「平和の文化」とは
 「平和」の意味は、一人ひとり違っている
 2003年8月22日 開発教育メーリングリスト(DEAR)に投稿

平和を築く開発教育を!
 とうとう、イラクで戦争が始まってしまった
 2003年3月21日 開発教育メーリングリスト(DEAR)に投稿

松井やよりさんに教えられたこと
 「市民は今、何に怒るべきか」を教えてくれた人
 20021230日 朝日新聞「声」欄に掲載

開発教育と「ポリティカル・リテラシー」
 開発教育をホンモノにするために必要な「政治的教養」とは
 『開発教育ニュースレター No.100』(200212月)に掲載

テロと戦争と開発教育
 戦争という圧倒的な暴力の前で、開発教育は無力なのか
 『開発教育ニュースレター No.94』(200112月)に掲載

戦争やめようね。
 子ども達の目に映った「戦争」と白いリボン
 2001112日 毎日新聞「オピニオン」欄に掲載

世界を変えた米大統領の一言
 「これは戦争だ」という、あの一言をきっかけに
 20011018日 朝日新聞「声」欄に掲載





























テロと戦争と開発教育


『貿易ゲーム』とテロ事件

 (2001年)10月初め、ある高校に呼ばれ、3年生を相手に『新・貿易ゲーム』をやった。そのふりかえりの中で、1位になったグループから「私たちにテロをしかけないで」という言葉が出た。彼らが『貿易ゲーム』を通じて感じた「南北格差」は、9月11日にアメリカで起きたテロ事件に結びついたのだ。では、「テロをなくすためには、どうする?」と問いかけてみると、「そんな(暴力に訴えるなどという)考えを起こさせないように、貧しい国に教育の援助をする」という答えが返ってきた。
 アメリカ中心のグローバリゼーションが今回の事件の背景にある(少なくとも遠因の一つである)ことは、多くの人が指摘しているとおりだと思う。世界貿易センタービルは、まさに経済のグローバル化の象徴であった。テロの犯人の処刑、報復ばかりを考えて、何が彼らにそうさせたのかをしっかり認識しないままでは、また新たなテロ組織を生むことになりかねない。テロの犯人を突き止め、処罰することと、格差、抑圧に起因する犯罪と悲劇をなくしていくこととは、きちんと分けて論じていく必要がある。
 だからこそ、ぼくらは『貿易ゲーム』のような活動を通じて、グローバリゼーションの功罪と国際協力のあり方について、できるだけ多くの人に問いかけ、共に考えていかなければならないのだと思う。

開発教育は無力なのか

 それから数日後、とうとう「戦争」が始まってしまった。小泉総理は、「強い支持」を表明している。これから先、どうなっていくのだろうか。アフガンの人々の無事を祈るしかない無力な自分をなさけなく思う。
 「非常事態の前で、開発教育は無力なのか?」この問いが、頭の中をぐるぐる巡る。「いや、非常事態になっても惑わされることのない、自立した人間を育てるのが、開発教育なのだ」「しかし、今、目の前で起きている現実の問題に対処できないのでは、無意味じゃないか」「開発教育のワークショップは、所詮、単なるお楽しみに過ぎないのでは?」
 「地球市民としての行動を考える」と言いながら、現実の問題から遠く離れた場所で、安全と豊かさを保証された中で、責任を伴わない範囲でしかワークショップをいうものが成立しないのであれば、それは、まやかしではないか
 「開発教育」が、決して自己完結的なものではなく、現実の世界と繋がっていることを証明するためにも、行動が必要だ。

