陰平山(かげひらやま)237.6m
金比羅山(こんぴらさん)383m
迫間山(はさまやま)309m

金比羅さんの、祠の向に、二等三角点があり、新しいベンチの

工事中でした。昼食を済ませた頃に、工事の人がきました。関

市の、人でした。迫間城跡に行くには、自動車道を、迂回した

方が、楽に行けると、教えて下さいました。

登り 赤線  下り 黄線

地図はサムネルです詳しくはクリックして下さい

雑木林の中の広い道を登ってゆくと、大きな広場に、立派な展望

台が、ありました。登って見ると、眼下に、鵜沼の街から、木曽川

犬山城や、遠くに小牧山も、見えていました。広場の先に、コンク

リート舗装の道が上がって来ていて、その先、広い登山道を、登る

と、ちぃさな広場の、陰平山の山頂でした。四等三角点が、ポツン

と在るだけで、陰平山を示すものは在りませんでした。うぬまの森

のほうが、有名なのかな?。西の方に伊吹山が見えていました。

下りは、コンクリートの道を下り、遊びの広場の中を、蛇行しなが

ら下って、うとう坂の峠へ戻りました。

一里塚から、少し行くと「遊びの広場」の看板があって、コンクリ

ート舗装の蛇行した道が登っています。平和観音との分岐で、

広い、観音道を行き、T 字路を、左折すると、尾根道で、少し

登ると、平和観音立像が、祀ってありました。

坂祝町勝山・関市迫間多賀坂

2009.01.21日         所要時間 3時間40分

天候 曇り             累積標高 +762m
                          −625m
メンバー 2人

道は少し急峻になり、左側の谷が深くなってくると、「うとう峠・遊び

の広場」の看板があり、大きな東屋のある広場から、石畳が続いて

いました。旧中山道の、御嵩から、瑞浪の日吉へ、歩いたこともあ

りますが、自動車道路に寸断されていて、旧道らしい所は少ないけ

れども、ここは、高山線に遮られて、開発されなかったのが幸いして

か?良く残っているのかな。大河ドラマ「篤姫」のなかで、和宮が通

った道で、そんな事を感じさせる道でした。

老人とはいえ、しっかりした足取りは最後まで変わらず、急峻な斜

面の、ジグザグを登って行きました。猿啄城からの分岐で、今日は

ここまで、と帰って行かれました。明王山の頂上は、10人位のパー

ティが記念写真を撮って下りて行きました。4人のパーティは、食事

を取っていました。高曇りなのか、伊吹山や、能郷白山・平家岳が、

雪を冠ぶっているのが見られ、その前に、舟伏や、粉陽寺・天王山

等が、見られました。アンテナの脇を通り、舗装された、林道と、平

行の登山道で、金比羅山に着きました。

峠からは、これから登る金比羅山が、大きな団地の向こうに見ら

れました。陰平山は、登山と云うより、散歩道で、歩いている人

にも何人か会いました。ジョキングの人もいました。熊ベルを鳴

らして歩くのは、場違いのようでした。峠はアルプスハイキングコ

ースの起点で、ちぃさなアップダウンを繰り返し、団地の縁に続い

ていました。やがて、団地側にゲートのある林道に出て、左右に

各携帯電話会社のアンテナを過ぎると、緩い登りの登山道になり

ました。幾つか分岐は有りましたが、アルプスの案内板があり、迷

う事はありません。これから急登の所で、休憩を取っていると、男

性の老人が、きました。一緒に登りました。

石畳の急坂は、石の表面が少し濡れていて、滑りやすく、気を付

けて、歩きました。峠を越えると、眼前に、大団地が、見られました。

少し行くと、うとう坂一里塚と、中山道・うとう坂・一里塚の案内板が

有りました。案内文の中で、「馬や駕篭の乗賃のめやす」として、使

われていたようで、現実に引き戻されたように、思われました。

「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、
 同院発行の数値地
図20万(地図画像)、数値地図5万
(地図画像)及び数値地図50
mメッシュ(標高)を使用し
 たものである。(承認番号 平16総使、第525号」

急峻な斜面の、ジグザグを、下って、洞窟の迫間不動さんにお参

りして、長い階段を登り、新しい拝殿の八方不動さん、から、迫間

山に着きました。以前は雑木りんの中で、展望は無かったけれど

も、切り開かれていて、「迫間城跡」の看板や、新しいベンチで、

防腐剤の臭いがしていました。

明王山では、見られなかった、御岳山が、曇り空に、ぼんやりと

見ることができました。多賀坂のデポしていた車に戻りました。

07年の1月に、多賀坂から、向山を経て、関・江南線まで、歩い

て、06年の5月には、芥見から二の権現山へ登ったことで、アル

プスハイキングコースを、ほぼ登派したのかな?と思います。

平成21年最初の山行で、以前から、温めていた、鵜沼・太田宿間

の、うとう坂から、陰平山を計画しました。車一台を、迫間の、多賀

坂に、デポして、坂祝町勝山の、高山線一号トンネルの、国道21

号の道路のふくむらみに、駐車して、地下道で、21号と、高山線を

潜って、旧中山道に出ました。太田宿側へは、高山線に遮られた

のか、進入禁止になっていました。緩い登りの道は、軽自動車なら、

むりむり通れるか?位の道巾で、枯れ草と落葉に覆われていました。

「まむしに注意」の看板があり、夏には来れないな、と思いました。

トップページに戻る