、自分の、計3ペア。 *父の日と、遅ればせの母の日をもう一度。 *二人それぞれの、誕生日。 *そして、二人の結婚記念日。 これらを兼ねている。 これくらいならここに書いてもいいと思うので書くと、 母の日:5月第二日曜日:5月08日(2005) 父の日:6月第三日曜日:6月19日(2005) 母の誕生日:2月01日 父の誕生日:5月31日 二人の結婚記念日:5月01日 今の時期に集中しているので、いいタイミングかな、と。 結婚記念日なんかに託(かこつ)けられちゃ迷惑よっ!  母は、天から怒っているだろう。うん、分かってる。でも− 贈るべき相手が居なくなってしまってから、あわててプレゼントを探す。 そんな愚を、もう繰り返さないために。 May 20,2005 ---------------- 2005/06/04 12:37 pair watch ペアウオッチの名入れが出来たと連絡が来たので、 - pair watch - June04,2005 ================================================================ ================================================================ 2005/05/04 09:58 渾身のメッセージ - 彼女からの手紙たち [母の想い出][5] > あの「家」を離れたい。そしてあんたと一緒に暮らしたい。 > > 彼女は大昔からずっと、必死にそう訴え続けてきた。 > ほかに身寄りの無い彼女には、それしか無かったのだ。 そんな彼女から、20年近くもの間、 大量の「手紙」を、俺はもらい続けていた。 彼女の、人生をかけた、渾身のメッセージだった。 なのに俺は、結局なんにも応えてやらなかった。 ばかやろう... 懺悔の意味も込めて、彼女のこの渾身のメッセージ群を、 近日中にスキャンしてファイル化し、アップロードしようと思う。 彼女の強さ、すごさを、 皆さんも、見てやって下さい。 May 04,2005
================================================================ ================================================================ 2005/06/07 21:10 男が泣いていいのは - Re: 中島みゆきのように > 男が泣いていいのは人生で2回だけという。本当の涙を流すタイミング、 > 逃したら、それっきり。 ちょっと訂正です。 ある方がおじいちゃんから聞いた話では、こうだったそうです。 > 男が泣いていいのは、 > > *生まれた時 > *母親を亡くした時 > *愛する人を失った時 > > の3回だけ。 いくつか説があるようですが、これが一番自然なのかも知れません。 私もやっぱり、男なのでした。 June07,2005 - cry050606a - ================================================================ ================================================================ 2005/06/06 23:47 親子として - 中島みゆきのように もう10年以上も前。 俺が入院した時、彼女が遠路見舞いに来て、夜は俺の留守宅に泊まった。 その頃既に彼女自身がかなり悩んでいる様子で、つらそうな面持ちで病 院をあとにしたので、気になって夜になって彼女が居るはずの俺の留守 宅に電話してみた。 出ない。 何度かけ直しても、出ない。 おかしい。青ざめてきて、親の実家や警察などに電話しまくって、病院 にねじ込んで強引に外泊許可を取り、おやじを呼び出して合流して留守 宅にタクシーを飛ばした。この間も電話し続けたが、やっぱり出ない。 もう夜中、日付も変わっていた。 留守宅に到着。玄関に鍵がかかっていて開かない。ドアをたたいても応 答が無い。鍵を彼女に渡してしまっていたので俺自身が鍵を持っていな かった。家主に合鍵を借りようと駆け出した瞬間、背後からおやじの声。 「おい、居た居た!」 彼女が玄関に姿を現わしていた。 瞬間、俺はその場に崩れ落ち、地に顔をうずめて声を上げて泣き崩れて いた。 - よかったー、よかったー、よかったよおぉぉーー... 部屋に入ってまだくすんくすんしていた俺に、彼女はキッチンから温か いお茶を持ってきてくれた。どっちがどっちを慰めてるんだか。 要するに、電話が別室にあって、やや聴力が低下気味の彼女にベルが聞 こえなかったらしいという落ちなのだが、 これまで生きてきて、俺が泣き崩れたなんて、あとにも先にも、この時 だけだった。 そんな思いを経験していたのに、 教訓に、ならなかった。 そんな思いを経験して、本当に泣き崩れるべき時のことを知ったはずだ ったのに、 一番肝心の時、そうならなかった。 流れ、環境、全てが狂ってしまっていて、泣くためのトリガーとそのタ イミングが、すれ違いになってしまっていた。 男が泣いていいのは人生で2回だけという。本当の涙を流すタイミング、 逃したら、それっきり。 これからちゃんと泣くべき機会がまだある皆さん。こんな私の轍を踏ま ぬよう、涙の御準備を怠りなく。 June06,2005
P.S. そのあと。 もう夜が明けようとしていた。 俺は病院に戻らなければならない。 二人を残してその場を離れた。 その後二人がどうしたのか分からない。 だがどうやら。 おやじは俺に続いてすぐに、 “家”に帰ってしまったらしい。 母をその場に残して。 母はまた独り、 置き去りになってしまっていた。 そしてこの日が、 俺たち“親子”が顔を揃えた、 事実上の 最後になりました。 :1992年02月05日〜14日。 :その入院中のことでした。     :つい先日引き出しの奥から出てきた :その年の手帳に書かれていました。 :            (※1 (実はずっと後年、) (俺たちが顔を揃えた瞬間が) (もう一度だけあるんだけど、) (それはまた、いずれ。) (※2
* * * ★(※1):その直前、「02月01日」は、 そう、母の誕生日。 たぶん母の誕生日を 祝ったりしたことは無い、 と思っていた俺だが、 その手帳を 何気なく後ろにめくって、 はっとした。 1992_02_01母の誕生日 1992年02月01日の欄。 日付が鉛筆で○囲みされていて、 「誕」 という文字が書き添えられている。 そして、その文字に、 チェックマークが付いていた。 記憶に無いのだが、ひょっとして、 その年の母の誕生日、 俺、何か、 お祝いしてあげていたのだろうか? 思い出せないよ... 最初で最後だったかもしれない、 そんな大切な日のこと、 俺、思い出せないよ... ごめんね ごめんね ごめんね ★今、急に思い出しました。 父方祖母の戸籍を取り寄せていたのですが、 今届いて見ていて気づきました。 母らと同居していた別の親族(父の兄弟)が その頃病気で入院していて 92年3月に亡くなったのですが、 その直前の2月1日つまり母の誕生日に合わせて、 その人へのお見舞いと母の誕生日を兼ねて、 記憶が正しければたしか、 花束を贈って(送って)いました。 つまり手帳のそのチェックマークは、 たぶん、その手配をしたというしるし。 夜に母から電話があって、 > いや〜、ありがとね〜、、あ..○○さんのも... 自分宛てより他人へのお見舞いの方がメインだと 途中で気づいたらしい母の声の変化が 印象に残りました。 この頃は、 私も自身の維持も不能になり倒れ続けて 記憶も定かでなくなっていた時期。 そして母も、 なにもかも全てが限界を超えていた、時期。 そこへ、さらにいろんなことが重なって... そしてその人が亡くなって葬式に行った日が、 “家”での母の姿の、俺が見た最後になりました。 もう思い出したくもない地獄の日々。封印されていた日々。 でもちょっとだけ封印が解けて、思い出せて、よかった。 他人にかこつけながらも、 たぶん、最初で最後の、 母への誕生日プレゼント。 * * *
* * * ★(※2): >実はずっと後年、俺たちが顔を揃えた瞬間がもう一度だけ 簡単に説明しておきます。 最後に母が訪れてきたあの日の直前のある日。 SOSを出した俺に、まずおやじがやって来た。 その情報がその日は珍しく母にも伝わったらしく、 一緒でなく少し間を置いてあとから母が独りでやって来た。 12年ぶりに、 3人が顔を揃えた瞬間だった。 (つまりあの日の) (>「久しぶりやな...」) (は、実はこの日との合わせ技。) ひとつ部屋の中。 気まずい雰囲気に満たされていた。 いたたまれなかった。 あろうことか。 「外に出てくれ。」と俺は母を おやじではなく母を 部屋から追い出してしまっていた。 そして。 ただ居ただけのおやじは、 追い出された母をこれ幸いとばかりに、 いつのまにかすーっと独りで帰ってしまっていた。 そしてこの日が、 俺たち“親子”が顔を揃えた、 本当の 最後−
================================================================ ================================================================ 2005/04/28 02:29 届かぬ思い - Re: プレゼントの意味 4月24日に、一足早くカーネーションのブローチが、彼女の元に届い た...はず。 オンラインの配送追跡であの家に届いたことは確認した。が、肝心の彼 女本人と彼女の親族に届けられたかどうかは、定かでない。いつものよ うにあの家から何の一報も無いからだ。 どなたか状況を御存知の方、教えて下さい。 - carnation050405a - 先日のちゃんちゃんこも、同様だった。 > 先日贈った(送った)ちゃんちゃんこ。持参できないので宅配便にせざ > るを得なかったのですが、実際に荷物を受け取るのは、たぶん、おやじ。 > 母本人の手元に届いたのかどうか、もう、分かりません。 > 誰か、教えて下さい。 - chan050122 - それから、下記メッセージを、あの家に、おやじに、以前からずっと送 り続けている。今回のプレゼントにも同封しているし、念押しの書簡も 送っている。 > 彼女との 馴れ初め、いきさつ、その後の経緯、 > > 彼女の 故郷、生い立ち、 > どこで生まれ、どこで育ち、どんな環境で暮らし、... > > 彼女の 人生、 > 全て 教えろ。 > > −知らぬと言うなら、彼女の身内に聞く。 >  彼女の親族のこと、連絡先、教えろ。 >  彼女の知人友人や幼なじみなどが居れば、それも教えろ。 > > 彼女のこと、全て、教えろ。 それでも、応答は、無い。 - oitachi040925 - - oshiero1041213 - - oshiero2041213 - ...貴女は、こういう環境の下で、何十年も暮らしていたんだね。 - つらかったろう− - つらかったよね− 「あの人、たよりないねん...」 彼女の、うめくようなこの言葉が、全てを、物語っていた。 Apr.28,2005 ================================================================ ================================================================ 2005/04/05 12:57 プレゼントの意味 - Re: カーネーションのブローチ 母の日のプレゼントを探していて、唐突に思い出したこと。 まだ俺が子供だった頃、彼女がふと寂しそうにつぶやいた言葉。 −「あのひと、なんにも買ってくれたりしたこと、無いし...」 カーネーションのブローチ、手配しました。 彼女本人の手元に、ちゃんと届いてくれることを祈りつつ。 Apr.05,2005 P.S. 彼女の遺影の胸に、着けてみました。 似合うよね。 - carnation050403b - ================================================================ ================================================================ 2005/04/03 08:19 でっかいぞ〜 - Re: カーネーションのブローチ このショップで手作りのいいブローチを見つけた。- これならピッタリよ - カーネーションのブローチって、意外に少ないようだ。主なショッピン グモールでサーチしても、ほとんど見つからない。サーチエンジンのト ップから「イメージ」指定で直接検索して、やっといくつか出てきた。 その写真の中から良さそうなものに目を付けて問い合わせたのが、これ までの経緯だ。 これならピッタリよ、と言われてしまったので、買うしかない...(^_-) どーでもいいけど、 > 直径4.5センチ 厚み1.5センチ 金具部分含まず これ、ほんとに“ブローチ”か? (笑) Apr.03,2005 - carnation050403 - ================================================================ ================================================================ 2005/04/03 06:13 やっぱりありったけ - Re: カーネーションのブローチ > 別途、定番のカーネーションの花束も、どこかで調達して贈るつもりだ。 最近話題の「プリザーブドフラワー」を紹介してもらった。生花より長 持ちするのでいいよって。感謝。さっそく探し回って、カーネーション のプリザーブドフラワーを使ったプレートを見つけ、その場で手配して しまった。母本人と、母方御親族と、ついでに自分にも(笑)。 さて、手配はしたものの、なんだかしっくり来ない。もともとイメージ していたことと感触が一致しないのだ。 なんだろう? あれこれ考えて、やっと分かった。 花束って、ある程度抱えきれないほどのありったけの“束”を「ほらあ」 とこれ見よがしに押し付けて初めて気持ちの大きさが伝わる− なんと なくそんな既成観念みたいなものがあったのだ。 で、さっき手配したプレートは、とてもきれいなのだが、大きなアレン ジが難しいというプリザーブドフラワーの特性から、“小振り”なのだ。 なんとなく、こじんまりと小さくまとまってしまっている、という印象。 さあ、そう気付いてしまっては、居ても立ってもいられない。感触が釈 然としないままではメシが不味い。さっそく再度検索開始。 おっ! 某サイトの「共同購入」のジャンルでいいもの発見。 謳い文句が、 > ●【母の日】すごい!! > あふれんばかりの【スプレーカーネーションが30本♪♪】 > 数え切れない花は豪華そのもの!! ...一瞬ちょっと引いてしまったが、勢いでまたその場で手配してし まった。 さあ、これで気が済んだかい... と、所詮自己満足の世界である。 Apr.03,2005 P.S. あ? しまった、送付先に自分も指定してしまった。さすがに花束は自 分は要らないのに... P.S.2. うわ。今そのサイトを見てみたら、俺が注文した直後に予定数完売にな ってる。よかった〜、と思う反面、うまく乗せられたな... - carnation050401 - ================================================================ ================================================================ 2005/04/01 04:09 アドバイス - Re: カーネーションのブローチ > 今、良さそうなアクセサリーネットショップを見つけたので、どういう > 物がいいかアドバイスをもらえたら、と相談がてら問い合わせている。 さっそく返信をもらった。早い。 とても丁寧なアドバイスに感謝。聞いてみるもんだな〜(笑)。 頂いた情報を基に今から検討する。がんばるぞ〜 Apr.01,2005 - carnation050331 - ================================================================ ================================================================ 2005/03/31 05:09 花束 - Re: カーネーションのブローチ > カーネーションのブローチを贈りたいと思います。 今、良さそうなアクセサリーネットショップを見つけたので、どういう 物がいいかアドバイスをもらえたら、と相談がてら問い合わせている。 自分が男なのでどういう物がいいのかよく分からず戸惑っております。 と恥を忍んで泣きついてみることにした。今までこういうプレゼントを ほとんどしていなかったことが、こんな形で悔やまれることに。 別途、定番のカーネーションの花束も、どこかで調達して贈るつもりだ。 昔、ちょっとした手術で入院していた時、学生時代の知り合いから病室 宛てに花束を贈って(送って)もらったことを思い出した。とても嬉し かった。 花屋のチェーンを通じた宅配サービスだったが、届いたのが退院日の翌 日だった(笑)。たまたま、退院が1日延びたので直接受け取れた。不 思議な偶然だった。 贈るべき相手が居なくなってしまってから、あわててプレゼントを探す。 俺は一体なにやってんだ... 空しさと悔しさで、いっぱいである。 ばかやろう... Mar.31,2005 - carnation050330 - ================================================================ ================================================================ 2005/03/30 04:06 カーネーションのブローチ まもなく母の日。 亡き母に、花とは別に、あとまでずっと残るものとして、 カーネーションのブローチを贈りたいと思います。 ブローチなら、私達も気軽に身に着けられますし。 今から探しに行きますが、 どこかネットで入手できるいい所を御紹介頂けませんか。 できれば「名入れ」もしたいと思っています。 Mar.30,2005 P.S. ブローチ以外にほかに何かいいものあるかな? あなたなら、何を贈りますか? - dearest - ================================================================ ================================================================ 2005/02/01 15:18 - 訪れなかった誕生日 - おかあさん。 傘寿おめでとう。 de shin, jr3lvs February 01,2005
