出島 一男


樹=気」が多き林学卒
千葉県松戸市小金に妻と2人で住んでいます。今年の6月に37年間在籍した日本大昭和板紙
を退職し、現在は、埼玉県草加にある生産子会社に監査役として勤務しています。 人一人息子は、来春出産予定の妻と孫2人(姉妹)で茨城県結城にいます。
さて、43年に九州大学林学科を卒業して現在までを思いつくまま書きます。
大学受験で思い出すのは、福高の九州大学の出題傾向の分析力は素晴らしく、
学期試験の問題がそのまま入学試験に出たのを思い出します。数学や英語では点が取れず
ラッキーにも学期末試験と丸暗記した問題集から、まったく同一の問題が出題され、
物理と化学でやっと点数がとれ入学しました。それゆえ、大学では、勉学よりも
ワンダーホーゲル部に所属し、北は利尻・礼文島、南は、世論島まで日本列島を縦断し、
授業をサボってはパチンコ屋に通っていました。 林学科を専攻したのも、
今では松山千春のふるさとで知られている北海道足寄の演習林まで実習旅行に
いけることが力で選択しました。 現在の段ボールの紙を生産している会社に就職した
ルーツは、福高の九大入試の「傾向と対策の分析力」が大きく影響しています。
パルプ工場の木材担当が世の中のコンピュータ化の流れに巻き込まれ、
昭和49年に電算機担当になって以来、定年まで30年間情報システム部を担当し3度の
(足利製紙、日本紙業から日本板紙を経て日本大昭和板紙)合併によるシステム変更にも、
O型と九州人の大まかさで乗り切ってきましたが、左片顔面痙攣という後遺症が残りました。
いろんなものに、興味があり、他人ができるものには手を出すさないと気がすまない性分で、
スキー、スケート,ボーリング、麻雀、パチンコ、スロット、競馬、ゴルフ、シンピジュウム、
セントポーリアの栽培、天体観測、熱帯魚(グッピー・ディスカス)の飼育等を
やってまいりましたが、全てが人並みで,どれも自慢できるものではありませんが、
その中で、熱帯魚(ディスカス)ついて最後に紹介させていただきます。
ディスカス(名前の由来・円盤(disc)から)は、熱帯魚の王様とも言われ、
アマゾン川流域に生息し、19世紀の初めごろヨーロッパに紹介されました。
分類されています。アマゾン川が雨季に入ると捕獲が始まり(日本の冬)はるばる
日本に輸入されます。改良種は、ドイツがかつては主要生産地でしたが、
近年は台湾・香港・タイ・マレーシアなど東南アジアで多く養殖され、
特にマレーシアのペナンが有名です。我家で生まれ、今年まで5年間生きていた
ディスカスは、ディスカスの有名ブリーダー(ヤット・サニー氏)が作り出した人工交配種で
レッドダイヤモンドでした。 (親魚は犬並みに、血統書つきです。)
熱帯魚店で販売されている魚で アロアナが一番高く 20万以上しますが、
ディスカスも 血統書つきの子供で、2万〜4万 親のペアで100万と言うのを
見たことがあります。生育環境は、温度28〜32℃で PHは弱酸性の5〜6で、
餌は、ディスカスハンバーグと言い牛や豚の心臓をペースト状にして人口飼料、
食物繊維やエビなどを加え冷凍保存したものを与えます。肉食で、10〜15センチで
大型の魚ですので、水替えは毎日の方が良いのですが、
小生は、日曜ごとに、青色のポリバケツに水をいれ腰を痛めないように
注意して換水していました。
面倒を見れば見るほど体の色が鮮明になり、ほっとくと黒ずんでくるので、
世話をせずにいられないことと。 やはり、産卵し子育ての様子を見守ることです。
発情期にいたったディスカスは雌雄とも尾びれを中心に三日月状にひれが黒くなり、
体を左右に細かく震わせ、お辞儀をしたりと、いろいろな求愛行動をします。
産卵塔やガラス面など垂直面に雌は卵を産み付け雄がその後から受精していきます。
受精卵は2日後には色の変化がみられ、その2〜3日後にはふ化が始まり
小さな黒い稚魚が見られるようになります。
稚魚をカビなどの水生細菌などから護り献身的に世話をします。
3〜5日で親魚の体表に付くようになり親魚から分泌されるディスカスミルクを
食べるようになります。ここまでくれば、一安心です。 親魚の体について泳ぐ姿は、
微笑ましく感動的です。現在 熱帯魚の飼育は一時中断していますが、
現役を引退したら毎日でも面倒をみることができると思い。
水槽には、いつでも魚が入れられるように空運転している今日この頃です。