中島 康博

あれは2年前の丁度今頃でした。親会社の幹部に呼ばれ、「4月から君に社長をやっ
て貰います」で始まりました。当時の我社はバブル崩壊の後遺症で可也の所まで落ち込んでおり、
自分としてはとても自信が持てず1週間悩みました。そんなある日飲んで帰って水を飲みながら自問
自答してた時、「この会社は落ちる所まで落ちて失うものは無い、自分も36年間世話にたったこの会
社に最後の奉公を」と思うと急に気が楽になり決心が着きました。それから2年、中国やアジアの
景気に引っ張られ国内の景気もすっかり回復し、我社にもやっと春が訪れる様になりました。廻りの人
は、「お前は、ついてるのー」の一言ですが、社長業は結構きつい仕事で、余り長くやるものでは無
いと思ってます。景気が良くなった所で、そろそろ引き際をと考えて居る次第です。小野塚さん、その節は遊んでください、宜しく。
そんな忙しい中での一服の清涼剤は孫たちとのふれあいです。昨年夏に5人目が生まれ、写真の様に小学5年を頭に4男1女が折に触れやって来ては「爺、爺」と遊んでくれます。私も4人子供が居ますが当時は殆ど毎晩午前様で子供の成長をゆっくり見る暇があり
ませんでした。今は孫たちが来る度に、山に出かけたり、一緒に風呂に入ったり裸の付き合いをして
ます。そして、彼らが少しづつ成長しているのを見てるのが最高の楽しみです。そしてもう一つ私を癒してくれるのは同期との俳句会(寿禄句会)です。蕎麦屋の
二階で持ち寄った苦心の作を一句一句お互い辛口の批評を浴びせわいわいがやがやと楽しいひと時です。そして2次会で飲んで喰って又飲んで、会は最高に盛りがり、気がのれば3次会、
4次会と土曜の深夜まで及ぶこともしばしば、翌日目が覚めると気分爽快です。そこで一句、
『散り際に 未練残さぬ 紅椿』 梅郷爺(小生の俳号)
栗川氏曰く、還暦は暦が一回りして又1から始まるそうで、これからの人生はおま
けだそうです。この先10年なのか、20年なのか、その散り際に未練が残らぬよう毎日を有意義に
又楽しく生きたいと思ってます。 中島 康博