================================================================ ================================================================ 2005/01/31 15:12 邪推と現実の狭間で えっと、ウンザリだと思うけど、もう少しだけ補足させてね... 伝えるべきことは言えるうちにちゃんと言っておかなくちゃと必死です。 2004/09/21 14:57 > 彼女は、“家”に居ながらの「孤独死」だったようです。 2004/12/15 02:39 > そして、彼女“本人”の時。今度は、世話する人間が居ない。で、その > まま見て見ぬフリで放置し、動かなくなったのを見計らっておもむろに 以前書いたこの推測は、現場を直接見ていたわけではありませんから、 明確な確証があってのものではありませんでした。 確信半分、邪推半分、でした。 しかし、最近のような“現実”が自分自身に降りかかった今、 ただの邪推ではなかったことが、事実上証明されてしまったことに なってしまいました。 - 彼女はこうして死んで行ったんだ... その情景が、今、手に取るように分かってきました。 歴史は繰り返す。同一人物ならなおさら。 同じことが今再び繰り返されようとしているようにしか見えません。 Jan.31,2005 P.S. - 彼女は明日、傘寿の誕生日を迎えます。 ================================================================ ================================================================ 2005/01/22 13:45 Re: 訪れなかった誕生日 赤いちゃんちゃんこと、傘寿用の紫のちゃんちゃんこを、 合わせて手配しました。 もう存在しない人の名を宛名にするのは、つらかったです。 Jan.22,2005 ================================================================ ================================================================ 2005/01/22 04:07 訪れなかった誕生日 ある同窓グループの大先輩がこの程めでたく「赤いちゃんちゃんこ」に なられました。還暦ですね。俺も年金生活者だと威張っておられました。 身内事ですが、母はまもなく「傘寿」を迎えます。暦の上で、ですが。 20年前、何もしてあげていなかったことに、今ごろ気付きました。 赤いちゃんちゃんこ、今から探しに行きます。 傘寿祝いと合わせて、八十年分の感謝を込めて。 Jan.22,2005 ================================================================ ================================================================ 2007/03/29 00:00 想い出がいっぱい キッチンを漁ったらさらにいっぱい出てきました。 居間にぶちまけてそのままでとにかく写真撮りました。 空き段ボール箱に放り込んで「これも母M子遺品」と殴り書きしました。 そんな段ボール箱が俺の部屋のどこかに転がっていますから、 だれか見つけてやって下さい。 - 想い出がいっぱい - - 想い出がいっぱい - - 想い出がいっぱい - 説明。写真↑と対照しながら読め。 俺が子供の頃にあの団地で使っていたものとか、 近年に俺の部屋に来た時にこっそり持ち込んでいたらしいものとか、 新旧入り混じっているけど。    - でも、西へ東へと引っ越しばかりだったのに、    - なんでこんなにいろいろ、今ここにあるんだろう...? この“桃色”の持ち手のフォークで 母が剥いて切り分けてくれた桃を食ってたよ。 この黄色い柄(え)の果物ナイフでその桃を剥いてくれてたよ。 このグラタン皿でホワイトソースのマカロニグラタンとか食ってたよ。    - そういえば彼女のホワイトソースはプロ級だった。    - なんであんなに絶妙のふわふわトロトロにできるんだ?    - 鶏もも肉のホワイトソースがけなんて、もう、絶品。    - ほっぺたボトッ。    - 三ツ星フレンチレストランで出せる。    - 間違ってもファミリーレストランで出しちゃいけない。    - さすが“フレンチトースト美人”。    -    - だからあんたは、    - その喫茶店で、    - マダム兼シェフ担当。    -    - ...「三ツ星喫茶店」の誕生である。 このグレーのミルクカップでミルクやコーヒーを飲んでたよ。 このグリーンのティーソーサーと同じ柄(がら)のティーカップ があって(行方不明)セットで紅茶を飲んでたよ。 このパープルのグラスは既に別項で説明したから もちろんもう知ってるよね。 で、 この引き出しは今の俺の部屋のキッチンのシンク横の引き出し。 今ふと引き出してみたら、 母がいつの間にかそっと持ち込んでいたらしい料理道具が いっぱい入ってた− - 想い出が、いっぱい Mar.29,2007 ================================================================ ================================================================ 2007/03/08 00:00 コーヒーカップ このコーヒーカップ- 彼女のコーヒーカップ - これも、 キッチンの片隅にいつのまにかそっと置かれていました。 これも、 いつか俺の家に来た時にこっそり持ち込んでいたのだと思います。 これも、 形見のひとつになりました。 Mar.08,2007 p.s. ほら、これも、センスがいいでしょ? ================================================================ ================================================================ 2006/08/10 02:10 鉛筆 彼女が“削った”鉛筆- 彼女が“削った”鉛筆 - 電話の横の番号帖の隣りにいつのまにかそっと置かれていました。 いつか俺の家に来た時にこっそり持ち込んでいたのだと思います。 形見のひとつになりました。 Aug.10,2006 ================================================================ ================================================================ 2005/06/12 22:00 洗面器 今、俺の手元に古い洗面器がある。青い、普通の洗面器「これ、持って行っていいか?」 転勤続きで西へ東へ引越しを繰り返していた頃、父親の実家に仮置きし ている自分の荷物がたくさんあって、ある引越しの時、自分の荷物を取 りにその家に行ってドタバタしていた。 母は、そんな俺を、寂しそうな面持ちで眺めていた。また遠くへ行って しまう... そんな思いだったはずだ。 ふと横に、青い洗面器が何気なく置かれていた。ひょいと手に取り、目 の前に居て俺を見ていた母に、「これ、持って行っていいか?」 一瞬、一呼吸不思議な間(ま)を置いてから、 「うん...」 寂しそうな応答が返って来た。 そんな何気ないはずの一瞬が、この洗面器を見るたびに、フラッシュバ ックのように鮮烈に蘇るのである。 June12,2005
(− 母を置き去りにした日。) (...これも。) (...これも。)
P.S. この写真を撮った翌日、 割れてしまった。 ほんの腰の高さから、しかもカーペットの上に、 ポトンと落ちただけなのに、 パカッ、と見事な割れ目が。 なぜだ? だが。 サージカルテープで仮留めして、 今日も枕元に常駐である。 ================================================================ ================================================================ 2005/06/07 15:55 焦げ付かないものと、焦げ付くもの 今キッチンを漁っていて、戸棚の奥から出てきた物。- 焦げ付かないものと、焦げ付くもの - 大振りのフライパンと、アルミなべ2つ。 大学進学で親元を離れる時、母が持たせてくれたものだ。 フライパンは、焦げ付きにくいテフロン加工のかなりちゃんとしたもの。 おやじの安かろう中古人生に業を煮やした母が、当て付けみたいにちゃ んとしたものを見繕ってくれたのだ。 大学近くの下宿で、このフライパンで、ギョーザとかタラコスパゲティ とか、俺の貧乏下宿生活の腹をどれだけ満たしてくれたことか。 どんなに男料理でも、本当に、焦げ付かなかった。 アルミなべ。下宿でうどんを煮込んでいる時、外から別の下宿人(あん ただよ)に声をかけられて話し込んでしまって、気が付いたら、煙が。 その時のにょろりとしたうどん型の焦げ跡が、今もなべ底にくっきりと 残っている。 June07,2005 ●「大振りのフライパンと、アルミなべ2つ」: ※肝心の「うどん型の焦げ跡」のなべが、見当たりません。  たぶん、汚れているからと彼女が持ち帰ったのだと思います。  それがいつだったのか、もう分からないのですが。  この写真は、もう一方のなべと「テフロン加工」のフライパンです。 ※この写真でいずれもベトベトに汚れているのには、訳があります。  以前、と言ってもずいぶん昔ですが、動けない私に母がこれらの  調理器具を使って食事を作ってくれていた時期が、あったのです。  ごく短期間でしたが。  その後そのまま、今日まで放置されていました。 ================================================================ ================================================================ 2005/04/16 17:32 『フレンチトースト美人』 - 彼女の笑顔 彼女が作る食事は、いたって“普通”だった。言い換えれば取り立てて 特徴が無い。子供心には、正直なところなんとなくつまんなかった。 ところがある日、突如「フレンチトースト」を作った。しかも、ギョッ とするほど旨い。だって、普段おいしいとかまずいとか言わない俺が、 思わず声を上げたもの。ちょっと虚を突かれた新鮮な驚きだった。 料理としては簡単かもしれないが、“芸”としては効果抜群...(笑) 結局これが俺にとって、彼女の料理で一番の十八番(おはこ)となった。 今でも料理番組などでフレンチトーストが出てくると、彼女の手料理を、 想い出すのだ。 ※「フレンチトースト」とは: : 食パンなどをミルク、全卵、砂糖を混ぜ合わせたものに浸して、フライ : パンで焼いたもの。朝食によく食べられる。 それから、料理そのものは、抜群に上手だった。特徴には欠けても、今 思い起こせば、そこらのファミリーレストランなんかよりずっとちゃん と出来た食事だったのだ。 ※たとえば、ホワイトソース編はこちら ...愛エプ[tv-asahi] に出たら、間違いなく「特エプ」だよ。 彼女の能力の高さを、今になって、思い知った。 やはり能ある鷹は爪を隠す? もうひとつ。 俺にはいくつか食物アレルギーがある。かなりありふれた食材の。にも かかわらず、食事でつらい思いをした記憶が、ほぼ、無い。いつもなに げなく食べていた。そう、事情をちゃんと分かった上で全てクリアして、 ずっと食事を作ってくれていた、ということだ。 しかも、学校の給食など家庭外を含めて、つらい思いをした覚えが、ほ ぼ、無い。これだけありふれた食材なのに家庭外を含めてそういう記憶 がほぼ無いということは... 彼女の親としての、そして人間としての聡明さの、証明である。 「母の味」− これからことあるごとに、想い出してゆくのだと思う。 > さ、たべ。 ...そんないつもの一言を添えながら、 ...いまにもふっと、テーブルに持ってきてくれそうな、 ...気がします。 ...閑話休題。 あ、大事なことを言い忘れてました。 彼女は、美人でした。 後年の姿しかよく覚えていないのですが、たぶん若い頃は、かなりの美 人だったようです。だって、あの容姿をCGみたいに遡って推測してみ ると、 「やや太めの風吹ジュン(※注1) にたどり着くのです。  ...ほんとだよ(汗)。 “田村正和”が子供に生まれるのも、道理ですね。 以前書いた、 > 「し・ま・ね・け・ん・ご・う・つ・し」 も、おぉ、なるほどねえ(にやり)... と、妙に納得なのです。 ※注1:    あ、いや、“やや太めの”は撤回!    確かに後年はそうでしたが、  彼女は若い頃は、ガリガリに痩せていたそうです。  確かそう聞いた覚えがあります。    彼女の体質をちゃんと受け継いでいる俺の身体が、  それを証明しています。(“田村正和”を見よ。)    だから、本当に、    風吹ジュン似の美人    だったのです。 それから、なんと言っても、あの「笑顔」が、素敵です。 最後まで人を信じることを忘れないからこその、最高の、笑顔でした。 俺に最後に向けてくれた“あの日”の彼女の笑顔。 ...永遠に、忘れません。
Apr.16,2005 P.S. 今これを書いていて、文体がみんな「だった」「でした」と過去形にな ってしまうことに気付きました。途中で気付いて、現在形で書こうと少 しあがいてみましたが、やっぱり、ダメでした。 ================================================================ ================================================================ 2005/03/02 04:48 懺悔 - 最愛の人とのこんな別れ方 やっぱり隠しておけません。 告白します。 昨年2004年の、たぶん5月、だと思う... 正確な日を確かめようと今ノートやカレンダーを見たが、 メモすらしていなくて、情けないことにあいまいだ。 この日、彼女が俺の家に来た。 言い訳になるはずもないちょっとした理由(※)があって、 俺は長年、彼女の訪問を拒絶していた。 彼女からの電話も、受信拒否していた。    ※その“理由”、自分でもうまく説明できないんだけど、     例えばこんな感じ、と言えば、     なんとなく分かってもらえるだろうか...          簡単に言うと     >一部の身内の人間に翻弄され憔悴していた     >その人間はあの“家”の窓口だった     >でその“家”の人間を彼女を含めて一緒くたにしてしまい      まるごと敵視してしまっていた     >そこに彼女が現われる...     (現われてくれるのは彼女だけだったのに!!)          ...どう釈明したって、しょせん、言い訳− そんな中この日は、たすけて...という意味もあって、 拒絶を停止して訪れてくるままにまかせていたのだ。 たぶん、12年ぶり− >「久しぶりやな...」 そんな俺に、彼女は嬉しそうな笑顔を向けてくれた。 >「あんた やせたんとちゃうか...?」 久しぶりに見た俺の姿にポツリとそうつぶやいて、 彼女はベッド脇にペタリと座った。 そんな殊勝な優しい言葉をかけてくれる人間なんて、 “母親”だけだよね。 俺は動けないままベッドで苦しんでいた。 そのそばで彼女は、果物をむき始めた。 その香りの刺激で、俺の体調が急変。 瞬間、 「なにやっとんじゃあ!」 「俺を殺す気かあ!」 俺は大声で叫びながら、 彼女がむいてくれている果物をたたき飛ばし、 彼女のバッグや荷物を玄関から外にばらまき投げ捨て、 「出て行けえぇぇ!!」... 必死に平静を装いながら、 ばらまかれた荷物を拾い集め、 彼女は、静かに立ち去った。 またあの“家”に、帰って行った。 これが、母と顔を合わせた最後になってしまいました。 これが、母と声を交わした最後になってしまいました。 その後も、彼女からの電話を受信拒否したままでした。 あの家から何も連絡が無かったこともあって、 彼女の生体が活動を停止しつつあることに 思い至ることすらできませんでした。 そしていつしか彼女からの音信が途絶え、そのまま− いくら自分のことで精一杯だったからといって、 そんなことが言い訳になるはずもない! ばかやろう... ばかやろう... 懺悔の値打ちもない− ごめんね ごめんね いまさら だけど 謝って済むことじゃ ないけど ほんとうに ごめんね ごめんね ごめんね Mar.02,2005
* 070925追記 今宵のこと 数日前から動けなくなっていた もうこのまま静かに逝ってくれと思っていた ゆうべ 寝込んで意識が消えたその時 突然あの笑顔の母が部屋に入ってきた いつものあの時と同じように 夢?それとも幻? エサを待っていた文鳥の雛みたいに うわ言みたいに悲鳴のようなうめき声を上げて うなされている自分が聞こえて そこで目が覚めた 月からの使者みたいに 迎えに来てくれたんだと思ったのに もう殴ったりしないから もう出て行けなんて言わないから だから 今夜もう一度 来てくれませんか 俺も 行くから ...今宵、中秋の名月。 Sep.25,2007 ...かぐや、飛んだよ縁側 - WISH UPON THE MOON *
※これ↓、言い訳リストです... [ ボタンの掛け違い...?− ]
================================================================ ================================================================ 2005/02/05 13:08 体を維持コントロールする機能が 失われた状態 身体が 正規の生体活動を 放棄した状態 今 いやずっと前からだけど 要するに そういうことかね ま それはともかく 俺が貴女に対して やってきて しまっていた こと 今 自分がされる立場に なったよ 神が下した 罰 だね 俺のやっていたことの 罪深さを 今ごろ 思い知っているよ 甘んじて じゃなくて 喜んで 罰を 受けるよ 俺が貴女に 与えてしまっていた 貴女の苦悩 ごめんね ごめんね いまさら だけど 謝って済むことじゃ ないけど ほんとうに ごめんね ごめんね ごめんね Feb.05,2005 ================================================================ ================================================================ 2005/01/06 22:48 忘れ得ぬ後ろ姿 (※今急に思い出したのでメモメモ。早々に移動させますからお許しを。) 中一の時。当時、両親と子供だけの核家族として団地[Google][Mapion] に住んでいた。 ある夜。 夜中にふと目を覚ますと、枕元近くで両親がなにやらひそひそ声で話し 込んでいた。何をしゃべっているのかは分からない。ただ、重い雰囲気。 なんだろう? と思いつつ、また寝入ってしまっていた。 まもなく、引っ越した。父親の実家へ。 突然だった。引っ越しの理由を全く聞かなかった。親が説明しないのだ。 本当の理由は、ずうぅぅぅぅっっっっ...と後年になってから、よう やく私が自分で察した。鈍感。あまりに遅かった。 身寄りの無い彼女は、逆らうこともできるはずなく、ただ、受け入れる しか、無かったのだ。 私はその後いろいろあって結局その家に定住することは無かったのだが、 彼女はそのまま− あの時の彼女の、苦渋に満ちた後ろ姿。 寝ぼけ眼(まなこ)だったはずの私の瞼に、なぜか驚くほど鮮明に焼き ついている。 Jan.06,2005
P.S. > あの時の彼女の、苦渋に満ちた後ろ姿。 その意味、 彼女自身が後年吐露しています。 このページのどこかに転記しておきましたから、 見つけてやって下さい。 P.S.2. > まもなく、引っ越した。父親の実家へ。 私の人生の記憶、 この時点で途切れています。 以降は封印されたまま。 その意味も、 このページのどこかに書いておきましたから、 見つけて下さい。
--- Original Message ----- 2004/09/15 10:50 [母の想い出][11] > 私が書き綴っている「想い出」は、ほとんどが私の小学生時代であるこ > とにお気づきでしょうか。 > 理由があります。 > -- snip -- > だから、ちゃんと、想い出してやりたい。 --- Original Message ----- 2004/09/05 05:56 - Wカップが思い出させてくれたこと - > ワールドカップが始まりました。私自身はWカップ自体には特に興味は > 無いのですが、小学生の頃、今回試合が行なわれる大阪の長居競技場か > ら徒歩10分そこそこの団地に住んでいました。 > -- snip -- > 西へ東へと引っ越しばかり繰り返している私の人生の中では、一番住み > 心地のいい場所と時代だったのかもしれません。 ================================================================ ================================================================ 2005/01/02 01:40 「吾輩は猫である」100年 元日の新聞にこんな特集があった。夏目漱石のデビュー作「猫」連載開 始からちょうど100年という。 えっ? まだ100年? そんな声を上げてしまった。何と言っても、 現在54歳の房之介さんが「孫」だったのだ。曾孫、とかじゃなくて。 なんだよー、全然“歴史上の人物”なんかじゃないじゃん。お札になっ てる場合じゃないぞ... 「猫」には、苦い思い出がある。 たしか小学校6年生の時。“読書感想文”の課題が出て、事前に何を読 むか申告することになった。読書をほとんどしない私は困ってしまい、 てきとーに見つけた「猫」の文庫本に決め、担任に報告に行ったら、こ の担任、ぬかしやがった。 「つまんないの選んだんだな。」 この担任の名誉のために言っておくと、この人は非常に評価の高い、生 徒受けする名教師だった。今も御健在と聞く。 その名教師が「つまんない」と放言したのだから、よっぽどつまんない のだろう。てっきりそう思い込んでしまい、読む気が一気に失せた... 私にとってはそんな迷作?だが、後刻ちゃんと読み直して復権している。 - 吾輩は猫である。名前はまだ無い。 この書き出しをちゃんと覚えているのは、やはり名作の証なのだろう。 そして、もうひとつ。 私がまだ幼かった頃。 母に連れられて書店に赴き、これいいよ、と薦められて買ってもらった。 赤いハードカバーの立派な体裁。私が読んだ初めての文学作品になった。 - 親ゆずりの無鉄砲で子どものときから損ばかりしている。... この書き出しと共に、私の数少ない読書遍歴の筆頭として、永遠の記憶 となった。赤いハードカバーの感触、そして、書店で、何がいいかな?  と一緒に探していたあの時の情景と共に。 「坊っちゃん」− 忘れ得ぬ特別な存在である。 Jan.02,2005 ================================================================ ================================================================ 2004/12/25 19:36 クリスマスの情景 - 遠い想い出 私がまだ幼かった頃。 照明を消した居間の壁際に、- season's greetings - 自分と同じくらいの背丈の、 小振りのクリスマスツリーが飾られている。 ワイヤに数珠状につながれた色とりどりのイルミネーションランプが、 ツリーにぐるぐる巻きにされて、 キラ! ピカ! チカ! キラ! ピカ! チカ!  きらびやかに交互に点滅を繰り返している。 きれい...
