茨城県
- 茨城県は、日本列島のほぼ中央を占める関東地方の北東にあり、東は太平洋をのぞみ、北は福島県、西は栃木県に接し、南は利根川をもって千葉県、埼玉県に界しており、首都東京の中心から県南の取手市は、40q、県都の水戸市は、100qの圏内にあります。人口は約300万人で、44の市町村からなっています。
- 以下は、昭和38年3月に制定された「県民の歌」の歌です。近頃では、小学校でも歌わなくなったようですが、私が小学校の時は、ちょうど歌が出来上がった時期でもあり、よく歌いました。(歌わされた?)
気になるスポット
- 茨城県は、地震は多いけれど、それ以外の自然災害が少なく(平成23年3月11日の「東日本大震災」でそうとも言えなくなりました。) 、気候も比較的穏やかで住みやすい所です。ただし、栃木のように、観光名所が少ないと言われますが、ここ一番という所は有りませんが、下の写真(偕楽園)のように、気になる(見どころ)スポットがけっこうあります。
   茨城町
- 茨城町は、県都水戸市の南に位置する人口(約)36,000人の街です。1999年3月、県庁舎が笠原町に移転し、さらに県の重要な位置にまた近づきました。町には涸沼前川、涸沼川、寛政川の3本の川が流れ、東端に位置するしじみの美味しい涸沼に流れて行きます。2000年3月18日に開通した、北関東自動車道の2つのインターチェンジによって、更なる発展が期待されます。
- ■位置
- 茨城町は、県の中央、水戸市の南に位置します。
- ■涸沼
- 茨城町の観光名所「涸沼」の紹介です
- ■千貫桜
- 徳川光圀が千貫の価値があるとした称した桜並木
- ■大戸の桜
- 樹木は老齢化しましたが、国の天然記念物です。
- ■勘十郎堀
- 松波勘十郎が作ったとされる運河
- ■郵便番号
- 茨城町へお手紙を出す方、こちらを参照して下さい。
- ■お店情報
- 茨城町のお店一覧です。
- ■北関東自動車道
- 2000年に開通した北関東自動車道のことです。
- ■小幡北山埴輪製作遺跡
- 小幡北山埴輪製作遺跡のことです。
- ■茨城町雑記
- 茨城町あれこれです。
   長岡
- 茨城町の北で、県都水戸市と境界に位置したところが長岡です。のどかな反面、北関東自動車道のI.Cがあり、国道6号もありと生活に便利な街です。
- かつて長岡は、水戸から江戸への要所であったようで、本陣や脇本陣、旅篭屋など宿場関係の施設やさまざまな商売、営業の店が軒を並べ、宿場として栄えました。記憶は定かではありませんが、桜田門外の変に向かう水戸の浪士は、この長岡で決起を誓ったと言うことです。その時、歴史はこの長岡から動いたのかもしれません。
- 注)桜田門外の変
- 幕末の世情は騒然としていた。日本に対する西洋諸国のさかんな開国の強要にとまどい、国内の尊王讓夷論や国学の振興が討幕論に発展し、幕閣がなすすべもなく混乱を重ねていた時代に、井伊直弼は大老職を引き受けた。埋木舎に300俵の捨扶持で彦根牛といわれた直弼が大老になると、通商条約調印に直面した。勅許を願いでたがなかなか返事がなかった。ついに無断調印をした。そこで、反対派が不穏な行動にでた。直弼は討幕を計画した梅田雲浜・橋本左内・吉田松陰・頼三樹三郎らを捕え、死罪にした。これを安政の大獄という。万延元年(1860)3月3日の朝、直弼が登城のため、楼田門にさしかかると、水戸の浪士が飛び出して大老の首をはねた。雪の日であったという。これが、桜田門外の変で、江戸末期の最大の事件であった。
- ■桜
- 長岡の桜です。
- ■国道6号
- 長岡を通る通称“ロッコク”
- ■第二小学校
- 長岡にある小学校です。
- ■茨城町東I.C
- 長岡を通る北関東自動車道のI.Cです。
- ■木村昭家住宅
- 長岡にある木村昭家住宅です。
- ■水戸浪士の毛塚(楠公社)
- 桜田門外の変に関わる塚です。
- ■長岡雑記
- 長岡のあれこれ、あちこち