「開発教育」って、なに?
「開発教育って、なに?」と聞かれるたびに、「う…」とつまってしまう自分がいます。「一言で、簡単に言うと?」と聞かれると、さらに「う〜ん」となってしまいます。
正直言って、自分でもいまだに上手い説明のしかたを見つけられずにいるのです。
開発教育協会(DEAR)の発行物を見ると、
私たちは、これまで経済を優先とした開発をすすめてきた結果、
貧富の格差や環境の破壊など、さまざまな問題を引き起こしてきました。
これらの問題にとりくむことが、私たちみんなの大きな課題となっています。
開発教育は、私たちひとりひとりが、開発をめぐるさまざまな問題を理解し、
望ましい開発のあり方を考え、
共に生きることのできる 公正な地球社会づくりに
参加することをねらいとした教育活動です。
という説明が載っています。しかし、これを読んで、「なるほど!」とすぐに納得のいく人は、あまりいないのではないでしょうか。先日、ある友人にこれを見せたら、「わかりにくい。これじゃ、何をしたいのか分からない。“さまざまな”が2回もでてくるようじゃ、ダメだよ」と言われてしまいました。もっともな指摘だと思います。
実際、DEARの関係者の間でも、「開発教育の定義」については、「本当にこれでいいのか」と、くりかえし議論されてきましたし、「開発教育入門講座」などの場で、参加者に開発教育をどう説明するかについては、多くの人が頭を悩ませているところです。
もともと、ぼくが「開発教育」に魅力を感じ、DEARのボランティアとして活動するようになったのは、「途上国のことを伝えたい」「途上国の貧困の問題と日本の我々の生活が繋がっていることを知ってほしい」「先進国のライフスタイルが変わらなければ、世界はよくならない」と思ったからです。
つまり、その時点において、ぼくにとっての開発教育とは、「南北格差の現状と原因を知り、貧しい人々を助けるために一人ひとりが行動するための学習活動」でした。この定義(?)なら、少しは分かってもらえるでしょうか?
しかし、話はそんなに単純ではなく、開発教育のテーマは、「南北問題」だけではなく、「環境」「人権」「平和」などにも広がりをもちます。さらに詳しく言えば、「貧困」「飢餓」「難民」「ジェンダー」「先住民族」「多文化共生」「子どもの権利」「地球温暖化」「経済のグローバル化」「国際協力」等々、海外、国内を問わず、現代社会の多くの課題が開発教育で扱うテーマに含まれ、しかもそれは、時代とともに増え続けています。開発教育とは何かを語るとき、「さまざまな問題」という表現を使わざるを得ないのは、そのためです。
しかし、これでは、NGO活動、市民運動として多くの賛同者を得るには、マイナスです。「さまざまな問題」という言い方は、確かに間違いではないのですが、多くの人を巻き込み、新しい時代を拓くエネルギーを生み出すためのスローガンとしては、はっきり言って、力不足です。人を誘うときには、「一緒に○○をしよう!」と、目的、ないし目標をはっきり示す必要があります。「一緒に、いろんなことしよう!」という誘い方では、気心の知れた仲間しかついてきてはくれません。
では、そのメッセージをハッキリ伝えることのできる開発教育の定義とは…
よりよい世界を実現するために、
現状を理解し、何が求められているのかを考え、
自分なりにできることから行動を起こす。
そんな人を育てる教育活動。
といったところでしょうか。う〜ん、難しいですね。これでも、まだ、足りないような気がします。
開発教育の場合の「教育」とは、「教え、育てる」だけでなく、自ら「学び、変わっていく」ことを含みます。すべての人の「学び」の輪を広げていくこと、とでも言えばいいでしょうか。「共に学ぶ」ことが大切なのですが、「教育」ということばには、どうしても、先生が生徒に一方的に教えるスタイルのイメージがついてまわります。「開発教育」は、「教育」ということばを使わずに、何か、別のことばで言い換えた方がいいのかもしれません。例えば、「未来創造学習」とか(?)「よりよい世界を築く学びの運動」とか(?) ちょっと懲り過ぎでしょうか。下手をすると、かえって“あやしい”感じを与えてしまうかもしれませんね。
「これだ!」という表現を見つけるには、まだ少し、時間がかかりそうです。
「開発教育」について知るためのサイト
■開発教育協会(DEAR)
■地域と地球をつなぐ学びの広場
■田中治彦研究室
2004年3月 KINOSHITA Y.