傍らで  なぜか寺内タケシのエレキギターが奏でる  「White Christmas」が  くるくる回るソノシートから流れている−
そんな情景が、記憶の片隅に、残っている。 私が家族と過ごしたクリスマス− たぶん、私にとって唯一の、想い出である。 Dec.23,2004 Dec.25,2004 : rev. ================================================================ ※(に続く。) ================================================================ 2004/12/21 12:59 「大きな力」 - Re: 受け継いだもの つい数日前に知ったこと。 > 「おまえは医者の言うことを聞かないと聞いている。」 > 「おまえはもうウチとは関係ない。もう電話してくるな!」(ガチャン) つい数日前、ある親族からこんな言葉をもらった。 そんな“デマ”が流布されていた、らしい... 「そんな話、誰に聞いたんですか?」と問うてみたが、 その人はなぜか、答えなかった。 どこの誰が出所か分からない。ただ、ずいぶん以前から、かなり組織的 に広範囲に流布されていたような感触。 こんなウワサが出回っていたのでは、行政などを含めどこに助けを求め ても、無視、放置、罵声、を繰り返されるわけだ。 言い換えれば、そういう背景があるのなら、これまでの長年に渡る一連 の不自然な経緯の数々が、全て説明が、つく。 - 大きな力... いろんなことが、最悪の形で重なって、 さしもの“彼女から受け継いだもの”をもってしても、 さすがに、もう、限界です。 Dec.21,2004 ================================================================ ================================================================ 2004/12/20 10:05 受け継いだもの > > 2004/09/10 03:51 > > ■お願い: > > -- snip -- > > > > 彼女の名誉と尊厳を守るためなら、私は何を言われても構いません。 確かに俺は、そう言った。 で、このほど実際にある一人から、こんな言葉をもらった。 「おまえはもうウチとは関係ない。もう電話してくるな!」(ガチャン) ...貴女は、こういう環境の下で、何十年も暮らしていたんだね。 - つらかったろう− - つらかったよね− 今、断言できる。 貴女は、世界で一番強い人間の一人、だったよ。 そして、俺はその血を、確かに受け継いでいた。 俺は確かに、貴女の、息子だったよ。 Dec.20,2004 ================================================================ ================================================================ 2004/12/15 02:47 − 新しい自分へ − (未推敲原稿) 少しでも食事を摂らなければならないので、 今ベッドから無理に這い出してきた。 でも身体が受け付けてくれない。 目がよく見えない。全身の発疹が心臓にきつい。 人間の身体って、そう簡単にくたばってくれない。 ずるずるずるずる、本当にしつこく、生き長らえてくれる。 いっそさっさと死んでしまう病気なら楽なのに、 死ぬわけでもなく、蛇の生殺し状態の毎日。 だから、もう、楽に、なりたい、と叫び続けているわけだが。 そんなことを延々と繰り返しているから、 オオカミ少年に見られるんだろうね。 見て見ぬフリで放置されたまま独りで旅立った彼女の思いが、 今、よく、分かる。 一連の最期の言葉の本当の意味が、 今、よく、分かる。 意識が、全身の動きと感覚が、静かに沈んでゆく。 今、身体がそういう感触。 寿命を迎える、って、こんな感じなのかな? もうオオカミ少年とは言わせない。 新しいPCを買った。 箱から出したまではいいが、セットアップできないままだ。 新しい無線機も欲しいな。 今度こそ中古じゃなくて、 「本体価格100万円!」のあの新品をキャッシュで買うんだ。 父方相伝の中古人生との決別。 そして、新しく生まれ変わった彼女も− qrz? de jr3lvs ... - 僕は、鳥になるんだ。 - 「ただいまー!」 - 「おかえりー!」 cq dx de jr3lvs ... ... gl tu de jr3lvs su Dec.14,2004 Dec.15,2004 : rev. ================================================================ ================================================================ 2004/12/15 02:39 精一杯の叫びの意味 - おやじへ - 3 もう十数年前、やはり俺が倒れる前の、ある日。 久し振りに会った彼女が「黒ぶち」の眼鏡(老眼鏡)をかけているのを 見て、ギョッ。なにそれ? と訊くと、彼女はうつむいて、苦しそうに うめくように、 「おとうさんに、お下がりをもらった...」 ...彼女が立場上逆らえないのを見越してのことだよな。 卒倒しそうになった俺は、即座に彼女を引っ張って心斎橋の行きつけの CL店に飛び込んで処方させ、処方箋を抱えて眼鏡屋に飛び、お気に入
りのフレーム
を選ばせていた。 彼女は喜ぶわけでもなく、ただ、おどおどしていた。 おばあさん(あんたの母親)の時も、おじさん(あんたの弟)の時も、 全て彼女がやってくれるにまかせてあんたは見て見ぬフリを通したよな。 彼女がバタバタしている様子を俺は遠くから垣間見ていたが、その情景 の中に、あんたの姿は一度も見えたことが無い。そのくせ葬式の時はち ゃんと喪主として鎮座していたがな。「**ちゃんトメ頼むわ!」とか てきぱきと指示を出して見事に仕切っていたしな。 そして、彼女“本人”の時。今度は、世話する人間が居ない。で、その まま見て見ぬフリで放置し、動かなくなったのを見計らっておもむろに 病院に放り込み、そのまま死んでくれるのを自宅で待ち、その間に葬式 の準備はちゃんと整えた... 彼女の体調が悪化した時も、倒れた時も、入院させた時も、召された時 も、俺に一言も連絡も無かったという現実が、全てを物語っている。 ※その邪推を補強する事実:  その日の連絡で、あんたはこう言った。  「あした本葬だが、おまえは動けないから、こっちでやっとく。」  何の連絡もせずずっと黙っておき全てが終わってから突然“事後報告”。  ...俺が動けないことを、初めから利用されていたということだ。  故意かどうかは分からない。だが、“後始末屋”の面目躍如。
 それと、後日これを見て分かったこと。  “その日”のうちに、ちゃんと“手続き”済ませていた−
何を言っても知らんぷり。なんにもしない、がモットー。今に始まった ことじゃない。俺が子供だった頃から、なんにも変わっていない。 ひとつ言えるのは、俺の人生の記憶の中に、あんたの姿は、無い。 ここ最近整えてきた資料の中に、「親の想い出」という項目がある。 その中の「母の想い出」には、いろんなことをすらすらと書き記せた。 が、「父の想い出」は、空白のままだ。 ある時彼女は、うめくように、つぶやいた。 「あの人、たよりないねん...」 ...大きな声では言えない彼女にとっての、精一杯の叫びだった。 俺自身の罪を誤魔化すつもりではない。ただ、隠すべきでない事実をで きるうちに明らかにしておきたかった。彼女の名誉を守るために。そし て、俺自身の名誉を守るためにも。 Dec.15,2004
P.S. ● 母の姿 - その日のこと --------------------------------------- > おばあさん(あんたの母親)の時も、おじさん(あんたの弟)の時も、 その日葬式に行った俺は、身の置き場が無かった。 生まれた所でも育った所でも帰る所でもないそんな所に、 俺の居場所など、無かった。 いたたまれなかった。 ただ一刻も早くその場を離れたかった。 そのタイミングばかり計っていた。 行事が一通り終わったその時。 逃げるように俺は、荷物をまとめて玄関から立ち去ろうとした。 その瞬間。 > 「え... もう、帰るの?」 背後に、すがるようなそんな母の声。 振り向くこともなく俺は、 その声を振り払うように逃げ去った。 足早に去る俺の後ろ姿を、母は、 寂しそうな目でずううっっと見送っていた。 そんな母の姿が背中で見えていたような、気がした。 それが“家”での母の姿の、俺が見た最後になった。 − 母を置き去りにした日。 記憶から抹消されていたその日の光景が今脳裏によみがえり、 封印されていたいろんな要素が一斉に頭を巡り、 俺は吐き気を催し、 そして、泣いた。 (− 母を置き去りにした日。) (...これも。) (...これも。)
================================================================ ================================================================ 2004/12/13 04:23 おやじへ - 2-2 「し・ま・ね・け・ん・ご・う・つ・し」 その“真相”も。 いまさら隠すことでもなかろう。 Dec.13,2004 --- Original Message ----- > 2004/09/12 11:44 > > 意外なエピソード。あんた、なにすんねん。 > > ●その2。 > > 「し・ま・ね・け・ん・ご・う・つ・し」 > > 私が中学生の頃だったか、なぜかこの“呪文”を唱えて彼女をからかっ > ていた覚えがある。どこから仕入れた情報なのか、全く覚えていない。 > 具体的にどういう内容なのかも分からない。でも、この呪文を唱えると、 > なぜか彼女が顔を赤らめてもじもじしていたことだけは、確かなのだ。 > > =「島根県江津市」:彼女の若かりし頃の、ロマンスの地...らしい? > > どなたか、真相を教えて下さい。もう、時効でしょ? ================================================================ ================================================================ 2004/12/13 03:20 おやじへ - 2 彼女との 馴れ初め、いきさつ、その後の経緯、 彼女の 故郷、生い立ち、 どこで生まれ、どこで育ち、どんな環境で暮らし、... 彼女の 人生、 全て 教えろ。 −知らぬと言うなら、彼女の身内に聞く。  彼女の親族のこと、連絡先、教えろ。  彼女の知人友人や幼なじみなどが居れば、それも教えろ。 彼女のこと、全て、教えろ。 せめてそれくらい、やれよな。 時間が無い。早く! Dec.13,2004 ================================================================ ================================================================ 2004/12/10 20:52 - 慟哭 - doukoku - 夢を見た。 帰宅すると、彼女の手紙が届いていた。 「あの“家”を出て、ここに引っ越しました。」 地図も添えられていた。 おー! ついにやったね!! さっそくお祝いに行かなくちゃ... そこで目が覚めた。 意識が現実に戻るのに、3分かかった。 次の瞬間、喝采は涙に変わっていた。 Dec.10,2004 P.S. 実は、これ↑、 半分実話です。 彼女、本当にアパートを借りていたことがあります。 俺の自宅から程近い所(隣り駅、実は当時入院していた病院のそば)。 ある日突然 「ここを借りたから一緒に住まないか。」 という手紙が届きました。 地図と部屋の合鍵も添えられていました。 俺は、 自身が倒れた後だったので もう動けなくなりつつあったし、既に憔悴しきっていたこともあり、 例によって、いい加減にしてくれー、 で無視してしまっていました。 強制退院直後のある時、通院の帰りに、そっと寄ってみました。 合鍵で玄関を開けて、青ざめました。 新しい家財道具がたくさん運び込まれていました。 箪笥とか、冷蔵庫とか、衣類とか... もういつでも引っ越せるほどになっていました。 そのままかなり長期間(2年くらい?たぶん数年間)、借りていたようです。 そしていつしかのある日、 彼女から電話がかかってきて、 「引き上げることになったから、鍵、返してくれるか...」 疲れきった声でした。 既にボロボロの俺は、思わず声を荒げてしまった。 「知らんよ! いい加減にしてくれ!」 「そう、じゃあ、しゃあないな...」 消え入るような悲しそうな声を残して、電話は切れました。 身寄りの無い高齢の女が独りで別離独居できるわけも無い。 だから、  いつかは、あんたが来てくれる。 たぶんそう信じて、これほどまで− 彼女のそんな必死の思い、 そして意志、行動力、 驚愕の一言。 そして私はその全てを、ぶち壊しにしてしまっていました− ================================================================ ================================================================ 2004/12/07 04:33 母親の値段 “私なら  母親の値段は  100億つけたって安いもんだがね!” - Karte:09「もらい水」 http://www.ytv.co.jp/bj/story/009.html Dec.06,2004 BlackJack http://www.ytv.co.jp/bj/ http://blackjack.jp/ ================================================================ ================================================================ 2005/06/12 21:55 文鳥と十姉妹 - Re: 笑う鳥 その昔、小鳥と一緒に暮らしていた。文鳥と十姉妹。 最盛期には文鳥が2羽に十姉妹13羽(ひとつがいから殖えたんだよ)。 あまりに殖えて(増えて)しまった十姉妹は、どこから入手したのか鳥 カゴではなくリス用(たぶん)のでっかいカゴにまとめてぶち込んでい た。文鳥は相変わらず狭いカゴのままで、申し訳なかった。 小学4年生の頃、祖母からまず文鳥、次いで十姉妹をもらって、その後 代を継ぎながら長年飼っていた。 俺にとってはとっても大切な友達だったが、母にとってみれば、親(母 親)である自分の頭越しに姑から自分の息子に与えられたもの。それを 嬉々としてかわいがっている俺を見るのは、どんなものだったろう。 そういうこと、俺は当時、なんにも考えなかった。 その後進学で家を離れる時、下宿先に連れて行くことはできないので置 いていった。その後は母が世話をすることに。そんな小鳥たちを、そん な彼女が、気持ちを込めて世話出来るわけがない。あっという間に数が 減り、やがて居なくなってしまった。 母を責めたいのではない。逆だ。そんな思いをさせてしまってなんにも 気付かなかった自分を悔い、母に謝りたいのだ。 小鳥は今も変わらず大好きだ。全ての動物の中で肉体と頭脳のバランス が一番取れているのは鳥類だと思っている。最近は文鳥サイト(?)に ぞっこんだったりもする。 街中で文鳥や十姉妹の姿を見かけるたびに、小鳥に囲まれていたあの頃 を、複雑な思いで想い出すのだ。 June12,2005 - warautori041104 - ================================================================ ================================================================ 2004/11/04 00:30 笑う鳥 - 僕は鳥になる その昔、小鳥と一緒に暮らしていた。文鳥と十姉妹。 最盛期には文鳥が2羽に十姉妹13羽(ひとつがいから殖えたんだよ)。 