「なぜ?」を問うことの意味

 コンサートやデモ行進など、インターネットでさまざまな市民運動の動きが伝えられる。しかし、それ以外に何か、ないものだろうか? 「開発教育」のノウハウを生かしてできることが。
 「自分に何ができるのか?」を一週間考え続け、とにかくやってみようと思い立ったのは、問題を整理し、参加者一人一人が「自分は、何をすべきなのか」の展望を持つことを目標としたワークショップだった。開発教育に携わる我々にできるのは、考えること、一歩踏み出すことの手助けをすること。そのための場、ノウハウ、情報を提供することではないかと考えたからだ。今すぐ戦争をやめさせられる手段があれば、こんなまどろっこしいことなどやらない。しかし、それが見つからない以上、とにかく、できることからやるしかない。考え込んでいて何もしないよりはいい。全国各地に「考え、発信する市民の輪」をつくっていくことができれば
 さらに言えば、今、この問題をめぐる議論に欠けているもの、それは、「Why(なぜ)?」という問いかけではないか。「タリバン後の政権をどうする」「自衛隊による後方支援の範囲は」など、「How(どのように)」ばかりが論じられ、それを「なぜ、何のために」するのか、納得のいく説明がなされていない。理由を問うことなしに物事がどんどん進んでいくというのは、非常に危険なことだ。この状況にブレーキをかけなければならない。もっともっと、しつこく「なぜ?」を問うていく必要がある。だからこそ、「考え、発信する市民の輪」が重要なのだ。

平和を築くための開発教育の役割

 1027日の「テロと戦争を考えるワークショップ」には、9人の人が参加してくれた。「部屋の四隅」「フォト・ランゲージ」「ブレイン・ストーミング」など、オーソドックスな手法をつかった簡単なワークショップだったが、それぞれ、自分の頭の中を整理するのには役立ったようだ。さっそく「自分でもやってみよう」という人がいたのはうれしかった。
 たった9人。数百人、数千人が参加するデモ行進や反戦コンサートに比べれば、あまりにもちっぽけだ。しかし、それらの運動とはちょっと違う、こうした角度からの取り組みも意味がないわけじゃない。平和と民主主義を守るのは、自立した市民の議論の輪ではないだろうか。もっともっとみんなで考え、議論し、発信することが必要だ。「今こそ声を上げよう!」という抽象的な言い方ではなく、具体的に、発信の方法を示すことも大切だ。
 考えること、行動に移すことを手伝いたい。平和の構築のために、開発教育の役割は大きい。だんだんそれが自分の中で「確信」になってきた。


 『開発教育ニュースレター No.94』(200112月)に掲載





























開発教育と「ポリティカル・リテラシー」


 突然だが、「ポリティカル・リテラシー」(political literacy)という言葉をご存知だろうか?
 ちょっと、教育基本法の第8条を見てほしい。

第8条  良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重
しなければならない。
 2  法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対す
るための政治教育その他政治的活動をしてはならない。

 この第1項に出てくる「政治的教養」のことを、英語では「ポリティカル・リテラシー」と呼ぶのだそうだ。

 ところで、あなたは、子どもの頃、学校で、「政治的教養」を身につけるための授業を受けたことがあるだろうか?
 自分自身の記憶を辿ってみると……
 選挙権と被選挙権について、それぞれの権利を持つ年令だとか、衆議院議員と参議院議員の任期の違いだとか。そんなことを暗記させられた、ひょっとしてあれが、この第8条がいうところの「政治的教養」を身につけるための授業だったのかもしれない……という気がする。
 しかし、本来の「ポリティカル・リテラシー」とは、そんな「教養」(?)のことを言うのだろうか??? きっと、そうではなく、未来の社会を築いていくために、自分の国(や地域)、さらには世界の政治を理解し、参加し、変えていく能力のことを言うのではないかと思うのだが、どうだろう? もし、そうだとすると、これは、「知り、考え、行動する」という開発教育協議会の標語(?)のうち、特に「行動する」ための大切な能力の1つではないだろうか……

