東名高速を豊川ICで下りて、国道151号線を飯田方面へ走
って、新東名の工事現場や、長篠の古戦場跡を通り、カーナ
ビに従って、県道369号線で鳳来寺の門前街、門谷に着き
ました。一の門から駐車場を探し、二の門まで来て、スペー
スを見つけて駐車しました。近くに「卯」の石碑があって、参
道迄700mの案内が有りました。登山前の準備運動には、
丁度よい距離です。なんじゃが池(弁天様)、芭蕉さんの銅
像や鳳凰に乗った利修仙人の像を見ながら、参道入り口に
着きました。
馬の背への道は巻道で谷に出ると倒木を潜り、左右に幾つか
の見慣れないお墓をみて、尾根道に出て少し下ると、馬の背
でした。遠くに鳳来寺本堂が見えていました。その先に東屋が
有りましたが、そうとう朽ちていて危険さへ感じられます。先に
は立ち入り禁止の黄色のテープが道を塞いています。「テープ
を無視して進むか・戻って階段を下るか」 一人が偵察で少し
下って見ました。行けるものと判断して、下りました。尾根道か
らジグザグ道に変わって下ると、仁王門の所へ出ました。「立
ち入り禁止のテープは何だったのか?」
山門は説明板によると、国指定重要文化財で、家光公・家綱
公の頃、造られたもので、仁王像も、堂々とした作風で力強さ
が感じられます。長い石段を登ってゆくと右側に、厄除不動明
王を祀る寺院と、左側に、お堂の奥に講堂の様な建物が有り
ますが、中には仏像も無い状態でした。
鳳来寺山(ほうらいじさん)684.2m
瑠璃山(るりやま)696m
新城市門谷 下浦
2011,12,07日 所要時間 6:15
天候 晴れ 標高差 約510m
メンバー 3人
参道の近くには、芭蕉の句碑(こがらしに 岩吹きとがる杉間か
な)やブッポウソウの説明板・利修仙人の説明板・鳳来寺山の
説明板等々見るものがいっぱいです。1425段の石段を少し
登ると、和歌山牧水の句碑(仏法僧仏法僧と鳴く鳥の声をまね
つつ飲める酒かな)を見て少し登ると赤い仁王門が見えて来ま
した。
急峻な岩場を大きく下って、鷹打場の展望台でした。下ってき
た稜線が見られました。右山の巻き道でアップダウンや橋を渡
って山を下る所から、東照宮の本殿が見られました。脇を通っ
て正面に出ました。
階段を上がって、細い岩の間をよじ登って山頂に出ました。
北から東にかけて展望が開けていて、南アルプス、聖岳が
頭だけが白く輝いていました。展望を楽しみながら昼食とっ
て、鳳来寺山々頂まで戻り、天狗岩方面へ下りました。


「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、
同院発行の数値地図20万(地図画像)、数値地図5万
(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用し
たものである。(承認番号 平16総使、第525号」
赤ライン 登り 黄ライン 下り
地図はサムネルです詳しくはクリックして下さい。
以前から気になっていた、鳳来寺さんを初めてお参りしました。
傘杉など大きな杉の木森でした。頼朝や徳川に庇護を受けて
20を超える堂塔が有ったようですが、廃仏希釈もあって、衰
退していったようです。門谷の門前街も、もっと賑やかだった
のかな?。
参拝して、石段下へ降りると、「番所跡」があって、参拝するに
は通行手形が必要だったようで、一般の人はここからお参りし
たようです。裏から参拝とは、即、打首だったかも?鳳来寺本
堂間では、200m位でした。急峻な階段を2ヵ所下って、馬の
背 展望台から帰ることにしました。
少し下ると、凄い木の根っこが有りました、○印がこの木の幹
なのです。幾つか岩場は有りますが、天狗岩は特定出来ませ
んでしたが、岩の上から東照宮だらしい屋根が見えていまし
た。「巫女石と高座石」の説明板が有りましたが、小さな岩を
積み重ねた、塚のような物でした。
○

暫く行くと、奥ノ院でした。御開山の利修仙人が祀られている
ようですが、お堂は朽ちていますが、賽銭箱はありました。裏
手の岩場から、門谷の門前町が見られました。尾根道を少し
登ると、大きな東屋がありました。少し朽ちていましたが、鳳
来町の頃に造られて、新城市になってからは、整備されてい
ないのかな?。少し登ると鳳来寺山々頂ですが、山頂らしく
ありません。東海自然歩道を棚山高原方面へ少し行った所
に瑠璃山(696m)があり、ゆきました。
本堂からは、急峻な金属製の階段が続きます。一段高い所
に「白山大乗坊大神」の石碑があって、白山ともなにか交流
が有ったのかな。右山の巻き道を行くと、「勝岳不動」があっ
て、説明板によると利修仙人の入寂の地だそうです。

薬師如来を祀る本堂は、鉄筋の昭和製で、期待はずれでした。
展望台の拝殿は、素晴らしい紅葉の向こうに門谷の門前町が
見られました。「山頭火献詠」の額が掲げられています。石段を
少し登ると大師堂が有りましたが、中は空ぽで、屋根には穴が
空いていました。本堂の裏手には以前の本堂であろうか?、
屋根に草の生えた、中に何もないお堂でした。裏手に役行者の
ような像は、利修仙人像でした。
石段の続く左右の空き地には、○○院跡の石碑が多く見られ
ました。道中には、西国三十三の観音様だろうか、観音様が
多く祀られていました。広場に緑の袈裟を着けた、多くの仏像
があって、四国八十八ヵ所の仏像のようでした。「新四国八十
八箇所智慧大師霊場」の石塔がありました。鳳来寺山の説明
板と八十八ヵ所でよく見た石塔の脇を通って本堂の前に出ま
した。
