視線を向けて語りかけると、私の目をじいーっと見て耳を傾けてくれた。 もちろん言葉は通じないけど、 私が何を言おうとしているのかちゃんと聞き取ろうとしてくれていた。 鳥って、笑うんだよ。 もちろんあははと笑うのではなくて、微笑むということ。 笑う猫、なんて言うけど、笑う鳥、これは事実。 私の顔を見ながら、目を細めて“にこーっ”と微笑んでくれるのだ。 ほんとだよ。 生まれ変わったら、何になりたい? 僕は、鳥になるんだ。 街中で文鳥や十姉妹の姿を見かけるたびに、 今も半分本気でそう思うのである。 人を疑うことを知らないその純粋な笑顔を手土産に、彼女に逢いに行こう。 「ただいまー!」 「おかえりー!」 Nov.04,2004 ================================================================ ================================================================ 2004/11/02 04:26 refrain - dearest's will > 必死の思いや訴えを、 > > 無視 されること > 放置 されること > 思い が伝わらないこと > > それが、どんな悲劇を生むか。 > > 母は、自身の身を呈して、そのことを私に教えてくれた。 > 最高の遺言だ。 > > 彼女のその渾身の思いを受けて、 > 今度は、私が、その役回りの番だ。 > > 彼女の悲劇と、私の経緯は、 > 具体的内容は違いこそすれ、全く同様の流れをたどっていることに、 > 今、気付いた。よし、ならば: > > 満たされなかった彼女の積年の思いと、今の私自身の思いとを合わせて、 > これ以上悲劇を生まない社会の構築のきっかけとなるべく、 > 自ら捨て石になろうと思う。 > > 悲劇が起きてからでないと、伝わらない。それが、現実。 > ならば悲劇を起こすしか、ない。 > > ずいぶん、回り道をしてしまった。 > もたもたしている間に、大切な人を、犠牲にまでもしてしまった。 > > 失意のまま逝ってしまった最愛の人への、 > せめてもの罪滅ぼしと恩返しになることを、信じて。 > > 2004/09/14 03:50 - diary ================================================================ ================================================================ 2004/10/27 18:24 おやじへ なにをいってもつうじないあんたたちのようなにんげんをすこしでもた よりにしようとしたじぶんがまぬけだったよおかあさんのほうがいきて いてくれたらとおもったもうなみだもでませんさようならかけるうちに かいておきます Oct.27,2004 ================================================================ ================================================================ 2004/10/20 03:26 「あんた大丈夫か...」 もうひとつの、最期の言葉。 母は最期に、消え入りそうな声で、そう声をかけてくれていた。 「大丈夫だよ。」 できることなら、そう答えたかった。 Oct.20,2004 ================================================================ ================================================================ 2004/10/14 13:22 ◇ 今日の一言 ◇ 「俺とどっちが先かな。」 − 身内(残った方)の今日の言葉。 あくまでも「待つ」。そうかい。 Oct.14,2004 ================================================================ ================================================================ 2004/10/02 21:56 届かぬメッセージ 意識障害もひどくなり シャレにならなくなってきました ちょっと もう ダメな感じです さすがの私の根性も そろそろ 限界のようです P.S. 「トキオ〜父への伝言」みたいになってきました Oct.02,2004 ================================================================ ================================================================ 2004/09/28 17:12 もくろみ 私は、彼女に看取ってもらうつもりだった。 具体的にそうもくろんでいた訳ではない。でも、いつの間にか心の底で、 そう決めていた。今になって、それが、分かった。そのための準備も、 進めていた。だから、「意に反して、先に逝かれてしまいました。」と 言ったのである。 ; 俺は おかあさんに 看取ってもらうつもりだった ; ; そのための準備も進めていた ; いろいろ書き溜めていたのは そのためだった  ; このWEBページも それが主目的だった ; これなんか  ; おかあさんに見せるために 準備していたものだった ; そのために そのために 書いたばかりだった ; (だから この日 すぐにアップロードできたのだ) ; みんな おかあさんに見てもらうためだったのに ; ; おかあさんに いろんなこと  ; 見てもらって 聞いてもらって そして ; ; おかあさんのこと ちゃんと思っていたよ 分かっていたよ ; だから安心してね  ; 俺を産んでくれてありがとう ; ; そう伝えて 感謝の意を伝えて  ; おかあさんを安心させて そして  ; ; のつもりだった のに ; ; すれちがい ; 間に合わなかった 遅すぎた あまりに時間をかけすぎた  ; おおばかやろう Sep.28,2004 P.S. こんなことを書くのがこのページの目的ではありませんでした。 でも今は、許して下さい。
P.S.2. > ; これなんか                    > ; おかあさんに見せるために 準備していたものだった その「想い出」文と、俺のこの写真。 “直前”に、母に送っていた。 たしか2004年の春。 そう、彼女と最後に顔を合わせることになる日の、ちょっと前ごろ、 だったと思う。 母に見てもらっておきたい。 そう思って、 これらを含めた資料を作りファイルに綴じて、 宅配便で送ったのだ。 − ...母の手には、届いていなかったようだ。 そういうものを見た人間に当然の様子が、 その後の彼女に、見られなかった。 いつものように、 “どこか”で“チェック>没収”されていた、ようだ− 確かめもしなかった。 届いているものと、思い込んでいた。 見てくれたよね、と、 信じ込んで、いた。 そして、そのまま− それだけでも見てくれていたら それだけでも ずいぶん違っていたはず なのに ...痛恨。ただ、ただ、痛恨。 ちくしょう ちくしょう ちくしょう
================================================================ ================================================================ 2004/09/26 23:20 [母の想い出][15] - 本当の最期の言葉「サイゴに、一緒に、住まないか...」 正確には、そのあとに、こう添えられていました。 「 じゃぁね 」 Sep.26,2004 ================================================================ ================================================================ 2004/09/25 04:21 [母の想い出][14] - 生い立ち 私は、彼女の生い立ちについて、ほとんど何も聞かされていない。どこ で生まれ、どこで育ち、どんな環境で暮らし、... 取り立てて言う気が無かっただけなのか、それとも言えない事情があっ たのか、今となってはそれすら分からない。とにかく、私は彼女の過去 を、ほとんど何も、知らないのである。 生前にごく断片的に得たわずかな情報だけが私の脳裏に散らばっている。 散逸しないうちに、ここに記録しておこう。 ◆たぶん終戦時まで、日本占領下の台湾の基隆(キールン)[中文][日
本語]
[English][Google] に居た。終戦時にいわゆる本土引き揚げで現在 の日本本土に移住した−らしい−。 彼女の“故郷(ふるさと)”は、たぶん、ここ。 ◆彼女の両親(つまり私の母方の祖父母)は、彼女が19−20歳頃に 相次いで他界。これは彼女自身がある時ふと口にした、数少ない彼女自 身から直接聞いた情報である。 ...あれ? いろいろ列挙しようと思ったのだが、記述できる情報が、 これだけで終わってしまった。おいおい... いかに何も知らなかっ たか、今改めて思い知ってしまった。 で、ここからは全くの推測になるが、こういった背景から容易に想像で きることは: 若い頃の環境や終戦時?の経緯などから、身内は四散し、若い頃の交友 関係も無に帰した。 つまり彼女は、身内という基盤も、交友関係というバックボーンも、全 てを失ったまま異なる世界に放り込まれ、そしてそのまま解放されるこ となく人生を終えた−らしい−... 全て推測。今となっては、確かめる術(すべ)も、無い。 でもこういった過去を知れば、彼女へのいわれなき誤解は、払拭できる。 今、その思いに突き動かされているのである。 Sep.25,2004
◆補足。 ずいぶん以前、確かパスポート申請の際に取り寄せた戸籍謄本。 まだ俺が両親の戸籍に居た時の戸籍謄本。 探し出して見直してみた。 母の欄。 *妻。 *参女。 *両親名の頭に「亡」の文字。 *出生時の届出者は彼女の父親名。 *間が無くて、 *婚姻届出にてその父親名とは異なる筆頭者名の前戸籍から入籍。(*1) つまり、母は。 自身の両親が亡くなって、 別の親族の戸籍に入れられて、(*1) 結婚でおやじの戸籍に移されて。 つまり、母は。 ずっと、 他人の戸籍。(*1) 他人の家。 他人の家族。 ずっと。 そして、 そのまま− 唯一の救いは、 その戸籍謄本では 母と俺が、同じページに二人で並んでいた。 だがその後、俺が分籍したので、 そこから俺は消えた、はず。 そして、 母はそこに、 “他人だけ”の戸籍に、 独り取り残されたまま、のはず− その謄本、手書き時代のもの。 今も俺が持ってる。 母と俺が並んでいる。 だがその後、 「電算化」でデジタルデータになったはず。(*2) 戸籍簿は書き換えの際に その時点で現存しない事項や人物は 書き移さない。(*2) だから、今のその戸籍に母は、 「亡」付きで、独り。 の、はず− (*2) だから、せめて− ※注(*1):                   --- Original Message -----           Subj: 戸籍等の請求について                                   | なお、筆頭者が親の名前と違う、というのは、  | おそらくご結婚されたのが昭和30年代以前   | だったのではないかとおもいます。       | 現在の戸籍は、親子(夫婦と結婚していない子) | のみが同籍するのですが、昭和30年ごろより前 | にできた戸籍は、「家」制度により、筆頭者から | 見て兄弟姉妹やおじ・おば、いとこ、孫など、  | 同じ家に住んでいた人はみな同籍していました。 |                        | そのため、お母様のご結婚前の戸籍の筆頭者が  | お母様の兄やおじであったことは考えられます。 >というわけで、「別の親族の戸籍に入れられて」  とは限らない可能性が出てきました。       確認のためにはさらに遡らねば...      ※注(*2):                   --- Original Message -----           Subj: 戸籍証明の郵便請求の方法について                             | ※平成17年10月8日から、戸籍のコンピュー | タ化に伴い、10月8日以前に該当の戸籍から抹 | 消されている方については、コンピュータ化後の | 戸籍には記載されておりません。また、戸籍の事 | 項についても同様です。10月8日以前の内容が | 必要な場合は、改製原戸籍(コンピュータ化以前 | の戸籍)が必要になります。ご不明な場合は、証 | 明する必要のある項目を使用目的の欄にご記入く | ださい。(○○の死亡日、等)         >というわけで、「電算化」以前の「改製原戸籍」  を請求中。さて?               ※補記:                    | 平成拾六年九月六日午前五時弐拾分Y市で死亡  | 同日親族○○◇(おやじ)届出除籍       | 「X」                    今時点の“あの家”の戸籍の謄本を、取り寄せてみた。 「電算化」以前の手書きの「改製原戸籍」。 @750円。高い。 母が、そんな文言と共に、 でっかい「X」で「除籍」になっていた。 ー 母は本当に死んだんだ。 今まで確証が何も無かったので半信半疑だった。 実はひょっとしたらどこかで。 心の片隅で誰かがそう囁いているような気がしていた。 なのに 図らずも証明されてしまいました。 しょせん役所の文書だけど、それでも 母の「人生」の“記録”がいっぱい。 この謄本のキャプチャー画像を近日中にアップロードします。 母の人生、関係なくても、どうか見てやって下さい。 ※追記:                     | >というわけで、「別の親族の戸籍に入れられて」 |  とは限らない可能性が出てきました。      |  確認のためにはさらに遡らねば...      | >というわけで、「電算化」以前の「改製原戸籍」 |  を請求中。さて?               遡った戸籍情報を順次取り寄せ中。 揃ったら整理してまとめます。 ...が、 今時点で一部入手、読み始めて、 既にくじけそうになってます。 ...複雑。 今時点で分かったことをちょっとだけ言うと、 結婚前に居たのは(歳の離れた)兄の家。 その家も転籍していてその前は(本土内の)また別の場所。 両親死去/終戦本土引き揚げ時に 従来既に本土にあったその家に移されたと思われるが 兄の戸籍なので母本人の経緯は記述が乏しく不詳。 「基隆」との繋がりが現時点ではまだ分からない。 ただ少なくとも、 >「別の親族の戸籍に入れられて」 は、やはりそうだった。 というわけで、 全体がちゃんと繋がるには、 さらに遡らなければならなくなりました。 今は違うが、 当時は戸籍が生活実態をほぼ反映していたはず。 母の人生、そこからなんとか辿ってやろう。 と、今ごろになって必死。 くじけそうだけど、がんばるぞ。 ※あれ??                    すみません、ちょっと違うかもしれない? 複雑で少し読み間違えているように思えてきました。 別の親族の戸籍に入っていたのは事実ですが、 もともと同じ籍に居たのであって 後から入れられたのではない、 かもしれない。 このあたり、一人の「戸主」の戸籍に いろんな親族が同籍していたという 当時(以前)の戸籍の形態を念頭に 読み直す必要が出てきました。 それと、 基隆から本土に移った時期や経緯も、 解釈を見直した方がいいかもしれない。 このあたり、 「分家」とか「家督相続」とか「転籍」とかが 複雑に絡み合っているので、 やはり以前の戸籍(と“家族”)の形態を 少し勉強してから読み直す必要がありそうです。 現在一般的な“核家族”の発想のままでは 正確な解釈は無理と反省。 いずれにしても、 さらに遡らないと分からない、ということです。 なんとか古い記録を取り寄せるべく 努めてみますので、ちょっと待ってね。 乞う御期待? ※中途半端だが、ここで途中経過。         その後現時点までで分かったことをとりあえず。 (注:未確認情報及び推測が半分です。) *母が所属していた戸籍の本籍の変遷: (?)>H県>H県>F県>(結婚) (江戸時代(明治維新前)からH県ベースだったらしい?) *母の出生地は基隆/台湾(これは記述がありはっきりしている)。 *戸籍の本籍が基隆/台湾になった形跡は無い。 *以上から推測(あくまでも推測): 母の親はもともと本土内(H県?)に居て、 日本占領下の基隆/台湾に(赴任など?で)移住、 そこで母を含む子供がさらに生まれ、 終戦直前前後に両親相次ぎ死去 (母親は「昭和貳拾貳年」だった)、 終戦時に本土(H県?)の別の親族宅に移住、 その間戸籍上は本土内の本籍のまま変わらず、 その後転籍に伴いF県に転居、 その後結婚、転居、除籍。 --- ちなみにF県は、母の兄嫁の実家地だった。 つまり、母が結婚前に入れられていた兄の戸籍が、 元のH県から妻の実家の方に転籍した、 ということらしい? また、母の母(俺の祖母)はそのF県で死去 となっている。そしてその時期は F県への転籍よりかなり(数年以上)前。 ということは、ここからは推測だが、 実際には終戦引き揚げ時もしくはその直後には 既にF県に居て(あるいは移っていて)、 戸籍はしばらく従来のままだったが 後日実態に合わせてF県に転籍した? わけ分からん。 結局、 いつまで基隆/台湾に居て、 いつ本土のどこに移住して、 いつどこに移って、 結婚時にはどこに居て、 どこから嫁いで来たの??? 戸籍情報からは、今のところ、 これ以上読み取れません。 --- 「分家」とか「家督相続」とか「転籍」とかが 複雑に絡み合っており、 「戸主」も親とは限らないし、 以前はかなり反映していたであろうとはいえ、 戸籍と生活実態は同一ではないので、 戸籍情報からの読み取りはこのあたりが限界かと... 情報入手と解読はまだ続きますが、 遡るにつれ、昔の戸籍って複雑怪奇、 江戸時代突入、 一族傍族みんな十把ひとからげの大所帯(※)、 挙句に分家とか家督相続とか転籍とか... 何がなんだか、そろそろちょっともう...  (※だって、)  (戸籍が相撲の「番付表」みたいなんだよ。)  (戸主を筆頭にいろんな人が次々に追加されていっていて、)  (後から生まれた子供はもちろん、)  (直属以外にも遠縁の親戚?とか、)  (挙句にどういう関係かすらはっきりしない人たちまで)  (何でもかんでも節操なく?次々に追加されていて、)  (縦長に何段組にもなってる。)  (しかも上の方は一人当たりのスペースが大きくて)  (詳細に記述されているのだが、)  (下に下がるに従って小さく狭くなり、)  (一番下の方なんてもう虫眼鏡...)  (...だから番付表。)  (いや実際にはそうでもないんだけど、そう見えるのだ。)  (ちなみに人数を数えてみたら、)  (このひとつの戸籍に、ざっと30人...)    (で、母は、)  (前後のきょうだいと共にその一番下の段。)  (続柄は「姪」、)  (ほかの正体不明?の群集にまぎれ、)  (ほんの2−3行しか書けない極端に狭いスペースに)  (出生時と除籍時の記述だけ...) 『基隆/台湾』の実態、 母が具体的にいつどこでどう暮らしていたのか、 このままでは結局分かりそうにないよ。 どうしよう どうしよう 生き証人、どなたか居ませんか... ※あ、特筆事項がひとつ。            以前書いた、 >「し・ま・ね・け・ん・ご・う・つ・し」 の件。 今までに分かっていた場所(基隆とか結婚前の場所とか)と どうも地理的に繋がらなくて首をひねっていたのですが、 上記“転籍前”の場所が、 隣接の県。しかも、県境地。 ...半信半疑だった「母のロマンス」が、 一気に現実味を帯びてきました! * おやじ側の方も少し取り寄せてみました。 こちらはシンプル。 要するに、古くからの“一族”。場所も同じ。 予想通り。 3代くらい前の生年が、「万延」になっていた。 ...江戸時代に突入していました。 さらに遡る気力は、もうありません。 ※あれれ...?                これも少し違うかも...? やはり「転籍」とか「家督相続」とかが絡んで、 “場所”が少し移動しているようです。 これも遡る必要がありそうですが、 もう気力が... ---------------- ※入手できた情報資料はここ↓に置いてあります。 (もちろんセキュリティをかけてあります) ---------------- ■追記:                               居住地(住所)の履歴の確認方法を問い合わせ中!! 戸籍本体以外に方法がありそうです。 ただしここでも「時効」の壁が... 後日報告(予定)。乞う御期待? ちょっと待ってね。 ----- Original Message -----                     From: "市民課"                            Subject: お問合せの件(回答)                     | お問合せの件について回答いたします。                | 亡くなったお母様のご住所の確認ですが、以下の2通りございます。   | (1) 住民票にて遡る方法・・・住所、氏名を正しく申請書に記入して頂  | ければ発行することができます。**市に住民登録されていたのであれ  | ば、**市の住所(最終住所でなくても結構です)と氏名を正しく記入  | して頂ければ住民票として**市で遡れるところまで発行することが可  | 能です。他市から転入されている場合については、転入元の市町村に請  | 求していただくことになりますが、法定で住民票が除かれてから5年で  | 廃棄できるので確認できない場合があります。             | (2) 戸籍の附票を確認する方法・・・メールの内容から戸籍をお持ちの  | ようですが、戸籍には附票というのがございまして、その戸籍が編成さ  | れてからの住所の履歴が記載されております。但しこちらも法定で附票  | の保存年限はその戸籍が除かれてから5年になっておりますので、確認  | できない場合がございます。戸籍の附票については本籍地にての請求に  | なります。                             | ----- Original Message -----                    | Subject: お尋ね:亡実母の居住地履歴を?               | | 過日**市内で死去しました実母の(出生からの)居住地(住所)の履 | | 歴を今更ながら知りたいのですが、生前にちゃんと聞いておかなかった | | のと、知っている者(彼女の親族など)がもう不明なため、確認できな | | い状況です。                         | | 戸籍をさかのぼってみましたが実際の居住地は反映されていませんので | | 結局分かりませんでした。                     | | つきましては、ほかに確認する方法はあるでしょうか? たとえば住民 | | 登録(住民票)をさかのぼることなどは可能なのでしょうか? そのあ | | たりを御教示願えれば。                    ★「戸籍の附票」: 母にとっての最後の戸籍の「附票」をやっと入手しました。 ...また“不思議”が増えました。 結論だけ言うと、「ありえね〜」。 *結婚/入籍の2年も前に、その住所に既に住民登録している。 *しかも、登録日の記述が「○○年○○月不詳日」。  書かれていなくて不詳なのではない。  「不詳」と書かれているのだ。 *しかも、登録が「母>おやし>祖母」の順。  母が独りで“先に”登録している。  その2ヵ月後におやじ。  さらにその1ヵ月後になぜか祖母。 なぜ2年も前に? なぜバラバラに? なぜ母が先に? ずっと実家に居たはずの祖母がなぜここに? ...“不思議”の連続。 当時の手書きの書き方がかなり“いい加減”で判読困難なこともあり、 なにがなんだかもう... 俺はこの住所の頃の記憶は全く無い。 記録が正しければ俺が“6ヶ月”の時までだからね。 そもそも後年自分の戸籍を見るまで そういう所に居たという事実自体を知らなかったしね。 だからもう、 なんにも分からなくなりました。 いったい何があったの?? 母はいったいどこからどういう経由でここに来たの??? それともうひとつ。 その「次」の住所。 俺の最初の記憶の、あの“台風とヘチマの家”。 なぜか一度“転居”したことになっている。 住所表示が微妙に(番地の末尾桁だけ)変わっているのだが、 問い合わせたら住所“表示”の変更ではなくて、 実際に“転居”だという。 そんな覚えは無い。 俺が2歳の時らしいから記憶はちょっと怪しいけど。 でもそんな“微妙”な転居がなぜわざわざ? 不思議、さらにまたひとつ。 いろんなこと、いろいろ、次々に。 母はなぜこんなに翻弄されているの?? 母の身の周りに、いったい何があったの??? 普通ではちょっと考えにくい“過去”ばかりが、 ほじくればほじくるにつれ、 次々に出てくる。 母はいったいどうして、 これほどまでに複雑な人生だったんだろう。 母はいったいどうして、 これほどまでに複雑な星の下(もと)に生まれたんだろう。 いつもの所にアップロードしておきました。 母のことなんでもいいから御存知の方、 解読してみてくれませんか。 そして、本当のこと、教えてくれませんか。 * * * ...悔しいことに。 肝心のそれ以前の(基隆に至る)住所情報は、 「附票」も「住民票」も、 やはり“時効”でとっくに“廃棄”されていて、 もう調べようがなくなりました。 だから、もう分かりません。 もう、 分かりません。 宝探しの旅、 ここまでかも、知れません。 ちくしょう ちくしょう
P.S. 俺は、“戦争を知らない子供たち”、 どころかさらにずっと後の平和ボケ世代そのものだ。 戦争なんて、単なる“歴史”。 だが母は、その青春と人生を戦争に翻弄された、まさに渦中の生き証人− いろんな話、ちゃんと聞いてあげておけば、よかったね... P.S.2: 母の、“故郷(ふるさと)”。 一度、訪れてみたい。 “家”とか“故郷”とかいう概念が希薄だった俺にも、 そう言える場所が無い。 母本人にとっては忌まわしき想い出の地なのかもしれないけど、 それでも彼女が生まれ、育ち、暮らした街(まち)。 母にとっても、そして俺にとっても、 かけがえの無い大切な“帰る場所”として在ってくれることを願って。 ◆現地に問い合わせてみることにしました。    今はもう日本ではないので期待薄だけど、  なんでもいいから何か情報が得られたら、と。    当時占領していた立場だから、  相手方の感情に配慮を忘れないように。  今になってこんなこと訊いて勝手でごめんなさい。 --- Original Message ----- | To: Keelung City | Attn: Department of Civil Affairs | http://www.klcg.gov.tw/civil/english/ | | Subj: [to:Keelung] Q: Keelung-days info ? (080322) | | Dear Madam/Sir, | | Hello from Japan, I'm happy to write you for the first time. | I'm a general Japanese living in Japan. Please allow me for | this simple question. | | I'm looking for some personal informations regarding my | deceased mother. | | She was born and grew up in Keelung/Taiwan, which was under | Japan's occupation at that time, and went back to the "mainland" | of Japan after the end of the War; in around 1945 or so. | | So far I've got some public infos and/or registration data | from several current Japan's cities, but there has been no info | as for her previous Keelung-days. | | Can I have some additional infos, including public infos and/or | registration data, from your city ? - such as: | | where she was living at ? | which school she was going to and graduated from ? | what about her families or friends at that time ? | how and when she went back to the "mainland" of Japan ? | where(which city) she went back to concretely ? | and so on... | | I can show you her birth date, birth place(address) in Keelung, | maiden full name, her parents' names, and so on, based on her | public data I have. | | Some way how to ? What kind of procedure ? Or any condition ? | | I feel so sorry to ask you for this sort of matter as one of | current "Japanese", but your kind cooperation would be highly | appreciated. Any info can be helpful. | | If you could kindly allow and help me. | Thanks in advance, | | Shin. F***** (Mr.) | Osaka, Japan | Mar.22,2008 | ※なかなか返事が来ない...    やっぱ英語じゃダメかな? ほらだから言わんこっちゃ...    というわけで、翻訳サイトで作った中文訳を添えてみることに。  だけど今の機械翻訳ってイマイチだからなあ...  むしろやめといた方がいいかも? 理由は>「逆になまじっか...」    でもそうも言ってられないので、とにかくやってみました↓。  まだ普及に難のある Unicode の出番です。  さて翻訳エンジンの実力や如何に?   ...ほらあ言わんこっちゃ... Q^2: Keelung-days info ? ◆思いがけず返事が来ました↓。    領土返還後に引き継いだ“世帯情報”が現地にあるという。  おおっ! ちょっと可能性が見えてきました。    でもその情報がいわゆる「戸籍」だったら、ダメかもしれない。  なぜなら、母の本籍はずっと“本土”内のままだったから。  戸籍が台湾にあったわけではないのだ。    だが、もしいわゆる“住民登録”の類だったら、可能性がある。  ちょっと浮き足立つ俺。  でも母のものが残っているかどうかは分からない。    国家をまたぐので、手続きが面倒そうだ。  大使館とか外務省とかで認証を受けた母と俺の本人情報を出せ...?  で、中国語に訳せよ、と(笑)。    さあ、旅はまだ続きます。 Re: Q^2: Keelung-days info ? Q^4: Keelung-days info ? Re: Q^4: Keelung-days info ? [to:TECO-jp] Q: Keelung-days info ?
...面白いのは、 もらったこの文面に見られる、 現地独自の用語とか独特な書式とか、 意外に違和感無く分かるのです。 こういう経験があったからだと気づきました。 意外なところで、意外なもの同士が、 リンク...