 ……などと考えを巡らせていたら、最近、イギリスの「シチズンシップ教育」の中に、この「ポリティカル・リテラシー」が盛り込まれているということを知った。
 「子どもたちが、参加型民主主義を理解・実践するために必要な知識・スキル・価値観を身につけ、行動的な市民となること」をねらいとして、イギリスの中等学校レベルで今年から始まった「シチズンシップ教育」(citizenship education)では、「コミュニティとの関わり」「社会的・倫理的責任」とならんで、「ポリティカル・リテラシー」が、実践課題の1つとして示されているという。
 そこでは、ポリティカル・リテラシーを「何が政治的議論の対象となっているのかを理解し、その議論に参加している人々の考え方や彼らのもつ影響力についても理解した上で、他者の意見を尊重すると同時に、自分自身も効果的な方法で何かを試みようとする資質」と定義し、「社会の中で賛否両論ある課題」「個別具体的な事例」も取り上げるべきだとされているのだそうだ。

 子どもの頃から、政治はキタナイもの、市民(学生)運動はアブナイもの、というイメージしか持たずに育つと(自分もそうなのだが)、政治について積極的に学ぼうとか、ましてや参加しよう、自分が政治家になろう、なんてことは、あまり考えないだろう。考えてみれば、一般市民の「ポリティカル・リテラシー」のレベルが低ければ低いほど、政治家は自分たちの地位を守りやすくなるわけだから、「日本の子どもたちに、もっと政治的教養を!」なんて言う政治家がいないのも当然かもしれない。

 が、私は最近、とくに去年の「9.11」以降の国際社会の動きや日本の有事法制をめぐる議論を見ながら、開発教育をホンモノにするためには、どうしても、「政治」を避けては通れないと考えるようになってきた。平和も、人権も、環境も、国際協力も、「政治」を抜きにして状況を変えていくことはできない。市民がもっと、政治への参加の仕方、具体的なノウハウを知り、実際に働きかける実践を重ねていくことが必要なのではないだろうか。それは、選挙に立候補するというだけでなく、例えば、ロビー活動をするとか、署名運動をするとか、デモやキャンペーンを企画するとか、新聞広告を打つとか、ありとあらゆる方法、手段を含んでいる。
 学校教育の中では、教師はどうしても政治的な話題を避けようとするし、親もそれを望まないと聞くが、果たして本当にそれでいいのだろうか。私は最近、今さらながら自分の「政治的教養」のなさを痛感し、学校でもう少し、現実の政治について教えてくれていればなあ、などと感じている。大人とちがって、へんな打算や義理が絡まない分、子どもたちの方が純粋にのびのびと政治を議論できるのではないだろうか。きっと、楽しい授業になるにちがいない。教育基本法第8条第2項によれば、「特定の政党を支持し、又はこれに反対するため」のものでなければ、「社会の中で賛否両論ある課題」や「個別具体的な事例」を取り上げることも、なんら問題はないはずだ。もし、それができないとしたら、それは、我々、大人の「ポリティカル・リテラシー」のレベルが低いからにほかならない。自分の勉強不足や意識の低さを棚に上げ、「教育の場に政治の話を持ち込むのは、いかがなものか」などと言って逃げていてはいけない。

 「知り、考え、行動する」といいながら、開発教育ではこれまで、「行動する」部分がどうしても弱かった。多くの人がそれを認識していながら、これといって具体的なアイデアを打ち出せずにきた。しかし、模造紙に書いて発表して、みんなで拍手しておしまい、というのではなく、外(社会)へ持ち出し実行できるレベルのアクション・プランを作り、それを実行するところまでやらなければ、本当の意味での開発教育にはならないのではないだろうか。
 そう、開発教育実践者よ、模造紙を捨てよ、町へ出よう!


参考  「ボランティア活動・奉仕活動を検討する視点 イギリスにおけるシチズンシップ教育
    導入に関する議論から学ぶ」阿久沢麻理子(兵庫県立姫路工業大学環境人間学部常勤講師)
    ホームページ(
http://www.hept.himeji-tech.ac.jp/~akuzawa/)より


 『開発教育ニュースレター No.100』(200212月)に掲載





























平和を築く開発教育を! 


