栗川 稔

誰でん 彼でん 研修科に入れんとぞ
今から 42年前の高校三年生、春3月。大学入試に当然の如く落ちて、母校福岡高校研修科への入学?手続きに職員室を訪れた時のことです。小川先生、通称「ガムちゃん」という教頭先生から、冒頭の「誰でん 彼でん 研修科に入れんとぞ」と言われたのは、かく言う私「栗川 稔」です。「なんで入れんのですか」「お前は素行に問題がある」「なんばしたですか」「なんでんよか、とにかく、お前だけは研修科にゃ入れん」という事で、私は研修科入学を拒否されました。福高の卒業生で入学拒否された生徒はあんまりおらんでしょうな。同級生で、現在の藤福岡高校校長に、その一件を話したところ、「素行を理由に入学拒否することはなかばってんねー」とのこと。まー、私にはわかっとったですけどね。3年の体育祭の時の「 お祝儀飲み食い事件」をご存知ですか?あまり、知っている人はいない様なので、簡単に述べます。
体育祭が無事終了したある日の事。生徒会のボスから呼び出しがきました。「しっとーや」「なんばや」「体育祭に外部から来た客がお祝儀持ってこうが、その祝儀金で先生達が 料亭で宴会ばしなったげな」「へー」「体育祭の予算問題で生徒会と色々揉めたけど、結局予算を認めんやったくせに」「それで なんや」「お前おかしいとおもわんゃ」「そらおかしいよ」「体育祭の反省会が学校側と生徒会とで開かれるけん、その事をお前、追求せんや」「おー、そらおもしろか、やろーやろー」と言う事で、日頃、学校側に目を付けられている仲間を集め、先生達のお祝儀金飲み食い事件の追求大会ですたい。学校側の代表が教頭のガムちゃん。日頃、目の敵にされている私が、この時とばかりに「お祝儀の金で酒飲んだのか、飲む金があるなら、生徒会の体育祭予算をなんでつけんか」と追求するものだから、ガムちゃんが頭から湯気立てて、怒ること、怒ること。「親が酒飲むのを子供が文句言うか」うんぬん。結局、揉めに揉めて、休会。再度、反省会をやる、と言う約束で会は終了。しかし、二度と反省会が開かれることは無かった。学校側と生徒会とで手打ちしたんでしょうね。
この事件がガムちゃんの私に対する「研修科入学拒否」の背景。。「江戸の敵を、長崎で」ですたい。
この事件に関しては当時の生徒会のボス、元東京大学副学長にして、日本のジュンダー運動の指導者、広渡清吾君と、共に闘った長谷川法世君が詳しい。御両氏、私の記憶違いがあれば訂正してください。                                           
                                                     栗川稔

トップページヘ