◆ 速 報 :学校」に関する怪しい情報をひとつ得ました。 女性で、基隆地域にその後も住んでいたとしたら、 ここに通っていた可能性が高い、と。 ○○高等女学校」。 戦前に占領中の現地に日本が設立した「高女」のひとつ。 終戦後に「○○女子高級中学」(<正しくは繁体字表記)となっていて、 サイトを見るとかなりランクの高そうなお嬢様学校?の香り満載です。 さっそく問い合わせてみることにしました。 ほとんど使い回し文面ですが... [to:klgsh] Q: Keelung-days info ? ----- Original Message ----- Sent: Monday, May 11, 2009 Subject: [to_○○女中] Q^4: Keelung-days info ? (090511) : # notes: : - This message is written with Unicode/UTF-8. : - Automatically translated Chinese(traditional) text : is followed below the English text above. : : To: ○○女子高級中學/ex-○○高等女學校 御中 : Attn: : : Subj: [to_○○女中] Q^4: Keelung-days info ? (090511) : : Dear Madam/Sir, : : Hello from Japan, I'm happy to write you for the first time. : I'm a general Japanese living in Japan. : Please allow me for this abrupt letter. : : I'm looking for some personal informations regarding my : deceased mother. : : She was born, in 1925, and (maybe) grew up in Keelung/Taiwan, : which was under Japan's occupation at that time, and went back : to the "mainland" of Japan after the end of the War, in around : 1945 or so. : : The actual address where she was living at is not sure, but I : was informed from someone who is familiar with Taiwan's affairs, : that it can be supposed that she might be going to "○○高等女學校" : if she was still living in Keelung area. : : So far I've got some public informations and/or registration : data from several current Japan's cities and/or Taiwan's local : governments, but there has been no information as for her : previous Keelung-days. : : Can I have some additional informations, including public : informations and/or registration data, from your school or else ? : - such as: : : which school she was going to and graduated from; including : 小学校 and higher ? : she was really going to ○○高等女學校 ? : what about "同窓会" or such, if your school has it ? : what about her families or friends at that time ? : where she was living at actually ? : how and when she went back to the "mainland" of Japan ? : where(which city) she went back to concretely ? : and, : How she was spending time in her school days in Taiwan ? : : - and so on... : : I can show you her birth date, birth place(address) in Keelung, : maiden full name, her parents' names, and so on, based on her : public/non-public informations I have. : : Some way how to ? What kind of procedure ? Or any condition ? : : I feel so sorry to ask you for this sort of matter as one of : current "Japanese", but your kind cooperation would be highly : appreciated. Any info can be helpful. : : If you could kindly allow and help me. : Thanks in advance, : : Shin. F***** (Mr.) : Osaka, Japan : May 11,2009 : : ================== : Automatically translated text: English > Chinese(traditional) : 自動翻訳:英文>中文(繁体字) : ↓ : - snip - :
P.S.3. それから。 > 彼女の両親(つまり私の母方の祖父母)は、彼女が19−20歳頃に 彼女の、 “おとうさん”と、“おかあさん”。 つまり俺の、 “おじいさん”と、“おばあさん”。 一度、逢ってみたい。 “おじいさん”とか“おばあさん”とかいう概念も希薄だった俺にも、 かけがえの無い存在。 こんなに素敵な娘を送り出したんだ。 きっと、素敵な人たちだったんだろうな、 と思います。 天から見てくれていたでしょうか。 あなたたちの娘は、 ほら、こんなに素敵でしたよ。 息子の私が、証明します。 だから
P.S.4. - だから、ちゃんと、想い出してやりたい。 * * * ◆お知らせ:    その台湾時代を含め、母の生い立ち、母の人生の足跡(そくせき)を、  少しちゃんと追跡してみることにしました。    本当は私自身がやらなきゃならないんだけど、  私はこの体たらくでちょっと難しくなってしまったので、  第三者に依頼してみることにしました。    ちゃんとした正規の専門家に依頼中です。  ちょっと料金はかかるけど、そんなこと問題じゃない。    新たな情報が出てくる可能性は低いと思います。  でも、やらなきゃ。    結果が確定したらここで報告します。  母の人生、  見てやって下さい。    *    それから、  もし十分な情報が得られなかったら、  間に合わなかったら、  だれか、引き継いでくれませんか。  だれか、お願いです。    母の人生、  埋もれさせてなるものか ================================================================ ================================================================ 2004/09/24 20:36 [母の想い出][13] - Re: 夜更けのフォークソング ちなみに彼女は昔、なぜか「布施 明」のファンだった。 「もうちょっと練習したら、もっと唄、うまくなるのに。」 とテレビ画面に向かってツッコんでいた。こらこら... Sep.24,2004 もういっちょ。 「ラブラブショー」(だったと思う)で、 「大信田礼子」が男とイチャイチャしているのを視て、 「きゃあ〜、腰に手を回してるう〜!」 と、きゃーきゃー騒いでいた。これこれ... ================================================================ ================================================================ 2004/09/24 17:08 [母の想い出][12] 今急に思い出したので忘れぬうちにあわててメモっておきます。 もう十数年前、まだ私が倒れる前だが、彼女の生活環境を少しでも改善 しようと(トンチンカンながら)動いていた頃、彼女の最近の趣味が分 からなかったので訊いてみたところ、本を読むことと言うので、好きな 作家を問うと、「曽野綾子(そのあやこ)」という名前が出てきた。 瞬間的にいきなり彼女を引っ張って梅田に出かけ、紀伊國屋に飛び込ん でだだっ広いフロアをウロウロ、なぜかそういう時にはカクテルパーテ ィー効果のように見事に見つかるもので、「曽野綾子」のコーナー発見。 平積みの著作を何冊か適当にかき集め、カウンターに飛んで行って清算、 取って返して彼女に「ほれ。」 帰りに御堂筋のイチョウ並木を散策。 彼女は「きれいね。」と笑顔でつぶやいたが、なぜか、目は沈んでいた。 バカだった私はなんとなくそれで親孝行をしたような気に、なっていた。 そういう軽薄な行為がさらに本人を追い込むことになることに、気付い ていなかった。 本を受け取る時の彼女の当惑した表情の意味を、 私は、理解すら、出来なかった。 Sep.24,2004 ================================================================ ================================================================ 2004/09/21 14:57 「大きな力」 皆さん食傷気味だと思いますので、ちょっと言い訳しておこう... 私がこんなに取り乱しているのには、訳があります。内情をさらけ出す ようで、ずっと内輪のことは抑えようと努めていたのですが、さすがに 限界のようです。 彼女は、“家”に居ながらの「孤独死」だったようです。過去の経緯や、 倒れた時や召された時にすぐ私に連絡がなかったことなど前後の経緯を 鑑みれば、そう解釈するしかありません。 良し悪しを別にして原因の一端が私にもあることを認知していますから、 いまさら過去のことをほじくり返すつもりはもうありません。 でも、事情を察知していながら彼女を放置し孤独死に至らしめた自分が、 許せないのです。 そして今度は、私自身も、同様の経緯をたどろうとしている。 医療、行政、社会、... ...なにか、「大きな力」が、働いている。 そう解釈しています。 Sep.21,2004 P.S. > 2004/06/26 23:38 > 想い出の形 - Re: ふと思い立って、 > > ...なんだか暗くなってきたので、次回からはまた明るく行くべし!! 今回もそう締めようと思ったのですが、ちょっと、出来ませんでした。 ごめんなさい。暗いよー。(面堂終太郎ではない。) P.S.2. 言い訳をひとつ、追加させて下さい。 >でも、事情を察知していながら彼女を放置し孤独死に至らしめた自分が、 だって、 何人もの人間が一緒に住んでいるのに、 いくらなんでもそんなことがあるなんて、 さすがに、 想像できなかったんだ よ ================================================================ ================================================================ 2004/09/15 10:50 [母の想い出][11] 私が書き綴っている「想い出」は、ほとんどが私の小学生時代であるこ とにお気づきでしょうか。 理由があります。 [1] 色々な意味で生活環境が良かった。だから印象が強い。 [2] 私が比較的早い時期に両親から離れた生活に移行したこともあり、私が 彼女と一緒に生活していた事実上最後の場所だった。 つまり彼女の日常の姿を直接知っている実質上最初で最後の時期だった。 [3] 両親と子供だけの独立した“核家族”で、事実上唯一、普通の“家庭” が存在した場所だった。 それはつまり、彼女にとって人生で唯一、独立した自分の生活が、存在 した時代だった。 だから、ちゃんと、想い出してやりたい。 Sep.15,2004 P.S. 下記も御参照願えれば。 - Wカップが思い出させてくれたこと - 奇しくも、“前日”に投稿していました。 P.S.2. - 生い立ち - 彼女の“故郷(ふるさと)” ================================================================ ================================================================ 2004/09/14 03:50 [母の想い出][10] 必死の思いや訴えを、 無視 されること 放置 されること 思い が伝わらないこと それが、どんな悲劇を生むか。 母は、自身の身を呈して、そのことを私に教えてくれた。 最高の遺言だ。 彼女のその渾身の思いを受けて、 今度は、私が、その役回りの番だ。 彼女の悲劇と、私の経緯は、 具体的内容は違いこそすれ、全く同様の流れをたどっていることに、 今、気付いた。よし、ならば: 満たされなかった彼女の積年の思いと、今の私自身の思いとを合わせて、 これ以上悲劇を生まない社会の構築のきっかけとなるべく、 自ら捨て石になろうと思う。 悲劇が起きてからでないと、伝わらない。それが、現実。 ならば悲劇を起こすしか、ない。 ずいぶん、回り道をしてしまった。 もたもたしている間に、大切な人を、犠牲にまでもしてしまった。 失意のまま逝ってしまった最愛の人への、 せめてもの罪滅ぼしと恩返しになることを、信じて。 Sep.14,2004 ================================================================ ================================================================ 2004/09/12 11:44 エピソード - [母の想い出][9] 意外なエピソード。あんた、なにすんねん。 ●その1。 速記。それも、「早稲田式」。 全く無趣味に見える彼女が、ある日突然、通信教育の教材を取り寄せて、 「あ」「い」「う」「え」「お」 なにやらマジに勉強し始めた。覗いてみると、速記。なんでやねん。 別に仕事に使うわけでもない。趣味というにはあまりに突飛。にもかか わらず、えらく真剣に勉強していた。なんで? いまだ、謎... つられて私もその教材を拝借して勉強してしまった。初めの方だけで挫 折したが、今でも「あ」「い」「う」「え」「お」だけは、書けるのだ。  ※通信教育ネタもうひとつ。      これまたある日突然、   今度はペン習字の教材を取り寄せて、マジに勉強し始めた。 高い品性と知性を感じさせる独特の筆致      なに式だったかは忘れたけど、彼女のえらく真剣なその姿を見た俺は、   とっても不思議な気がした。なぜなら、   彼女はもともと、字がとてもきれいなのだ。      単なる達筆ではない。高い品性と知性を感じさせる独特の筆致。   あんた、習字なんか必要ないじゃん。      案の定。   結局真剣な勉強空しく、彼女の筆跡はついぞ変わらなかった。   あたりまえだよ。俺には分かっていたよ。      知性の証明、ここにも。 ●その2。 「し・ま・ね・け・ん・ご・う・つ・し」 私が中学生の頃だったか、なぜかこの“呪文”を唱えて彼女をからかっ ていた覚えがある。どこから仕入れた情報なのか、全く覚えていない。 具体的にどういう内容なのかも分からない。でも、この呪文を唱えると、 なぜか彼女が顔を赤らめてもじもじしていたことだけは、確かなのだ。 =「島根県江津市」:彼女の若かりし頃の、ロマンスの地...らしい? どなたか、真相を教えて下さい。もう、時効でしょ? P.S. 母のロマンス− あんなに顔を赤らめて。 見立ての確かな母のことだ。 きっと素敵なひとだったんだろうな、と思う。 そんな彼女が愛したひと。 そういう言い方は禁句なのかもしれないが、 ひょっとしたらそのお相手が、 本来の、 俺の おとうさん だったのかもしれません。 Sep.12,2004 ================================================================ ================================================================ 2004/09/11 03:39 [母の想い出][8] 今日、父親の実家から報告が届いた。 「母、○子、9月6日死亡。」 > 「母、○子、9月6日死亡。」 >  おまえの手紙 讀みました。 >  死ぬ前に お前と会えたらよかったと思ひます。 >  9月初、たおれて意識なく、入院して五日目になくなりました。 >  お前の手紙、ありがとう。 >  九月十日、(父、○) 電話に残っていた直近の着信履歴: 8月23日 13:51 実家 8月23日 13:55 実家 8月25日 19:37 実家 8月26日 19:05 公衆電話 >「サイゴに、一緒に、住まないか...」 8月25日がたぶん、これだったと思う。 8月26日は彼女かどうかはっきりしないのだが、私の所に来ようとし て外から電話したのかも知れない、という気がしている。 その後、音信が途絶えていた。 俺は、彼女の最期を看取りもせず、死に目にもあえず、送ることも出来 なかった。 ちくしょう!! やっぱり俺は、サイテーだ。 追記: その2−3週間?くらい前に、下痢をしている、と言っていた。その時 に察することが出来なかったのが痛恨なのだが、その時点で彼女の身体 が、生体活動を停止し始めていたのだと思う。つまり、寿命。生体のプ ログラム通りに活動を停止し、寿命を全うしたのだろう、と思っている。 肉体的苦痛にそれほど苦しむことなく召されたのであれば... せめ てそうであって欲しい、といまさら願っている。 Sep.11,2004
p.s.- ( その頃俺は ) (JPG/0.6MB) (...これも、言い訳。)
================================================================ ================================================================ 2004/09/10 03:51 [母の想い出][7] ■お願い: もし私を御存知の方がここをご覧になりましたら、このマイページを関 係者に紹介して下さい。彼女の本当の素敵さを、誤解している人達にも 伝えたいのです。 彼女の名誉と尊厳を守るためなら、私は何を言われても構いません。 - 彼女の、一個の人間としての「名誉」と「尊厳」を、守ってやる。 - 俺が、絶対に、守ってやる。 Sep.10,2004 ================================================================ ================================================================ 2004/09/10 03:15 [母の想い出][6] ちょっと思い出した話。彼は今、どうしているのかな... Sep.10,2004 > P.S. > > もうずいぶん前(30年以上前)になりますが、家族ぐるみで親しくし > ていた小学校時代の友人のお母様が若くして亡くなられ、両親と共にお > 葬式に駆けつけた時のことを思い出しました。 > > その時の、友人と御家族の方々のお姿を、今も鮮明に覚えています。 > 私の母は、まるで自分のことのように一生懸命に手を合わせていました。 > 私はそんな母の隣りで、ただ呆然としていました。 > > 当時私は既に転居していてその友人とは久し振りに顔を合わせたのです > が、ひとしきり言葉を交わし、いつかまた笑顔で会おうな、と約束して > 別れました。 >  再会 - 1977 > 数年後、友人は、旅の途中に私の下宿を訪ねてきてくれて再会。福井の > 街をあちらこちら案内し、酒を酌み交わして、そして、一生の友となり > ました。 > 「キャッチボール
※補記 - 今気づいたこと。 生い立ち:                             : 若い頃の環境や終戦時?の経緯などから、身内は四散し、若い頃の交友 : 関係も無に帰した。                        : つまり彼女は、身内という基盤も、交友関係というバックボーンも、全 : てを失ったまま異なる世界に放り込まれ、              そんな母にとって、 家族ぐるみで親しくしていた彼のお母様は、 唯一、親しく気を許せる相手だったのかもしれません。 その唯一の人を失った母の気持ち− 今になって、分かったような気がします。 > 私の母は、まるで自分のことのように一生懸命に手を合わせていました。
================================================================ ================================================================ 2004/09/09 00:10 [母の想い出][5] おかあさん。 長い間、そう呼んでいなかったね。 おかあさん!! 私は、彼女の複雑な人生を、 なんにもフォローしてやることが出来なかった。 後悔先に立たず。親孝行、したい時には親は無し。 ちくしょう!! 俺は、サイテーだ。 あの「家」を離れたい。そしてあんたと一緒に暮らしたい。 彼女は大昔からずっと、必死にそう訴え続けてきた。 ほかに身寄りの無い彼女には、それしか無かったのだ。 その気持ちを知っていたのに、 俺は結局、なんにも出来なかった。いや、しなかった。 失望と失意のまま、彼女は、旅立ってしまった。 いまさらながら、本当にいまさら、だけど、 最期の罪滅ぼし... 今から俺に出来ることは?  [1] 彼女の名誉と尊厳を守ること。 [2] あの世で永遠に、彼女と一緒に暮らしてやること。 [3] それから... Sep.09,2004 ================================================================ ================================================================ 2004/09/08 00:25 母の声 - [母の想い出][4] ほんの10日ほど前の、たぶん、8月25日か26日。 彼女から留守電が入っていて、こんな風につぶやいていた。 >「サイゴに、一緒に、住まないか...」 聞き取れないほどの、小さな声だった。 頼れる人間の居ない環境に暮らす彼女の、最期を悟った言葉だった。 この留守電、なにげなく、消してしまっていた。 彼女の最期の言葉を、俺は、消してしまっていた。 Sep.08,2004 追補: この時の彼女の最期の声 記憶の糸をたどって再現しておきます > ... > ... > もしもし...わたし... > ... > ... > ちょっと もう...行かれへんわ... > ... > ごめんね... > ... > ... > あんた だいじょうぶか... > ... > ... > サイゴに 一緒に 住まないか... > ... > ... > でんわ でてよ... > ... > ... > ... >  じゃぁね  ...... > ... > ... > ... > ...(カチャリ ツーツーツー) ※注:  > ちょっと もう...行かれへんわ...  > ...  > ごめんね...  この部分は実はその少し前の別の電話の時の言葉です    上記のこのタイミングでは  実際にはほかの言葉を言っていたはずなのですが  どうしても思い出せなかったので  とりあえず別の時の言葉で埋め合わせました    思い出したら修正しますので  皆さんはそれまでこのように覚えておいて下さい    >彼女の最期の言葉を、俺は、消してしまっていた。    ごめんね ごめんね ごめんね ================================================================ ================================================================ 2004/09/07 20:15 [母の想い出][3] 小学生の時だったか中学生の時だったか... 母に「ラーメン」を作ってあげたことがある。何の変哲もない、ただの 「インスタントラーメン」である。 いつも食事を作ってくれてありがとう。たまには僕が作ってあげるよ。 - いつも食事を作ってくれてありがとう。たまには僕が作ってあげるよ。 - たぶん、ただそれだけのことだったと思う。 落ち着かない様子でテーブルの前にちょこんと座っている母の前に「は い。」と差し出すと、彼女は、「えっ...」とだけつぶやいたきり、 どう反応したらいいのか分からない、という顔で、ラーメンを見つめな がら戸惑っていた。そして、少しはにかみながら、妙におぼつかない手 付きでおいしそうに食べてくれた。 いつもいつも他人の食事を作ってばかりで、自分は残り物ばかり食べて いた。 そんな生活から解放してやることが、結局出来なかった自分がくやしい。 いまさらだけど、ごめんね。ほんとうに、ごめんね。ごめんね。 Sep.07,2004 ================================================================ ================================================================ 2004/09/07 08:03 [母の想い出][2] 英検に受かった時、 高校に受かった時、 大学に受かった時、 就職が決まった時、 一番喜んでくれたのは、彼女でした。 就職が決まったことを報告したら、どこにあったのか文字通り取って置 きのワインを引っ張り出してきて、「うれしいよお〜!」と奇声を上げ てくれたのを、昨日のことのように思い出します。 普段はおとなしい彼女のそんな姿、もう、見られません。 Sep.07,2004