「貿易ゲーム」の振り返りで、戦争のことを話題にしても、
Talk for Peace !』を出しても、
平和を考えるワークショップをやっても、
『世界がもし100人の村だったら』の
 池田香代子さんとダグラス・ラミスさんの対談や
パレスチナの状況を伝える広河隆一さんの写真展や
イラクに行った石村竜太くんのビデオ報告会を企画しても、
そのことが新聞に載っても、
NGO非戦ネットの活動に参加しても、
ピース・ウォークや有事法制反対集会に参加しても、
胸に白いリボンをつけても、
「イマジン」を歌っても、
戦争と平和をテーマに替え歌を作っても、
平和のメッセージのメールを転送しても、
新聞に投書をしても、
アメリカの新聞への意見広告にカンパをしても、
大学時代の仲間と酒を飲みながらこんな状況を憂えても、

息苦しい思いをしながら祈っても

戦争は、始まった。

でも、やり方が間違っているわけじゃない。
今までしてきたことが、無駄だったわけじゃない。
ただ、まだまだ「足りない」んだと思う。

だから、もっともっと、開発教育の多様な実践を。

イラクのニュースを見ながら、
今日の平和集会のことを思いながら、
Talk for Peace 2』の原稿を書き進めています。


 2003年3月21日 開発教育メーリングリスト(DEAR)に投稿





























「平和の文化」とは 


先日、実家の倉庫でホコリをかぶっていた学生時代の教科書を処分しようとしたら、中から『暴力と平和』(朝日選書、坂本義和編)という本が出てきました。自分がこんな本を読んだことさえ、すっかり忘れていたのですが、捨てる気になれず、持ち帰ってきました。学生時代の自分には、途上国のリアリティがまったくなかったので、この本に書かれていることもピンときていなかったような気がしますが、読み返してみて、今日的な課題の多くが、20年も前にしっかり整理されていたことを知りました。「そんなの常識だよ」と言われるかもしれません。自分の勉強不足を白状するようなもので、恥ずかしいのですが

特に「暴力としての開発」と題されたイバン・イリッチ氏の講演録は、感動的でさえありました。いわく、「人間は一人ひとり、独自の平和感をいだいている。(中略)各時代・各文化圏によって、平和という言葉の意味するところは当然違ってくる。」(例えば、ユダヤ人の「シャローム」は、天から授けられる恩恵、古代ローマ人のいう「平和」(パックス・ロマーナ)は、ローマの法と秩序の下での安定、中国語の「和平」は、天の定める社会的ヒエラルキーの中で、平穏で安らかな調和が達成されること、ヒンディー語の「シャンティ」は、個人の心の奥底での宇宙的な目覚めといったことが述べられています)「しかし、もっと重要なのは、たとえ同じ文化圏内にあっても、中枢部と周縁部とでは、平和の意味が違うという点である。すなわち中枢部にとって、平和とは初めにはなかったものであり、新たに建設したうえで維持していこうというものである。これに対して周縁部の民衆にとっては、平和とは民衆が初めからもっているものであり、彼らの願いは『すでにもっている平和を奪わないでほしい』ということにつきる」

ー な〜るほど!!!
  ブッシュ大統領のいう「平和」と、シャロン首相のいう「平和」と、
  小泉総理のいう「平和」と、あなたのいう「平和」と、ぼくの考える
  「平和」が、みな同じだと思ってはいけないわけだ。それぞれの考え
  る「平和像」を、ひとつひとつ、きめ細かく丁寧に確認する作業が必
  要なのですね。

そして、イリッチ氏は、「ある文化から他の文化へ平和を輸出することは不可能である。(中略)平和の輸出なるものが行われるとしたら、それは、実際には戦争でしかない」と言っています。

ー そうか! 「対テロ戦争」というのは「平和の輸出」なんだぁ!
  大発見!!!
また、講演の後半では、「今日『平和』と呼ばれているものの正体は、『パックス・エコノミカ』(経済に人間が隷属することによって得られる平和)に過ぎない」と指摘し、それぞれの文化に固有の「民衆の平和」を取り戻すことの必要性を説いています。そして「そのときに表明される主張もやはり、それぞれの社会ごとに、自分たちのユニークなやり方でつくりだした主張でなければならない」とも。