p.s. > 英検に受かった時、 その日。 学校から帰ったばかりの俺に なぜか薄ら笑い顔の彼女がいきなり一言。 >「さくせす」 え? >「さくせす!」 普段見せたことの無い不気味な薄ら笑いが止まらない。 >「さくせす!!」 少し前に受けていた俺の英検の通知書が届いていた。 タイトルが「success」。 親としての過去の画策がひとつ時を経てささやかに結実した日。 “してやったり”のその得意気な薄ら笑顔、 今も忘れられません。
================================================================ ================================================================ 2004/09/06 23:59 [母の想い出]「しゅんかしゅうとう」 小学生の時、学校の漢字テストの前夜、就寝前に枕元で予行演習中に、 なぜか突然「春夏秋冬」を予言。翌日、本当に出題された。 ■「ジグソーパズルの日本地図」 - 夜なべ - 小学生の時の夏休みの自由制作?で、都道府県のジグソーパズルの日本 地図を作った時、夜なべして各ピースを一県ずつていねいにハサミで切 り抜いてくれた。長崎県に苦労の跡があった。
 (日本地図をソラで描け、都道府県を全て正確に諳んじ、そして、世界 )  (地図とその歴史を常に客観的にトレースする姿勢が身に付くに至った )  (“地図大好き人間”の私が今ここに居るのは、全てこの日が原点です。)
「月例プレゼント」 小学生の頃、毎月一回、「プラモデル」と模型の「ミニカー」をひとつ づつ買ってくれた。毎月その日が楽しみだった。たくさんたまったミニ カーはいつしか豪華なキャビネットに収められ、今でも親の実家にある はずだ。 ■「ピアノ」 - piano - 小学校に上がるか否かくらいの時、なぜかピアノの個人教師宅に通って いた。バイエル(教則本)の「」(赤バイエル)を終え、「黄色」 (黄バイエル)の途中まで進んだ。今ではネコ踏んじゃったくらいしか 弾けないが、当時としてはずいぶんしゃれた教育じゃないか。 ■「力の算数」 現在は「力の5000題」という名称のようだが、小学校高学年用の問 題集で、少し背伸びして通常より高度な能力を総動員して解く問題を集 めたもの。その算数の分厚い本を持たされた。「脳ミソを使う快感」を 覚えたのはこのときが最初で、あとにも先にもあれほど脳ミソを思う存 分使ったのはあの頃だけ、と言えるほど。ぐうっと背伸びして少し背が 高くなった気分だった。勉強への好奇心をかきたててくれた会心作。 ■「英語の塾」 小学校5年の時、周りの友人連中がそろばんや習字などのありきたりの 塾に盛んに通っている中で、なぜか突然、「英語」の塾に通わされた。 中学校の教科書を前倒しで勉強し、結果、後年中学校での英語の成績は 学年トップで、教師も一目置く存在となった。そしてその後の英語好き、 英語に対する慣れ、さらには、物事を常にグローバルに見る姿勢へとつ ながった。おかげでどれだけ自分の潜在能力に自信を持てるようになっ たことか。彼女の子供教育の中で特筆すべきヒットと言えるだろう。
 (ひとつの“記録”がある。              )  (中学校時代の全ての公的テスト類。          )  (中間試験とか期末試験とか「五ツ木の模擬テスト」とか。)  (英語は全て、90点以上だった。           )  (母と私だけの、大切な「記録」。           )
■ etc., etc., etc., ... Sep.06,2004 ================================================================ ================================================================ 2004/09/06 23:55 また逢う日まで 2004年09月06日月曜日。 今日、最愛の身内が天に召されたと、連絡が来ました。享年79。 意に反して、先に逝かれてしまいました。 後を追うという意味ではありませんが、私も早く召されたいと思います。 一時(いっとき)の別れ。近いうちにすぐそちらに行くからね。 台風の時にしがみつく相手が、居なくなってしまった。 しばらく、泣かせて下さい。 de shin, jr3lvs Monday, September 06, 2004 # ♪[連絡1] at 040906-2253JST (MP3/1.1MB) # ♪[連絡2] at 040906-2256JST (MP3/0.7MB) # 補記: | 平成拾六年九月六日午前五時弐拾分Y市で死亡 | 同日親族○○◇(父)届出除籍 | 「X」 【 Monday, September 06, 2004 - 05:20JST 】 − 後日取り寄せた戸籍謄本より p.s.- [ Reminder - Re: 青春の幻影 ]
p.s.2.- ( その日俺は ) (JPG/0.6MB)
================================================================ - 貴女は、最高に、素敵だったよ! - P.S. - Reminder - Re: 青春の幻影AA−PH: 他人のことにはかまけておいて 肝心の一番大切にしなければならない人をないがしろにしていた サイテーの大ばか者への 永劫の Annual anniversary そして "Reminder" になりました ↓ ================================================================ 2004/09/07 02:04 奇しくも - Re: 青春の幻影 ----- Original Message ----- > 青春の幻影 - Fw: AA-PH & VK2XT ----- Original Message ----- From: "jr3lvs" Sent: Saturday, September 06, 2003 15:31 +0900 Subject: [...:18470] VK2XT 59-90 21.290 - AAPH03 > “CQ contest, Victor Kilo Two Xray Tango, ドーゾ” > “You're Five-Nine, Nine-Zero, ドーゾ” > > よし、居た!! > > これで今年も安心して眠れます。 > > de shin, jr3lvs > Sep.06,2003 ----- Original Message ----- From: "jr3lvs" Sent: Monday, September 06, 2004 02:54 +0900 Subject: [...:19786] VK2XT on AAPH04 ? > まだコンテスト中なのにすみません。 > > 今回のAA−PHをほとんど聞けず、今年は Bill の声を確かめること > ができませんでした。 > > どなたか御存知でしょうか...? > > de shin, jr3lvs > Sep.06,2004 ----- Original Message ----- From: "jr3lvs" Sent: Tuesday, September 07, 2004 02:04 +0900 Subject: [...:19788] Re: VK2XT on AAPH04 ? > > コンテストには出ていませんでしたが、 > > 21で通常QSOをされていました。 > > こんばんは、ありがとうございます。 > > 実はその後、9月6日朝6時半過ぎにひょいとリグのスイッチを入れて > 21.290に合わせたら、一瞬聞こえて、歓声を上げておりました。 > “Good morning, ...? , ドーゾ”とだけ聞こえ、ほどなくフェードア > ウトしてゆきました。 > > これでやっと、今年も安心して眠れます。 > > de shin, jr3lvs > Sep.07,2004 > > P.S. > 代わりに、という訳ではないのでしょうが、ちょうどその時間帯に、最 > 愛の身内が天に召された、と先程連絡が来ました。ますます他人とは思 > えなくなりました。私事ですみません。 > ================================================================ - 貴女は、最高に、素敵だったよ! - ================================================================ Subj: 母M子御親族様各位 >> 母M子御親族様各位 --- Original Message --------------------------------------------------- ※ “おじいさん”と、“おばあさん” へ --- Original Message --------------------------------------------------- ================================================================ - 貴女は、最高に、素敵だったよ! - ================================================================ ■みんなから貴女へのメッセージ 見ず知らずの一般の人たちがくれた言葉 差し支えない範囲でいくつか紹介させてもらうね ほら 貴女のことみんなは ちゃんと そんな風に想ってくれてるよ ちゃんと 分かってくれてるよ だから 大丈夫だよ 安心してね ね - みんなから貴女へのメッセージ - ================================================================ - 貴女は、最高に、素敵だったよ! - ================================================================ 2005/10/08 10:34 おやじへ - Re: プレゼントの意味 おやじへ ●初めての自分のHFリグ  > 周りの仲間連中が皆新品の最新機種を買ってもらっている中  > おやじの勤務先の同僚?が不要になって譲り受けたという  > 他人の手垢まみれの 色あせたボロボロの 型落ち中古品  > 俺の一生の趣味の 寂しいスタート 子供だったあの時、 他人の手垢まみれの中古「FT−400S」をあてがわれたことが、 一生の心の傷になってしまったままだ。 今、 ICOM(アイコム)の「IC−7800」という いいリグ無線機がある。 ちょっと高いけど、 改めて 今 買ってくれないか。 息子の一生の趣味のスタートの 父親からのプレゼントごっこ 今 やり直しを やらないか ●それから、 > まだ俺が子供だった頃、彼女がふと寂しそうにつぶやいた言葉。 > −「あのひと、なんにも買ってくれたりしたこと、無いし...」 おかあさんに 何か 買ってやれよ いまさらと言わず あんたの“大切なひと”に 何か プレゼント してやれよ 何か プレゼント してやれよ な。 ● 俺は あんたに > おかあさんの大切な 終生の伴侶 に > そして 自分の おやじ に ただの わめくだけの後始末屋 で 終わって欲しくないんだ たのむよ たのむよ たのむよ Oct.08,2005 --- Original Message ----- > ---------------------------------------------------------------- > 2005/04/05 12:57 > プレゼントの意味 - Re: カーネーションのブローチ > > 母の日のプレゼントを探していて、唐突に思い出したこと。 > まだ俺が子供だった頃、彼女がふと寂しそうにつぶやいた言葉。 > −「あのひと、なんにも買ってくれたりしたこと、無いし...」 > カーネーションのブローチ、手配しました。 > 彼女本人の手元に、ちゃんと届いてくれることを祈りつつ。 > Apr.05,2005 > > > おやじよ。 > あんた、自分の連れ合いに何かプレゼントでもしてやったこと、あるか? > > > 追記: > > キャッチボール時 すぐそこ > ブルワーカー 鉄棒にぶらさがっといたらええんや > ヘアドライヤー 安い方 母文句 いっつもこんなん > > > ●初めての自分のHFリグ - my rig - (click to enlarge) > 周りの仲間連中が皆新品の最新機種を買ってもらっている中  > おやじの勤務先の同僚?が不要になって譲り受けたという  > 他人の手垢まみれの 色あせたボロボロの 型落ち中古品  > 俺の一生の趣味の 寂しいスタート > > ----------------------------------------------------------------
---------------------------------------------------------------- ※“キャッチボール時” - 少し説明しておきます。 おやじとキャッチボール。 平均的“男の子”にとっての定番の想い出だが、 俺にはそういう記憶が、無い。 実のおやじがちゃんと居たにもかかわらず。 その代わり、こんな記憶なら、ある。 その日唐突に、おやじがグローブを持ち出して、 いつも俺たちが友人同士でキャッチボールしている場所に、 俺を誘った。 初めてのことに戸惑いながらも俺は、 内心ちょっと浮かれながら、 いつもボールをぶん投げる定位置に向かおうとした。 制するようにおやじが、 そのまますぐその場にしゃがんで、 ほれ、と言わんばかりにミットを向けた。 すぐ目の前。距離にしてほんの2−3メートル? 投げるのではなくトスでボールを渡す距離。 いつもの友人たちとのキャッチボールは、 思いっきりぶん投げてちょうど届くくらいの、 距離にして、そうだなあたぶん40−50mくらい? 子供の時の感覚だから実際はもう少し近かったかもしれないけど、 とにかくそれが当たり前だった。 当惑している俺の不満顔を見とがめたおやじが、 なじるようにわめいた。 「これでええんや!」 おやじとキャッチボール。 これが最初で最後になったのは、言うまでもない。 キャッチボールとは、心の対話。 巷のそんな言葉を、 他人事(ひとごと)のように噛みしめている。 ----------------------------------------------------------------
* * * 貴方にもらった、手紙−貴方にもらった、手紙−貴方にもらった、手紙− P.S. − おとうさん へ 早くに父親を亡くし、 幼くして戸主に祭り上げられ、 やっとありついた自らの家庭生活も理想には至れず、 想い描いていたであろう人生の夢叶わぬまま、 貴方もそれなりに、つらかったんだね。 貴方もそれなりに、しんどかったんだね。 貴方もそれなりに、寂しかったんだよね。 貴方にもらった、手紙−貴方にもらった、手紙−貴方にもらった、手紙− さんざん恨み言言ってばかりだった。 でも今、修正しておきます。 貴方の名誉のためにも。 貴方にもらった、手紙− − ありがとう おとうさん − Friday, November 06, 2009 - 11:38JST
【 May 31,1926 - Nov.06,2009 】
* * *
---------------- 今思い出したこと。 おやじと、酒を酌み交わしたことがある。 学生の時。 年末に下宿先から“帰省”しておやじの家に行ったら、 居間、コタツ、 晩酌のおやじの隣の席、 やっと酒が許される歳になったばかりの俺にも酒が出てきて、 いつしか、父子で酒、の風情になっていた。 たぶん初めてのことに、お互い当惑を隠せなかった。 それでも横顔のおやじは、 なにげに満足そうな面持ちで遠くを見つめ、 無言のまま静かに杯を傾けていた。 自身の父親を早くに亡くしていたおやじにとって、 待ちわびた初体験の瞬間だったのだろう。 あんなに柔和なおやじの横顔を見たのは初めてだった。 たぶん、最初で最後の、 おやじとの、酒 − ----------------
- 貴女は、最高に、素敵だったよ! - ================================================================  [ archives - portraits and letters ] archives - 渾身のメッセージ - 彼女からの手紙たち ================================================================ ---------------------------------------------------------------- 母の言葉 「こんなことしてるまに しんでまう...」 「いつまでも おやがいきてるとおもったら あかんで...」 「わたしのおかあさん(おとうさん?)は わたしが19のときにしんで  おとうさん(おかあさん?)は はたちのときにしんで 」 「あのひと、なんにも買ってくれたりしたこと、無いし...」 「あんたが幸せになってくれんと 安心 できへん...」 「わたしも もう らくになりたいわ...」 「おかあさんと 思ってくれんか...」 「話、聞いてくれんか...」 「やさしく してよ...」 「なんか させて...」 「もういいよ! あんないえ...」 「こんな なって しもた...」 「あのひと たよりないねん...」 「あんた やせたんとちゃうか?」 「あんた だいじょうぶか...」 「いっしょに しのか?」 「さいごに いっしょに すまないか...」 「また てがみ かくわな...」 「でんわ でてよ...」 「じゃぁね」 「」 - to be continued ... ---------------------------------------------------------------- ---------------------------------------------------------------- 母の手紙letters - 「私はそれだけで どんなに嬉しいことか 私は それだけで 大満足です。」「そして 私の希いも かなえて欲しい。」 # (たぶん 15年位前) > 嫌かもしれないけど、聞いて下さい。 >  > あんたが身を固めて幸せになるまでは > 親がゴタゴタすることはできないと思って、 > ずっと我慢して耐えてきました。 >  > でも、もう、これ以上... >  > もう、楽になりたい。 > この家を離れて、あんたと一緒に暮らしたい... >  # Nov.07,1998「私はそれだけで どんなに嬉しいことか 私は それだけで 大満足です。」「そして 私の希いも かなえて欲しい。」 > これだけ置いておきます。 > この分は、私の自由なお金だから、心配なく > お前の自由に使ってください。 >  > また、改めて 手紙書きますが、先日から > 言っている、家のこととか、これからの方針とか > について、なるべくお前のよいように > 助言もしたいので、そのこと ほんとうに > 考えて下さい。 そして 私の希いも かなえて > ほしい。 >  > 寒くなるので身体に気をつけて。 >  > 母 >  ※「希い」:“こいねがい” # June04,1999letters - 「以前、お前が私にしてくれた優しさは決して忘れない。」「でも、それよりなにより 私は お前に やさしく してもらいたい。」 > こんな母だけど、非常時のいま、少しでも > 力になりたいのです。何かの役にたちたいのです。 > でも、それより なにより 私は >  > お前に やさしく してもらいたい。 > お前は勝手だと思うだろうけれど 私は > お前に やさしく してもらいたい。 >  ※(以下 空白 だった) # June17,1999 > 以前、お前が私にしてくれた優しさは決して忘れない。 > いま少しでもお前の役にたてたらと思っている。 >  ※この語調で4枚に渡り強烈な説得メッセージが  理路整然と書き下されている  これはぜひ 全文を見て欲しい  これだけの“演説”ができる人間を 私は ほかに知りません # Oct.20,2000letters - 「お前のこと 大切に思っています。」 > これからは お前が怒る余計なことは こちらからは一切 > しないようにするつもりです。お前が、用事があったり、 > 相談があったり、頼みたいことがあった場合は、 > お前の方から私共へ言ってきてください。そうすれば > 私共で出来ることは一所懸命で応えますから。 >  > (snip) > ただし 私共へは何んでも言ってきてください。 > 子と親の縁は 切って切れるものではありません。 > もう一度言いますが、お前の方から何でも相談してきて > ください。それによって 一緒に考え動くつもりです。 >  > お前のこと 大切に思っています。 >  > それからもう一つ。いままで何度かお前に伝えて > きた 私の希望と本心だけは変らないことだけは > 知っていてください。 >   (なんと、おやじとの連名。)  (“私共”という表現は、そのため。)  (そこまでして...)  (それにしてもおやじよあんたはいったい...) ※> お前のこと 大切に 思って−    そんなこと言ってくれるのなんて  貴女だけ...    なのに俺は    > 私の希望と本心だけは変らないことだけは  > 知っていてください。    ...応えてあげなかったよ     ばっかやろう # Dec.24,2001Dec.14,2001letters - 「私を母親だと思ってもらえないだろうか。」 > いまの場合、もう過ぎたことを忘れて 何もかも許しあって 許 > されて もらえないだろうか。 私の最後の願いです。 私を母親 > だと思ってもらえないだろうか。  たのみます。 >  ※> 私を母親だと思ってもらえないだろうか。    貴女を母親だと思っていなかったはずなんてないんだ!  違うんだ そうじゃなかったんだ  だけど 俺のやってしまっていたことは もう      ほんとうに    ごめんね ごめんね ごめんね  
- おかあさん。 - - 俺を産んでくれて、ありがとう。 - 俺は確かに、貴女の、息子だったよ。 誰がなんと言おうと、 貴女は、最高に、素敵だったよ! おかあさん 今度生まれ変わったら そのロマンスのお相手と また巡り会って 今度こそ一緒になって そして また俺を 産んでくれ!