ー ぼくらの「平和」のイメージを丁寧にすり合わせ、ぼくらのやり方で
  その大切さを主張していかなければならないのだと思います。


 2003年8月22日 開発教育メーリングリスト(DEAR)に投稿





























世界を変えた米大統領の一言 


 今月末に予定していた海外旅行を、妻の強い反対で断念した。「よりによって、こんな時に行くことないじゃない」という妻の言い分に、一緒に行くはずだった友人も「仕方がないね」と同意してくれた。
 それにしても、一体いつまで「こんな時」が続くのだろう。空港、在日米軍基地、原発……至るところで警察が目を光らせている。ハイジャックの次は生物化学兵器だという人もいる。アメリカやイギリスでは、ガスマスクや抗生物質が売れているという。次は備蓄食糧、防弾チョッキか。心配し出したらきりがない。
 戦争の世紀と呼ばれた20世紀が終わり、だれもが豊かな平和な社会になると信じた21世紀が、再びこんな形で始まろうとは。テロをなくすためだといって始められた戦争が、明らかに新たな憎しみを生んでいる。その憎しみはきっと、次のテロ行為につながっていく。
 「これは戦争だ」という、あのブッシュ大統領の一言をきっかけに、世界中で何かが狂い始めたような気がしてならない。


 20011018日 朝日新聞「声」欄に掲載





























戦争やめようね。 


 アメリカでのテロ事件発生を受けて、報復戦争に反対するあるNGOが開いた講演会の会場で、「白いリボン」をもらった。アメリカの大学生が始めた運動で、胸につけたリボンで平和への願いを表すのだという。翌朝の食卓で、小学1年の長男が「それ、なぁに?」と聞いたので、意味を説明した。「戦争なんかしたら、よけい人が死んじゃうだろ」という私の言葉を、彼は頷きながら聞き、彼なりに理解した様子だった。

 その後、アフガニスタンへの空爆が始まると、子どもたちもテレビでその様子を目にするようになった。するとしばらくして、こないだの話を横で聞いていた4才の次男が、「(かん)ちゃんにも“戦争やめようねのリボン作って」と言いだした。但し、色は白ではなく「金がいい!」という。

 今、世界が直面している問題は、彼らの世代にまで影響を及ぼしかねない重大事だ。彼らに恥じることのない選択を、大人の責任として、しっかり考えなければならないと思う。

 次男は今日、母親に金色の折り紙で作ってもらったリボンを誇らしげに胸に付け、公園に遊びに行った。


 2001112日 毎日新聞「オピニオン」欄に掲載





























松井やよりさんに教えられたこと 

 仲間のNGO関係者から転送されてきたメールで、松井やよりさんが亡くなったことを知った。国際協力や人権擁護などの分野で、長年にわたって日本のNGOや市民活動をリードしてきた大事な人を失ってしまったと思うと、とても悲しかった。
 10年ほど前に読んだ、松井さんの『市民と援助』という本は、NGOによる国際協力と国内での啓発活動、いわゆる開発教育の意義、重要性を分かりやすく説いており、当時、NGOや開発教育に関心を持ちはじめていた私は、とても大きな刺激を受けた。
 現地の貧しい人々の権利を無視するようなODAのあり方に怒り、従軍慰安婦問題で怒り、日比混血児問題で怒り。NGO主催のセミナーなどでお会いする松井さんは、いつも何かに怒っていたので、ちょっとおっかないイメージがあったが、考えてみれば、私たち、NGOにかかわる者はいつも、松井さんに「市民は今、何に怒るべきか」を教えられていたような気がする。
 松井さんの遺志である「女たちの戦争と平和資料館」は、彼女から、平和で公正な社会を築いていくために行動することの大切さを学んだ人々の手で、きっと実現することと思う。
 松井やよりさんのご冥福を心からお祈りしたい。


 20021230日 朝日新聞「声」欄に掲載