# July28,2003 [ tegami060406a ] > ○○(俺の名前)様 >  > 私ね、8月の上旬頃、書類の出来次第(◇◇(弟の名前)に > 保証人になってもらって)一応、3ヶ月位の契約で入居します。 >  > +----+--------------------------+ > |////|←○○(俺の名前)の部屋 | 2F > +----+---------------------+----+ > |        私の部屋→|////| 1F > +--------------------------+----+ >  > では...。 > 今日も用事でちょっと○○○(最寄り駅の名前)まできましたので。 >  # Dec.22,2003「私はそれだけで どんなに嬉しいことか 私は それだけで 大満足です。」「そして 私の希いも かなえて欲しい。」 > ○○(俺の名前)様 >  > おこらないでね、気になって **円だけ > 持ってきました。元気にしていますね。 > 私は弱ってしまって ハガユイ のですが > 心臓の方なので それなりに気をつけては > いるのですが。こんな自分の身体ですが、 > 若し、○○(俺の名前)と一緒に暮らせたら、少しは > 元気が出てくるのではないかと 独り考えて > みています。 > どうせは、わずかの間、○○(俺の名前)の生活 > の基盤が見えてくれば、私はそれだけで > どんなに嬉しいことか、私は、それだけで > 大満足です。○○(俺の名前)がちゃんと > 決心をつけてくれたら、一度言ってみて > ください。私は自分の没後の後始 > 末はつけておきますからね。心配しないで...。 >  > この話しは又の機会にしますね。 > おそくならないうちに。 > では今日は これで...。 > 来春は よい事が ありますように。 > 寒くなりますから 気をつけて。 > 何んでもよいから 言ってきて...。 >  > 母 >  # June17,2004letters - 「どこか家を見つけて、」「○○○の好いように暮しましょう。私はそのようにやっていけたらと思っています。」 最後の手紙↓の、直前。 そして、あの日の、直後− > ○○○(俺の名前)様 > どこか 家を見つけて、たとえ 一年位でも > その間 だけでも のびのびと ○○○の思う > ように暮しましょう。 その間に職でもあれば > それでよし、若し無ければ それもよし、 > お金のある間だけ、○○○の好いように暮し > ましょう。 私は そのように やっていけたらと > 思っています。 > とにかく、 ○○○が 一番 よいと思うことを > 探しましょう。 私は それが 一番の のぞみ > です。  では  また。 >                   母 ...最後まで、こんな風に... ...最後まで、“家”を探し求めていた、母− # June22,2004letters - 「また こんどにでも。」 そしてこれが、たぶん、最後の手紙− > ○○○(俺の名前)様 > 少し ほころびている所がありますけれど、 > 今日は、熱が あるみたいで、針を > 持てませんので、また こんどにでも。 >  > (以下空白)  ...ちょっと、乱れた文字... # Aug.25,2004 [ 母の声 - 最期の言葉 ] 手紙ではなく電話です... > ... > ... > もしもし...わたし... > ... > ... > ちょっと もう...行かれへんわ... > ... > ごめんね... > ... > ... > あんた だいじょうぶか... > ... > ... > サイゴに 一緒に 住まないか... > ... > ... > でんわ でてよ... > ... > ... > ... >  じゃぁね  ...... > ... > ... > ... > ...(カチャリ ツーツーツー)  > 彼女の最期の言葉を、俺は、消してしまっていた。 お知らせ: > ■1987−1991 letters - 「お前の母親でありたい。」「お前に優しくしてもらいたい。」 # Apr.25,1987「自責の念−今まで親として」 > あなたには 今まで 親として 少しも幸せを > 与えなかった自責の念が一ぱいで、せめて > これからのあなたの人生を明るい運命にきっぱり > 変えてあげたい。変ってほしいです。 >  ※> あなたには 今まで 親として 少しも幸せを  > 与えなかった自責の念が一ぱいで、    違うよ! なに言ってんだよ!!  >> ■    それ、俺のセリフじゃないかよ...  俺、貴女に、なんてこと言わせてたんだよ... # Nov.02,1987letters - 「黒のスーツ、持っていますか。」 > 今まで、毎日毎日腹の立つことばかりで、(これは > 女でなければわからない家の中のことですが)もう > 正式にこの家を出ようと思っていた矢先に > こんなことになりました。 > なんといっても高齢ですし、こういうめぐり合わせ > だったのであろうと、この家にいる間は やっぱり > 一生懸命看病してあげようと思います。 >  > 然し、私は○○○(俺の名前)のことが気がかりで、そのこと > の方が大切で、お前のことを考えては夜もよく > ねむれません。 > お前一人を放っている様で、お前だけが苦労 > している様で、毎日気がかりですまないと思って > おります。たとえお前が私共を避け > たくとも、どうか気持ちを変えて心を通わせて > ほしいんです。私は最近、特に身体に > 自信がなく、なんだか自分の寿命が見えて > きているように思えて、たヽ゛たヽ゛お前と親と子 > の心を通わせたいと願うばかりです。 > 一度、手紙か電話を下さい。待っています。 >  > 仕事のこと、日常のこと、健康のこと、なんでも > 聞かせて下さい。困ったことなどなんでも聞かせて > 下さい。母さんでは役に立たないかも知れない > けれど、でも 聞いてあげることはできます。家族 > ですもの。親ですもの。 > どうか、手紙か電話を下さい。待っています。 > そして、一度そちらへ行きたいです。 >  > (黒のスーツ、持っていますか。それと黒靴と。 >  揃えておく様にね。黒のネクタイは家にあります。) >  >              では これで さよなら。 >                        母 >  ※これが、↓の起点です。    : 祖母(母の姑)を 母が看取り  : “縛り”がひとつ消えて  : 具体的に脱出の行動を起こし始めた  : ちょうどその時期  :  : 人生を賭けた最後の闘いを  : 行動に移した時期   ※>              では これで さよなら。    普通、手紙でこんな表現は使わないよね。  さよなら。 って、別れの言葉じゃないですか。  たぶん、普通の表現では通じない頭の悪い俺に  なんとかトリガーをかけようとして、  意図的にこんな言葉を使ったんだと思います。    姑息と言うなかれ。  渾身の巧み。賢母と知性の証左。 # Jan.20,1989letters - 「でも、もう...」 > 時間の都合のよい時に読んで下さい。 >  > 私はこの家を出ることに決めています。 > これはもう ずっと以前の この家に帰って > くる前から 心に決めていたことです。 > お前が結婚するまでは、親の都合や家の中 > のことでゴタゴタしてはいけないと思い、この家で > 運命のままに過してきました。 > これまでの経緯については、とても一口に言えま > せんので いまは書きませんが、でも、もう >  > お前さえよければ、お前の近くに住んで、残り > 少ない人生を お前との絆の方を大切にしたい。 >  ※これが、「でも、もう...」の原文のひとつです。   ※それと、  > これはもう ずっと以前の この家に帰ってくる前から    それが、たぶんこれ > ■忘れ得ぬ後ろ姿   ※また、  > これまでの経緯については、とても一口に言えま  > せんので いまは書きませんが、    別の所(890814)にもこんな表現があります。  > これも終戦後からのいろいろな立場のわけがあって    それが、たぶんこれ > ■生い立ち   ※そして、  > お前が結婚するまでは、親の都合や家の中  > のことでゴタゴタしてはいけないと思い、この家で    それが、これ > ■果たせなかった親孝行 # Feb.10,1989letters - 「お前との絆を大切にしたいこと。お前の母でありたいこと。」 > いまは それを通り越して、 > ただ 私の心底にある一貫したもの > (この家を出るということ)のみになりました。 >  > お前との絆を大切にしたいこと。 > お前の母でありたいこと。 > お前の役にたちたいこと。 > この家の人達と生活を全うする意志の > ないこと。 > そのためには 家を出ること。 >  > 或は 私のエゴ かもしれません。だけど > 自分の道を切り拓きたいのです。 >  > 何よりも第一にお前のことを 第一に > 考えています。 >  ※> お前との絆を大切にしたいこと。  > お前の母でありたいこと。 # July25,1989「私の意志」 > 心配かけてごめんなさい。 > 私の意志、お父さんには ずっと以前から伝え > てあります。 >  > 最初は(本当はもっと前からですが)お前が > 家庭を持って、そしてやがては(弟)もそう > なった時点には 絶対に私も この家に住まないと > いうこと。 次は 自分で身体の弱りを自覚し、 > 自分の寿命が見えだした時、このままお前と疎遠 > のまま この家で死ぬことは絶対できないと思った時、 >  > このあとは、おばあさんが寝付いて状況が変 > ったりして この問題は避けてきた 次第です。 > それで大きくは 二回 伝えてあります。 >  > お父さんはいつも 避けていたい ばかりです。 > お父さんはこの家を守ろうとするでしょう。彼等は > 肉親同士、切っても切れない縁があります。 > その所、私は違います。 > 残り少ないこれからの人生、自分の人生を持ちたい > のです。ぱっと切りかえて 生きていきたいのです。 > この家の人達と一蓮托生する気はないのです。 >  > この際経済的にきちんと財産を分けてもらいたい > のです。おそらくお父さんより私の方が先に死ぬ > と思います。だから生きている間に使えるお金を > 受けておきたいのです。(これは長年にわたってお父さん > が私に対してしてきた病的な程の守銭奴的な > 処遇に対する決算をしたいのです) > それにお前達にはなるだけ迷惑をかけないで > いくためにも。 >  ※> 私の意志、お父さんには ずっと以前から伝え  > てあります。    これは、「貴女の意志をおやじに伝えるが、いいか?」  という私の問いに対する答えです。  私がいかにトンチンカンだったかの、証明。   ※> 「病的な程の守銭奴的な処遇...」    こんな言い方をされる人間が、いるだろうか...    しかも、言い得て妙。  私も思わずポンと膝を打って、うまいっ! と。  そんなのが、彼女の終生の      そして俺の   ※> 一蓮托生(いちれんたくしょう)    こんな言葉、よく知ってるね! よく書けるね!  さすが...    だから、あの時 > ■「しゅんかしゅうとう」 # Aug.12,1991letters - 「お前の母親でありたい。」「お前に優しくしてもらいたい。」 > いま 私に残っている少しの月日 とにかく > お前の役にたちたい お前の母親でありたい > お前に優しくしてもらいたい。 >  > こんなこと言うと すぐお前はおこるけれど > ほんとうの心境です。死に切れない思いです。 > どうか 察してください。 >  ※> お前の役にたちたい お前の母親でありたい  > お前に優しくしてもらいたい。 # Oct.19,1991letters - 「母さんはお前のその気持だけで充分うれしいです。充分過ぎます。」 > 私の身体のこと > いつも気にかけて(くれて) ありがとう。 > 充分気をつけるから 大丈夫よ。 > お前も元気な顔になるよう 祈っています。 > でも 焦らずにね。 >  > いろいろと よい物を ありがとう。 > もったいない気がします。 > ありがとう。 >  > 自分にはきびしく、人には寛大であれ、 > という言葉があります。 > 広い心、円満な心を、と努力すれば > 必ず目の前が明るくなってきます。 > 無理はせずに自然に努力すれば > お前なら 大丈夫です。 >          祈っています。 >  > またいろいろと ありがとう。 > ずい分 お金を使わせてしまって。 > もう これ以上 心配しないでね。 > 母さんは お前のその気持ちだけで > 充分 うれしいです。 > 充分過ぎます。 >  ※言葉の direction と destination が、  逆、だよ...  俺が言わなきゃいけなかったこと、ばかり    そしてなんて素敵な言葉、ばかり      ごめんね ごめんね  そしていま 貴女に ありがとう         おかあさん      (いくらクサかろうが、そう言わせてもらいます。あしからず。) ---------------------------------------------------------------- ================================================================ ---------------------------------------------------------------- もらっていた言葉 > お前のこと 大切に思っています。 > お前のこと 大切に思っています。 > お前のこと 大切に思っています。 ---------------------------------------------------------------- ================================================================ 2006/02/25 送られた言葉 今唐突に思い出したこと: 俺が大学に受かった時だったか、就職が決まった時だったか、 どっちだったか− お祝いとして、 たぶん最初で最後の、家族での会食 駅前の瀟洒なレストラン 4人黙々と食事中に、 ふいに母が、唐突に、遠慮がちにポツリとつぶやいた。 あんたは、とっても大きな可能性を、秘めてると思うよ。 少し照れたような、ぎこちない笑顔。 たぶん考え抜いた末の、 母親としての精一杯の、 門出を祝う餞(はなむけ)そして見送りの、 送る言葉だった。 貴女から受け継いだ俺のこの強さの、今も変わらぬ基台である。 Feb.25,2006 ================================================================ - 貴女は、最高に、素敵だったよ! - □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ================================================================ [ back top ] ================================================================ [ GO HERE / こちらへ ] [ GO HERE / こちらへ ] [ GO HERE / こちらへ ] [ GO HERE / こちらへ ] [ GO HERE / こちらへ ] [ GO HERE / こちらへ ] [ GO HERE / こちらへ ] [ GO HERE / こちらへ ] [ GO HERE / こちらへ ] [ GO HERE / こちらへ ] [ GO HERE / こちらへ ] [ GO HERE / こちらへ ]